リバイヴ・オブ・ディスピア 暴挙
更新です。
(………ふぅ、ちょっと、疲れた)
未だ喧騒が収まらない会議室の様子を眺めながら、サファイアは内心ではふぅ、と疲労混じりに嘆息した。
会議が始まってから、すでに一時間以上が経過している。会議は踊る、されど進まず……というほどではないが、進み方はあまり早くなく、会議はそこそこダンスっている。
サファイアはぼんやりと「これを阿波踊り会議と名付けよう」とアホなことを考えつつ、会議の様子を観察する。
「ってなわけで、ここにこういう兵器を取り付けてだな……」
「それ完全にプレイヤーも巻き込むじゃねぇか! 火力上げればいいってもんじゃねぇぞ!」
「…………え? 兵器に火力以外の何を求めんだよ……?」
「ある程度の安全性は必要だと思うぞ」
「おーい、この編成おかしくない? 回復役が他の三分の一くらいしかいないんだけど?」
「ん? ああ、そこはそれでいいんだよ。もともと少人数パーティーでの縛りプレイを楽しむドMどもの集まりだから、回復はポーション系が中心なの」
「お、おう……そうなのか」
「あれ? アンデッドって光魔法有効じゃないの?」
「ダメージにボーナス付くのは炎と聖属性だけだぞ。このゲーム光と聖はまるで別の属性だからな。ちなみにアンデッドは闇属性ではなく邪属性というくくりになるらしい」
「ほーん、そうなん? じゃあ光属性魔法を中心に育ててる魔法職プレイヤーまとめたこの紙は……」
「後ろにお絵かきでもしたら?」
「……そんなー」
「おいっ! 『光耀神姫』! そうやってパーティーを貴様の信者どもで埋めるのをやめろ! バランスが酷いことになるだろうが!」
「えー、だって信者の皆が私から離れたくないって言うんだもん」
「……いうことを聞かないのなら、神官との模擬戦をさせる。いいな?」
「……分かったわ。信者の皆は説得しておく」
「お前らはリューを何だと思ってんだよ!? なまはげじゃねぇんだぞ!?」
「正直、なまはげよりも恐ろしい」
「あの百人抜きの動画見せられたら流石に……ねぇ?」
「うぐ……は、反論できない……だと!?」
マギステルとアテネに言い返せないでいる情けない兄の姿にため息を吐きつつ、もし自分が話を振られたらどうやってリューの擁護しようかと少し考え……今はそんなことをしてる場合じゃないと意識を会議へ戻した。決して想い人を擁護する言葉が思い付かなかったわけでない。無いったら無いのだ。
「……そう言えば、リュー君は?」
会議が始まってすぐにギブアップ宣言をして別の作業に移った想い人は、今何をしているのだろうか? ふとそんな風に思い立ったサファイアは、リューが作業をしている会議室の隅に視線をやった。
「…………ほう?」
直後、サファイアの口から短いつぶやきが漏れる。それは絶対零度と言ってもまだぬるいほどの冷たさを孕んだつぶやきだった。その冷たさたるや、偶然サファイアの隣を通ったプレイヤーが、唐突な冷気に身を震わせたほどである。
サファイアの視線の先、会議室の隅っこの方の本が山積みにされている場所で。
リューとイーリスが、仲良く身を寄せ合い一冊の本を読んでいた。
二人の間にある距離は、なんと驚きのゼロ。まったくのゼロ。本当にぴったりくっついている。というかもう、あれは寄りかかっているという領域だ。
サファイアの方に背を向けているのでその表情を窺うことはできないが、時折何かを呟きあったりしていて…………端的に言えば、とってもいい雰囲気だった。
(……皆が会議をしている時に、いい度胸)
なんかもうビームとか出そうな鋭い視線でそちらを睨みつつ、そっと腰を浮かせたサファイアは……そこで、ハッとなって動きを止める。
(……ダメダメ。すぐにやきもち妬いてちゃ、前と一緒。それに、真面目なリュー君がそんなことするわけ……)
