リバイヴ・オブ・ディスピア 決戦8
アヤメが戦いに参加したのを見届けたリューは、さて、と呟くと表情を引き締めた。
つい先ほど彼の頭の中に鳴り響いたのは、彼がアポロから貰ったとある魔法の効果によるものだった。
最初に決めた対象に危機が迫ると、警鐘を鳴らす。それが、この魔法の一つ目の効果。これにより、リューは魔法の対象……イーリスに危機が迫っていることを知った。
そして、二つ目の効果は……。
「『我は守護者。いついかなる時も、汝の側に寄り添い、汝を艱難辛苦より守る者。これは誓い。たとえこの身が遥か彼方に在ろうと、悠久の先に居ようと、我は汝と共にある。この誓いは永久のもの。この身が朽ち果てようと、我は――』」
リューの口から紡がれる詠唱。それにより、彼の足元に魔法陣が現れる。
この魔法は、《召喚魔法》の一種。だが、普通の召喚魔法のように、何処かから何かを連れてくる魔法ではない。
「『――――我は、汝を救い、守って見せる』」
これは、『自分自身を魔法の対象者の側に召喚する』魔法。
闇に落ちてしまった守護者が、生前に生み出した『誰かを守るための魔法』。
絶対に、守って見せる。私がどこに居ようと、キミがどこに居ようと。
どこからでも、いつからでも駆けつけて、キミを守る。
そんな願いの込められた優しい魔法。その名は――
「【我が身在るべきは汝の側】」
そして、魔法は発動する。
おかしな……けれど、守りたい存在を守り抜くということに関しては、右に出るものがいないであろう神官を、聖女の元へと届ける。
魔法陣が輝き、リューの身体は戦場から消えた。
そして、次の瞬間には――――目の前に、あの悪魔がいた。
「ふんっ!」
「きゃぁ!?」
思考を挟む暇すら与えず、取り出した紅戦棍を振りぬく。不意を突かれたこともあり、悪魔はそれを無防備に喰らい、吹き飛んだ。
何も考えずに敵の排除を優先したリューは、とりあえずといった様子であたりを見渡した。そこそこ広い中庭は、戦闘痕は残っているものの、戦っていたはずの者たちの姿がない。それが何を表すのか……リューは直感的に理解し、内心で歯噛みした。
そして、中庭の外壁の一角に目を向けた時、そこで白い粒子になりかけている黒炎の姿を視界に納めた瞬間、リューは悔しさに顔を歪ませた。
間に合わなかった。いや、イーリスの危機ということは、すなわち親衛隊の全滅を示す。なのでこの光景は当たり前と言えば当たり前なのだが……。それでも、目の前で誰かが消えていくというのは見ていて気分の良いモノではない。
しかもそれが、年下の女の子で、どこかサファイアやアッシュの同類のようと来れば、無意識にリューの《お兄ちゃん》は発動してしまう。
リューは消えゆく黒炎に、「ありがとう。後は、任せてくれ」と聞こえるはずのない言葉を呟き、笑みを向けた。君たちの頑張りを無駄にはしない。絶対に悪魔を倒して見せる。……そんな誓いを籠めた笑みを。
その笑みを見たおかげなのかどうかはリューには分からないが、それでも黒炎は安堵の表情を浮かべ、その身を完全に白い粒子に変えた。
それを見送ったリューは、悲し気にそっと目を伏せ……。
「……さて、また会ったなァ。悪魔」
――ることはなく、凶悪な笑みを浮かべ、紅戦棍で放たれた打撃を受け止めた。
「チッ、気付いてたのね。忌々しい」
「ハッ、なんで気付かれないと思った? あれだけ敵意丸出しなんだ。分からない方がおかしいだろう」
「……つくづく、忌々しい」
苦虫を百匹ほど咀嚼したような表情で、悪魔は吐き捨てた。それは、一番出てきてほしくない存在に、出てこられた事に対する不満であり、目の前のおかしな神官に対しての無意識の恐怖だ。
しかし、悪魔はそれを認めない。自分が人間風情に恐怖していることを認めるなど、プライドの高い彼女には到底不可能だった。
だから、悪魔は壮絶な表情を浮かべて見せる。膨大な敵意と冷徹な殺意が、紅戦棍越しにリューに叩きつけられた。
「おかしな神官、私が殺すから、貴方はここで死になさい。そして私は、聖女ちゃんで面白おかしく遊ぶのよ」
