リバイヴ・オブ・ディスピア 聖女
ローブ姿の人物から放たれた魔力を受けたプレイヤーたちの視界が、刹那の間ブラックアウト。唐突に訪れた暗黒空間に、あちらこちらから悲鳴が聞こえてくる。
そして、視界が元に戻ると……さっきまでとほとんど変わらない光景があった。数えきれないほどのプレイヤーの群れ。草原に立ち並ぶ廃墟。空に浮かぶローブ姿の人物。そして……。
「あ、あれ? ガブリエルさんがいないぞ!?」
「そ、それよりも! アレを見ろっ」
「はぁ!? ど、どうして城が……?」
草原の中心に鎮座していたはずの廃城が、時間を巻き戻したかのように直っていた。崩れ蔦が這っていた城壁はかつての堅牢さを取り戻し、先端が欠けた尖塔も元通りに天を突いている。居館も宮殿も、全てが修復されている。
元の不気味さは鳴りを潜め、本来の威厳のある風格が再現されていた。
「ふむ、上手くいったようだな」
城の変化に驚くプレイヤーたちに、空中に浮かんだままのローブの人物から声が降り注ぐ。
「くくっ、それにしても。あのような見え透いた罠に、まんまと引っかかってくれたものだ。感謝したぐらいだよ、間抜けな異邦人たちよ」
声音に嘲りがたっぷりと詰まった言葉に「なんだと!」、「ふざけるな!」と口々に怒りを返すプレイヤーたち。
それらを完全に無視して、ローブ姿の人物は続ける。
「さて、まずは名乗らせてもらおうか。余は『グラシオン・ゲーティス』。貴様らをこの空間……余の創り上げた亜空間に連れ込んだ張本人だ。……おっと、そう怒るな。憤怒に身を任せたところで、貴様ら如きが余に何かできると思うなよ?」
そう言うとローブ姿の人物――グラシオンは、さっと杖を振るった。杖の軌跡にいくつもの魔法陣が浮かび上がり、そこから魔力の弾丸が放たれる。
高速で飛来するそれは、グラシオンに対して何らかの攻撃をしようとしていたプレイヤーたちに直撃した。
「ぐわっ!?」
「うおっ! か、体が、動かない!?」
「くそっ、状態異常系の魔法かよ!?」
魔弾を喰らったプレイヤーたちは、身体が石に変えられたかのように動かなくなった。グラシオンの放った魔弾による束縛の状態異常攻撃は、暴れかけていたプレイヤーたちを実にあっさりと鎮圧してしまった。
まるでこの程度など児戯であると言わんばかりの軽さで放たれた魔法で、決して少なくない数のプレイヤーが無力化されたのを見て、グラシオンに何かを仕掛けようとしていた者たちの手が止まる。一部始終を見ていても彼我の戦力差を理解できずに、動いた者もいたが、これまたあっさりと魔弾の餌食になる。
プレイヤー達がおとなしくなったのを確認したグラシオンは、やれやれと呆れたように肩をすくめると、続きを話し始めた。
「……さて、静かになったようだな。話をつづけるぞ? 貴様らをこの空間に閉じ込めたのは、貴様らの命を贄とするためだ。異邦人の特殊な魂からは、上質かつ大量の魔力を搾り取ることができるのだよ。要するに、貴様らには余の目的のために必要な燃料になって貰いたいのだよ」
いちいち癪に障るような言葉を選び、プレイヤーたちを煽るグラシオン。無数の憎々し気な視線を受けても、柳に風と受け流すばかりで、動揺した様子は見られない。
「この空間は、貴様らを閉じ込める檻であり、貴様らから魔力を搾り取るための装置であり、貴様らの命を刈り取る処刑場、というわけだ。理解できたか? 理解できたのならば、これから起こる余による蹂躙の光景でも想像しながら絶望するがいい……と、言いたいところなのだが、この空間を創り上げた魔法は余をもってしてもかなりの消耗を強いられるものでな。今の状態で貴様らとことを構えると、万が一があるかもしれぬ」
そこで言葉を切ると、少し考え込むようなそぶりを見せる。顎に手をやり考える人のポーズ。いちいち動きが大仰で、まるで舞台役者の演技を見ているような気分になる。
そして、何かを思いついたのか、ふむとうなずきを一つ。
「そうだな……三日だ。貴様らには三日間の猶予をやろう。余の力が回復し、この空間に破壊と殺戮をばらまくその日を、今から三日後に決定した。その間、貴様らはせいぜい足掻いて見せよ。勘違いされては困るが、これは別に慈悲というわけではないぞ? 貴様らの足掻きが大きければ大きいほど、それを壊してやった時の絶望も大きくなるというもの。深い絶望はより純度の高い魔力を生み出すからなァ……。くっくっく、それでは諸君、三日後を楽しみに……」
バシンッ!
グラシオンの話が、強制的に遮られる。それを成したのは、地上の一角より飛来した光弾。グラシオンが束縛の魔弾を放つより早く放たれたそれは、彼の顔のあたりを強襲した。
寸前で差し込まれたグラシオンの掌が光弾を受け止めたことで直撃はしなかったが、受け止めた時の衝撃で、彼がかぶっていたローブが外れる。
そこから現れたのは、どう見ても人間ではない顔面だった。
皮も肉もない、闇色のスカルフェイス。こめかみの部分から捻じれた角が一対生えている。暗い深淵の眼孔には、紫紺の輝きが揺らめいていた。『死の魔導師』。そんな言葉がプレイヤーたちの脳裏をよぎる。
「…………これは、聖気か!」
受け止めた光弾を握りつぶし消滅させたグラシオンが、声音に驚きを含ませる。眼孔内で輝く紫紺が揺れたのは、彼の微かな動揺の表れだろうか。
「魔に属するものに対して絶大な威力を発揮する力……。貴様、何者だ!」
お返しとばかりに放たれた魔弾。それが着弾する場所の近くにいたプレイヤーたちが、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑うなかたった一人だけ、逃げも隠れもせず上空のグラシオンを睨みつける者が。
その者は、迫りくる魔弾に対してまっすぐに開いた手のひらを伸ばし、そこに展開した魔法陣から、先程グラシオンを襲ったのと同じ光弾を解き放つ。
バシュンッ! と魔弾と光弾がぶつかり合い、宙で爆ぜた。
「…………さっきから聞いていれば、好き勝手言ってくれますね」
その声は、光弾を放った者のものだった。手のひらをグラシオンに向けたまま、意志の強いエメラルドの輝きを放つ瞳でにらみつけるのは、銀色の少女。
「グラシオン・ゲーティス。魔に堕ちた死霊の王よ。我が主の願いを聞き届けてくれた異邦人の方々を生贄にするなど、不敬極まりないです」
純白の法衣に身を包む少女は、よくとおる透き通った声で高らかに叫びをあげる。
「魔を祓うは聖女の役目……、覚悟しなさいグラシオン・ゲーティス。あなたのたくらみは、イーリスが阻止して見せます!!」
力強く、ビシッとグラシオンに向かって宣言した少女――イーリスの姿を見たプレイヤーたちは、一斉にこう思ったという。
――――あれ? なんかちっこい娘がいる。
銀髪! 聖女! ロリ! うえぇえええええええええいっ!
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