イベントまでの道のり1
今日の昼食、そば。デザートに、コンビニで買ってきたアイス。
普通に美味しかった。
「「「ごちそうさまでした」」」
俺、蒼、太陽と、そろって手を合わせて食後の挨拶。この後、俺は昼食の片付けをし、蒼と太陽はすぐさまFEOに舞い戻る。
けれど、今日は二人ともリビングに残っている。……なんかあったっけ?
気になったので、食器を洗いながら声をかけてみる。
「おーい、二人とも。どうかしたのか?」
「おー? 何がー?」
返事は、太陽から帰って来た。蒼は手元の文庫本に視線を落としているので、たぶん俺の声自体が聞こえてない。
「いや、珍しくリビングに残ってるからさ。いつもならお前たち、すぐに部屋に戻ってFEOをやり始めるだろ?」
「あーそれなー。ちょっと話したいことがあるんだよ。洗い物終わってからでいいからさ」
「構わんが……。手伝ってくれると、早くその話とやらに入れるぞ?」
「はっはっはっはっは」
太陽のやつ、笑って流しやがって。まぁ、最初から手伝いなんて期待してないけど……。
そう思っていると、文庫本に集中していたはずの蒼がパタリとそれを閉じ、ソファーから立ち上がると、てくてくキッチンに入って来た。
そして、こてん、と首を傾げながら言う。
「流君、お手伝い、する?」
「……そうだな。ありがとう。じゃあ……俺の洗った物を、タオルで拭いといてくれるか?」
「ん。了解」
「割らないように注意しろよ?」
「ん」
いつも通りの短い返事の後、洗い終わり水滴を滴らせている皿を手に取る蒼。タオルを手渡してやれば、それできゅっきゅと丁寧に拭いていく。
ちょっと前までなら、考えられないような光景。こんな光景が見られるようになったのは、『あの夜』からだ。
あの、何かが決定的に変わった夜。一週間が経った今でも、あの時のことをふと思い出す。
蒼が始めて見せた表情。見ているこっちも切なくなってくるような告白。俺の中に確かに刻まれた『恋』の存在。
そして、重ねられた唇の柔らかな感触も……。
「………っ」
顔に急速に熱が集まってくるのを感じて、慌てて首を振ってその熱を逃がす。ばれてないかと、蒼の方に視線を向けるが、皿を拭くことによほど集中しているようで、俺の様子に気づくことは無かった。
変化は、本当に些細なことだ。
例えば、朝起こしに行くと、ごねることなく素直に起きたり。
例えば、いつも俺が運んでいた洗濯済みの衣服を自分で運ぶようになったり。
例えば、自分から箸を並べたりコップを出したりと、出来る範囲で手伝いをするようになったり。
蒼の心境の変化がどれくらいのものなのかは俺には分からない。けれども、蒼の「変わろう」とする意識は、痛い程に感じている。
……そして、変わったのは蒼だけじゃない。
蒼が、俺の座っているソファーの隣に腰を下ろした時。階段ですれ違って手が触れた時。さっき買って来たアイスを渡した時に、嬉しそうに微笑む顔を見た時。
そんな、ふとした瞬間に、妙に胸の奥がざわめくような感覚を覚えるようになった。
よく分からなくて、もどかしくて、けれど、決して嫌じゃない。不思議な感覚。その正体は、一体……。
「……流君? 終わったよ?」
蒼の言葉に、我に返る。見れば、洗い物は既に終わっていた。洗い終わった食器は綺麗に水滴が拭き取られ、重ねて並べられている。
あの蒼が、皿を割る事なく仕事を完遂したことに、少しの驚きを感じながらも、それを表情に出さないように気を付けて、笑みを浮かべる。
「え? ……あ、ああ。悪い。ぼーっとしてた。……手伝ってくれてありがとな、蒼」
流し台の下にかけられたタオルで手についた水気をとり、蒼の頭をねぎらうようにポンポンと撫でる。
「……ん」
それだけで、嬉しそうに顔を綻ばせる蒼に、言葉にしにくい感覚が、また生まれた。
「おーい、終わったならこっちこいよー!」
「……太陽、うるさい。ぐーたらしているだけの殻潰しは黙って」
「ひでぇ言われよう!? つーか、お前もちょっと前までそんな感じだっただろうが!?」
「……ちょっとなにゆってるかわからない」
「しらばっくれるの下手か!」
「……ああもう! 遠距離口喧嘩ヤメロお前ら! 声がでかい!」
ダイニングを挟んで口喧嘩をし始めた二人。
こういうところはぜんっぜん変わんないんだよなぁ、と思いながら喧嘩をやめるように声を張り上げるのだった。
ところ変わってリビング。ソファーに座りながら、向かいに座る太陽が話し始めるのを待つ。ちなみに蒼が座ったのは俺の隣だ。
「……さて、話を始めるとしよう」
やたらもったいぶった様子で口を開く太陽。膝を開いて座り、その膝の上に両肘をつき顔の下半分を隠すように手を組んでいる。……どうしてだろう。ひたすらにウザい。
「それで? 話っていったいなんだ? 夏休みの宿題が全然終わってないとか?」
「……な、何のことかさっぱりだぜ。しゅ、宿題は……し、心配するような事は何もない……です」
「ん。わたしのはすでに終わってる。抜かりなし」
俺の言葉に、あからさまに狼狽える太陽と、えへん、と胸をはる蒼。
蒼の頭を撫でてやりながら太陽にジト目を向けると、下手な口笛を吹きながら目を逸らした。……確実に終わっていないな、これは。それどころか、まったく手を付けてない可能性も大いに……。一度どこかで、みっちりやらせる必要がありそうだな。
「なっ!? 蒼、お前すでに宿題を終わらせていたのか!? いつの間に!?」
「ちょっと前に終わった。毎日コツコツ。これが大事」
「嘘つけ! グータラ・オブ・グータラなお前がそんなことできるわけないだろ!」
「それだけど。俺が確認してるから。蒼は本当に夏休みの宿題を終わらせています」
「……嘘だと言ってよ流ぅ」
太陽が、情けない声を出して泣きついてくる。けど、まぁ……。
「真実だ」
慈悲を与える必要もなかろうて。
ガックリとうなだれる太陽に、蒼が嘲笑と共に容赦ない言葉を浴びせる。
「これがわたしと太陽の、圧倒的な差。格の違い」
「ぐぬぬ……。何も言い返せない……」
うん、悔しそうにしてるのは良いんだけどさ。話ってのは結局なんだったんだ? さっきから脱線しまくりで、ちっとも本題に入らない。入る気配すらない。……おや? 夏休みの宿題の話になったのって、俺が話題に出したからだったり? ……まぁいいか。
そう思っていると、ガックリしていた太陽がガバリと顔を上げ、「って! 今はそんな話をしている場合じゃねぇんだった!」と叫んだ。どうやらようやく本題に入ってくれるようだ。
「それで? 話って一体何なんだ?」
「ああ、話ってのは……今度開催されるFEOのイベントについてだ!」
太陽はそう言い放つと、ニヤリと笑みを浮かべた。
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