リバイヴ・オブ・ディスピア 撃退
イーリスと名乗った聖女様は、それはもう可愛らしい容貌をした、まごう事なきロリっ娘だった。
さらさらの銀髪は膝裏まで伸び、くりくりとした瞳の輝きはまさしく宝石。思わず触りたくなってしまうフニフニほっぺに、ぷるんとした桜色の唇。それらが神がかった配置で小さな顔に収まっている。抱きしめたら折れてしまいそうな華奢な身体。
纏う雰囲気も相まって、彼女こそ『天使』なのではないかと、背中に羽根を、頭上に光輪を幻視してしまいそうである。
そんな可愛らしい聖女様は、上空のグラシオンをキッと睨みつけながら、再度手のひらに魔法陣を展開した。先ほど光弾を放った時のそれよりも一回り大きい魔法陣だ。
「聖なる力よ、邪悪を打ち滅ぼしなさい! 【ホーリーランス】!」
魔法陣から飛び出たのは、聖気で形作られた槍だった。飛翔するスピードは光弾よりも遅いが、威力は比べ物にならないだろう。
光弾を素手で受け止めたグラシオンも、この聖なる槍は危険だと判断したのか、手にした杖を振るい、防御の魔法を発動させた。回転する魔法陣が【ホーリーランス】を受け止める。数秒の間、槍と盾は競り合うようにぶつかり合っていたが、槍の方が先に消滅してしまった。
その光景を見ていた、イーリスとグラシオンの表情は対照的だった。イーリスは悔しそうに歯噛みし、グラシオンは「ほう?」と余裕たっぷりにこぼす。
「くくっ、聖気を扱う者がいると思ったら、この程度か。その程度で余に向かって『覚悟しろ』だと? くはははははっ、笑わせてくれる」
「くっ……」
「当代の聖女よ。貴様の実力は余に遠く及ばないようだな。しかし、聖気の存在は何かと厄介だ。貴様は……ここで殺させてもらおうかッ!」
そう叫ぶと、グラシオンは杖を振りかざし、空中に幾重にも重なる魔法陣を展開した。魔法陣はくるくると回転を始め、どんどん魔力を集めていく。一目見てヤバいとわかるような魔力量。グラシオンの瞳に宿る紫紺は、標的たるイーリスを射抜くように捉えて離さない。
「……ッ! わ、我が神に願い奉る、守護の力よ今ここに……」
「遅いわッ! 【カタストロフィ・レイ】ッ!」
急いで防御の魔法を発動しようとするイーリスだが、グラシオンの魔法が完成する方が早かった。
杖をまっすぐに突き出し、その先端に集結する魔法陣。そこから放たれるは、某話聞かないから殴って分からせる的交渉術を駆使する魔法少女のような砲撃魔法。収束した魔力が極太のビームとなりてイーリスに襲い掛かる!
迫りくる魔法に、恐怖からか強く目を閉じてしまうイーリス。構成中だった防御魔法も霧散し、彼女を守るものは何も無くなった……と、思われたその時。
「やらせるかよッ!」
イーリスとグラシオンの放った魔法の間に割り込む影が一つ。漆黒の影がイーリスの視界を遮った。
影―――リューは、砲撃に向かって紅戦棍を振りかぶり、渾身の力を込めて叩きつけた。
「【タイラントプレッシャー】ッ!!」
発動するは、【エコーブロウ】の強化版のようなアーツ。紅戦棍のヘッドが砲撃にぶつかった瞬間、解放された衝撃波が魔法を押し返す。「オ……ラァッ!!」とリューが紅戦棍を振り切ると、その威力に耐えきれなかった魔法がはじけ飛ぶ。
「あ……」とリューの背中を見つめるイーリスが声を漏らす。それに気づかず、リューは声を張り上げた。
「アポロ! サファイア!」
「おうよ! 【オーラブレード】!」
「んっ! 【アイシクルレイン】!」
リューの呼び掛けに応えた【フラグメント】のナンバーワン、ツーが、それぞれ遠距離攻撃をグラシオンに向かって放つ。アポロは騎士剣から飛ぶ斬撃を打ち出し、サファイアは上空に展開した魔法陣から氷柱の雨を降らせた。
「くっ、小癪なッ!」
グラシオンは飛来する斬撃を横にずれることで回避し、降り注ぐ氷柱は防御壁を己の頭上に張ることで防いだ。
だが、そこに【ソードオブフェイス】で作り出した短剣を片手に飛翔するリューが突っ込んできた。グラシオンがとっさに杖を振るが、それはもう片方の手に握られた紅戦棍で弾かれる。
