アッシュさんの手料理です
アッシュさんのたーんが予想以上に長くなっている件。
「………………」
「………………」
気まずい。
今、俺の内心の大半は、その思いによって占領されている。
始まりの町を行く当てもなく彷徨う俺とアッシュさんの間を、多量の「気まずさ」が支配していた。
幸いなことに、俺とアッシュさんの間に流れる「気まずさ」には、重苦しい感じはない。
この「気まずさ」をたとえるならそう、家族と一緒にテレビを見ているときに、不意に濡れ場のシーンになった時のような、「気まずさ」のほかに「気恥ずかしさ」も混じっている空気と言えばいいだろうか? 分かりづらかったらスマン。
なぜにこんな状態になっているのかと言えば、俺たちの手元にその原因はあった。ちらりとそちらに視線を向ければ、“それ”が明確に見えた。
俺との右手とアッシュさんの左手が、指と指を絡めるようにして繋がれている光景が。
……ちゃうねん。別に、やましい気持ちがあるわけやないねん。
あのナンパ男から逃げ出すために、アッシュさんの手を取ったのはいい。そのあとなぜかアッシュさんが指を絡めてきたのもまぁいい。
そのあと、手を離すタイミングを見失ったのが大きな失態だった。
いやさ、自分から「手、離してくれますか?」というと、なんかアッシュさんのことを拒否してるみたいになるじゃん?
でも、「俺と手をつなぐのは嫌ですか?」とか聞いて、「嫌でした」とか返されるのも嫌だし……。いっそ、無言で振り払うか? いや、その選択肢はバッドエンド一直線な奴だ。
てな感じで、今も俺とアッシュさんの手は絡み合っているってわけでして。
表面上はポーカーフェイスを貫けている……はず。でも、内心はすごいことになっている。
右手から伝わってくるアッシュさんのぬくもりや、手のひらの柔らかさ。指とかすっごく細くて、思わずその感触を楽しみたくなってしまうような………おっと、思考が変態ちっくな方向にそれてしまったな。反省反省。
これ以上手に意識を集中させていると、手汗とか掻きそうなので(VRにそんなものがあるのかは知らんが)、繋がった手に向けていた視線をふいっ、と上げた。
――――目が、合った。
運命の悪戯か何かなのだろうか? ちょうど俺の方を向いていたアッシュさんの視線と俺の視線とが交錯する。そのまますぐに目をそらせばよかったのだが、なぜだか俺はそれができなかった。まるで、アッシュさんの美貌に捉えられてしまったように。
アッシュさんの方も目をそらさずに俺のことを見ているので、見つめ合っているような状態になってしまっている。
それにしても、アッシュさんの頬が赤くなっているのは、どうしてだろうか?
「…………えっと、アッシュさん?」
このまま見つめ合っていてもらちが明かないので、そう声をかけてみる。
すると、アッシュさんはぴくんと肩を震わせる。そしてなぜか、不満そうに唇を尖らせて、俺に向ける視線をジト目に変えた。
「……さっきは、アッシュって呼んでくれました」
「え、えっと、あれは………その、え、演技の一環と言いますか……。その、流石に素面で呼び捨てにするのは、恥ずかしいといいますか……」
何を言っているんだ俺は。慌てすぎだぞ落ち着け。
……てか、アッシュさんは俺に呼び捨てにして欲しいの? 何で?
「せっかくフレンドになれたのに、さん付けとか敬語とか………他人行儀なのは嫌です。私のことは、アッシュと呼んでください。その…………ダメ、ですか?」
……ちょっと涙目になりながらのそういうセリフはずるいと思います。断れるわけないじゃないか。
「……分かりまし……………いや分かった。じゃあ、えっと…………アッシュ?」
「はいっ♪」
少し照れくさくて、視線をそらしながらその名前を呼ぶと、途端に、輝かんばかりの笑顔を見せるアッシュさ……いや、アッシュ。
その嬉しそうな笑みにはほっこりさせられるのだが……こうなってくると、『アッシュボッチ説』がかなり濃厚になってきてしまっている。
もしかしたら、俺が初めての友達だったりして。ま、そんなわけないか。
でも………。そうだったら、ちょっと、嬉しいかもしれない。そんなことを考えていたら、思わず笑みがこぼれてしまった。
「? どうしたんですか?」
「いや、笑顔のアッシュが可愛いかったなぁ、と」
「……ッ!! り、リュー、からかわないでください! は、恥ずかしいです……」
「あ、それ。そう言うのホント可愛い。可愛いよ、アッシュ」
「だーかーらーっ!!」
ヤバい。アッシュいぢりが楽しくて、癖になりそうです。
「……無防備すぎるッ!!」
「はい? どうかしました?」
あの後、当初の目的であるアッシュの手料理の味見を、どこで行おうか、という話になった。
合同生産場に戻るのは、まだやめたほうがいいだろうし、かといって外で食べると、またあのナンパ男が来るかもしれない。
そういうことを考慮して、最適な場所を考えた結果。
宿屋の部屋を使えばいい、という結論になりました。
ちなみに、FEOの宿屋は、基本的にログアウトのための施設だ。料金を払って部屋を借り、休憩することもできるが、大体のプレイヤーはログアウト目的でしか使わないらしい。
で、始まりの町の宿屋の部屋は、決して広くない部屋に、ベッドと机が一つずつ置かれているだけの簡素なものだ。
……待ってほしい。ゲームの中とは言え、異性とこんな狭い部屋に二人きりというのは、いかがなものだろうか?
