イベントまでの道のり8
アトリエ『モノクロ』。
建物の外見はちょっとおしゃれな洋風の喫茶店、という感じだが、れっきとした生産工房である。特徴としては外壁のタイルが白黒のモノトーンであるところ。ドゥヴィレの大通りからすこし外れた、目立ちにくい場所に位置している。中は見た目以上の面積があり、調理に始まり、鍛冶裁縫木工細工なんでもござれな万能工房だ。
この工房だが、出来上がってからそれほど経っていない、新品同然の工房だったりする。
さて、どうしてアッシュが建物ごと工房を作ることになったかと言うと……。
例の大型アップデートの後、大手ギルドがこぞってポーションなどの消耗品を買いあさり始めた。理由は勿論、今度のイベント『リバイヴ・オブ・ディスピア』だ。戦闘系のイベントということで、ポーションの類はいくらあっても足りないような状態らしい。
生産ギルドの方で供給が間に合わなくなり、そのしわ寄せはギルドに入っていない生産職プレイヤーに向かった。合同生産場に戦闘系ギルドのプレイヤーが押し入り、ポーション類を売ってくれと言ってくる、なんてことが各地で起きた。中には強引な手段に出ようとして運営のお世話になった輩もいたとか。
一応、個人生産場を使用しているアッシュがその騒動に巻き込まれることは無かったのだが、アッシュは少しでも騒動解決の助けになるようにと、卸売りのような感じで生産ギルドに消耗品の類を安価で売った。そこまでは何の問題もなかったのだが……。
サファイアが認める生産チートなアッシュが作ったポーションは、『普通』じゃなかったのだ。
通常のポーション類よりあからさまに効果が高いアッシュ印のポーションは、何かもう信じられないようなスピードで売れに売れたとか。秒殺で完売だったらしい。
普通の生産プレイヤーが作るポーションとアッシュの作るポーションでは、効果が二、三割も違うというのだから、生産チートってのもうなずける話だ。
俺、ポーションってアッシュから受け取ったやつしか使ったことないから、効果が高いとか知らなかったんだよなぁ……。
さて、ただでさえ品薄なポーション市場に、効果が高いポーションが流れてきた。結末は考えなくてもわかるというやつだ。
戦闘系ギルドのプレイヤーたちはアッシュを探すために合同生産場を強襲。一時的に合同生産場が使用不可能になる勢いだったらしい。腕のいい生産職がギルドに入ってくれれば、それは計り知れない価値になるので、当然と言えば当然の結果だった。
そんな状況で、個人生産場から外に出ることもできなくなってしまったアッシュからのヘルプを受けた俺は、そのことをサファイアたちに相談。
サファイアもアポロも、アッシュとフレンドになっている後輩も快く相談に乗ってくれて、さらにとんとん拍子で解決策が決まった。普段からその有能さを発揮してほしいと愚痴りたくなるほどに迅速な行動だった。
解決策とは、アッシュを名前だけ【フラグメント】に参加させるというもの。簡単に言えば、俺と同じような感じになったということだ。
多数から文句がでそうな案だったが、人気トップのギルドの影響力は想像以上に大きかったらしく、『まあ、【フラグメント】ならしゃあないか』みたいな反応が大半だった。中には諦め悪く、やれウチのギルドが先に勧誘しただのなんだの言ってくる連中もいたそうだが、アッシュが以前から副ギルドマスターであるサファイアと交流があることが公表されると、そんな声もフェードアウトしていった。
それでもしつこい輩はいるもので、外に出ると待ち伏せされたりということがあったので、もういっそ個人の工房を作ってしまおうということになったのだ。
個人の工房なら、入ることのできるプレイヤーを限定できるし、何より今後のカスタマイズでより上位の生産設備が使えるようになる。
工房を作るのに必要なお金は、アッシュが自分の作ったポーションや装備をオークションに流したら簡単に溜まったとか。……最終的な落札金額、桁が凄いことになってたもんなあ。
以上、アッシュが工房を持つことになった経緯でした。
「ん。まだアッシュが工房をもったことはばれてないみたい。掲示板も最近おとなしくなってきた」
「一時はどうなるかと思ったもんなぁ。アッシュは自分が悪いわけでもないのに凄い申し訳なさそうにしてたし……」
「それがアッシュの良いところでもある。まぁ、気にしすぎなのは否定しない」
「工房が出来上がったばかり位だと、まだちょっと無理してる感があったし……。そうだな、癒し要員としてアヤメを召喚しておくか」
「それは名案」
