リバイヴ・オブ・ディスピア 謝罪
『転移陣』の設置を終えたリューとイーリスが城に戻ると、すでに砦の建設が始まっていた。ギルド【クラフト】のメンバーたちが草原をせわしなく動き回り、作業を進めている。
それを尻目に城に戻った二人を、とある人物が待ち構えていた。
「おう、戻ったか。……つーか、早すぎやしねぇか? すげぇなオイ」
城の門をくぐったところに仁王立ちしていたのは、ギルド【クラフト】のギルドマスター、『親方』のガンダールヴ。彼が予想していたのよりもリュー達の帰りが早かったのか、意外そうな表情を見せ、次いで素直な賞賛がこもった笑みを浮かべて見せた。
まったく予想もしていなかった人物とのエンカウントに、リューの反応が少し遅れる。
「…………えっと、ガンダールヴさん……ですよね? 俺たちに何かご用ですか?」
「ああ、そうだな。と言っても、俺が用があんのはお前さん……リューだけだがな」
「俺、ですか?」
用事と言われても身に覚えのないリュー。だが、そんなリューを見つめるガンダールヴの表情はどこまでも真剣で、そのまなざしは真摯なものだった。
そんな二人の顔をキョロキョロと見比べたイーリスは、控えめに声をかける。
「あの、では私は外した方がいいですか?」
「……いや、別にいい。人様に聞かせられねぇような話をするつもりはねぇからな」
「そうですか。なら私はここで見届けさせていただきます」
そう言って、イーリスは二人から一歩離れた位置に移動した。それを確認したガンダールヴは、リューの方に向き直り、たたずまいを直すと…………ガバリ、と勢いよく頭を下げた。
いきなりことに、ぽかーんとした表情を浮かべるリューは、すぐさま我に返ると、訳も分からずに狼狽えだした。
「え、ちょっ、ガンダールヴさん何を……?」
「リュー。お前さんには前にすげぇ迷惑をかけちまった。そのことを謝りたい。本当に、申し訳ない」
「め、迷惑……? 一体何の……あっ」
ガンダールヴの言葉を聞いたリューの脳裏に、ある人物の顔が浮かび上がる。今の今まで記憶の隅の隅に追いやっていた、正直に言えば二度と思い出したくなかった相手の顔。
「もしかして、高慢女のことですか?」
「そいつがアザミナのことを指してんなら、その通りだ」
「……ああ、そんな名前でしたね、忘れてました」
すっ、とリューの声音から温度が消え去る。彼の脳裏には、あの苦々しい一連の出来事が思い返されていた。忘れようと思っていたことでも、リューの脳は律儀に保存していたらしい。記憶力が良いと言うのも、場合によっては考えものだった。
下げていた頭を上げたガンダールヴは、沈痛な面立ちで、己の罪をリューに吐露していく。
「あいつが素材目当てに脅し行為をしていたこと、それを隠蔽していたのに気が付かなかったこと。どちらも俺の落ち度だ。組織のトップである俺がもっと早く気が付いて、止めるべき出来事だった。それができずに、お前さんやあのアッシュっていう嬢ちゃんにもすげぇ迷惑をかけた。そのことをずっと謝りたかったんだが、中々機会が無くて出来なかった」
「……それで、このイベントを期に謝ることにした、ということですか?」
「ああ、その通りだ」
「………………」
ガンダールヴの話を聞くリューの顔には、何の表情を浮かんでいなかった。
リューにとって、アザミナとの出来事はすでにどうでもいいことだった。思い出せば「ああ、そんな嫌なことも在ったな」と軽い嫌悪感と共にそうつぶやいて終わるような、重要でも何でもないことなのである。アザミナがギルドから追放になり罰を受けたという情報を聞いた時点で、リューの中でこの出来事は完結したのだ。
それを、こんな後になってまでわざわざ蒸し返したガンダールヴに、リューは内心で疑念を抱く。一体何が目的なのか、と。