「断る。イーリスの守護者として、その言葉を受け入れることはできねぇよ。お前はここで倒す、クソ悪魔」
負けじと、リューも闘争心と殺意を燃やし、それを悪魔に向けて叩きつける。悪魔とリュー、二人の殺気がぶつかり合い、バチリと空間に火花を散らす。
「……クソ悪魔って言うな。私には、ディーアという名前があるのよ」
「そうか。なら、俺のこともおかしな神官と呼ぶな。俺にはリューという名前がある」
物騒すぎる自己紹介。この場で初めて相手の名前を知ったリューと悪魔――ディーアは、互いに視線をぶつけ合い、そして、ほぼ同時に口を開いた。
「「――分かった、クソ悪魔(おかしな神官)」」
次の瞬間、ディーアの眦が吊り上がり、リューは壮絶な笑みを浮かべる。
「「――――死ねッ!!」」
戦いの火蓋が、切られた。
悪魔と神官。決して相容れない存在同士のぶつかり合い。聖に属するモノと、邪に属すモノ。彼らの戦いは定められた宿命だったのか。それを知る者はいない。
「しゃぁッ!!」
「ラァッ!!」
悪魔の拳と、リューの蹴りがぶつかり合う。拳の三倍の威力があると言われる蹴り。それを放ったリューが競り勝つ……なんて事にはならない。
悪魔の拳とリューの蹴りの威力は、ほとんど同じだった。ドンッという激突音が響き、衝撃波がまき散らされる。そして、互いにぶつけ合った箇所が弾き飛ばされる。
その一瞬の交差で、リューは相手のステータスが自分のそれよりも高いことを理解し、より一層警戒を強めた。
そして、弾き飛ばされた足の反動を利用し、横回転を加えた紅戦棍を振りぬく。ディーアはそれをバックステップで回避。リューが紅戦棍を振り切ったタイミングで、スピードを重視した拳を振りぬく。
リューはその拳を、わざと体勢を崩して回避。地面にうつぶせに寝転がるような姿勢をとると、紅戦棍を持つ以外の手足を使って悪魔に突進した。
獣染みた動きで迫るリューに、ディーアは慌てることもなく迎撃態勢に入った。丁度リューの顔面が来る場所に、蹴りを準備しておく。
それを見た瞬間、リューは紅戦棍で地面を叩き、その反動で蹴りの軌道から外れる。そのまま空中でアクロバティックな動きをし、ディーアへと蹴りを叩き込む。それはディーアが交差した腕に阻まれてしまい、直撃には至らなかった。
それでも、ディーアの身体を数メートル吹き飛ばすことが出来た。これでようやく、少しだけ安心できると、リューはディーアに悟られぬように内心でため息を吐いた。
【我が身在るべきは汝の側】は魔法の性質上、対象のすぐそばに召喚されてしまう。そのまま戦闘に移行してしまえば、守護対象の近くで戦うことになってしまう。
リューはそれ故に、ディーアに距離を取らせるように立ち回ったのだ。
距離が開いたことで、仕切り直しになった。リューは紅戦棍を油断なく構え、ディーアも拳を握り体勢を低くする。
「……おい、クソ悪魔。お前、魔法使いじゃないのか? 随分と近接格闘が上手いようだが?」
「あら、私は近接戦闘の方が得意よ? ただ、人間の魔法使い風情とは比べ物にならないくらいに魔法も使えるだけ。貴方みたいに、神官の癖に戦士の真似事をしているのとは違ってね」
「ぐっ……、言い返しにくいことを的確に抉りやがって。やっぱりクソ悪魔はクソ悪魔だったか」
「ちょっと? それは八つ当たりよ?」
リューの悪態に、ディーアが思わずといった様に言い返す。
しかし、リューはそれに取り合わず、くるくると紅戦棍を手のひらで弄びながら、笑みを深めた。
「まぁ、どうでもいいことだ。一方的に魔法をボコスカ撃たれるって状況を攻略するのも楽しそうだったが……やっぱり、近接戦闘の方が楽しいからなァ」
「……本当に、なんでこんな奴が神官やってんのよ……」
どこぞのトップギルドや掲示板で「それな」と数多の共感を得られるだろう感想をディーアが吐露する。
それに一瞬だけ微妙な顔をするも、リューはすぐに笑みに戻ってディーアに襲い掛かる。
「【クイックステップ】」
アーツによる高速移動。一瞬で彼我の距離を詰めたリューは、紅戦棍を斜め上から振り下ろす。
