リバイヴ・オブ・ディスピア 決戦6
「……上等よッ!!」
悪魔が吠えた。それと同時に展開された魔法陣は三十と七。相も変わらず数多の魔法による物量戦術。単純故に対処の難しい戦法だが、黒炎には通用しない。
「喰らえ、黒龍ッ!」
黒炎の命に従い、『黒炎の龍』がその巨体をくねらせる。サイズに似合わぬ俊敏さを見せつけ、悪魔の放った魔法を食らい尽くしていく。黒龍に喰われた魔法は、一瞬にして焼失する。
その光景に眉をひそめた悪魔は、戦法を変えてくる。扇状に放たれた魔法は一撃一撃の威力を重視したもの。その分数は少なくなるが、そうやすやすと喰らうことが出来ない。
「これならどう!」
「甘いぞ? 黒龍よ、薙ぎ払えっ」
黒炎は、ちょっと嬉しそうにその台詞を口にした。きっと有名なあのシーンを真似出来て嬉しいのだろう。そして、黒炎の命を受けた『黒炎の龍』がガパリと顎を開き、そこから漆黒の極太ビームを放つ。放たれたビームは悪魔の魔法をやすやすと貫いた。
黒龍の攻撃はそこで終わらない。ビームを維持したまま頭部を横に動かす。そして、主の命令通りに、黒炎を狙う魔法の全てを薙ぎ払って見せた。
『黒炎の龍』の強大さに悪魔は歯噛みし、黒炎に向かって叫ぶ。
「くっ……! 何なのよその魔法は!」
「【魔神焔舞・龍の型】、我が魔神焔の奥義が一つ。簡単に言えば、魔神焔でゴーレムを創る魔法だ。維持に必要な魔力は多大で、発動にも時間がかかるがその力は絶大だ。……まぁ、維持魔力は兎も角、発動時間に関してはどこかの誰かがべらべらと長話をしていてくれたおかげで、問題なかったがな」
「なっ……!?」
黒炎が俯いていた時、悪魔は絶望に心が折れたと勘違いしていたが、実際はこの魔法を使うための詠唱に集中していたのだ。悪魔を出し抜くために、いつもなら派手に詠唱するのを曲げて、黒炎は『力の差に呆然としている』という演技をして見せた。
「……くぅ! こ、この私を騙したの!?」
「ふんっ、やすやすとだまされる方が悪い。さぁ、黒龍! 目の前の獲物を喰らってやれ!」
『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』
主の命を受けた『黒炎の龍』は、巨体をくねらせ悪魔に突貫する。巨大な龍が猛烈な勢いで迫ってくるというのには、流石の悪魔も恐怖を感じたのか、焦った様子で魔法障壁を展開した。
ガァアアアンッ!! という激しい音が鳴り響き、黒龍が魔法障壁に激突する。
「ぐぅううううううううッ!!」
『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
黒龍の突進に、両手を前に突き出して耐える悪魔。魔法障壁と黒龍との間に激しい火花が散った。
そして、ピシリ、と魔法障壁に罅が入った。悪魔の表情に焦りが浮かぶ。
「いっ、けぇええええええええええええッ!!」
それを好機と見た黒炎が、声を張り上げる。主の激励に応えんと、黒龍はさらに力を込めて、少しずつ魔法障壁に入った罅を広げていく。
「くっ……!? こうなったら……!」
このままではまずいと思ったのか、悪魔は魔法陣を一つ自身から離れたところに展開する。
そこから放たれる魔法は、これまでに悪魔が使ったどの魔法よりも小さい。しかし、その小ささに反して、込められた魔力はかなりのモノ。
そして、その魔法が放たれた先には……祈りを続けているイーリスがいた。
「ッ!? ま、まずい!」
そのことにいち早く気づいた黒炎だったが、とっさにその場を離れることも、『黒炎の龍』を向かわせることも出来なかった。
「別に、貴女の相手を真面目にしなくても、聖女ちゃんを失えば貴女たちはお終いでしょう?」
「くっ……貴様ァ!」
一転していやらしい笑みを浮かべた悪魔に、黒炎が歯噛みする。このままでは、今までの戦いで散っていった仲間たちの頑張りも、己の尽力も……何より、リューから受けた『聖女を守ってくれ』という願いを果たすことが出来なくなってしまう。
ゆえに、黒炎は痛恨に顔を歪め、悪魔は悪魔らしい笑みを浮かべた。
しかし、悪魔の思惑は外れることになった。
「やらせる……かっ!」
悪魔の放った魔法の前に、身を躍らせる影が一つ。その影はイーリスを貫くはずだった魔法をその身に受け、抵抗らしい抵抗もできずに吹き飛んだ。
「うぐっ!?」
「アザミナ!?」
魔法からイーリスを庇ったのは、黒炎と悪魔の戦いを静観することしか出来ていなかったはずのアザミナだった。
「くっ! 雑魚の分際で、余計なことを!」
「……ははっ、良かった。……こんな私でも……リュー様のお役に立てた……」
自身の思惑を邪魔された悪魔が忌々し気にアザミナを睨み付けるが、当の本人はそんなものは気にせずに、どこか朗らかな笑みを口元に浮かべていた。
