紅月の巨狼 スキル屋を再建しよう?
遅れてしまい申し訳ございません。スキル屋再建、頑張っていきましょう。
「さてと、どうしたもんですかねぇ……」
「なんでもいいの! 私のお店を救うアイデアを頂戴!」
「……あんまり、期待しないでくださいよ?」
「分かったわ! 期待しないで待ってる!」
いや、そんな期待の込められたキラキラした目で「期待しないで待ってる」と言われても……。
なんか、成り行きでシルさんの相談に乗ることになったが……。正直、お店の再建なんて俺にどうにかできるとは思えないんだよなぁ。
けどまぁ、期待してくれた分の働きくらいはしますか。
シルさんが用意してくれた椅子に腰掛けながら、ぐるりと店の中を見渡してみる。
店内の広さは八畳くらい。真ん中に置かれた棚に、スキルブックの見本が並べられている。内装はシンプルだが、落ち着いた雰囲気を醸し出していて、掃除も行き届いている。外装もそんな感じだったはずだ。
とりあえず、店舗には問題無し。ということは、お客さんが来ない原因は別にある。
では、品ぞろえはどうだろうか? 店で売られているスキルブックは……
《剣使い》、《槍使い》、《杖使い》、《盾使い》、《火魔法》、《水魔法》、《風魔法》、《土魔法》、《治療魔法》、《付与魔法》。
この十種類だ。
どれもこれもキャラメイキングの段階で選べるものばかり。まぁ、始まりの町のスキル屋としては妥当なのかもしれないけど……。プレイヤーの需要に合ってるのか?
ちなみに、このラインナップは俺の習得可能スキル欄にすべて存在している。必要なスキルポイントも1と最低値だ。
……そもそも、キャラメイキングの段階で選ばなかった初期スキルというのは、一度は必要無しとしたスキルなんだよな?
ちょっと、想像してみよう。
キャラメイクが終わり、始まりの町に訪れたばかりのプレイヤーが、試しにということで足を踏み入れたスキル屋。だが、そこに売られていたのは、自分がすでに選んだスキル。もしくは選ばなかったスキルのみ。どっちにしろ、『必要ではない』スキルしか売られていなかったら……。まぁ、第一印象が『いらないものを販売しているお店』になっちゃうか。
某名作RPGでも、最初の町の武器屋に売られている武器が主人公の初期装備だったりするので、一度確認したらもう二度と行かなかった覚えがある。
とりあえず、原因の一つは分かった。シンプルに、品ぞろえがプレイヤーの需要に全くあっていないこと。
「というわけで、店の商品を一変しましょうか」
「えっと、どういうわけで?」
「この店に置かれているスキルブックは、需要が低すぎるんですよ。えっと……、異邦人は、こちらの世界に初めて足を踏み入れるときに、自分で選んだスキルを三つ、授かることができるんです。そして、この店のスキルブックで習得できるスキルは、その時に選択できる中にあるものの一部。異邦人なら、いつでも習得できるものなんです」
……この説明で理解できるだろうか? でも、プレイヤーとか言ってもわかってもらえないだろうし……。どうだろう?
そんな心配をしながら、俺の説明を『ふむふむ』と反芻しているシルさんを見る。
「なるほど……。始まりの町だからって、初期スキル並べてりゃいいってわけじゃないのね」
「あ、理解できましたか。よかった」
「……なんか、馬鹿にされた気がするんだけど?」
ジトォ……とした視線を向けてくるシルさん。ちょっ、誤解ですよ?
「いえいえ、俺の説明が分かりづらくなかったかな、と思っただけですよ。とりあえず、シルさんが作ることのできるスキルブックの種類を何かに書いてもらえますか? その中に異邦人が欲しがってるスキルがあるかどうか調べますので」
「……お仲間のいない神官さんに、そんなことができるの?」
「ええ、そういうのに詳しい知り合いがいるので、あとで聞いておきます」
「そういうことなら、分かったわ。私が作れるスキルブックの種類でいいのよね?」
「はい」
「待ってて」というと、シルさんはカウンターの下から取り出した紙に、一緒に取り出したペンでさらさらと文字を書き始めた。
そんなシルさんを尻目に、さらなるアイデアを考えていく。このお店に足りていないものは何か、なぜ客が来ないのか。その原因となっているものは何なのか。そのあたりが重要なことだろう。
この店にはまだ二回しか来ていない事もあり、この店について俺が知っていることは少ない。だが、その少ない情報の中にも、何か役に立つものがあるかもしれないと、記憶を探っていく。
まず、この店に初めて足を踏み入れた時。第一印象は『さびれてる』だった。
お客さんが一人もいない店内、漂う空気はどこか重苦しく、店の奥のカウンターには、不気味なうめき声をあげるパープルワカメモンスターが……。
ふと、視界にシルさんの姿が映る。カリカリとペンを動かして、一生懸命紙の上に文字を刻んでいく姿からは、真剣さが感じられる。『絶対に店を立て直す』という気概が十分に見て取れる姿だ。
おっと、シルさんの観察をしている場合じゃない。今度は、今日俺がこの店に入って来た時のことを思い出してみよう。
クエストクリアの達成感に身を包みながら、スキル屋の扉を意気揚々と開け、そこで体がいったん停止した。店内から漂ってくる、禍々しい気配。あれはもう『妖気』とか『邪気』とかそういう類のものだった。
それに負けずに足を踏み入れる。相変わらずお客さんの姿のない店内。何も変わっていない商品棚。そして、店の奥のカウンターに突っ伏しながら、ぶつぶつと呪詛をまき散らす妖怪紫和布の姿が……。
何気なしにそらした視線の先には、シルさんがいた。書き込みが終わったのか、ペンを置き、びっしりと文字の書かれた紙を上から下までじっくりと見ている。誤字脱字がないか確認してくれているのだろう。紙を覗き込むその横顔は、どこまでもまっすぐで、かっこいい。
おっと、また思考がそれちゃったな。シルさんに見惚れてる場合じゃないっての。集中しろ、俺。集中だぞ集中。
思い返した記憶から、原因だと思われるものをピックアップ。その中から、特に致命的だと思われるものにあたりを付け、さらに選別する。
そうして出た結論をゆっくりと咀嚼し、吟味して、飲み込む。そうやって、自分の考えに自信を持たせるのだ。
どっぷりとつかっていた思考の海から浮上し、ふぅ、とため息を一つ。
さてと、理解したぞ。この店にお客さんが来ない原因を。
俺は、ゆっくりと息を吸い込む。これで準備は整った。
そして、書いた内容に誤字脱字がなくてご満悦なシルさんに、その結論を告げるため、椅子から立ち上がり、原因に向かってビシッ、と指を突き出した!
「この店にお客さんが来ないその原因……いや、犯人は貴方です。シルさん…………いや、パープルワカメモンスター!」
「へ……? …………って、誰がパープルワカメモンスターよ!!」
バシンッ!!
大真面目な顔でアホみたいなことを言う俺の横腹に、シルさんの激しい手刀が叩き込まれるのだった。
……ぐふっ。じ、地味に痛い……。
後悔はしていない!
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