「そんな大振りな攻撃が効くと思ってるの!」
ディーアは紅戦棍の軌道から即座に横に飛び退き、鋭い拳を振るう。リューはそれをスウェーバックで避けると、足を振り上げて蹴りを放った。
ディーアはその蹴りを体をドアのように回転させて回避。すぐさまリューの顔面に裏拳を打ち込む。
眼前に迫る裏拳を、とっさに右腕を滑り込ませることで受け止める。ディーアの裏拳を受け止めた腕がミシリ、となるが、リューは【ヒール】で即座に損傷を治療。ディーアに向かって躱し辛い横薙ぎの一撃を紅戦棍で放った。
ディーアはその一撃に蹴りを合わせることで対処。しかし、蹴りや拳と違って紅戦棍は重い。それを直接受け止めてしまえばどうなるかなんて分かり切っていた。
「ぐぅ!」
わずかに苦悶を漏らしながら、十メートルは飛ばされるディーア。とっさに翼を広げて体勢を整えようとしたが、リューはその隙を見逃さない。
「【エアリアルブリンガー】!」
風を纏って突進する風属性の剣術アーツ。それを抜き手の形にした腕甲冑で発動させたリューが、ディーアに向かって突き進む。
とっさに魔法障壁を張ってそれを防ぐディーア。だが、リューはそれを見てニヤリと頬を吊り上げた。
「【決戦式・魔法破壊】!」
リューの叫びと共に、風を纏う腕甲冑に光が灯る。その光が触れた途端、ディーアの魔法障壁は飴細工のように砕け散った。
「魔法破壊――!?」
「その通りだよ! オラァッ!!」
「くぅ!?」
リューの刺突がディーアの腹部に突き刺さる。瞬間、腕甲冑に纏わりついていた風が膨らみ、破裂する。
「ぁああああああああっ!?」
至近距離で烈風を浴びたディーアの身体が紙屑のように吹き飛び、中庭の外壁に激突。ズドン、という衝突音と共に、砂埃がディーアの身体を隠す。くしくも、彼女が黒炎にやったのと同じ状況になってしまう。
戦いが始まって初めて決まったクリティカルヒット。しかし、リューは珍しく笑みを消して苦々しげな表情を浮かべていた。
「……やっぱりか」
認めたくない何かを認める様に、ポツリと呟くリュー。その視線の先には、ディーアのHPゲージがあった。ここにリューが現れるまでの間に親衛隊が与えたダメージは、全体の三割ほど。しかし、ディーアのHPゲージは、リューが現れた時からほとんど変動していなかった。
レベル差が生むステータスの格差の結果……というわけではない。原因はもっと別にあり、リューはそれが何なのか、すでに理解している。
「ふふっ、その様子だと、知っていたようね?」
小馬鹿にしたような声が、砂埃の向こうから聞こえてくる。それに合わせて、かつかつと足音を響かせながら、ディーアが姿を現した。
リューの容赦ない一撃を喰らったというのに、ディーアの腹には傷らしい傷は見当たらなかった。多少砂埃で汚れているだけである。
事前に分かっていたとはいえ、これは厄介だとリューは内心で独り言ちる。
「……悪魔に物理攻撃は効きにくい。まさかここまでとは思ってなかったぞ?」
「知っていたのに向かってきたの? どうしようもないお馬鹿さんね。やっぱり脳筋なのかしら?」
「オイコラ、誰が脳筋だ」
さらりと吐かれた罵倒に、リューの頬がひく付いた。しかし、今はそれどころではないと苛立ちを飲み込み、ディーアに視線を向けつつ口を開いた。
「……悪魔ってのは、魂を核に魔力が集まって生まれる。いわば魔力生命体ってヤツだ。物質的な身体があるように見えて、その体は物質と非物資の間のような存在だ。だから、物理的な干渉にはめっぽう強いし、魔法への耐性も普通の生物よりも高い」
「その通り。聖女ちゃんに教えてもらったのかしら?」
「ああ、お前の存在が分かった後にな」
そっけなく言ったリューに、ふむふむと頷くディーア。
「ふぅん、そうなの。……あっ、そうだ。貴方には聞きたいことがあるんだった」
「あ? 命乞いなら聞かねぇぞ?」
「違うわよ!」
胡乱気な視線を向けるリューに、心外だというように頬を膨らませるディーア。
「聞きたいのは、どうして私が人間に紛れているって分かったかってことよ」
