リバイヴ・オブ・ディスピア 決戦11
グラシオンは大鎌を両手で振りかぶると、緩慢な動作でそれを振り上げた。
『ゥァアアア……シ……ネェ……』
「やばっ! に、逃げろォオオオオオオオオオオオッ!」
「「「「「うわぁああああああああああああああああああああッ!!」」」」」
鎌の攻撃範囲にいたプレイヤーたちは、全速力でその場を離れようとする。だが……少しだけ、遅い。
ヒュンッという風切り音と共に、鎌が消失した。
直後……戦場に嵐が君臨した。
ゴウッ、と烈風が発生し、地面が抉り取られる。何かがぶつかる音が轟き、衝撃が辺りにまき散らされる。
その範囲内に運悪く残ってしまったプレイヤーたちは、HPを一瞬でゼロにして白い粒子となった。
大鎌を振り上げ、振り下ろす。グラシオンが行ったのはただそれだけ。ただそれだけで、甚大な被害をもたらしたグラシオン。プレイヤーの中には、絶望的な表情を浮かべているものもいる。
けれど、そんな絶望にもリューは笑顔で突っ込んでいく。
『シネ……コロス……コロス……』
「やれるもんならやってみな。【デモンズクロウ】ッ!」
背中の羽根を羽ばたかせて加速し、すれ違いざまに斬撃を叩き込む。さらに、羽根を広げることで急停止、急旋回を行い、もう一度突っ込んでいった。
「【デモンズフィスト】ッ!」
異形の腕から繰り出される打撃が、グラシオンの後頭部を激しく叩く。衝撃で揺らめくグラシオンがリューへと鎌を振るうが、命中寸前に跳躍したリューには紙一重で当たらなかった。
攻撃を回避したリューは一度距離を取り、グラシオンを観察する。
巨大化した影響で、的は大きくなったがステータスがシャレにならないくらい上がっている。先ほどの二連撃も、さしたるダメージにはなっていなかった。
あの鎌を使った攻撃も、出が遅いため回避は容易だが、威力は驚異的。まだ魔法は使っていないが……あ、魔法陣展開した。どうやら魔法も普通に使ってくるようだと、脅威度を一段階上げる。
状況は、グラシオンを倒せばこちらの勝利、全滅すればこちらの負けととても分かりやすくなっている。あまり長引かせず、短期決戦で勝負をつけたいところではあるが……。
と、そこまで考えたとところで、リューはあることを思いつく。そして、自分の直感がその思い付きを推奨していることにも気づいた。
となれば、それが実現できるのか。本当に有効なのかを素早く思案し……十分可能だと、結論付ける。
そうなれば、後は動くだけ。リューはさっとメニュー画面を操作して、アポロへと通信を繋げた。戦闘中かもしれないので、サウンドオンリーにするのも忘れない。
少しして、通信がつながる。
「おーっす、アポロー。いまちょっといいか?」
『リュー! どうかしたのか!? 今こっちはでかくなったグラシオン・ゲーティスをどうするかって相談をしてるんだが……』
「ああ、俺もそのことで連絡した。俺にいい考えがあるんだ」
『……そのセリフは不安しか感じねぇんだけど……まぁいいや、どんなだ?』
「それなんだがな……」
リューはアポロに、自分の考えた作戦を話す。それを聞いたアポロは、十秒ほど考え込んだあと、ポツリと呟いた。
『……いいな、それ。ああ、いけそうだ』
「おしっ、お前が言うんなら間違いないだろ。というわけで、頼んだぜ?」
『おうよ! リューこそ、しくじるんじゃねぇぞ!』
「バーカ、お前じゃないんだし、そんなことするか」
『そこで俺を引き合いに出す意味』
軽口を叩き合いながら通信を切ったリューは、己の立てた作戦を遂行するために動き出した。
一方、リューからの通信を受けたアポロは、周りにいたプレイヤー……レイ、ガンダールヴ、マギステル、アテネに声を掛けた。