「ぶっ飛べ、【インパクトシュート】!」
そして放たれる、衝撃波を伴う蹴りの一撃。グラシオンの胴体にクリーンヒットしたそれは、彼の体を十メートル以上吹き飛ばした。
何かしらの魔法で減速したグラシオンは、蹴られた部分を押さえ、リューに骸骨の眼孔を向けながら吐き捨てるように言う。
「……くっ、余としたことが……。しかし、異邦人の中にも、少しはできる者がいたようだな。全員が全員、脆弱な雑魚ではないということか? くくっ、侮っていたことを謝罪しよう」
「謝罪がしたいなら、頭の一つ位下げてみたらどうだ?」
「はっ、貴様ら如きに頭を下げるだと? あまり余を馬鹿にしてくれるなよ?」
グラシオンが少し低くした声でそう言うが、対峙するリューは何も言わずに無表情を向けるだけ。……いや、よく見ると口元が少しばかりひくひくしている。必死に頬が緩みそうになるのをこらえているようだった。いつもの病気が発動しかけているのだろう。
「……まぁいい。ここでの戦闘は余にとって不本意なもの。よってここは引かせてもらうぞ」
「ほう? 逃がすと思うか? 三日後と言わず、今ここでお前を倒せばそれで済みそうなんだが?」
「あの程度で余を脅かせるとでも思っているのなら、それは思い上がりが過ぎるというものだ。……ふむ、そうだな。このまま貴様らを調子づかせておく理由もあるまい」
そう言うと、グラシオンは杖の先をリューに向け、骸骨の顎をカタカタと鳴らした。
「丁度いい。貴様の死をもって、余の力を示そうではないか」
その言葉が終わると同時に、杖を一振り。リューの足元に、魔法陣が展開される。驚いたように目を見開き、すぐさまその場を離脱しようとする。しかし、
「遅いぞ、【召喚『堅牢なる黒鎖の束縛』】」
グラシオンが発動するは、まぎれもなく『召喚魔法』。
リューの足元の魔法陣が輝き、そこから鎖が放たれ、リューの体を雁字搦めに捕らえた。
「それでもう逃げれまい。では死ね。【召喚『闇竜の爪撃』】」
グラシオンが、もう一度杖を振るう。今度はリューとグラシオンの丁度中間あたりに魔法陣が現れる。
その魔法陣が輝き、せり上がるようにして姿を見せたのは、夜色の鱗に包まれたドラゴンの上半身。
まるで産声を上げるように、大気を根こそぎ吹き飛ばすほどの咆哮を上げる闇竜は、触れただけで切り刻まれそうな爪の付いた前足を振り上げた。
「リュー! くそっ、あそこじゃ攻撃が届かねぇ! サファイアは!?」
「駄目っ、ここからじゃリュー君まで巻き込んじゃう!」
「いきなり突っ込んでってピンチってんじゃねぇっすよ! 先輩のアホー!」
「マオ、言ってる場合ですか! このままじゃ、リューが……!」
アポロたちが、どう見ても窮地なリューを救うために動き出すが、闇竜は止まらない。
振り上げた腕が、今まさに、
「――――すぅ」
うなりを上げて、振り下ろされる………………その刹那。
「『ラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!』」
轟く、咆哮。
ガキャンッと響く、衝突音。
闇竜の一撃は、リューの目の前に突如、召喚された壮麗な装飾の成された黄金の巨盾に遮られた。
「何ッ!? 召喚魔法だと!?」
グラシオンが驚いた声を上げる中、前脚を振り下ろした状態で停止した闇竜も、リューを守った巨盾も、リューを拘束していた鎖も、役目を終えたと言わんばかりに魔法陣へ消えていった。
「……ふぅ、上手くいったか。ぶっつけ本番だったから、若干不安だったんだよなぁ」
そんなことをつぶやきながら、安堵のため息を吐くリューに、グラシオンは「くっ」と悔し気に吐き捨てた。
リューはまっすぐにグラシオンを見つめ、その口元に笑みを浮かべる。それは、エモノを見つけた時の捕食者の笑み。つまり、戦闘中のデフォルトスマイルだ。
「……で?」
「ッ! ……ふん、よもや貴様も召喚魔法の使い手だったとはな。その大仰なメイスにまんまと騙されたというわけか。……まぁいい。どのみち、貴様らは残り三日の命なのだ。せいぜい終わりまでの短き生を楽しむがいい」
