終わりの夜 其の一
蒼との混浴という試練を乗り越えた俺は、寝巻代わりのジャージとTシャツに着替えて部屋に戻っていた。ベッドの上に腰掛けながら、のぼせる寸前まで風呂に入っていたことで火照った体を、窓から吹き込んでくる夜風で冷ます。
「ふぅ……。……って、もうこんな時間か」
気が付いたら、もう少しで日付が変わるような時間になっていた。明日もランニングに行く予定なので、そろそろ寝るとしようか。今日はもうやることもないことだし。
軽く部屋を片付け、布団を整え、さて電気を消そうと思ったところで、部屋のドアからコンコンという音が響いた。
こんな時間に誰が……って、考えるまでもないか。選択肢なんて、あってないようなモノだしな。
「どうかしたのか、蒼」
ドアに向かってそう呼びかける。すると、ゆっくりとドアが開き、上下セットの薄水色のパジャマを着た蒼が入って来た。いつもはサイドテールにしている髪を、今はまっすぐに下ろしていた。
蒼はそのまま俺の座っているベッドの前までくると、それにちらりと視線を向け、少しだけためらってから口をひらいた。
「……流にぃ。ちょっとだけ、一緒に寝ても、いい?」
………………うん、なんとなく予想してたけど、やっぱりそう来たかぁ……。
今日の蒼は、どこか変……というか、俺に甘えることに必死になっているような気がする。リビングでも、風呂でも。やりすぎなくらいに俺に甘えたがった。いつも通りといえばいつも通りなのだが……何かが引っかかる。
それに、何度か言っていた「今日だけ」ということばも気になる。まったくあてにならない「一生のお願い」的なモノかと思ったが、そう言うわけでもないようだし……。本当に、何かあったのだろうか?
そう思って、蒼の顔をじっと見つめる。
俺の視線を受けた蒼の頬がポッ、と染まった。そして、蒼は両手をそこに添えてくねくねと身をよじらせる。
「流にぃ……。そんなにみられると、恥ずかしい。わたしのパジャマ姿に、見惚れちゃった?」
……ああ、うん。俺の勘違いだな。いつも通りだわ。どこまでも、いつも通りの蒼だわ。心配して損した。
俺の視線がジト目に変わっていることに気づいた蒼がコホン、と咳ばらいをした。うん、そんなんで空気が元に戻ると思ったら大間違いだからな?
深い、それはもうとんでもなく深いため息を吐いた俺は、無言で座っているベッドのマットレスをボスボスと叩く。混浴に比べたら、添い寝くらいなんともないしな。今までも何度かあったことだし……って、あれ? 洗脳されてないかコレ……?
「ありがと、流にぃ」
そう言って、ボスン、と俺の隣に座る蒼。そうして浮かべられる嬉しそうな笑顔を見るだけで、考えていたことが大体どうでもよくなってしまう。そんな自分に苦笑しつつ、ベッド横のスツールの上のリモコンを手に取り、部屋の電気を消す。
「わっ、真っ暗」
「今日は月が明るいし、そうでもないだろ? ほら、明日も早いんだ。さっさと寝るぞ」
「……流にぃって、すっごい健康的」
「悪いかよ」
「んーん。けど、ご老人みたい」
「うっせ」
早く起きるのはお前らの朝食を作ったりするからだよ。とは言わない。それをするのは俺の役目だし、そのことに文句があったりはしないのだから。やりたくてやってることだしね。
ベッドに寝っ転がった俺の隣に、蒼もコロンと倒れた。ふわり、白いシーツの上に蒼の濡れ羽色の髪が広がる。ふわり、と漂ってくるのは、蒼本人の柑橘系の香りと、さっき俺がやってやったシャンプーの香り。とくん、と胸が少しだけ高鳴った。
男女七歳にして席を同じゅうせず……なんて、今さらにもほどがあることを思いながら、ゆっくりと目を閉じる。大丈夫大丈夫。蒼が隣で寝てたって、ちょっとベッドが狭くなっただけだ。すぐに眠れるって。
そう、自分に言い聞かせるようにして、意識を無に近づけていく。……うん、めっちゃ意識してるな、俺。風呂場でのことが後を引いているのだろうか?
「ねぇ、流にぃ」
「あ、ああ。なんだ?」
声に、少しだけ内心の動揺が漏れてしまい、さらに慌てそうになる。落ち着け、落ち着け俺。クールに行くんだ。
さぁ、蒼よ。完全に落ち着いた俺はどんな言葉にも冷静に対応してや――――
「流にぃって、アッシュのこと、好きなの?」
「なぁッ!?」
い、いきなり何を言いやがる!?
落ち着きなどとっくにすっ飛んでしまっていた。というか、蒼がこういう話持ち出してくるのって初めてじゃないか? 太陽の鈍感ぶりを笑うことはあっても、俺や自分自身の恋だの愛だのに何かを言ったりはしてこなかった。
それがどうして……? 夜、おなじ寝床。うーん、修学旅行の夜的なノリなのか? ……けど、それにしては面白がるような様子も無ければ、からかうような声音でもない。
今日……というか、今夜になってからよく聞く、怖いくらいに真剣な声音だ。そこに、少しばかりの……怯え、だろうか? 何かを怖がるような色があった。
「……何がどーやったらそんな話になったんだ?」
「ん……。流にぃ、アッシュとデートしてた。しかも、コスプレデート」
「な、なんで蒼がそれを知ってるんだ? 誰にも言ってないはず……。はっ!? もしや、どこかに目撃者が!?」
「んーん。掲示板でみた。ケモ耳バトラー姿の流にぃ、可愛かった」
「やーめーてーくーれー。あれ後から考えるとすっげぇ恥ずかしかったんだからな!?」
黒歴史を掘り返されている気分だ……。というか、俺の掲示板書いてるやつマジで何者だよ……。いっぺん見つけて〆るか? 撮影禁止設定を使うのはなんか負けた気がするし……。
「それで……。流にぃは、アッシュのこと、どう思ってるの?」
俺が頭を抱えて悶えていると、蒼が、そう問いかけてきた。声音には、不安の色が強くなっている。
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