リバイヴ・オブ・ディスピア 護衛①
リューがイーリスの護衛になった経緯の話。
時間は少し遡り、会議が始まる前のこと。
城を拠点に定めたプレイヤーたちが思い思いに城内を探索したり、今後の対策を立てたりしている中、リューは一人である場所に向かっていた。
城のほぼ最上階に位置するその部屋の前で、一度足を止めたリューは、大きく息を吸って、吐いた。
「……よし」
短くそうつぶやくと、意を決したように口元を引き締め、扉をコンコンとノックした。
「リューです。入ってもよろしいでしょうか?」
『……どうぞ』
中からの返事を受け取ったリューは、ドアノブに手をかけ、重厚な木製の扉をゆっくりと開ける。
扉を開けたリューの目に飛び込んできたのは、豪奢な装いの執務室。部屋の奥に幅広な執務机があり、部屋の左右には本がぎっしり詰まった本棚が置かれている。天井に吊るされているシャンデリアの輝きが室内を明るく照らしていた。
そんな部屋の中央には精緻な刺繡の施された絨毯が敷かれ、その上に対面に置かれたソファーとティーカップの置かれたガラス張りの机があった。そこに膝をそろえ、お行儀良く座っていたのは、聖女イーリス。
「来てくださってありがとうございます。リュー様」
入って来たリューを見て、嬉しそうに微笑んだ彼女こそ、リューを、この部屋に呼んだ張本人であった。
クエストの失敗条件にイーリスの死が入っていたことで、プレイヤーたちは彼女をどうやって守るのかを決めあぐねていた。
と言うのも、このクエストは貢献度によって報酬が変化する仕組みになっている。そして、貢献度はクエストクリアに重要な行動をとればとるほど大きくなるのは間違いない。
要するに、聖女様の護衛という貢献度的にウマウマな役目を誰が務めるのかで、プレイヤーたちはもめていたのだ。
とはいえ、そんなことで時間を使っていたら、先の行動に支障が出てきてしまう。そう判断したトップギルドの面々は、護衛の決定をイーリスにしてもらうことにした。実力云々よりも、イーリス自身が信用できる者を選んでもらおうと考えたのだ。
そうして提案されたイーリスが選んだのが、リュー。
大体のプレイヤーが「だよね」と半笑いを浮かべる中、リューはイーリスの護衛となったのだった。
「リュー様は、そちらに座ってください」
「分かりました。失礼します」
イーリスに促され、ソファーに腰掛けるリュー。彼の特に何の色も宿していないように見える無表情の下には、困惑があった。「リューが聖女様の護衛になったぜー!」とアポロに言われてすぐに、呼び出されたので、どうしてこうなっているのかを理解できていないのだ。
「えっと、改めまして。イーリス様の護衛を務めさせていただくことになりました。リューです。よろしくお願いします」
とりあえず、挨拶から入ったリュー。口調も初対面の相手に対するそれである。その丁寧な態度に、少し寂しそうな表情を浮かべたイーリスは、すぐにそれを引っ込めると、歳不相応に落ち着いた笑顔を浮かべ、挨拶を返す。
「では、私からも。万神教にて聖女の位を預かるイーリスです。護衛の任を受けてくださったこと、そして、先程は窮地を救っていただき、本当にありがとうございます」
見惚れるような所作で一礼したイーリス。動作の一つ一つから、その育ちの良さがうかがえる。着ているものが法衣ではなく煌びやかなドレスであったら、『お嬢様』という呼名がよく似合うだろう。
イーリスの放つ清廉さに、リューは一瞬目を奪われかけたが、すぐに我に返ると、一番気になっていることを疑問として口にする。
「それでですが……。どうして、俺を護衛に選んだんですか?」
それは、アポロに護衛になったということを告げられてから、ずっと考えていたことだ。
リューは、自分が『守り』に向いているとは考えていない。それは戦いに顕著に表れている。