「……ネタ晴らしはしたはずだぞ? 全員の顔を覚えていたから、紛れ込んでいたお前に気付けたんだよ」
「違うわ。そういうことじゃない。私が聞きたいのは、どうして紛れ込んでいるのが『悪魔』だと気付けたかってことよ」
ディーアの言葉に、リューは「ああ……」と思い出したかのように頷いた。
「何、単純なことだ。とある一冊の本に違和感を覚えた。ただ、それだけだよ」
「……それだけで分かるわけないじゃない。馬鹿にしてるの?」
真面目に答えろ、と強い視線で刺してくるディーアに、リューは面倒臭そうに口を開いた。
「……グラシオン・ゲーティス。かつてこの国の宮廷魔導士だったアイツを不死の王に仕立て上げたの、お前だろ?」
「……あら、どうしてそう思うの?」
「返答に間があった時点で図星と言っているようなもんだが……まぁいいや」
リューは紅戦棍をくるくると弄びながら、ディーアの求める『理由』を話し始める。
「俺が違和感を覚えたのは、アンデッドの生態……この言い方正しいのか? ……まぁ、生態の書かれた本。その中で、不死の王や不死の魔術師について記された個所だった。そこにはこう書かれていたんだよ。『不死の王や不死の魔術師は魔導士が秘術によってなった個体しか存在しない』って……。それが本当なら、おかしなことだろう?」
「何がおかしいって言うの?」
ディーアがしれっと問いかけると、リューは彼女にジト目を向けながらため息を吐く。
「はぁ、わざとらしいんだよ。分かってんだろ? 不死の王は本人が望まない限りなることはない。……つまり、姫襲撃の罪人として処刑されたグラシオンは、不死の王になることは不可能だ」
話しているうちに興が乗って来たのか、リューは紅戦棍をくるくるする速度を上げながら、もう片方の人差し指をピンと伸ばした。
「ということは、死んだあとのグラシオンを何らかの手で不死の王に変えてしまった存在がいる。そして、そんな真似をしでかすような存在なんざ、考え得る限り一つしかいない」
リューはくるくるしていた紅戦棍を止め、その切っ先をディーアに向ける。そして、不敵な笑みと共に言い放った。
「――悪魔。己の快楽と愉悦のために、他者を弄ぶ邪悪。魔力が意志を持ったような存在なため、魔法の扱いに長ける……だったな。まぁ、イーリスに教えてもらっただけなんだがな」
そう言って肩を竦めたリューは、「どうだ?」という視線をディーアに送る。それを受け取ったディーアは、くすりと万人を魅了するような笑みを浮かべる。
「大・正・解♪ 死んでもなお上質な絶望に魂が囚われていたグラシオンを不死の王にしたのは、私。ついでに、グラシオンをそそのかしてこの国を滅ぼしたのも私よ」
けらけらと笑いながら、ディーアは己のやったことを暴露していく。まるでちょっとした悪戯を自慢する子供のように、あまりに無邪気な悪意をさらけ出す。
そんな姿を見て、リューはゾクリと背筋に冷たいものが走るのを感じた。それを誤魔化すように、ディーアに突き付けた紅戦棍をくるりと回転させた。
「ホント、厄介だ」
勘弁してくれ、とでも言いたげにため息を吐く。そんなリューに、ディーアは不思議そうに首を傾げた。
「あら? 貴方みたいな脳筋戦闘狂なら、厄介な敵の存在は喜ばしいんじゃない? さっきまでも笑顔で戦っていたじゃない」
「誰が脳筋戦闘狂だ。あと、戦い中に笑うのは癖みたいなものだ。気にするな」
「いや、気にするわよ。普通に怖いもの」
悪魔にさえ怖いと言われ、リューの表情が盛大に引き攣る。額には青筋が浮かび始めているが、それをぐっとこらえた。
「……まぁ、確かにお前との戦いは心躍るものだ。できれば、満足いくまで楽しい戦いをしたいとも思う。けどな、今はそんなこと言ってる場合じゃないんだ」
ちらりと、一瞬だけ視線をイーリスの方に向けるリュー。その瞳には、とても優し気な色が浮かび、口元には穏やかな笑みが浮かんでいる。
「……この場には、守るべき存在がいる。なら、最優先にすべきはそれだろう?」
「ふぅん、つまんないのね」
「何とでもいえ。イーリスを守る。それが俺の此処にいる理由なんだよ」
