リバイヴ・オブ・ディスピア 威圧・改
「……どうしてこうなった」
そう、嘆くようにつぶやいたリューは、紅戦棍をくるくると弄びながら、真正面を見つめた。
その視線の先には……ついさっき【フラグメント】の面々と模擬戦をしていた百人が武器を構えて戦意を滾らせていた。
爛々と輝きを放つ彼らの瞳からは、『何が何でもぶっ飛ばす』という内心がアリアリと見て取れた。
本当に、どうしてこうなったのか。リューは深々とため息を吐くと、一応この珍事の元凶たる少女がいる方に視線を向けた。
「リュー様! 頑張ってください!」
少女―――イーリスは、そう無邪気に声援を送っている。
どうしてリューが百対一などといった、ありえないを通り越して馬鹿なんじゃないかと思うようなことに挑むことになったのか。
それは先ほどのこと。リューがサファイア、マオの二人にイーリスとの仲について尋問されている最中にも、イーリスはリューを馬鹿にしたプレイヤーとの口論を続けていた。
リューへの悪口を撤回させたいイーリスと、聖女様との口論という状況に引っ込みがつかなくなっているプレイヤーとの言い争いは、やがて百人の集団たちにも伝わっていく。
「リュー様はすごいんです!」「いや神官なんて大したことない!」「俺らの方が強い!」……そんな風に言葉と言葉をぶつけていると、イーリスは、
「リュー様のすごさが分からないなら、戦ってみたらどうですか? リュー様なら、たとえ百人が相手でも絶対に負けません!」
……と、言ってしまった。
そこからはあっと言う間だ。「なら、実際に見せてもらおうじゃないか!」と百人のプレイヤーたちは戦闘準備をし、一部始終を静観していたアポロたちはそろって頬を引き攣らせた。
……と、まぁ。そんなことがあってリューはこうしてこの場で戦う準備をしていたのである。
イーリスはリューが自分の方を見ていることに気が付くと、パァア! と花開くような満面の笑みを浮かべ、大きくリューに向かって手を振った。
その溢れんばかりの笑顔は、百対一のこの状況であっても、リューの敗北など一厘すら疑っていなかった。
ここまで期待を向けられ、自分の勝利を信じてくれている。そのことを痛いほど理解したリューは、苦笑を浮かべると、イーリスに向かって手を振り返した。
「…………おーいおいおい、神官サン? ずいぶんと余裕があるみたいだねぇ」
イーリスの方を向いていたリューに、そう声がかかった。
リューは、声がした方へ顔だけ振り返る。彼に声をかけてきたのは、百人の集団の先頭に立つ男……というより、少年だった。年齢はリューとさほど変わらないか少し上。
少年がリューの方を見て浮かべているのは、ニヤニヤとした笑み。己の勝利を確信している者が浮かべる余裕の表情だった。
だが、別にこの少年はリューのことを馬鹿にしたり舐めているわけではない。
彼や、この戦いに参加している者の大半は、リューの話を噂程度ではあるが知っていた。その内容が、「はぁ?」と首をかしげたくなるようなモノであることも、だ。
【紅月の単独征伐者】であり、ボスモンスター相手に単騎で勝利する文字通りの化物。……空飛んで魔物召喚して哄笑を上げながらメイスを振り回す。どう考えてもヤバいヤツであり、慢心できるような相手ではない。
だが、それは一対一や、パーティー規模でリューと戦う時の話だと少年は思っていた。
今の状況では、まず単純に数が違う。こちらは百人。相手はたったの一人。十分に物量で押しつぶすことのできる人数差。
そして、いくら強いとはいえリューは近接戦闘職(神官)。魔法使いのように広範囲を焼き払うような攻撃手段は…………持ってはいるが、何度も使えるようなものではない。
ならば、多数の近接職で囲み、後は魔法なり矢なりの波状攻撃で倒してしまえばいい。
どうして近接戦闘を生業にする神官職なのに広域殲滅手段を持っているのか、と内心で愚痴る少年。考えれば考えるほど、目の前で巨大なメイスをくるくると手持無沙汰に回している男が理不尽な存在に思えてくる。
人数を生かして物量で押しつぶすという、シンプルながらこの状況での最適解を選んだ。【フラグメント】には負けたが、流石に一人に敗れるということはないだろうと、少年は内心で湧きあがった不安を押しとどめる。
そして、それを誤魔化すようにリューに向かって叫んだ。
「じゃあ、そろそろ始めるか。行くぞ神官……戦いは数だということを教えてやるッ!!」
「「「「「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」」」」
少年の叫びに呼応し、残りの九十九人が雄叫びを上げる。
それが、開戦を告げる合図。
リューと相対する百人の士気は十分。リューへの嫉妬心やら【フラグメント】に敗北したことに対する腹いせやら噂の神官に一杯食わせることが出来るといったことから、やる気をこれでもかとみなぎらせている。
各々が武器を構え、矢をつがえ、魔法を準備し、ギラギラとした視線をリューに叩きつける。
百人分の戦意と敵意。押し寄せる荒波の如きそれを『精神感覚』で感じ取りながら、リューはそっと瞳を閉じた。手のひらで弄んでいた紅戦棍がピタッと止まり、トンッと肩に乗せられる。
「………………ふむ」
全身に浴びせられるビリビリとした威圧感をそよ風のように受け流しながら、何かを思いついたように小さくそうつぶやいたリュー。
―――――――突然だがここで、大型アップデートで追加された機能である『精神感覚』でできることについて説明しよう。
『発せられた感情を感覚として受け取ることが出来る』……という言葉が、『精神感覚』を大雑把かつ的確に言い表している。
例えば、『森のフィールドを歩いている最中、ふと首筋に走る「嫌な感触」。それに従って振り返ると、丁度木の影からモンスターが飛び出してくる瞬間だった』といった場合、モンスターが発した『攻撃の意志』を『嫌な感触』として感じとったという訳だ。
例のように攻撃の意志……つまり殺気を感じ取ることによって攻撃の予兆を読み取ったり、逆に攻撃するときにそれを意図的に隠すことで相手の『精神感覚』を狂わせたり……。
こう言った使い方は、『精神感覚』の『静の型』と呼べるだろう。
そして、『静』があるということは『動』があるということ。
『精神感覚』の『動』……それは、イスカの使っていた『威圧』のように、強い感情を発し、相手に叩きつけることで制圧するというモノ。
リューがびりびりと空気が振動するような感覚を覚えるのは、百人から向けられる感情をリューの『精神感覚』が感じ取っているから。
今まで浴びてきた中でも、もっとも強いその感情の波を前にして、リューはふと思いついた。
『あっ、これ真似してみるか』
と。
……そう、思いついてしまった。
リューは閉じていた瞼をそっと持ち上げると、先ほどから胸の内でうずいていた戦意に火を灯した。
そこに、闘争欲という燃料を盛大にぶち込み、燃え盛る業火へと成長させていく。
そうして膨れ上がった戦意に、少しばかりの殺意をブレンドして、リューはそれを体の外に押し出すように意識した。
《経験値が一定に到達しました。プレイヤー:リューはスキル【威圧】を獲得しました》
そんなアナウンスがリューの脳内に流れたと同時に――――
戦場に、異常な気配が降り注いだ。
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