バレンタインデー短編
バレンタイン短編
なお、女性キャラは名前しかでてきません。
二月十四日。それは、恋人たちの祭典にして全国で様々な恋愛劇が繰り広げられる日。
モテる者とモテざる者で受け取り方が百八十度変わってくるこの行事の名を、
バレンタインデー、といった。
◇
二月十四日の朝……といっても、時刻はすでに十時を過ぎたころ、新城家のリビングのドアが開き、寝ぼけ眼をこすりながら太陽が姿を見せた。
昨日は金曜日で、さらに千代原家の両親が仕事で二人ともいなかったため、太陽と蒼は新城家に泊まっていたのだ。
キッチンに立ち何やら作業をしている流を見つけた太陽は、半分寝たまま朝の挨拶をする。
「ふぁ……、おはよ……」
「やっと起きたか、この寝坊助が」
「んー……」
「どうせ昨日も夜遅くまでFEOやってたんだろ?」
「そうだなー……」
「……とりあえず、顔を洗ってこい。朝食の用意はしといてやるから」
「おー……」
ふらふらとした足取りでリビングを出ていった太陽を呆れたような表情で見送る流。その直後、ゴンッ! という音と「いでっ!?」という太陽の声が聞こえてきて、流は思わずため息を吐くのだった。
「ごちそーさまっ」
「あいよ、お粗末様」
しっかりと手を合わせて食後の挨拶をする太陽に、流はそっけなく――若干頬を緩ませながら――答えて、食器を回収する。流主夫の今日の朝ご飯は和食だった。
満足げに腹をさする太陽は、ふとキッチンから漂ってくる甘い匂いに気が付くと、すんすんと鼻を鳴らした。
「……チョコレート?」
それはチョコレートの香りだった。それを嗅ぎ取った太陽は、今日が何の日か思い立つ。
「あー、今日ってバレンタインか。それでチョコレートかぁ……。毎年大変だな、流も」
「うっせ」
苦笑いで言う太陽に、ジト目を返す流。
流にとってのバレンタインデーは、日本で一般的に行われているバレンタインとは勝手が異なる。
普通は「女性が好きな異性にチョコレートを贈る」。または、「仲の良い友人とチョコレートを交換する」というのが一般的なバレンタインだ。
しかし、流の場合は「蒼や千代原家の人間、そして両親に手作りのチョコレートを作る日」となっている。もちろん、蒼も流にチョコを渡したりするのだが、メインはあくまで流が皆に渡すチョコだ。
これは流が自主的に皆にチョコレートを配ったことから始まっているので、自業自得ともいえるのだが……。もともと誰かの世話をすることが好きな流は、毎年結構この特殊なバレンタインを楽しんでいたりする。毎年チョコレートのグレードが上がっていることがそれを示している。
「去年は何だっけ? チョコケーキだったっけ?」
「ザッハトルテ。有名なチョコレートケーキだよ」
「ふぅん。で、今年は?」
「ガナッシュ」
「何じゃそりゃ」
「生チョコっていや分かるか?」
「んー……なんとなく?」
「分からないなら分からないってはっきり言ったらどうだ?」
「分からん! 教えて!」
「お前に理解できるように説明するのがめんどくさい。却下」
「そんなー」
軽口を叩きあう二人。二人の間に流れる空気はとても和やかで、二人の気の置けない間柄をこの上なく示していた。
「そいや、蒼は?」
「出かけた。買い物に行くんだとさ」
「ふーん。……ああ、流にあげるチョコ買いに行ったのか」
「……そうなのか?」
「それ以外であいつが自主的に外出とかありえねぇよ。愛されてるなぁ~、このこの!」
「うわウッゼ」
「…………ストレートは心にくるぜ」
「はいはい。それより、お前は委員長と何かないのか?」
「委員長? ……えっと、今日渡したいものがあるからって……その、夜くらいに待ち合わせてる」
「ほーん」
チョコレート作りの方がひと段落ついたのか、エプロンを外した流がリビングにやってきて太陽の座るソファーに腰を下ろした。委員長――利亜との待ち合わせのことを頬を染めながら言う太陽に、ニヤニヤ笑いを浮かべながら。
「お前にそう言う顔をさせらられるようになったのは、委員長の努力の成果だよなぁ……。こんなアホをよくもまぁあれだけ思ってくれるよな」
「う、うるせい!」
「はっはっは、照れるな照れるな」
流のからかいに顔を赤くしてそっぽを向く太陽。そんな彼にひとしきり笑った流は、その表情を少し寂し気なものに変えた。
「けど……。太陽も変わったもんだ。いや、成長したって言えばいいのか?」
「そ、そうか? いきなり褒められると照れるぜ」
「こうやってどんどん成長してって……。……いつか、俺の世話なんていらないくらいになっちまうのかね?」
そう言って静かに微笑む流。その横顔は、どこか寂し気であった。
幼いころから面倒を見てきた太陽の成長を見て、兄離れしたことに対する寂しさのような感情が流の内心にはあった。それでも、太陽の成長は素直に嬉しい流は、どこまで言っても「お兄ちゃん」なのだろう。
「……そんなこと、ないぜ」
「太陽……?」
「流がいらなくなることなんて、絶対にないぜ。この先も、ずっとだ」
「……そうなのか?」
「おう!」
自信満々、といった様子で、満面の笑みを浮かべる太陽。
「流は、俺の「兄ちゃん」だからな! それは、この先何があっても変わんねぇよ。絶対、絶対、変わんねぇ」
「……はは、なんだそりゃ。ずっと面倒見ろってか?」
「そうともいう!」
「断言してんじゃねぇよ、ばーか」
そういいつつも、流の口元には先程までとは違う柔らかで暖かな笑みが浮かんでいた。調子のいいことを言う太陽の頭を乱暴に撫でた流は、ソファから立ち上がると一度キッチンの方に戻って、何かをやり始めた。
何だろう? と思いつつキッチンを覗き込もうとした太陽は、ポケットに入れてあったスマホが着信音を鳴らし始めたことでそれがかなわなかった。ちなみに、着信の内容はFEOの公式サイトからの宣伝のようなもの。
「太陽」
メールに目を通していた太陽は、いつの間にかリビングに戻ってきていた流の声に反射的に反応して顔を上げ……。その瞬間、何かが口の中に突っ込まれた。
「むぐっ!? はひほ…………って、チョコレート?」
「くくっ、驚いたか?」
口の中に広がるチョコの甘味に目を白黒させる太陽に、悪戯が成功した流はにやりとした笑みを浮かべる。
口をもごもごさせながら、リューに無言の抗議を贈る。
「何すんだよ」
「ん? 味見だ味見。どうだ、今年のチョコは。いい出来だと思うんだが?」
「······甘ぇ」
「そいつは良かった」
そう言って微笑む流に、気恥ずかしくなった太陽は、頬を染めてそっぽを向くのだった。
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ハッピーバレンタイン!