悪魔の魔法はアザミナのHPを一撃で刈り取ったのか、その身は白い粒子に変換されていく。白に包まれながら、アザミナは黒炎に笑みを向けた。
「黒炎様……後は……頼みます」
「アザミナ……よくやった。流石は『五大リュー狂い』の一角だ」
「勿体ない……お言葉です……」
黒炎の言葉に、安心しきった笑顔を浮かべるアザミナ。そこに、かつての邪気は微塵も感じられず、心の底からの喜びがあるだけだった。
その言葉を最後に、アザミナは消えた。
「……黒龍よ」
未だに魔法障壁を破ろうとしている『黒炎の龍』に向かって、黒炎は命を下す。
「はっ、何その顔。雑魚一匹が死んだだけじゃない」
「黙れ」
黒炎が鋭く言い放つ。それと同時に、彼女の身体から膨大な魔力が迸った。
悪魔を鋭く睨み付ける黒炎は、普段は髪で隠れている片目を晒し、あらん限りの力を込めて、叫ぶ。
「そいつを滅ぼせッ! 【魔龍咆哮・煉獄黒墜】ッ!!」
それは、『黒炎の龍』最強の一撃。
その身を形どる魔神焔を全て使って放つ、終の体現。
『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
これまでで最大の叫びを轟かせた『黒炎の龍』。ガパリと顎を開き、そこに全身から集めたエネルギーを集めていく。
集束からの、解放。
超高密度の圧縮魔力による砲撃魔法。
身を呈して聖女を守った仲間を嘲笑う悪魔への怒り。漆黒の炎よりもなお熱い憤怒を籠めた一撃が、今、放たれた。
『ガァラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
「なぁ!? こ、これはまずッ……!」
それを前にして、逃げの一手を打とうとする悪魔。しかし、遅かった。
「くっ……! きゃぁあああああああああああああああああああああッ!?」
この世の果てにも似た漆黒の巨槍が、悪魔を飲み込んで突き進む。そして、そのまま城の外壁を砕き、そのまま戦場の空を貫いて消えていった。
ガラガラと外壁が崩れ、中庭に砂ぼこりが舞う。それにゴホゴホとせき込みながら、黒炎はゆっくりと顔を上げてあたりを見渡した。
彼女の瞳には、誰も映らず……、
「……ああ、良かった。これで、我らの……」
「――――負け、よ」
ドスッ!
「かはっ!?」
黒炎は、聞こえてきた声と、胸に感じる違和感に顔を歪めた。そして、視線をとっさに下に向ける。
――そこには、己の胸を貫いて顔を覗かす腕があった。
黒炎は後ろを振り向いた。視界の端に、傷を負うも健在な悪魔が映る。
「な……き……」
「悪いわね、私、実は魔法よりも物理の方が得意なの。まぁ、野蛮だから嫌いだし、普段は絶対に使わないんだけどね。……誇りなさい、お嬢ちゃん。貴女は私を、魔法で戦うのを諦めさせるくらいに追いつめた。誰にでもできることじゃないわ」
「……ハッ、貴様に褒められたところで、嬉しくもなんともないわ……」
「あっそう。まぁ、そうでしょうね。……じゃあ、さよなら」
悪魔は、黒炎の身体を無造作に投げ飛ばした。紙屑のように吹き飛び、外壁に勢いよく衝突する。かはっ、と口から肺中の空気を強制排出してしまう。
黒炎は震えつつも自分のHPゲージを確認する。それを見て、やはりと内心で苦笑する黒炎。彼女の命の残りを示すゲージは、その全てが黒く染まっていた。
ああ、守れなかった。彼の願いを、果たせなかった。途方もない後悔が黒炎の胸に湧き上がってくる。
「さぁて、障害もなくなったことだし……聖女ちゃんをやっちゃいますか」
そんなことをのたまう悪魔に対しても、HPの尽きた黒炎では何もできない。ゆっくりとイーリスに近づいていく悪魔を、黒炎は白い粒子に変換されながら、ぼんやりと眺めていた。
(ああ……悔しい。我に……わたしに、もっと、ちからがあれば……でも、もう……)
内心で嘆きを漏らしながら、目を閉じようとした黒炎。しかし、その寸前に、「きゃぁ!」という悪魔の声が響いた。
とっさに閉じかけた目を開く黒炎。瞳に映った光景を見て、彼女は……「あはっ」と無邪気に微笑んだ。
吹き飛んだ悪魔。悪魔と聖女の間に現れた魔法陣。
そして、魔法陣の上で、巨大なメイスを振りぬいた形で佇む、一人の少年。
その少年は、素早く視線を巡らせる。そして、消えかけた黒炎を見つけると、目を見開き、すぐに悔しそうに表情を歪めた。
そして、黒炎に向けて何かを呟くと、力強く微笑んで見せた。
――――ありがとう。後は、任せてくれ。
聞こえるはずのないそのつぶやき。しかし、黒炎は確かに少年がそう言ったのを聞いた。
そして、包み込まれるような安心感に身を委ね――
黒炎は、その場から消え去った。