そう言って、リューは紅戦棍をしまった。いきなり武器を手放したリューにディーアは怪訝そうな眼差しを向ける。
「【ソードオブフェイス】」
ディーアの眼差しを受けながら、リューは使い慣れた光剣を創る魔法を発動させる。リューの両手に一振りずつ大剣が握られ、背後には浮遊する短剣が四本、その切っ先をディーアに向けていた。
リューが創り出した光剣を見て、ディーアが「げっ」と顔をしかめた。【ソードオブフェイス】によって創り出される剣は、その全てが聖属性を帯びている。そしてそれは、悪魔にとって天敵ともいえる力だった。
「悪魔のことは、イーリスからいろいろと聞いた。どんなことが出来るのか、どんなことが出来ないのか、有名な悪魔の逸話……そして、悪魔の弱点」
そう呟いたリューは、左手の大剣を肩に担ぎ、右手の大剣の切っ先をディーアに向けた。
「さぁ、いくぞクソ悪魔。今の俺は戦いを楽しむプレイヤーではなく――イーリスの守護者にして、お前を討つ者だ」
力強い宣言。それと同時に、リューの身体から白銀のオーラがあふれ出る。それは、リューがこのイベント中に手に入れた称号、【聖女を護りし者】によるもの。その効果は、称号を持つ者が聖女を守ることを強く意識した時、そのステータスを大幅に強化するというモノ。
リューが白銀のオーラを纏ったのを見て、ディーアも魔力を昂らせ強化魔法を自身に施す。
二人のオーラによって中庭に敷き詰められた土がめくれ上がり、地響きが鳴った。
リューの紫紺の瞳と、ディーアの真紅の瞳が交差する。
「……行くぞッ!」
「チッ! まぁいいわ、どうせ勝つのは私だもの!」
互いに力強く地面を砕き――激突。
リューが剣を振るい、ディーアが拳を振るう。二人の攻撃がぶつかり合うたびに、ガァンッ! キィンッ! とありえない音が響く。
互いに一歩も引かない攻防が続く。リューが袈裟斬りを放つと、ディーアは紙一重でそれを避け、反撃の蹴りを放つ。
リューはもう片方の大剣でそれを受け止めると、背後の短剣を操ってディーアに嗾ける。
上から降ってくる四本の短剣を、後ろに跳躍することによって回避したディーアは、魔法陣を展開し魔弾を無数に放つ。
迫りくる魔弾を前に、リューはアーツ【トルネードワルツ】を発動。二本の大剣を持ったまま駒のように横回転。姿が霞むほどの速度で剣が振るわれ、魔弾を全て弾き飛ばした。
「はぁあああああああッ! 【オーバーソード】ッ!」
「やぁあああああああッ! 【グラビトンフィスト】ッ!」
極光を纏った大剣と、空間を軋ませる拳がぶつかり合う。
「「ぐっ……がぁ!」」
そして、互いに弾かれるように吹き飛んだ。
「【ヒール】【ヒール】【ヒール】ッ! うらぁああああああああああッ!」
「ああっ! 汚い! 回復魔法汚い! 悪魔ってそれ使えないんだからね!?」
「うるせぇ! やったもん勝ちだ! というか、HPはお前の方が多いんだろうが!」
至近距離で武器をぶつけ合いながら、リューとディーアは言い争う。子供の喧嘩のようなやり取りだが、彼らの表情はどこまでも真剣で、目の前の敵を絶対に倒すという意志に満ちていた。
近接戦闘の技量はほぼ同格、ダメージ量もほぼ同じとなれば、回復手段の有無は勝敗を決する大きな要因になり得る。
悪魔のHPは《聖剣》の効果によって確実に削られている。対象的に、リューのHPは【ヒール】によって絶え間なく回復されているので、ほとんど無傷のようなモノ。MPも隙を突いてマナポーションを砕いて被っているので、尽きることはまずない。
「くっ、こうなったら……!」
自身の敗色が濃くなったのを感じ取ったディーアは、起死回生の一手に出る。リューの放つ大剣の一撃を強引に弾き飛ばし、隙を強制的に作り出すと、拳を地面に叩きつけた。
地面がひび割れ、リューはそれに足を取られふらついてしまう。さらに舞い上がった土煙が彼の視界を奪う。
絶好の機会を得たディーアは、体勢を低くして疾駆。向かう先は、二人の激しい戦闘にも関せず、祈りを続けていたイーリス。
「たとえ神官を倒せなくても、聖女ちゃんを殺しちゃえば……!」
