バカンスの幕開け
というわけで、コミカライズ発売記念に更新だー!
清廉な風が、頬を撫でる。
木々の隙間から零れ落ちる陽光が、地面で揺れる。
視界いっぱいに広がる緑。むせ返るような自然からは『人』がこれぽっちも感じられず、すべてが鎮まるような静謐さにあふれていた。
大きく深呼吸をすれば、薄汚れてしまった町の中では絶対に感じられないような澄んだ空気が肺を満たした。
時折聞こえてくる鳥の鳴く声。草木の奏でる調べが耳を楽しませ、この夏の内に知らず知らず溜まっていた疲れを癒して……。
「うぉおおおおおおおおおお!! すげぇえええええ!! なんだこの大自然!!」
「キレーな森っすねぇ。カブトムシとかいそうっす」
「……ん、悪くない。昼寝したら気持ちよさそう」
「むむっ、この木は見たことがないですねぇ。何々……『妖精樹』ですか。この場所限定の素材でしょうか? 装備にしたらどんな効果が……? ふむ、気になります!」
……ええい、もう少しこの景色に浸してくれてもよかろうに。
だがまぁ、避暑地とは言え楽しみ方は人それぞれ。
特にアポロやサファイアなんかは、基本インドア派のくせしてこういう時はバカみたいにテンションを上げるしなぁ。まぁ、キャンプ場に来てまで引き籠ってゲームしてたら、それはもうお説教をせにゃならんのだが。
――――ここは、特殊フィールド『妖精郷』。
シルさんから貰ったチケット型のアイテムを使用することで訪れることが出来る特殊なフィールドである。
自然溢れる秘境で、バカンスやレジャーに特化した施設を幾つも楽しめる。
また、この場でのみ受けることが出来るクエストや、この地でしか手に入らないアイテムなども存在しており、掲示板界隈では話題になっているとか。
しかし、入手経路がNPCからの譲渡のみであり、譲渡してもらえる条件も詳しく分かっていないことから、激レアアイテム扱いを受けており、この地に来たことあるというだけで、それがもう一種のステータスになっているそうだ。
以上、アポロより事前に教わった情報でした。
そんあレア物を快く譲ってくれたシルさんには、後日またお礼をせねばな……最前線のモンスターの素材とかでいいだろうか?
譲ってもらった経緯にはまだ納得いっていないが……まぁ、それは置いといて。
この場にいられる時間は、チケットを使用した瞬間より48時間。この二日間は食事や睡眠など最低限の用事以外ではゲーム内で過ごすことにしている。
長時間のゲームは普段なら眉を顰めるところだが……まぁ、こういう場合は特別だ。
なんかやけに長かったように感じる夏休みの最後の思い出だ。楽しまなきゃ嘘だろう? もちろん、俺も目一杯堪能させてもらうつもりだ。
特に楽しみなのは……温泉かな? 露天風呂もあるみたいだし、夜空を見ながら舞ったりするのとか最高だよな。
そんなことを考えながら、木々がトンネルのようになっている道を進んでいく。
アッシュやサファイアたちも、興味深そうに周囲を見渡しながら、思わずといったように感嘆の声を漏らしていた。
「……綺麗」
「そうっすねぇ……嫌な事とかぜーんぶ忘れられそうっす。マイナスイオンってやつなんすかね?」
「……いえ、この『妖精樹』という木は一定の数群生していると、フィールドそのものにMP回復効果を付与するそうです。天然のMHFですね」
「「マジで??」」
約一名、景色よりもそれを構成する木々や草花に目を奪われているらしいが。
こういうのもワーカーホリックというのだろうか? それともただ趣味に全力なだけか。まぁ、どっちにせよ楽しそうで何よりだ。
少し視線をずらせば、ミニ浴衣に身を包んだアヤメが、何処からともなくひらひらと現れた小さな蝶を目で追っていた。
鮮やかな色をした蝶がアヤメの周囲をくるくると舞い踊り、それに合わせてアヤメもくるくるくる。朱色の袖が合わせてふわふわと。ついでに尻尾もパタパタ。
とっても微笑ましくて可愛らしい光景だけど、目が回りそうだな? ……って、ああ。言ってる傍から……。
回り過ぎて案の定目を回したアヤメが、ふらり、と体勢を崩した。予想通りなその姿に苦笑を浮かべつつ、さっと傍に移動。倒れかけの小さな肢体にそっと手を添える。
「………………(ぽてん)」
「よっと……アヤメ、大丈夫かー?」
「………………(ふらふら)」
あらら、完全に目を回してしまっているようだ。腕の中で小さな肢体がくたり、とヘタレている。へたれアヤメ……癒し効果がすごそう。
だが、このままでは進めないので、よっこいせとアヤメの身体を抱き上げる。アヤメはしがみつける状態にないので、横抱き……まぁ、お姫様抱っこで運んでいく。
軽いなー、なんて思いながら、歩くのを再開し……なんか、とげとげとした視線を感じるような?
具体的には、三人分くらいの視線がこう、ぐ~さぐ~さ。背中に槍衾の如く刺さってくる。うん、振り返らなくてもなんとなーく誰がどんな目をしているのか分かる。分かってしまう自分がなんか嫌なんだが。だって、さっきまで聞こえていた姦しい声が一切聞こえなくなってるからね?
きっと、このまま視線の主の方を素直に向いてしまうと、夏の暑さすら裸足で逃げ出すような絶対零度の視線が待ち受けているのだろう。これからバカンスだってのに、心の底から凍えさせられるのは勘弁願いたいものだ。
なら、どうするか? うーん……まぁ、アレだな。
「昔の偉い人は言いました……三十六計逃げるに如かずッ!」
「「「あっ、逃げた!?」」」
腕の中のアヤメに振動がいかないように気を付けながら、木々のトンネルを駆け抜けていく。
後ろから喧しくもにぎやかでどこか楽し気な声が三つ追いかけてくる。自然と口元には笑みが浮かんだ。
「まってください!」「何逃げてんすか!!」「……逃避行、ずるい」とか聞こえてくるが、今はスルー。ちょっとだけ、こうやって追いかけっこをするのが楽しい。
せっかくのバカンス。のんびりゆったりの二日間。少しくらい童心に帰っても罰は当たらんだろう?
くるり、と頭だけ振り返り、後ろの三人に向かって声を掛ける。にやり、と唇の端を吊り上げて挑発的に。
「この先に拠点となるコテージがあるみたいだが……誰が一番に着くか、競争といこうか?」
それだけ言って、すぐさまスピードを上げる。後ろの声が遠ざかるのを感じつつ、木漏れ日の中を軽快に走り抜けるのだった。
はしゃいでるリュー君可愛くない? どう?
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