アッシュさんのたーん
タイトル通り、ここから二話くらいはアッシュさんのたーんです。
ゴブリンジェネラルを何とか倒した俺は、その戦いのことを思い返しながら『乾燥した荒野』を、始まりの町に戻るべく歩いていた。時折出てくるモンスターはメイスも使わず蹴りで粉砕していく。この辺のモンスターはレベル差がかなり開いたので、経験値が入ってこなくなっている。
しかし、いちいちエンカウントしたモンスターを倒すのもめんどくさいな……。【アジリティエンハンス】を自分にかけて、走っていくことしよう。
ゴブリンジェネラル戦でも、最後の方で活躍してくれたこの魔法。やっぱり近接戦闘するなら、AGIも少しは必要だということを思い知らされた。
……よくよく考えれば、この魔法を最初から使っていたら、もう少し効率的に戦えたんじゃないか? まぁ、楽しめたからいいんだけど。
走りながらメニューを開く。ゴブ将軍との戦いでレベルアップしているはずだ。さて、どれどれ……。お、二つもレベルアップしてるじゃないか! スキルは……。うん、使いまくった《治療魔法》と《格闘》の伸びがいい。ボコボコに攻撃を受けまくったので、《強身》のスキルも伸びている。
ちなみに、基礎ステータスに補正が入るこの《強~》系スキルは、各自ステータスの項目に対応した行動をとることで経験値がたまっていく。
わかりやすく言うと、物理攻撃を行うと、STRを上げる《強力》スキルに経験値が入る、というわけだ。
俺の持っている《強力》、《強身》、《強心》以外にも、《強知》、《強速》、《強器》、《強運》、《強生》、《強魔》と全ステータス分存在している。うーむ、《強生》と《強魔》は習得してしまおうか? 《強速》も、ゴブ将軍戦のことを考えると欲しくなってくるな……。
とりあえず、始まりの町に帰ってからゆっくり考えましょう。とメニューを閉じようとした瞬間、脳内でピロリン♪と音が鳴った。フレンド通信の着信音だ。
『PN:アッシュからフレンド通信が申し込まれました。応答しますか? Yes/No』とウィンドウが出てきた。当然、Yesである。ポチっとな。
新しいウィンドウが開き、そこにアッシュさんの顔が映し出される。やっぱりかわいいなぁ、アッシュさん。
『あ、映りましたか? 映ってますか、リューさん』
「はい、ちゃんと映ってますよ。昨日ぶりですね、アッシュさん」
不安そうな顔で聞いてくるアッシュさんに、笑顔で応じる。すると、向こうもホッとしたような笑みを返してきた。笑顔のアッシュさん。なかなかの破壊力だ。
『よかった……。フレンド通信って初めてでしたので、上手くいったかどうか不安で……』
……アッシュさん。もしかして、ボッチだったりするのかな? いやまぁ、考えないようにしておこう。
「それで、どんなご用件ですか?」
『あ、はい。昨日言っていたあの件なんですが……』
「ああ、もしかして、料理の味見ですか?」
『はい。さっそく作ったので、食べてほしいなと思いまして』
「わかりました。それで、どこに行けばいいですか?」
『えっと、じゃあ……。そうですね、始まりの町の東大通りにある合同生産場に来ていただけますか?』
「はい、すぐに向かいます。料理、楽しみにしていますよ」
『うぅ、あ、あまりプレッシャーをかけないでください……』
「すみません。でも、昨日のおにぎりも美味しかったですし、心配することはないと思いますよ。それに、男というものは、女の子の手料理ってだけで舞い上がってしまうものですから。それが、アッシュさんみたいな可愛い人ならなおさらです」
『か、かわっ……! じょ、冗談はやめてください!』
ちょっとからかってみただけでこの反応。顔を真っ赤にしちゃってまぁ。
本人が純粋ってのもあるだろうけど、やっぱり人と付き合うのに慣れてないような……。やっぱりボッチ……。いや、これ以上はやめておこう。
「ふふ、ではこれで」
『うぅ……。はい、待っています』
俺の表情から、からかわれているのに気づいたのか、アッシュさんがジト目になる。くくっ、どこまでも可愛らしい人だ。
通信が切れて、ウィンドウが閉じる。
それにしても。アッシュさんの手料理が食べられる機会が、こんなに早く回ってくるなんて。ゴブリンジェネラル戦の後なので、ご褒美のように感じてしまい、思わず頬が緩んだ。
アッシュさんのお誘いでテンションが上がった俺は、その勢いでSPをAGIに+5した後、さらに《強速》のスキルを習得していた。ついでなので《強生》と《強魔》も一緒に。
後悔は、していない。うん…………ち、ちっともしてないんだからねっ!?
とりあえず腹いせに、飛び出してきたモンスターを飛び蹴りで蹴り砕いた。
さて、舞い戻ってまいりましたよ、始まりの町。
相変わらず、プレイヤーの人数はそんなに多くない。
さて、シルさんに依頼の報告に行くのは後にして、まずはアッシュさんのところに行かないとな。えーっと、合同生産場は……。うん、オッケイ。確認できた。十分くらいで行けそうだな。
買ったけど食べてなかった串焼きをもぐもぐしながら、始まりの町を歩いていく。
合同生産場と書かれた看板は結構簡単に見つかった。その看板が掛けられている建物の前に、記憶に新しい白髪の少女の姿もあったのだが……。
「ねぇねぇ! キミ、さっきから暇そうにしてるじゃん? よかったら俺とパーティー組んで狩りにでも行かない?」
「あ、え……えっと、私、人を待ってますから……」
「そんなこと言わないでよー。じゃあさ、その人に連絡すればいいじゃん。でしょ?」
「いえ、約束ですので……」
「えー、いいじゃんいいじゃん。ほら、いこ?」
「こ、困ります……」
ナンパなう、ですか。
アッシュさんに声をかけているのは、軽戦士風の装備に身を包んだ、二十歳くらいの男。時折、長めの茶髪を掻き揚げる仕草をするのだが、これがまたウザい。
アッシュさんはどう対応していいのかわからないのか、目を伏せてぼそぼそと小声で否定の言葉をつぶやいている。涙目になっているし、結構本気でいやがっているようだ。
だが、それを恥ずかしがっているとでも勘違いしているのか、男は強引にアッシュさんを誘い出した。何度も誘っているのにいい反応をしないアッシュさんに苛立ったのか、男はアッシュさんの華奢な肩に手を伸ばそうとして……。
「おーい、アッシュ! お待たせ!」
するっ、と空を切った。
アッシュさんの元に駆け寄った俺は、いかにも親しい間柄です! という演技をしながら、彼女に笑いかける。
「ごめんね、アッシュ。待たせちゃったかな?」
「ふぇ……?」
ビックリした表情を浮かべそうになったアッシュさんの耳元で、「合わせて下さい」と小声で囁く。すぐに「わかりました」と小声で返答があった。
アッシュさんの耳元に近づけていた顔を、ナンパ男の方に向ける。ナンパ男は、いきなり現れた俺をものすごい目つきで睨んでいる。
その視線を受け流すように笑みを口元に湛え、ナンパ男と真正面から対峙する。
「……何だよ、お前」
「貴方こそ。どちら様で?」
俺とナンパ男の視線が交差し、火花が散った(ような気がした)。
さぁて、ボス戦とはまた違った戦いの始まりだ。
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