ディーアは翼も使った高速移動でイーリスの側に寄ると、右手で手刀を作りそこに魔力を集め、必殺の一撃を放とうとする。
「――――やらせるかよ」
ディーアの背後から、リューの声が響く。
足場を崩された瞬間、彼は【ソードオブフェイス】で飛翔し、先回りしてたのだ。
「お前の考えなんざ、お見通し……」
「――――だと、思ったわよ」
ディーアが、勢いよく振り返り、イーリスに向けていた手刀をリュー目がけて突き出した。
完全な不意打ち。ディーアの抜き手の一撃はリューの腹部を食い破り、貫通した。
「くはっ……」
「……おかしな神官、貴方なら絶対に来ると確信していたわ」
ディーアの言葉に反応することなく、リューはかくりと項垂れた。だらりと力なく両の腕が下がり、握られていた大剣が地面に落ちた。
それを見て、ふっと笑みを浮かべたディーア。リューの腹部を貫通する手を引き抜き、イーリスの方を振り向こうとする。
「ま、私の方が一枚上手だったってことで。残念だった……なっ!?」
得意げな顔で勝利宣言をしようとしたディーアの腕を、動けないはずのリューがガシッ、と掴んだ。
「えっ!? な、なんで!?」
「……くくっ、俺が死んだと思ったか? 駄目だなぁ、ちゃんと確認しないと……こういうことになっちまうぞ?」
顔を上げたリューは、にやりと笑って見せた。
リューのHPゲージは確かに減っていたが、ゼロには程遠い。この神官、付与魔法で強化を重ねているおかげで、DEFも普通に高いのだ。
ディーアは慌ててリューの腕を振りほどこうとするが、そもそも腹を貫いている上に、リューが両手で押さえているせいで、動かせない。
「は、離しなさいッ!」
「そう言われて離すわけがないだろ? 絶好の機会……活かさせて貰うぞ」
ディーアには、その言葉が死刑宣告にしか聞こえなかった。
「『疾駆せよ飢餓のままに、その牙を突き立てよ本能のままに。汝は哀れなる畜生、ただ喰らい尽くす者』」
詠唱がリューの口から紡がれた。ディーアの足元に五つの魔法陣が現れ、光を放つ。
その魔法陣を見て、ディーアはすぐにそれが何なのか理解した。
これは、自分を殺すことのできる魔法であると。
「くっ! このッ! 離せッ! 離せぇッ!!」
「だから、離さねぇよ。絶対にな」
喰らえ、何もかも。
リューは壮絶に笑い、最後の鍵言を口にする。
「【召喚『魔喰狂狼』】」
それを合図に、魔法陣から召喚獣が現れる。
黒い影のようなモノが、狼に似た獣の形をとる。それが、五匹。
さほど大きくはないが、身に纏う気配は明らかに魔性。グルル……と低い唸り声を上げ、牙を向く姿は、凶悪の一言に尽きる。
「さぁ、餓狼共。極上の餌だぞ? 存分に喰らってやれ」
「いや、やめっ……いやぁあああああああああああああああッ!?」
リューの合図と共に、黒狼たちはディーアに襲い掛かる。彼女の脚に胴体に腕に首筋に頭に、黒狼の牙が食い込んだ。
「きゃぁあああああああ!? いやっ! 辞めてぇ! 私の魔力が……存在が……ああ……食べられて……消えていく……」
黒狼に体のあちこちを食いちぎられ、苦悶の表情を浮かべるディーア。リューはその光景を、ただ黙って見つめている。
リューが使った魔法は、魔力を喰らう魔狼を召喚する。召喚された魔狼は、捕食対象に傷を与えず、ただ魔力だけを貪る。生物に使えば、魔力切れを強制的に引き起こすことが出来る。
そして、身体が魔力で出来ている悪魔にとっては、致命的な魔法だった。
次第にディーアの身体が薄くなっていく。
「いやぁ……助けて……」
「……助けねぇよ。お前は、イーリスの命を狙った。俺が守ると決めた存在に、手を出そうとしたんだ。その報いを受けて、ここで死んでおけ」
「アァ……」
リューはあくまで非情に徹し、ディーアの最後を看取る。
黒狼がディーアの身体を食い尽くすまで、それほど時間はかからなかった。最後は小さな光の球となったそれを、黒狼の一匹がぱくりと飲み込む。
それで、終わり。ディーアという名の悪魔は、その存在をこの世から消滅させた。
「……ふぅ、何とかなった……か」