しばしの沈黙。その後、リューは無表情のままで、口を開いた。
「……で、ガンダールヴさんは、俺にどうして欲しいんですか? 組織のトップとして謝ったという事実が欲しかったんですか? それとも、こうして謝ったんだから、あの高慢女のことを許せとでも言うつもりですか?」
「……いや、俺はこの謝罪で何かを求めることはしねぇ。お前さんに迷惑をかけた。だから謝る。それだけだ。許してくれなんて言わねぇよ。これは俺自身のケジメだからな」
リューの問いかけに、ガンダールヴはきっぱりとそう言い切った。
その答えを聞いたリューは、さらに問いを重ねる。
「それだけですか?」
「ああ……って、ちょっと待て。えっとだな、求めるっつーか、打算的なことはある」
「……打算?」
「ああ、その……なんつうか、な。お前さんみたいな面白れぇやつとは、できる限り仲良くしておきたいんだよ。だからまぁ、蟠りは無くしておきてぇ、ってのが打算だ」
そう言って、にかっと男臭い笑みを浮かべて見せるガンダールヴ。
その言葉、表情、視線。そのどれをとっても、その言葉が嘘だとは思えなかった。ガンダールヴは、本気でリューと友好的な関係を築きたいと考えているのだと、否応なしに理解させられる。彼が浮かべたのは、そんな笑顔だった。
その笑顔を見て、リューは疑いや不信感を抱いているのが馬鹿らしくなった。その代わり、ガンダールヴという人は、腹の探り合いができるような人物ではないという、確信に近い認識がリューの中に生まれた。
よく言えば裏表のない、悪く言えば馬鹿正直。それがガンダールヴの気質であった。
もっとも、組織のトップがそれでいいのか? とは思ったが、それは自分が考えることじゃないと思考を打ち切る。
「……分かりました。謝罪を受け入れます」
リューがそう言うと、ガンダールヴの表情がみるみる明るくなった。それを見てリューは自分の認識が間違ってないこと確信した。
「そうか! はぁ~、本当に良かったぜ。個人的にもギルドとしても、お前さんみてぇな有名人との仲が険悪ってのはマイナスでしかねぇからな」
その証拠に、もうボロを出している。これでは打算の中に『ギルドとしての関係』があったと告白しているも同然であった。
リューはくすりと微笑むと、その笑みを悪戯っぽいモノに変えて、ガンダールヴをからかう。
「あれ? 打算は俺と仲良くしたいってだけじゃないかったんですか?」
「あ゛っ。……い、いや。もちろんそれが一番だぜ? ギルド云々は二の次どころか、三の次四の次……」
「あははっ、冗談ですよ。俺も、貴方と険悪になるのは避けたいですし、あの出来事だって、言われるまで忘れてたくらいですから。そう気にしないでください」
「そ、そうなのか? ……ふぅ、あんま年上をからかうんじゃねぇよ。あと、その無駄に丁寧なしゃべり方もやめていいぜ。かたっ苦しくていけねぇよ」
「いいんですか……じゃないか。えっと、いいのか? なら、ありがたくそうさせてもらうよ」
「おう、それでいい」
口調を変えただけで、一気に親しくなったように思えるから不思議である。
リューとガンダールヴは目線を合わせ、どちらからともなく笑いあうと、がっしりと握手をしたのだった。
「……置いてけぼりでしたね、私」
そんな二人を見ながら、聖女様がそう呟いていたそうだが、それはまた別の話である。
「……随分と楽しそうにしてるじゃない、リュー。ふふっ、いまから楽しみだわ。あなたのその笑顔が屈辱に歪む瞬間が……。ふふふ、うふふふふふ、あはははははははははははははははは!」
……リューたちを、遠くから覗く怪しげな影。
その魔の手がリューに伸ばされる時は、すぐそこまで迫っていた。
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