リバイヴ・オブ・ディスピア 始動
リューに課せられた使命は、イーリスを伴って岩山フィールドと森フィールドの入口に『転移陣』を設置すること。あまり時間が無いので、何よりも速さが求められる。
「というわけで、ちゃっと行ってちゃっと済ませてしまいましょう」
「はい、『なるはや』というわけですね」
「あの、イーリス様……? その言葉はどこで……?」
「異邦人の方々が言っていました。なるべく早くって意味なんですよね?」
「まぁ、そうですね……」
「? どうかしましたか、リュー様?」
「いえ、何でもないです」
聖女様がスラング何ぞ覚えてもいいのだろうか……、と思ったが、時間があまりない中、余計なことをしている暇はないと思考を打ち消したリューは、内心を悟らせない笑みをイーリスに向けた。
会議が終わり、一度執務室に戻ったリューとイーリスは、先行してフィールドの探索を行ったプレイヤーたちが書き上げた地図を覗き込む。大体の地形と重要ポイントが描かれただけの簡素なものではあるが、短時間で作り出したと考えれば十分すぎる精度のそれに、二人して目を丸くする。
グラシオンが創り上げたこの異空間は、プレイヤー達が拠点にしている城を中心に、草原フィールドが広がっている。出現するモンスターはレベル30ほどと、さほど強くはない。種類としては、ウルフなどの獣系モンスターが多い。
その草原フィールドを南東に抜けた先に、[石材]が手に入る場所である岩山フィールドがある。岩肌がむき出しになり、木々はほとんど生えていない。その枯れ山っぷりは、先行したプレイヤーが撮ったスクショの光景から、『死の山』という呼称が満場一致で付けられたほどだ。
このフィールドには、まだ誰も足を踏み入れていないので、出現するモンスターに関する情報は無し。ただ、リューとイーリスはフィールドの入口に『転移陣』を設置する予定なので、モンスターの情報はさほど重要ではない。
岩山フィールドの反対側、つまり北西には森フィールドがある。こちらは[木材]やポーションの材料となる[薬草]系の素材アイテムの採集ができるのではないかと推測されているフィールドだ
岩山フィールドが『死の山』なのに対し、こちらのフィールドは生命の息吹溢れまくるジャングルのような森林地帯になっている。岩山フィールドの呼称に合わせて、こちらは『命の森』と呼ばれることになった。
こちらのフィールドには、岩山フィールドの後に行くことになっている。
リュー達の行動を順番に示すと……。
①城に『転移陣』を設置。
②岩山フィールドに向かう。
③岩山フィールドに『転移陣』を設置
④『転移陣』で城に戻ってくる。
⑤森フィールドに向かう。
⑥森フィールドに『転移陣』を設置。
⑦『転移陣』で城に戻ってくる。
となっている。
城への帰還にもリューの魔法を使うことになっていたのだが、それよりも『転移陣』で戻ってきた方が時間の短縮になると判断されたのだ。
今からの日程を確認したリューとイーリスは、さっそく出発することにした。時間は有限。一片たりとも無駄にはできない。
城から出て草原フィールドに降り立つ。周りでは、プレイヤーたちが思い思いの行動をとっていた。戦闘訓練をする者、防壁の建築予定について話し合っている者、パーティーでフィールドに繰り出そうとしている者。実に様々だ。
フィールドにリューとイーリスが出てきたことに気が付くと、彼らは一斉に視線を二人に向けた。「あれが聖女様か」や「かわいいな」や「で、あっちが護衛のやつか……ケッ」や「リア充死すべし……」など、実に分かりやすい反応をするプレイヤーたち。
「あの……リュー様? 何か、あちらの方々から睨まれているようですけど……」
「気にしなくていいと思いますよ。というか、俺は意図的に無視してます」
「そ、そうですか……」
そんなやり取りを挟みつつ、出発の準備を始める。アイテム類や装備がしっかりとそろっていることを確認する。
リューはアッシュ作の『悪魔祓い』っぽい黒の神官服(片腕甲冑付き)を身に纏い、イーリスは法衣から要所要所に金属鎧のパーツが付いた落ち着いた色のドレス――バトルドレスに身を包み、短い錫杖を装備した。
可愛らしさと静謐さに、凛々しさが追加されたイーリスは、リューに向かって「ど、どうですか……?」と恥ずかしそうに尋ねた。
鈍感さが天元突破しているリューでも、今のイーリスが何を求めているのかを間違えることは無かったようで、「よく似合ってますよ」と笑顔で告げた。その言葉に嬉しそうに顔を綻ばせ頬を染めるイーリス。
そんな二人の様子を周りで観察していた男性プレイヤーたちが、一斉に「ケッ」と吐き捨てた。
装備を整えたら、あとはもう出発するだけである。
イーリスはそういえば、と前置きをして、リューに尋ねた。
「会議の時におっしゃっていた移動用の魔法とは、どのようなものなのですか?」
「ああ、言ってませんでしたね。えっと……実際にやってみたほうが早いか。では、今からその魔法を使いますので、少し離れてもらっていいですか?」
リューの指示にしたがって、その場から数歩後退するイーリス。それを確認したリューは、すぅと息を吸い込むと、詠唱を開始した。
リューが詠唱を始めるとともに、地面に魔法陣が浮かび上がる。それは輝きを増していき、燐光を放ち始めた。
「――――【召喚『地を駆ける走竜』】」
そして、リューが最後の一節を唱えると、魔法陣の中央に燐光が集まり、形を成していく。集まった燐光が三メートルほどの大きさになった時、突然、それははじけ飛んだ。
「グァアアアアアアッ!!」
顕現できたことを喜ぶように叫びを上げ、そこから現れたのは、短い前脚と強靭な後ろ足を持ったヴェロキラプトルに似た竜。
魔法陣から出た走竜は、召喚主であるリューを見つけると、「グァ」と嬉しそうに一鳴きし、甘えるように顔をこすりつけた。
「ははっ、デカくても甘えん坊だな、ハヤテ」
「グァアア」
甘えてくる走竜―――ハヤテの鼻先を撫でながら、リューは優し気にそう話しかける。
ハヤテは、リューが『大樹の草原』での活動にて頻繁に【召喚『地を駆ける走竜』】を使っていたところ、毎回同個体が召喚されていることに気付き、付けた名前だ。疾風の如き走りを見せて欲しい、というのが名前の由来である。
「よし、ハヤテ。今日は俺以外にももう一人のせて欲しい人がいるんだけど、大丈夫か?」
「グァ」
もちろんだよ! と言うように三本指の前脚で一本だけ指を立てて見せるハヤテ。
「良かった。じゃあ、お願いな。イーリス様、それではこちらに……って、どうしました?」
イーリスの方を振り返ったリューが、不思議そうにそう尋ねる。唖然とした表情でハヤテを凝視していたイーリスは、ギギギ……とぎこちない動きで首を動かし、リューの方を見た。
「リュ、リュー様? あの、それって竜種であるスプリントドラゴンですよね?」
「へぇ、ハヤテの種族ってスプリントドラゴンって言うんですか。知りませんでした。ハヤテ、お前随分かっこいい名前の種族だったんだな」
「グァアア!」
でしょ! でしょ! というように鳴き声を上げるハヤテ。そんなハヤテを撫でているリューを見て、イーリスは呆然としたままポツリ、とつぶやく。
「竜種まで手懐けているなんて……リュー様、すごすぎです」
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