完全に戦闘が終了したことを確認したリューは、ゆっくりと息を吐き出した。それは、無事に勝利できたことに対する、安堵のため息だった。
ディーアは、これまでリューが戦ってきた敵の中で、間違いなく最強の存在だった。【聖女の護り手】の効果や、悪魔という種族に対して絶大な効果を誇る魔法の存在なしには勝つことは不可能だっただろう。
それでも、リューは勝利した。強大な敵から、守るべき存在を守り切った。
リューは、今の戦闘中も祭壇の中央から一歩も動くことなく、祈りを捧げ続けているイーリスに視線を向けると、フッと微笑んだ。
「頑張れ、イーリス。俺も、イーリスの護衛役として恥ずかしくない戦いをしてくるからさ」
己の中にある決意をさらに強固なものにする様に、激励と誓約の言葉を投げかけた。
祈りに集中しているイーリスにその声が届いたかどうかは定かではないが、リューは踵を返して戦場に戻ろうとした。
だが、その時、システムアナウンスがリューの頭の中に流れた。
《条件を達成しました。プレイヤー:リューは称号【悪魔喰らい】を取得しました》
《条件を達成しました。スキル《召喚魔法》に【憑依召喚『デモニック・ディスピア』】が追加されました》
「おーん?」
突然のアナウンスに、足を止めて首をかしげるリュー。なんかまたよく分からないモノを取得したなぁ、とステータスを開き、追加された称号と魔法を確認する。
================================
PN:リュー RACE:人族
JOB:狂戦士ん官 SJOB:錬闘士
Lv90(countstop)
HP 1540(250UP)/1540(250UP)
MP 1910(250UP)/1910(250UP)
STR 205 DEF 100
INT 15 MIND 210
AGI 100 DEX 10
LUK 20
SP 0
SKILL:《生命魔法・限LvMAX》《付与魔法・決戦式LvMAX》《戦棍士・砕LvMAX》《蹴闘LvMAX》《剛力LvMAX》《昇心LvMAX》《硬身Lv52》《疾風Lv42》《強命Lv24》《剛魔Lv34》《狂信の聖戦士Lv62》《暗視Lv11》《召喚魔法LvMAX》《飛翔Lv37》《剣士Lv84》《絶気》《威圧Lv21》
JOBSKILL:《血濡れの信仰心》《猛り狂え神の子よ》
TITLE:【紅月の単独征伐者】【頭蓋砕き】【神官(爆笑)】【鱗砕き】【ユニークジョブ】【殲滅者】【聖女の護り手】【悪魔喰らい】
================================
そして、メニュー画面を開き、そこに書かれていることを読み込んでいく。
全てを読み終わった後、リューはステータスを閉じて、ふむ、と頷いた。
「なるほどなるほど。これは何というか……面白いことになったなァ」
そうつぶやくリューの顔には、とてもとても楽しそうな満面の笑みが浮かんでいた。
「こうなりゃさっそく戦場に戻って……って、なんだこれ?」
スキップでもしそうなほど上機嫌に戦場へと向かおうとするリューの足元に、漆黒の魔法陣が現れる。
そして、魔法陣から声が聞こえてくる。
『おい、悪魔よ。そろそろあの神官と聖女を排除し終わっただろう? さっさとこちらに来い。未だに抵抗を続ける人間どもに、本当の絶望というヤツを味わわせてやろうじゃないか』
その声は、グラシオンのモノであり、魔法陣はどうやらディーアを召喚するためのモノらしい。と、ここでリューが気付く。「あ、これはチャンスだ」と。
即座に頭の中で作戦を立て、実行の準備を並行して進める。そして、瞬く間にその全てを終えたリューは、意気揚々とグラシオンの魔法陣に足を踏み入れた。
リューが魔法陣の上に乗ると、陣は漆黒の粒子を噴出し、リューの身体を包み込んだ。
吹き上がった漆黒の粒子の、ほんのわずかな隙間から見えたその光景。
紅戦棍を片手に佇むリューの口元。そこには……。
(くっくっく……。さぁて、始めようか…………骨野郎に対しての嫌がらせをッ!)
ものすごく分かりやすく、悪童めいた笑みを浮かべていた。