そう吐き捨てると、グラシオンは魔法陣を展開し、その中に消えていった。
これで、一時的とは言え、脅威は退けられた。
その事実に、リューとグラシオンのやり取りを固唾をのんで見守っていたプレイヤーたちは、歓声を上げた。
「うぉおおおおお! すげぇえええええ!」
「何だ今の魔法!? ドラゴン出てきたぞドラゴン! つうか、なんであいつはアレを受けて生きてんだよ!」
「なんかアレだよ、超パワーとかそんなんだよ!」
「マジか、超パワーすげぇな!」
「とりあえず助かったーーー!!」
地上に降り立ったリューの元に、アポロとサファイアが猛スピードで突っ込んでいく。「無事か、リュー!?」「リュー君、大丈夫?」と、リューの体をべたべた触りながら問いかける二人に、苦笑を返す。
「落ち着けお前ら。大丈夫なのはみりゃ分かんだろ。というか、あんま人前でべたべたするな、恥ずかしい」
「それとこれとは話が別」
「そうだぜ! 俺たちを心配させたリューが悪い!」
そういって、リューから離れようとしないアポロとサファイア。そんな二人に、「しょうがないなぁ」みたいな笑みを浮かべ、ぽんぽんと頭を撫でてやるリュー。相変わらず下の二人に甘いお兄ちゃんである。
さっきまで窮地に陥っていたことが嘘のようにわちゃわちゃしている三人に、近づいてくる影が一つ。
「あの、よろしいですか?」
「ん? あれ、君は……聖女様?」
リューの元に歩み寄って来た相手―――イーリスが、ペコリと頭を下げた。その動きに合わせて、サラリと銀色が揺れる。
そして、下げていた頭を上げると、その可憐な双眸に、清楚な笑みをそっと添えた。
「はい、リュー様。先ほどは助けていただき、誠にありがとうございます」
「いや、間に合って良かったです。怪我はありませんか、聖女様?」
「ええ。リュー様が守ってくれたので、イーリスは……こほん、私は傷一つ負っていません」
「良かったです。聖女様が無事で」
そういって笑いかけるリューに、イーリスはサッと頬を染めた。リューに引っ付いていたサファイアと、遅れて近づいてきたアッシュ、マオが、死んだ魚のような目でリューを見る。三人の内心は同じ、「またかこいつ」である。
少しの間呆けたようにしていたイーリスだが、はっと我に返ると、こほんと咳ばらいを一つし、たたずまいを直した。
そして、キリッとした真剣な表情で、リューとその場にいたプレイヤーたちに告げる。
「異邦人の皆さま、名乗りが遅れました。私はイーリス。大教会にて聖女を務める者です。この度は、我が主たる『創造神』様の呼び掛けに応えてくれたことを感謝いたします。ありがとうございました。ですが、事態は想定外の方向に進んでいます。あのグラシオンという魔物は、あなた方を生贄とし、強大な魔力を得ると言っていました。それが本当だとしたら、その魔力は何に使うのか。……いえ、たとえどんな目的だろうと、人を生贄にすることなど許されざる行為です。私は聖女として、一人の人として、グラシオンのたくらみを破りたいと思っています。ですが、先程の戦いの通り、私一人ではとてもグラシオンを止めることなどできません。ですから、どうか皆さまのお力をお貸しいただけないでしょうか? お願いします……!」
最後まで言い切ると、イーリスは深く頭を下げた。その姿を見ただけで、彼女の真摯な思いが伝わってくる気がする。
イーリスが頭を下げたと同時に、プレイヤー達の手元に、仮想ディスプレイが表れる。
そこには、こう書かれていた。
『聖女:イーリスの願いに応えますか? Yes/No』
その場にいたほぼ全員のプレイヤーたちの心が、一つになった。一斉に仮想ディスプレイへと指を伸ばし、『Yes』を押す。
仮想ディスプレイが消えると、それを待っていたかのように、イーリスが顔を上げ、
「皆さま……ありがとうございます!」
満開の花の如き、無垢で愛らしい笑顔を浮かべるのだった。
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