紅月の巨狼 プロローグ
では、紅月の巨狼編。開始でございます。
メイスを振りぬくたび、夜闇にポリゴンが舞う。メイスの銀とポリゴンの白が、夜の黒の中で幻想的な光景を作り出している。
だが、俺にそれを楽しむ余裕などない。
「ァアアアアアアアアアアアッ!!」
口から漏れ出るのは、言葉にならない無意識の咆哮。今の俺に、言葉を発するために頭を使う余裕もなかった。思考はすべて、戦闘のために使っているからだ。
俺は今、無数の獣型モンスターに囲まれている。それも、十や二十じゃ利かないような、大群にだ。
角ウサギ、ブラックウルフ、ラットマン、ホーンディア、ボア。それ以外にも、見たことのないモンスターもおり、全てを把握することはできない。
理解できるのは、そのすべてが、俺に殺意を持って襲い掛かってきているということだけ。真っ赤に染まった目がギラギラと輝いている様子は、不気味以外の何物でもない。
一体一体は、メイスの一振りで倒せる程度の強さとは言え、数の暴力は個の質を簡単に凌駕するだけの力を秘めている。いつしか太陽が言っていた、「戦いは数だよ、アニキ!」という言葉を思い出した。
少しでも気を抜けば、待っているのはモンスターたちの熱烈な歓迎だ。そしてその先は教会へ死に戻りとなるに間違いない。
右から迫って来た角の生えたウサギを蹴り飛ばし、正面のブラックウルフをメイスで砕く。左から来た三体は、横薙ぎの一撃でまとめて粉砕する。
常に左右前後に気を配り、一切の隙を許さない。攻撃はすべてそれ以上の攻撃で塗りつぶす。防御も回避もさせはしない。メイスの一振り、蹴りの一撃すべてに殺意を込め、動きのすべてをモンスターを殺すために最適なものにする。
ありがたいことに、モンスターはみな『狂化』しているので、攻撃がどれも直線的で分かりやすい。不意打ちやフェイントをしてくることもないのは楽だ。まぁ、それがなんの慰めにもならないような数がいるのだが。
飛び込んできたデカいネズミを散らすと、少しだけモンスターの勢いが落ちた。その隙を見逃さず、包囲網の薄いところを蹴散らし、群れから距離をとった。
自分に掛けている強化魔法が解けてしまったので、仕切り直そうとしたのだ。
群れから離れたところで、視線をモンスターの波の向こう側に飛ばす。
そこには、悠然と寝そべる一体の巨狼がいた。
夜闇に会ってなお妖しく輝く深紅の毛皮が全身を覆い。丸太のように太い四肢は地面に横たえられている。目を引くのは、胴体と同じくらい長く太い尾。少しだけ開いた口からは、ずらりと並ぶ鋭い牙が見えた。その身が発している威圧感は、俺が今まで戦った中で最強だったゴブリンジェネラルを優に超える。
見ているだけで思わず後ずさってしまいそうだ。恐ろしくも美しいその姿は、これまで相手にしてきたモンスターなどとは比べ物にならない。こいつこそが、真に怪物の名にふさわしい。
そう、この深紅の巨狼こそ、この大群を従える存在。
巨狼が、ちらりと俺に視線を向けた。満月のような黄金の瞳に宿るのは、絶対強者の余裕と、矮小な存在に向ける蔑みの感情。
傲慢な巨狼の視線を受けて、俺は自分の口角が上がるのを自覚した。それは、強大な存在を前にしたときの、あきらめの笑みではない。ただ、なめ腐った態度をとる獣畜生に対する、怒りを込めた攻撃的な笑みだ。
あの巨狼の深紅の毛皮を血色で染めるには、まず、獣型モンスターの大群を何とかしないといけない。かなりの数を倒したとはいえ、まだまだ多い。
多勢に無勢。その先には化物が待ち構えているという、分かりやすく危機的で、困難な状況。ゾクゾクと、胸の奥から湧き上がってくる興奮に、笑みが深くなっていくのを自覚した。
ああ、いいじゃねぇか。こういう艱難辛苦を乗り越えてこそのゲーム。今、俺のテンションはここ最近で最も高くなっているだろう。
難易度がベリーハードだろうが、クリアの筋道は絶対にある。なら、何があろうがそれを手繰り寄せてやる。足掻きもがいて、『勝利』を掴み取ってやろうじゃないか。
メイスを構え、強化魔法をすべて更新。俺に向かってきたモンスター共に、こちらから襲い掛かる。
殴り、蹴り、潰し、吹き飛ばし、薙ぎ払う。一振り一殺など生ぬるい。一撃で数匹をまとめて屠り、襲い掛かるモンスターの群れを駆逐していく。
だが、相手も簡単には殺されてくれはしない。爪が、牙が、角が、俺のHPを奪おうと、波状攻撃をけしかけてくる。そのすべてを食い止めることは流石に出来ず、少しづつだがHPは削れていく。回復魔法があるとはいえ、後にはまだあの巨狼が残っているのだ。それを考えれば、MPは温存しておきたい。
モンスターの数と俺のHPの削り合い。
それはまさに、血走った目で俺を喰い殺そうとする獣と、それを両手のメイスで撲殺していく俺の、死の舞踏であった。
その血染めのダンスを見ているのは、相変わらず舐めた態度で寝そべる巨狼と、夜空にただ一つだけ輝く、
―――――禍々しい、鮮血色の三日月だけだった。
感想、評価、ブックマを付けてくださっている方々、本当にありがとうございます。




