紅月の巨狼 新たなスキル?
前回のプロローグにたどり着くのは、少しあとになります。
アッシュの手料理をご馳走してもらった日の翌日。俺は、午後からFEOにログインしていた。
午前中はいつものように家事を済ませ、残りの時間で夏休みの宿題をやっていたのだ。いくら面白いゲームであるとはいえ、学生の本分をおろそかにするわけには行かないからな。
うちの高校は、そこまで学業に力を入れているわけではない。「やりたい奴はやればいい」という適当感極まるスタンスを貫いている。そんな自由な校風が人気なのか、毎年結構な数の入学希望者が出ると聞く。
俺も太陽たちも、半分くらいは「家が近いから」という理由で選んだので、そう言った情報は入学した後に知ったのだが。
そんなわけで、うちの高校の宿題はそこまで多くない。進学校に進んだ中学時代の同級生と、SNSでその話をすると、「羨ましい……」とつぶやかれるくらいだ。試しに進学校の夏休みの宿題の量を聞いたとき、うちの高校の倍以上あって驚いたくらいだ。
まだ夏休みの序盤だが、あとあとに残すよりはよっぽどいいので、さっさと終わらせてしまうに限る。
……そういえば、太陽たちは宿題をしているのだろうか? あいつら、一日のほとんどをゲームに費やしてるからなァ……。一度、どこかで聞いておくのがいいかもしれない。
さて、今日は何をしようか?
まず、シルさんのところに行って、クエストクリアの報告をするのは決定事項だ。そのあとは、壊れてしまった[鉄のメイス]を買おう。
そのあとは……。せっかくだし、初心者フィールドの、まだ行ったことのない二つに行ってみようかな。えっと、『静かなる草原』と『木漏れ日の森』だったっけ?
そうと決まれば、さっそく行動開始である。昨日ログアウトした宿屋から出て、スキル屋に向かう。
閑古鳥が鳴いていたスキル屋ではあるが、今日はどうだろうか? と思いながら始まりの町を歩いていく。道を歩いていると、時折視線を感じるのはなぜだろうか? 視線の先を見ると、どうやらプレイヤーが俺のことを見てるみたいなのだが……。
もしかして、昨日のことが広まってる? ……うわぁ、それは恥ずかしい。昨日の夜、自分の言動を思い返してみて、ベッドの上で悶絶したばかりなのだ。まったくもって俺らしくない言動の数々は、正直、痛々しいというレベルであった。穴があったら埋まりたいデス。
じろじろと見られているのにいい気はしないので、早足にスキル屋への道を歩く。宿屋から数分ほどの位置にあるスキル屋へたどり着くや否や、その扉を開けて中に入ろうとして……思わず、扉を閉めそうになった。
相変わらず客が一人もいない店内に蔓延する、重苦しい空気。はっきり言おう、ビビった。
その重苦しい空気を放っているのは、この店の店主であるシルさんだ。相変わらず、パープルワカメモンスターと化してカウンターに突っ伏している。
「ぅううううううううっ……。きゃ~く~…………」
……こわっ。
地獄の底から響いてきそうな声を髪の毛の間から漏らすシルさんに、失礼ながら俺は明確な『恐怖』を覚えた。うん、だってもう不気味っている領域を超えてるんだもん。
俺は閑古鳥のオーケストラが聞こえてくる店内をそぉ~っと移動し、カウンターに近づく。そして、妖怪紫和布に進化したシルさんに、恐る恐る声をかけた。
「あの……。シルさん? 大丈夫ですか?」
「……この状態が大丈夫に見えるなら、貴方はすぐに回復魔法を………………………………って、あれ? 神官さん?」
「はい、二日ぶりですね」
デジャヴ感のあるやり取りの途中で顔を上げたシルさんに、俺はそういって笑いかける。浮かべた笑顔が引き攣らないか不安だったが、何とかなったようで一安心だ。
「うぅうううううううっ! 神官ざぁあああああああん゛!! お客さんが全然来ないのぉおおおおおおおおおッ!!」
「えっと、た、大変だとは思いますが、俺は店の経営にはあまり詳しくないので……」
………どうやら、シルさんは全然一安心では無いようだ。
客が来ないと泣き叫びながら縋りついてくるシルさんをどうにか押しとどめながら、どうしたものかと考える。
……依頼の話で、何とか話を逸らすか……。
「……とりあえず、依頼の品を持ってきましたので、先にお渡ししたいのですが……」
「っ!! もう持ってきてくれたの? すごいすごい! ゴブリンジェネラルの素材もあったのに……。いい仲間がいるのね、神官さんには」
「いえ、一人で倒しましたが?」
「……え?」
「いえ、ですから、ゴブリンジェネラルも、それ以外のモンスターも、俺一人で倒しましたよ?」
「……本当に?」
「嘘言ってどうするんですか。本当です」
「……神官さんって、本業は戦士だったりする?」
「違います」
どうも俺の話が信じられなかったようなので、ゴブリンジェネラルと戦った時のことを丁寧に説明した。すると、シルさんはとても微妙そうな顔をして、あきれたように言った。
「……神官さん。それ、神官の戦い方じゃないわ。それは狂戦士の戦い方よ」
「誰が狂戦士ですか。俺は正真正銘、神官です」
「……うーん、困ったわ。貴方に報酬として渡そうと思ってたスキルの書は、普通の神官のためのものなのよ。貴方みたいなゲテモノ神官じゃあ意味がないし……」
「…………誰がゲテモノか」
「あら? 自分でも普通じゃないことは分かってるんじゃないの?」
おかしいそうに笑うシルさんの言葉に、何も言い返せない俺。ゲテモノで悪かったですね。
「ん~、どうしようかしら? 一応、ゲテモノ神官用のスキルもあるにはあるんだけど……。報酬が二つになっちゃうのよね。うーん…………。あ、そうだ。もう一つ依頼を受けてもらえばいいのか」
「もう一つ、ですか?」
「そうすれば、もう一つのスキルブックをその依頼の報酬にすれば良くなるわね。よし、決まり! 神官さんに依頼を出すわね。内容は…………そうね、どうやったらお店にお客さんが来るのか、一緒に考えてもらえないかしら?」
ガラガラに空いた店内を見渡しながら、シルさんは言った。
ふむ、お店を再建……とまで行かずとも、何とか客の来る状態にするクエストか……。ド素人の俺に何かできることがあるのだろうか?
でも、シルさんのいう『ゲテモノ神官用のスキル』というのも気になるし……。ここは、受けてしまおう。
俺が依頼を受けることを伝えると、シルさんは嬉しそうに「よろしくね」と笑った。
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