「おいお前ら、リューがグラシオンを倒せる方法を考えてくれたんだが……聞くか?」
「「「「……神官が?」」」」
揃って信じられないものを見るような顔をしたトップギルドのギルドマスターたち。彼らの中でのリューは完全に『ザ・脳筋』であり、作戦という言葉とは程遠い場所にいる存在だからだ。一応、悪魔の潜入を見抜いたりもしているのだが……他の部分が強烈すぎる故、是非もない。
「……いやまぁ、何考えてるのかは分かるけど、リューだって普通に考えて戦ってんだぜ?」
「本能で暴れまわる獣の類だと思っていたが……そうではないのか」
「あはは……マギステルはちょっと言い過ぎだけど……僕も正直に言えば以外かな?」
「まっ、何でもいいじゃねぇか。とりあえず、その作戦とやらを聞こうぜ」
「ガンダールヴの言う通りね。ほら、アポロ。キリキリ話しなさい?」
「なんで無駄に偉そうなんだよ……まぁいいや、それで、作戦ってのはな……」
アポロはリューが考えた『作戦』について四人に説明する。黙ってそれを聞いていた彼らに、一通り話し終えたアポロが「どうだ?」と問いかける。
聞いた話を自分の中で咀嚼し、飲み込んで、それが実行可能かどうかを考え……なんか、割りと行けそうな感じがした。してしまった。
リューが立てた作戦は、はっきり言って一蹴されてもおかしくないようなものだった。けれど、作戦の中核というか、一番重要な部分を担うのがリューであり、そう考えると作戦成功は別におかしくないように思えてしまう。
なので、
「「「「……まぁ、いいんじゃない?」」」」
リューの作戦が、正式に採用されたのだった。
グラシオンの周りを飛び回り、ヘイトを一身に集めていたリューにアポロから通信が届く。横薙ぎに振るわれた大鎌を躱しながら、リューは通信に出た。
「アポロ、どうだった?」
『オッケーだ! じゃっ、頼んだぞ?』
「了解、そっちも準備しとけよ?」
『おうよ!』
交わされた言葉はそれだけ。だが、二人にはそれで十分だった。
リューはにぃ、と笑みを深めると、さっそく動き出す。演説の時に使ったマイクのようなアイテムを取り出すと、音量を最大に設定し、戦場全域に届くようにと声を張り上げた。
『諸君ッ! 勇敢なる戦士諸君ッ! 聞こえるか!?』
芝居がかったリューの声が、戦場に響き渡る。
『俺は今から、このデカブツと化した骨を粉々に砕きたいと思っている! 諸君にはそれに協力して欲しい!』
いきなりのことにオロオロしていたプレイヤーたちは、リューの言葉を理解するにつれて、驚きと……猜疑心の混じった表情を浮かべた。
そんなことが出来るのか? いや、上手くいくはずがない……巨大化したグラシオンの力を目の当たりにしたプレイヤーたちは、恐怖によって自然とネガティブな思考が生まれてしまい、リューの言葉を信じることが出来なかった。
『――――諸君は今、『出来るはずがない』……そう、考えただろう?』
リューがわずかに間を空けて放った、プレイヤーたちの内心を見透かしたような言葉に、実際にそう考えていたプレイヤーたちはビクッと肩を揺らした。
『強大な敵を見て臆したのか、俺が信じられないのか、はたまたその両方か……けれど、そんなことはどうだったいいんだ』
リューはさらに言葉を重ねていく。その場の全員の心に届くよう、一言一言に力を籠める。
『俺は言ったはずだ。戦場に立った時点で、やることは決まっていると。戦い続けることこそが俺たちのすべきことだと。そして、諸君らはそれに応じたではないか? あの気炎に満ち満ちた諸君らの姿は、あの時だけのものだったのか? 違うだろうッ! 諸君らの胸の内には、まだ闘争の炎が燃え盛っているはずだ。デカブツに目をとられて、それを見失っているだけだ。そうだろう? 勇敢にして、ここまで戦い抜いてきた屈強なる戦士諸君よッ!!』
