ナンパ男を撃退しよう ~ただし、暴力は禁止です~
今回もアッシュさんのたーんです。
「何なの、お前? 今、俺がその子と話してんだろ? 邪魔してんじゃねぇよ」
「邪魔? おかしなこと言いますね。俺は彼女と待ち合わせをしていた者ですよ?」
さっそく、険のある声でいちゃもんを付けてくるナンパ男。俺は笑みを顔に張り付けたままそれに対応する。
さてと、飛び出してきたはいいけど、ここからどうしようか?
蒼のやつが読んでるラノベとかでこういう状況になると、必ずと言っていいほど「決闘しろ!」とかいう展開になるんだけど……。まぁ、小説と現実をごっちゃにしちゃいけないよな。普通に話し合いで解決しよう。
「はぁ? そんなことカンケーねぇんだよ! 俺が先に話してたって言ってんだろうが! 後から出しゃばってんじゃねぇよ!」
「いや、関係ないと言われましても……。始めに彼女と約束を交わしていたのは俺なんですが?」
「あぁ!? うっせぇな……。黙ってろよ!」
「黙ってろと言われましても……。ですから、俺が彼女と……」
とりあえず、やんわりと「お前はお呼びじゃねぇんだよ」と伝えてみる。というか、言ってることが滅茶苦茶だな、ナンパ男よ。
「だから、知らねぇって言ってんだろうが! どっか行けよ!」
「……うーん、困りましたねぇ。話が通じません。どうしよっか、アッシュ?」
いきなり話を振られたアッシュさんが、「ふぇ?」とポカンとした表情を浮かべた。
「……え、えっと……。わ、私は……り、リューとの約束を優先します」
それでも、すぐに返事をしてくれた。俺の名前を呼び捨てにするときに、恥ずかしそうに口ごもったのがとても可愛らしかった。
とりあえず、アッシュさん本人が否定したんだから、これでナンパ男も引っ込んでくれるだろう。
そう、思っていた時期が俺にもありました。
「ふ、ふざけんじゃねぇ! お前はおとなしく俺に付いてくればいいんだよ!」
そういって、アッシュさんの肩に手を伸ばすナンパ男。さすがにそれはルール違反だぞ?
ナンパ男が伸ばした腕を遮り、アッシュさんを背中にかばう。行き場をなくしたナンパ男の手が宙をさまよっている。
「……いきなり女性の肩をつかもうとするなんて、常識のない人ですね。それと、ふざけるな、でしたっけ? ふざけているのは貴方の方でしょう?」
声を低めに、視線に険を込めてナンパ男を見据える。ナンパ男は気圧されたように一歩後ずさる。これは、追撃のチャンス!
少し声を大きめに、咎めるような口調で……。
「これ以上は迷惑行為と見なします。お引き取りを」
後ずさったナンパ男との間合いを詰めるように、一歩詰め寄る。こういう言い争いは、冷静さを失い、ビビった方が負ける。
分かりやすく「イラついてますよー」ということを伝えるために、小さく舌打ちを一つ。ナンパ男はさらに一歩後ずさった。
ふむ、もう一息かな? じゃあ、ちょっと口調を崩して……。
「早く、除け」
その言葉がとどめだったようで、ナンパ男がさらに三歩後ずさった。その顔は悔し気に歪んでいた。自分よりも年下の俺にビビらされたのが悔しいのかな?
まぁ、これでナンパ男もどっか行くなりなんなりするだろ。これ以上は恥の上塗りになるし。
何か周りに野次馬ができ始めたから、ここらでお開きとしたいんだよな~。うん、じゃあ最後は笑顔でキレイにまとめますか。
にっこりとスマイルを浮かべて、口調を柔らかいモノに変えてっと……。よし。
「それでは、俺とアッシュはこのくらいで失礼しますね。行こうか、アッシュ」
「え、あ、はい!」
アッシュさんの手を取り、その場から去ろうとする。合同生産場にはほとぼりが冷めたら来ることにしようか。手を取ったのはなんとなくです。他意はありません。
まぁ、相手も頭に血が上ってただけだろうし、すぐに冷静になってくれるだろう。
……そう思っていた時期が、俺にもありました。
「ふ……ふざけんじゃねぇええええええええっ!!!」
そう叫びながら、ナンパ男が殴りかかって来た。なんでキレるのぉ……? 無軌道にキレる若者コワイ。
とりあえず、アッシュさんに被害がいかないように、もう一回背中にかばう。
「うぐっ……」
「り、リュー!」
頬に拳が突き刺さる。街中なのでHPは減らないが、衝撃が通るので、痛みを感じてしまう。
心配そうなアッシュさんの声が後ろから聞こえたので、振り返って「大丈夫です」と言っておく。
「……痛いですね。何するんですか?」
「う、うるせぇ! お前が悪いんだろうが! いきなり出てきて、いきなりごちゃごちゃ訳分かんねぇことばっか言いやがって! おら! これ以上痛い目に遭いたくなかったら、その女を置いて消えやがれ!」
「……は?」
いや、まさか……。えぇ~……。
何? 何なのこいつ。言ってることが支離滅裂すぎて、気持ち悪い。話が通じないとかそういうレベルじゃなかった。
う~ん、こういう輩を相手にした経験は……。ああ、中学のころ、蒼に言い寄ってた高校生がこんな感じだったっけ? 最終的に家にまで押しかけて来たから、「これ以上はストーカー被害として訴えますよ?」と脅した記憶がある。まぁ、その高校生があきらめたのは、蒼からこっぴどくフラれたからだろうけどね。
同じ手は使えないし……。どうしようかなぁ……。
……そういえば、太陽が「めんどくさいヤツにからまれたりしたら、メニューからGMコールってすれば、何とかなるぜ!」と教わってたっけ?