てなわけで、アヤメを召喚してから『モノクロ』にお邪魔する。ドアを開けると鳴る『チリーン』というベルの音と同時に「お邪魔しまーす」。
ドアをくぐった先は……土間と一段高くなったところに畳敷きの休憩スペース。八畳ほどの空間にちゃぶ台が置かれているという光景。外見とのギャップにくらくらしそうである。この洋風な外見にあるまじき和風空間はアッシュの趣味だったりする。
そんなアンバランス空間の中に、人影が二つ。一つは座布団にぴしりと正座し、湯飲みで優雅にお茶を飲んでいるアッシュ。もう一人は……あれ? なんで後輩がいるんだ? しかも畳の上にごろんと寝転ぶだらしのない格好で。
入って来た俺たちに気づいたアッシュが、輝かんばかりの笑みを浮かべながら声をかけてくる。
「あっ! リュー、サファイア、アヤメちゃん! いらっしゃいませ!」
アッシュの言葉で俺たちの存在に気付いたのか、後輩が胡乱な視線を向けてくる。
「……あれぇ? 先輩に副マスじゃないっすか。何しに来たんすか、二人とも。あ、アヤメちゃんはこっちおいでっすよ~。おせんべい食べるっすか?」
「アッシュ、お邪魔するよ。後輩、ちょっと表出ろ」
「アッシュ、元気そうでよかった。マオ、ちょっと表出る」
サファイアと一緒にくいっと親指で外を指す。すると即座に起き上がって「いやぁ、お二人に会えてめっちゃ嬉しいっす!」と調子の良いことを言いだす後輩。その変わり身の早さに怒るよりも先に呆れてしまう。
ため息を吐きつつ、靴を脱いで畳に上がり、アッシュが用意してくれた座布団に腰掛け、アッシュが出してくれたお茶と茶菓子に舌鼓を打つ。とても自然な動作でこの気配りができるアッシュは、本当にいい子だと思います。見習え後輩。
そんなだらけ切った後輩がここで何をしているかと聞くと、なんでも【フラグメント】がイベントで使う消耗品の相談に来ていたらしい。話が一段落した後は、なんとなくだらだらしてたとか。
俺とアヤメがお茶(緑茶)を堪能し、茶菓子として出されたどら焼き(アッシュの手作り)を楽しむ中、目の前ではサファイア、アッシュ、後輩の三人が何やら話し込んでいた。
「……ところで、前々から気になっていたことがあるんですよ」
「ん? どうかしたの、アッシュ」
「すげぇ真剣な顔してるっすけど、なんか真面目な話っすか? だったら私はパスってことで……」
「いえ、マオにも関係ある話です。ちゃんと聞いてください」
「……はーいっす」
「……それで、話って?」
「はい……。サファイアに聞きたいんですけど……どうして、リューのことを『リュー君』って呼ぶようになったんですか? ちょっと前までは『リューにぃ』って呼んでましたよね?」
「………………」
「あ、それ私も気になってたっす。なんかあまりにも自然に変わってたんで、ツッコめなかったんすよねぇ。ねぇねぇ、どうしてっすか副マス?」
「……ん。わたしは、リュー君の妹をやめた。それだけ」
「妹を……やめた?」
「いや、やめるも何も副マスってもともと先輩の妹じゃないっすよね?」
「気分は妹だった。けど、それじゃダメだって気づいた」
「……どういうことですか?」
「うーん、妹じゃダメ……って、もしかして……?」
「何か分かったんですか、マオ?」
「えーとっすねぇ……。ここじゃ言いにくいんすよねぇ……。まぁ、あえて言うなら……先輩との関係を進めるためっすかね?」
「リューとの関係を……? ……っ! も、もしかして……サファイア!?」
「……ふふっ。今のところ、わたしが一歩リード」
「……一体、何をしたんですか。言いなさい。今すぐ言いなさい」
「ちょ、怖いっすよアッシュ。……まぁ、私も気になるんで。さぁ、キリキリ吐くっすよ、副マス」
「……アッシュは兎も角、マオ、副マスに対する態度じゃなくない? ……まぁいい。とりあえず、耳を貸す。………………ごにょごにょごにょ」
「…………ッ! ……ッ!? な、なななななななぁ!?」
「……あー、思い切ったことしたっすねぇ、副マス。いや、確かに先輩相手なら、気持ち分からんでもないっすけど……」
「うぅ……さ、サファイアは、大胆すぎですっ!」
「ふふふふふ♪」
「笑って誤魔化さないでください!」
「うーん、そうっすねぇ……。ここは、私もいっちょ女を見せるべきっすかねぇ……」
「マオまで!? だ、駄目ですよぉ!」
……なんか、聞いちゃいけない気がして、アヤメを構い倒してたから、どんな話をしてたのかは分からないけど。
ところで、俺の新装備の件はどーなったんですかねぇ?
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