リューの言葉に、これといった根拠はない。ただ、あまりに強くまっすぐに届く彼の声は、聞くものの心を確かに揺さぶった。
『……どうやら、覚悟は決まったようだな?』
そして、そんな彼らの心の揺らぎを目ざとく見破ったリューが、確信めいた言葉を放つ。それによって、聞いていたものたちは自分自身の心の揺らぎが、戦う覚悟を決めたことによるものだと、信じてしまった。
まぁ、ノリと勢いで押し切ったとも言えなくもない。
『ありがとう、諸君ッ! これで俺たちの勝利は約束されたも同然だ!』
プレイヤーたちが心変わりする前に、リューは考える時間を打ち切る。その勢いに感化されてか、プレイヤーたちは闘志の宿った力強い瞳を輝かせていた。
『では、諸君らにやってほしいことを言おう。今から俺が、骨野郎の動きを止め、行動できない状態にするッ! そうしたら、諸君らは全力の攻撃を、ひたすらにグラシオンに叩き込んでくれッ!』
リューの思いついた作戦、それはグラシオンを動けなくして、プレイヤー全員で袋叩きにするというモノ。確かにシンプルかつ有効な手ではあるが、作戦かと言われれば首を傾げざるを得ない。
そして、グラシオンを行動不能にするという一番重要な部分についても、『リューが行う』ということしか分かっておらず、詳細は一切不明。
しかし、リューが自信たっぷりに言い切ったことと、ノリと勢いとハイテンションに脳が侵されていることが、正常な判断をプレイヤーたちから奪い去っていた。
『では行くぞ諸君ッ! 安易な巨大化は負けフラグということを、骨野郎に教えてやれッ!!』
「「「「「うおぉおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」」」」」
リューの言葉に、雄叫びを以て戦意を示すプレイヤーたち。大地を揺らすほどの咆哮が轟いた。
「……いいんだろうか、これで」
「いいんじゃないすか? なんだかんだで、まとまってはいるっすから」
「というかこれ、ただの洗の……」
「おっと、それ以上はまずいっすよ、副マス」
ごく一部の冷静な者たちの言葉は、咆哮にかき消されて誰の耳にも届かなかった。
「よしっ、じゃあ行きますか」
「………………(こくこく)」
洗の……演説でプレイヤーたちの協力を取り付けたリューは、暗黒騎士を倒してきたアヤメと共に、一度地上に降りていた。
「アヤメ、まずは足を崩すぞ」
「………………(こくり)」
短いやりとりを交わし、リューとアヤメは同時に駆け出した。走りながら付与魔法の更新、スキルによる強化などを施し、自分を最高の状態に仕上げる。
そして、準備を終えた二人は体勢を低くしたまま、高速でグラシオンとの距離を詰めていく。
接近してきた二人に気付いたグラシオンが魔法を放ってくる。頭上から降り注ぐ破壊の雨。リューとアヤメは、それを更に加速することで回避した。
魔法の弾雨を潜り抜け、ついにグラシオンを間合いに捉えた二人は、ぐっと膝をたわませて、地面を蹴りつける。
「【ハイジャンプ】ッ」
「………………(ていっ)」
リューはアーツで、アヤメは足裏の【インパクト】を発動させることで跳躍。
二人が狙うのは、グラシオンの膝。
「【ブーステッド・STR】、《闇色覇気》、【タイラントプレッシャー】、《獣撃》……【デモンズフィスト】ッ!」
リューが強化に強化を重ね、アーツを複数発動させた拳を。
アヤメは《錬気》、《化生転身》で身体能力を強化し、《魔装》にて自分の最強魔法【ルイン】を纏わせた拳を。