それじゃあ、メニューを開……。
「…………ふざけないでください」
……こうとしたその時、背後からそんな威圧感あふれる声が聞こえてきた。今俺の後ろにいるのはアッシュさんだけなので、これはアッシュさんの声なのだろうけど……。
今までのアッシュさんからは考えられないほどに低く、怒気を含んだ声だったので、本当に本人か? と思わず振り返ってしまった。
ゾクッとした。
そこにいたのは、完全に目が据わっているアッシュさん。無表情なのが普通に怖かった。アッシュさんはその表情のまま、俺の前に出てきた。
も、ものっそい怒ってらっしゃる……。
「あ、アッシュ……さん?」
ナンパ男を睨みつけるアッシュさんのその威圧感たるや、怒りを向けられていない俺から、演技する余裕を奪うほど。
……アッシュさんって、怒るとこんなに怖かったんだぁ……。と、現実逃避気味に考えることしかできなかった。
「さっきから、何を言っているんですか? 訳の分からないことばかり口にして、ふざけるのも大概にしてください。自分の口にしてることがどれだけ恥知らずで滑稽なことなのか、ご自分で理解していないのですか? ……ああ、理解できるほどの知性があったら、あんな言動をとるわけありませんね。すみません、短慮でした」
「な、何を言って……」
「黙りなさい。貴方が口を開くと周りの人を不快にさせます」
「…………ッ! ………ッ!?」
ナンパ男が声にならない叫びをあげながら、顔を真っ赤にしている。情けないことに、アッシュさんの迫力に飲まれて、何も言えないようだ。
「自分がどれだけ馬鹿なことをしたのか、理解できましたか? 理解できたのなら、早く私たちの前からいなくなってください。ああ、リューに謝るのを忘れないでくださいね? 誠心誠意謝罪してから消えなさ……」
「アッシュ、落ち着いて」
何とか復活した俺は、アッシュさんの肩をつかんで止める。これ以上は、彼女に変な噂が立ってしまいそうである。
俺が置いた手に反応するように、アッシュさんが肩をはねさせた。我に返ってくれたかな?
「俺は大丈夫だから、そんなに怒らないで。ほら、リラックスリラックス」
「で、でも、リューが、殴られて……ッ」
「ゲームの中なんだから、傷が残るわけでもないし。まぁ、気にしてない……って言ったらうそになるけど、あれの相手をする方がめんどくさいからね」
「……そうですね。ごめんなさい、リューが殴られたのを見たら、つい、カッとなってしまって……」
「ふふっ、俺のために、そんなに怒ってくれたの? うれしいよ」
「え、あっ、いえ、そういうわけじゃ……。で、でも、リューを心配してたのは本当……。あ、あぅうう……」
からかうように笑いかけると、とたんに顔を赤くしてあわあわしだすアッシュさん。うんうん、やっぱりアッシュさんはこうじゃなきゃ。
俺が笑っていると、からかわれたことに気づいたアッシュさんが頬を膨らまして不満をあらわにする。普通に可愛いだけですよ?
不満顔のアッシュさんに「ごめん」と謝ってから、はいっと手を差し出す。
「じゃあ、いこっか。これ以上、時間を取られちゃ敵わないからね」
「え? ……は、はい、そうですね」
これ以上は騒ぎになるから、という俺の意図を的確に組んでくれたアッシュさんが、差し出した手にその細い指をそっと添えてきた。
ナンパ男の方に視線を向けると、彼はいまだに口をパクパクさせながら放心していた。いやまぁ、怖かったもんね、怒った時のアッシュさん。正直俺も、あの迫力で来られたら、動揺を隠す自信はない。
そろそろ野次馬の山ができそうになっていたので、アッシュさんと二人、「お騒がせしました」と周りに頭を下げながら、その場から去るのだった。
おとなしい人が怒ると怖い。というお約束。
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