そう頭を振ったサファイアの視線の先で、リューとイーリスが顔を寄せ合った。そう、それはまるでキスをする直前のような……。
(……なんでもない、はず)
そう思いつつも、サファイアの体は動き出しており、足はリュー達の方を向いていた。
すぐに嫉妬したり、理不尽に怒ったりしない。そんな誓いを立てたことは確かだし、それを守れるようにありたいと、変わりたいと思っているのも確かだ。
それでも、好きな人が他の女とイチャコラしてたらイラっとするし、怒れもする。恋する乙女としては実に当然の反応だった。
とりあえず、何をしているのかの確認をするだけ。そう自分に言い聞かせたサファイアはゆっくりとリュー達の方へ歩を進め……。
突然振り返ったリューとイーリスに、ビクッと肩をこわばらせて静止した。
(バレた!? いや、でも……)
近づいていたのがバレたのかとも思ったが、どうやらそうではないらしい。リューとイーリスはキョロキョロと会議室中を見渡し、何かを探すような仕草をする。かなり集中しているのか、中途半端な場所で立ち止まっているサファイアのことに気付いた様子はない。
(……? 探し物……いや、誰かを探している? でも、一体だれを……)
リュー達の不可解な行動に首を傾げたサファイア。しかし、彼らの奇行はそれで終わりではなかった。
しばらく周囲を見渡していた二人の視線が、ある一点でぴたりと止まった。
その一点を少しの間ジッと見つめていた二人は、顔を見合わせるとコクリと頷き合い、静かに立ち上がる。
そして、二人一緒に視線を向けていた方へと歩いていった。
(一体何が……?)
訝し気に見つめるサファイアの視線の先で、リューとイーリスは視線を向けていた対象……とあるプレイヤーのそばまで近づく。黒髪をポニーテールにした女性プレイヤーで、サファイアとの面識はない相手だった。
そのプレイヤーは別の方向を向いていて、二人の接近には気づいていない。
(あのプレイヤーに用事? けど、私より友好関係が狭いリュー君に、有名ギルドのメンバーとの面識なんてあるわけが……………………ッ!!?)
二人の動向を監視していたサファイアは、見知らぬプレイヤーの背後に立ったリューとイーリスがとった行動に、驚き目を見開いた。
「リュー君ッ!! ダメェエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!!」
あらんかぎりの声で叫びを上げたサファイアに、ぎょっとした視線が会議室中から向けられた。そして、サファイアが名前を呼んだリューの姿を全員の視線が探し――――そこら中から悲鳴が上がった。
「オラァッ!!!」
「ッ!? キャアッ!!?」
突如、紅戦棍を取り出したリューが、それで情け容赦のない打撃を女性プレイヤーに叩き込んだ場面を、目撃してしまったからだ。
振りぬかれる巨大なメイスは、直前に気付いて振り返る寸前だった女性プレイヤーの横顔を強かに打ち据え、その華奢な身体を紙屑か何かのように吹き飛ばす。そして、勢いをまったく殺すことなく会議室の壁に激突した。
「かはっ……!」という女性プレイヤーの悲鳴と、その体が壁に打ち付けられるドゴォッ!! という音が響き渡った。
「うぇえええええ!? リュ、リューぅううううううううううう!? お、おまっ、お前は一体何をぉおおおおおおおおおおおおおお!?」
「何が起きたんだ一体!? 神官の内なる破壊衝動が目覚めたとでも言うのか!?」
「というか今、思いっきり顔いったわよね!? 何、鬼なのアイツ!?」
「者どもー! 神官がご乱心だーー!! なんとか取り押さえろー!!」
「なんかえげつない音したぞ!? あの人生きてるよねぇ!?」
そして訪れる大混乱。絶叫の渦が会議室を満たし、誰もがリューを止めようとワタワタし始める。