受けたダメージを回復魔法でなかったことにし、防御を捨てて攻撃に専念するヒット&ヒール戦法。それは、言い換えれば『自分を守る』ことを放棄しているということだ。自分すら守れない者に、他人を守ることなど出来ない。それが、リューの考え方だった。
リューの言葉を受けたイーリスは、聖女然とした表情を崩すと、どこか悪戯っぽく微笑み、質問に質問を返す。
「おや、私の護衛をするのは不満でしたか?」
「いえ、そういうわけではありません。けど、俺よりも護衛にふさわしい人なんていくらでもいるでしょう? 俺は護衛の経験が豊富というわけでもありませんし、誰かを守ることが得意なわけでもない」
「ふふっ、それは貴方の職業を見ればなんとなく分かります」
「うぐっ……。ま、まぁ、そうでしょうね」
『狂戦士ん官』。見るからに守るよりも傷つけることが得意そうな職業である。何の反論もできなかったリューは、はは……と乾いた笑みを浮かべるばかり。そんなリューの様子に、イーリスはおかしそうにクスクスと微笑む。
「わ、分かっていたなら、なぜ俺を? もっと、護衛に適した人を探せばよかったんじゃ……」
「……まぁ、確かにその通りなのでしょうね」
リューの言葉に、同意するような言葉をこぼすイーリスに、リューが「じゃ、じゃあ……」と重ねて言おうとして……まっすぐ向けられるイーリスの視線に、縫い留められるように口をつぐんだ。
視線一つでリューの言葉を止めたイーリスは、これまでにない真剣さで、ゆっくりと語りだす。胸中に隠していたものを、零すように。
「……私は、立場上行動のほとんどに護衛が伴います。聖女というものは誰にでもなれるものではありませんし、一人いなくなったからじゃあ次を……とはいかない存在ですので」
「それは……そうでしょうね。……あれ? じゃあ、どうして今日はその護衛を連れていないんですか?」
「……創造神様の神託にて、護衛を連れていくことを禁止されたからです」
「なっ!? ……おかしいでしょう。貴女は、そんなに軽々しく扱ってはいけないはずだ。何か、理由があったんですか?」
「はい。創造神様は、こうおっしゃいました。『異邦人が守ってくれるから大丈夫だ』……と」
ですが、とつぶやき、イーリスは複雑そうな表情を浮かべる。
「私は……その言葉を、信じることができませんでした。異邦人の皆さまが大きな力を持っていることは知っています。けれども、これまで自分の命を守ってくれた、この命を預かってくれた専属の護衛騎士たちに比べてしまうと……初対面の相手と言うのは、到底、信頼には足りえませんでした」
「それは……そうでしょうね」
リューはそこで、イーリスがNPCなのだと、改めて認識した。
このFEOで、NPCは『生きている』。日々生活を営み、この世界の住民として生を謳歌しているのだ。
そして、彼らにとっての『死』は、異邦人――プレイヤーのそれとは意味が異なる。NPCにとっての死は、文字通りの『死』なのだ。異邦人のようにいくらかの代償を払っての復活などできない。死んだらそれまで、二度と生き返ることは無い。
だからこそ、彼らは『命』というモノに、プレイヤーとは比べ物にならないほど真剣なのだろう、とリューは悟った。
「俺も、命を預けられる相手は……そうですね、幼馴染くらいでしょうか?」
「あの、紅い騎士様と蒼い魔女様ですか?」
「そうですけど……よく分かりましたね」
「これでも、聖女ですから。人を見る目には自信があります」
少し得意げに言うと、イーリスは「だから」と続ける。
「異邦人の中で、『信頼』に値すると思えたのが……リュー様、貴方だったんです」
そう言った時に、イーリスが浮かべていた笑顔は、思わずドキッとしてしまいそうな物で。
それを受けたリューがしばし唖然としてしまうのも、無理もなかった。
オワラナカッタ……。
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