「はああぁあああッ!」
「………………(きっ!)」
それぞれ、グラシオンの膝へと叩き込んだ。
リューの一撃は骨を盛大に砕き、追い打ちをかける様に発生した衝撃波がそれを更に甚大なモノにする。
アヤメの一撃は触れた端から骨を粉末状に変えていき、破壊というよりは崩壊といったほうが正しい損害を与えていた。
二人の攻撃は見事にグラシオンの膝を破壊し、巨躯を支えるものが消えたグラシオンは大きく体勢を崩した。
しかし、まだリューとアヤメの攻撃は終わっていない。リューはアヤメを右手に座らせるようにして抱えると、背中の羽根を羽ばたかせて飛翔する。
崩れ落ちそうになっていたグラシオンはどうにか手を吐くことで転倒を免れていたが、それによって大鎌を取り落としていた。
ならばと、魔法陣を展開し、魔法をばら撒こうとするグラシオン。しかし、リューはそれを許さない。
「アヤメッ! 頼んだッ!」
上空に舞い上がったリューは、グラシオンの後頭部へと『強襲型アヤメ』を発動。射出されたアヤメは、彗星の如き勢いで突き進んでいく。
「【カースウェポンズ】ッ!」
そしてリューは、上空で両手を左右に広げ、その先に闇を固めたような漆黒の槍を数本、創り出す。
その槍はどんどん大きさを増していき、やがて五メートルほどの長さになった。太さもかなりのものであり、もはや、槍というよりも杭と行ったほうが正しそうだ。
「………………(ていっ!)」
それと同時に、アヤメがグラシオンの後頭部に着弾。衝撃系の魔法を纏わせたアヤメの拳を受けたグラシオンの頭部は弾き飛ばされた。
それにより、巨躯を支えていた腕も外れてしまい、グラシオンの身体はうつぶせの状態で地面に倒れ伏す。ズドンッ、という音が響き、グラシオンの巨大な身体は地面にめり込んだ。
アヤメはグラシオンに拳を叩き込むと同時に離脱しており、地上に降りてリューのやることを見守っていた。
「……いけッ!」
リューが命じると、漆黒の槍は勢いよく飛び出し、倒れ伏したグラシオンの両肩、脚の付け根、胴体の中心、罅の入った後頭部にそれぞれ突き刺さった。
『グァアアアアアア……』
昆虫標本のような姿になったグラシオンが悲痛な叫びを上げた。
しかし、それを聞いてもリューは止まらないどころか、さらに笑みを深めてもう一度マイクのようなアイテムを手にした。
『今だッ! 全員で攻撃を叩き込めッ!!』
リューの声が戦場に響き渡る。そしてそれは、グラシオンにとっては終焉の喇叭に等しい号令だった。
「「「「「うおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」」」」」
ドドドッ! と砂埃を巻き上げながら動けなくなったグラシオンへ攻撃を叩き込んでいく近接プレイヤーたち、数多の武器が振るわれ、アーツの光がそこら中で花を咲かす。
さらに、炎、水、風、地、光、闇と色彩豊かな魔法が吹き荒れ、グラシオンを打ち据えていく。爆炎やら暴風やら激流やら土石流やらが猛威を振るい、動けないグラシオンをこれでもかと苛め抜く。
千近く残っていたプレイヤーたちの一斉攻撃は、中々壮観であり……傍から見れば割と怖い光景だった。
そして、トップギルドのギルドマスターたちも、攻撃に参加し始める。
「オラッ! 超魔導砲【ギガ・キャノン】! 撃てぇえええええええッ!」
ガンダールヴは、巨大な大砲から白色の魔力砲を放ち、
「攻撃はあまり得意じゃないんだけど……【ケルビム・レーザー】」
アテネは背中に光の羽根を浮かべると、そこから無数のレーザービームを撃ち出し、
「神官だけに美味しいところを持っていかせるかッ! 見よッ! 我が極大魔法の力をッ!
