紅月の巨狼 シルさん、メイクアップ?
続く続く、シルさん編。さっさと巨狼に行けよ俺。
「それで? そのわけわかんない呼称は、いったいどこから出てきたのよ?」
「い、息が……。どこからって、そんなの、シルさんを見たまんまを現しただけですよ?」
「私!? えっ、パープルワカメモンスターって本当に私のことだったの!?」
「あ、もしかして。妖怪紫和布の方が良かったですか?」
「どっちもどっちよ! というか、話をそらさないで、そのふざけた呼び名の訳を言いなさい」
「だから、見たまんまを言ったと……ぐふっ」
シルさんの拳が俺の腹に叩き込まれる。想像以上に重い一撃だった。
……おかしいな。感じた衝撃が、ゴブリンジェネラルと同程度だったような気がするんだが……。き、気のせいだよね、うん。
とりあえず、ふざけるのはこのくらいにしよう。シルさんはアッシュと違って、からかうと拳の返礼が来るタイプの人だ。
「えっと、本当にただシルさんの第一印象をそのまま言葉にしただけで……。あ、ちょっと、詳しく説明しますから! 拳を振り上げないでください!」
俺が必死にそう言うと、無言で固めていた拳から力を抜くシルさん。おかしいな、この人確か職人だったよね?
鋭く、気を抜けばうろたえてしまいそうなシルさんの視線は、「とっとと話せ」と何よりも雄弁に語っていた。
「……シルさんって、お客さんが来ないときってどうしてますか?」
「どうって……。うーん、お店の掃除とかが終わったら、あとはお客さんが来るのをカウンターで待ってるだけね。まぁ、肝心のお客さんが全然来ないんだけど……。あ、で、でもね。お店に来てくれる人はたまーにだけどいるのよ? その人たちも、なぜか入ってきてすぐに帰っちゃうんだけど……」
……あ、自覚ないのか、この人。そのたまにお店の来てくれる人たちも、カウンターにうごめく紫の謎物体があれば、そりゃ帰りたくなるよな。
「なんでかしら?」と純粋な疑問に首を傾げているシルさんには悪いが、ここは真実を教えないと意味がない。心が痛いが……まぁ、腹をくくるとしよう。
「シルさん。さっきも言いましたが……。お客さんがすぐに帰ってしまう謎現象の原因は、貴女です」
「え? わ、私……? さっきのって、冗談じゃなかったの……?」
「残念ながら。それに、俺は冗談でシルさんを貶すようなことは言いませんよ」
「そ、そう……? …………って、あれ? じゃあさっきまでパープルワカメだの妖怪だの言ってたのは?」
「えっとですね、大変いいにくいんですが……。シルさんって、お客さんが来ないと、机に突っ伏して唸ってますよね?」
「そうだけど……。それが?」
「その姿が、何と言いますか……。シルさんの髪の毛がカウンターじゅうに広がって、時折聞こえてくる唸り声と相まって、大変不気味なものになっております」
俺がばっさりとそう伝えると、シルさんは分かりやすくショックを受けた顔でよろめいた。これがマンガだったら、シルさんの背後に大きく『ガーン』という文字が見えたはずだ。
……いやまぁ、お店の危機の原因の一端が自分にあると知ったら、ショックを受けて当然だよな……。何とかフォローをしたいけど、この件に関しては、俺が言えることは何もない。
「な、なんてことなの……? お店にお客さんが来ないのは、私のせい……? そんな……おばあちゃんから受け継いだこの店を……私が……?」
「い、いえ、そもそもお店に置かれてる商品の選択が間違っていたんですから、シルさんだけが悪いわけでは……」
「……………………………お店に置くスキルブックの種類を選んだのは、私よ」
「しまった止めだった!?」
ずーん、と沈んでしまったシルさんを見て、俺は頭を抱える。迂闊だったな……。てか、売れないとわかっているライナップの商品を店に並べ続けるなよ! とか。その段階で商品を一掃するという考えはなかったのかよ! とか。ツッコミたい部分はいろいろあるのだが……。
「ふ、ふふふふふ……。馬鹿な私……。ふふふふふふふふふふ…………」
目の前で、虚ろな目で乾いた笑みをこぼし始めたシルさんを見ていると、何も言えなくなってしまう。かなり落ち込んでいるのは疑いようもない。
店内を見渡せば、そこらかしこから大切にされているのが伝わってくる。丁寧に掃除され、ホコリ一つないこの店をシルさんがどれだけ大事にしているかなど、本人の口から利かずとも店を一目見れば誰でもわかるだろう。
そんな風に大切にしているお店が、自分の手で悪い方向に傾いていたと知ったシルさんが受けた衝撃は、俺なんかじゃとても理解できないものだ。
どうしたものかと考えながら、「ふふふ……」と笑い続けるシルさんを見やる。
……前も思ったけど、シルさんって素材は悪くないんだよな……。というか、普通に美人さんだ。
ぼさぼさで手入れもロクにされていない紫色のウェーブヘアと、シンプルすぎるよれよれのローブ姿がそのすべてを台無しにしているのがもったいなさすぎる。
もう少し顔をしっかりと見たくて、シルさんに近づき、伸ばしっぱなしになっている前髪を指で払う。そして、あらわになった素顔を覗き込む。なにやら、「はにゃぁ!?」とか聞こえてきたけど、さくっと無視。
ふむ……。やっぱりシルさんは美人さんだ。白い肌に、つり目気味のアメジストの瞳。薄桃色の唇に綺麗な鼻梁。それが見事な配列で並んでいる様は、一種の芸術品のようだ。
「し、神官さん? あの、その、いきなりそんな……。うぅ……ち、近いよぉ」
だからこそ、手入れのされていない髪と、無頓着にもほどがあるローブ姿がもったいない。磨けば必ず美しい宝石になるとわかっているのに、そのまま放置されている原石を眺める気分と言えばわかるだろうか?
そうだな……。前髪を整えて、顔がもっと見えるようするのがいいか。毛先を整えて、丁寧に櫛を入れるだけで見違えると思う。
服装は今着ている黒いローブとは対極に、白系統で清楚系なのが似合うんじゃないか? その上から店員らしくエプロンでもすれば完璧だ。
……と、そこまで考えたところで、シルさんの様子がおかしいことに気づいた。なぜか顔を真っ赤に染め、涙目になっている。半開きの口からは、「あぅ……」と言葉にならない声が漏れていた。
「えっと……。シルさん?」
「うぅうううっ! ち、近い近い近い! 神官さん、顔が近いわよ!」
「あ」
し、しまった。シルさんをどう改造するかに夢中になるあまり、顔を近づけていたことに気が付かなかった。
慌てて「す、すみません」と謝りながら顔を離す。そんな俺を涙目&上目遣いでにらんでくるシルさんに申し訳なさがこみあげてくる。
と、とにかく。もっとちゃんと謝らないと。『女性への謝罪はスピードが命だ』というロクデナシのおじさんの言葉が思い出される。数少ないおじさんのまともな教えだったので、よく覚えている。
「ほ、本当にごめんなさい。シルさんを見るのに夢中になってたら、つい……」
「……つい、何?」
「ッ!!!?」
いきなり背後から聞こえてきた声に、勢いよくそちらを振り返る。そこにいたのは……。
「さ、サファイア!?」
とっても不機嫌そうなオーラを全身から立ち昇らせる、我が幼馴染様の姿だった。
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