当のリューといえば、周りの声などまるで聞こえていないかのように自身への強化魔法を次々と発動させ、再度紅戦棍を振りかぶる。
「【タイラント……チィ!?」
「くっ……!」
床にうずくまる女性プレイヤーに向けて、リューのアーツが放たれる――――寸前に、光り輝く鎧を着て、純白を纏う剣を持ったレイが割り込み、リューへと斬撃を放つ。
即座に反応したリューによって斬撃は阻まれてしまうが、女性プレイヤーへの攻撃は防ぐことが出来た。
「やめるんだ、リュー! その人が何をしたっていうんだ!?」
「チッ……! 何かされてからじゃ遅いんだよ。説明は後でするから邪魔をするなッ!」
「くはっ……!?」
リューが抜き手の形から突き出した黒刃がレイを吹き飛ばした。その結果を見ることもせず、リューは口早に詠唱を紡ぎあげる。
「『開け、獄門。魔なる者の住まう世界につながる扉は開かれる。そこから現れるは闇の眷属。その力は黒き腕による戒めの鎖。顕現せよ、悪なる者よ』」
そして、詠唱を始めたのはリューだけではなかった。
「『我が神に願い奉る。神聖なる力よ我が意に従い形を成せ。悪しきものを封じ込めるは檻。邪悪を拘束せし堅牢なる聖域牢獄よ、今、ここに』」
全身から聖気を立ち昇らせたイーリスも、鋭い視線を床にうずくまる女性プレイヤーに向け、呪文を唱えた。
やがて、魔法は完成する。
「【召喚『束縛する悪魔の黒腕』】」
まず、リューが召喚した無数の漆黒腕が、女性プレイヤーの腕、脚、胴体、頭と全身を掴んでその場に拘束し。
「捕らえなさい、【ホーリープリズン】」
そして、イーリスが展開した魔法陣が、拘束された女性プレイヤーの周りを覆うように出現した。
これでもかというくらいガッチガチに拘束された女性プレイヤーへ、それでも油断のない視線を送るリューとイーリスは。
リューは紅戦棍を、イーリスは聖気を集めた手のひらを女性プレイヤーに向け、毅然と言い放つ。
「さて、これ以上殴られたくなかったら、正体を現してもらおうか」
「言い逃れができると思わないでくださいね? 私、拷問の経験とかないので、ついやり過ぎてしまうかもしれません」
口元に強きな笑みをうかべた二人。しかし、拘束された女性プレイヤーは恐怖に顔を引き攣らせ、涙を流しながら叫ぶ。
「な、何なんですか!? い、いきなりこんな……! わ、私が一体何をしたって言うんですかぁ!!」
その様子は、どう見ても暴漢に襲われた被害者……だが、リューはそれを鼻で笑い飛ばす。
「ハッ、下手な演技だな。いいぞ、なら素直になるまで徹底的にやるだけ……」
そこまで発したところで、リューの言葉が止まる。いや、止められたという方が正しい。
いつの間にか、リューとイーリスは無数の武器と魔法に囲まれていた。会議室にいたプレイヤーたちが、リューとイーリスの凶行を止めようと動き出したのだ。
「……リュー、とりあえず止まってくれ」
「……ん。聖女様も」
その筆頭に立つアポロとサファイアが、『どうして』とか『なんで』という表情をうかべ、切実な声音でリューとイーリスに制止を訴える。
アポロとサファイア以外の者たちは、疑心、怒り、戸惑い……そんな表情で、二人が動こうとすればすぐにでも攻撃を開始できるようにスタンバイ。
全力で警戒態勢に入ってる面々を見て、イーリスは不安げな顔でリューを見上げる。
イーリスの視線を受けたリューは、それに大丈夫、というように笑みを返すと、紅戦棍を投げ捨てて両手を上げた。
「分かりました。まずはおとなしくさせてもらいます。それと、説明も」
そして、その場の全員を見渡しながら、そう言い放ったのだった。
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