【ケイオス・メルト】ッ!」
マギステルは、極彩色の球体を創り出すと、それを降らせ、
「では僕も……【ディバイン・セイヴァー】!」
レイは聖剣を振りかぶり、極光を纏った斬撃を叩き込み、
「陽光充填……行くぜッ! 【プロミネンス・ブレイザー】ッ!」
「氷獄の冷気よ……【アブソリュート・ゼロ】」
アポロが自身の頭上に作り出した疑似太陽から発射した熱線で薙ぎ払い、サファイアは地獄の絶対凍土を地上に顕現させた。
強力無比な攻撃が容赦なく叩き込まれ、グラシオンのHPは恐ろしい速度で減少していく。残り四割……三割……二割……一割……。
そして……。
『グ……ガァアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
「「「「「う、うわぁああああああああッ!?」」」」」」
残りHPがほんの数パーセントになったグラシオンが、全身からどす黒いオーラをまき散らしながら起き上がった。いつの間にか、リューとアヤメが破壊した膝まで再生している。
ボスモンスター特有の、HPが一定以下になった時に発動する暴走。ステータスは上昇し、今までにない行動をすることもある。
だが、復活したグラシオンを見ても、慌てるプレイヤーは少なかった。
彼らには分かっていた。すでにグラシオンが終わっていることを。
彼らは気づいていた。真っ先に突貫していきそうなとある神官が何故か攻撃に参加していないことに。
彼らは分かっていた。神官が、何かをやらかそうとしていることを。
そして、彼らには見えていた。グラシオンの頭上で、異形の腕を天高く掲げる姿が。眩い深紅の輝きが。
戦いの終わりは、近い。
「制定」
ボコボコにされるグラシオンを眼下に見据えながら、リューは呪文を紡ぐ。
「『我、神の名のもとに教義を【次の一撃】と定め、これを絶対順守の掟とする』」
【自己本位的教義】により、次に放つ一撃にすべてを投じたリュー。今の自分の使える最強の一撃を、最高の状態で放つ。ただそれだけのために、リューはさらに言葉を紡ぎ始めた。
「『壊せ、壊せ、壊せ。崩せ、崩せ、崩せ。侵せ、侵せ、侵せ』」
異形の左腕を天に向けて掲げた。すると、そこに巻き付いていた鎖が弾け飛び、甲冑に走る深紅のラインが怪しく発光する。
「『人も魔も聖も邪も、常世も幽世も何もかも。余すことなく万物万象、総てを破壊せし終極の一撃よ』」
甲冑に走るラインから赤黒い粒子が噴き出し、掲げた手の平の中央に集まっていく。
血液が結晶化したかのような球体がそこに出来上がり、さらに多くの粒子を取り込んでいく。
「『天を裂き、地を砕き、海を干す。そこに残るものなど在りはしない。ただただ無が出来上がる』」
大きさは変わらず、輝きだけを増していく深紅の球体。
そして、呪文を終えたリューはジッと自分が動くべき時を待つ。
自分の一撃が、最大限に効果を発揮するその瞬間。それを見極めるべく、神経を研ぎ澄ませて集中を深める。
下から聞こえてくる激しい戦闘音をBGMに、静かに佇むリュー。
そして、聞こえてきた音に変化が現れ……グラシオンの叫び声が聞こえた瞬間に、にやりと笑みを深めた。
下を見てみれば、何やら黒いオーラを纏ったグラシオンが、拘束を破って暴れていた。
それを確認したリューは、左手で深紅の球体を強く握りしめると、悪魔の羽根を羽ばたかせて下へと飛ぶ。
加速、加速、加速。トップスピードで突き進むリュー。
暴走状態のグラシオンへ一瞬にて接近したリューは、飛んできた速度をそのままに、拳を握った左手をぶち込んだ。
その瞬間、リューの左手の中から深紅の光が漏れ、グラシオンに向けて放射状に降り注いだ。
「【グラウンド・ゼロ】」
それが、戦いの終わり。
リューが呟くとともに勢いを増した深紅の光。それを纏った拳はグラシオンの頭蓋を砕き、そのまま止まることなく下へ下へと貫いていく。
グラシオンは断末魔を上げることすら出来ず、徐々にその身を崩していった。
そして、リューの拳がグラシオンを突き破って地面を抉った、その時。
リューの拳からこれまでにないほどの光が溢れ、崩れるグラシオンを包みながら天に昇って行った。
その光が空を覆う曇天に突き刺さり……一瞬のうちに、総ての雲を吹き散らしてしまった。
晴れわたる空と、輝く太陽。戦場は元の草原に戻った。
そして、天を衝いていた深紅の光も晴れ、残ったのは、地面に拳を突き立てリューだけ。
誰もが固唾を飲み、静寂がこの場を支配する中、リューは憑依召喚を解除しながらゆっくりと立ち上がった。
それと同時に、プレイヤーたちの頭の中に、アナウンスが響き渡った。
《イベントボス:グラシオン・ゲーティスが討伐されました》
《聖女イーリスによって異界の浄化が完遂されました》
《イベントクエスト『リバイヴ・オブ・ディスピア』はクリアされました。おめでとうございます》
そのアナウンスが、プレイヤーたちの勝利を告げたその瞬間、
――――草原に、プレイヤーたちの大歓声が響き渡った。