俺は一つしかないベッドに腰掛けながら、ちらりと視線をアッシュに向ける。
「ええっと、ここをこうして……。えいっ♪」
……とっても楽しそうですね。
アッシュは狭い部屋に二人きりというこの状況のことなど全く気にすることなく、鼻歌でも歌いそうなほど軽やかに、料理の支度をするためにメニューをいじっている。
ただアッシュが無防備なのか、それとも俺が男として見られていないのか……。両方のような気もするな。
「……はい、できました♪」
俺が悶々としていることも知らずに、弾むような声でアッシュが告げる。料理の用意が終わったようだ。
「よいしょっ」と可愛らしい声と一緒に、アッシュが料理を乗せた机を運んでくる。机の上には料理が一品、二品……四品並んでいた。どうでもいいが、机を運んでから料理を用意すればよかったんじゃ……?
それを、ベッドのそばまで運んだアッシュは、俺に『にぱっ』という効果音が聞こえてきそうな笑みを浮かべてきた。
……ま、アッシュが気にしてないんなら、俺も気にしないようにしよう。今は、料理を楽しみましょうか。
気を取り直して、机の上に並べられた料理に視線を移す。
ふむ……。揚げ物、スープ、サンドイッチ。そして、クッキー。お菓子作りにも手を出しているとは。
揚げ物は、これは唐揚げだろう。中の肉は鳥か? 衣のきつね色が薄いのは、真新しい油で揚げたせいだろう。
次いでスープ。小さく切られた野菜が具として入っている。スープの色はコンソメに似てるけど……。こっちにもコンソメがあるのか? 一からコンソメを作るのはかなり大変なので、『味〇素』みたいなのが存在しているのだろう。
サンドイッチ。挟まれているのはベーコン、レタス、トマト。俗にいうBLTサンドというやつだ。まぁ、サンドイッチは基本具材を切って食パンで挟むだけの料理。ミスをする方が難しい。
で、最後にクッキー。かすかにバターが香っているので、オーソドックスなバタークッキーなのだろう。少し焦げているところがあるが、それはまぁ、手作りクッキーの醍醐味という奴だろう。
どれも少量ずつなのは、味見をする俺のことを考えてくれている証拠だろう。こういう気配りは素直に嬉しい。
期待と不安がまぜこぜになったアッシュの視線を受けながら、机の上の料理に手を伸ばす。一緒に用意されていたカトラリーからフォークを手に取り、それを唐揚げに突き立てる。
サクッとした感触。一口サイズのそれをパクッと口に含み、ゆっくりと咀嚼し、味や食感を楽しむ。
―――――ほうほう、これはこれは。
頭の中で採点項目にチェックを入れながら、ほかの品も口に運んでいく。一つ一つ、丁寧に。味見役を任せてくれたアッシュに恥じぬよう、真剣にこの料理たちを評価していく。
十分ほどの時間をかけて、出された料理のすべてをたいらげた。ここから評価に入るのだが……。
「……アッシュ、緊張しすぎだ」
「ひゃ、ひゃい!?」
なんで直立不動で俺の食べてるところを凝視してたんですかね、この娘さんは。ちょっと恥ずかしかったわ。
まぁ、自分の手で作り出したものを他人に評価されるのに緊張する気持ちはよくわかるけどね。
「では、今食べたアッシュの料理の評価を言います」
「は、はい……。よろしくお願いします……」
ごくり、と固唾をのんで俺の言葉を待つアッシュ。
俺は、そんな彼女の緊張に揺れる瞳をじっと見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「アッシュの料理。一言で言うのなら……………………普通、だな」
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