アッシュさん
ちょっと短めです。
「ありがとうございます。いやもう、ほんっとにありがとうございます」
「い、いえ。私も、作り過ぎちゃって、どうしようと思っていましたから」
俺は、教会で声をかけてきた美少女―――アッシュさんに、全力でお礼を言っていた。
俺が空腹状態で、しかも手持ちの食べ物もフランもないと知ると、なんと、食べ物を分けてくれたのだ。なんでも《料理》スキルの練習として作ったものらしい。
「これでよかったら、食べませんか?」と言ってアッシュさんが取り出したのは、何とおにぎりだった。白米に塩をかけただけのシンプルなものだが、とてもおいしい。美少女の手作り補正を抜いても、絶品と言っていいだろう。
「美味い……。VRの食事がすごいのか、単純にアッシュさんの腕がいいのか……」
「そんな、大げさですよ。おにぎりなんて、誰が作ってもこうなると思いますよ?」
と、謙遜したように言うアッシュさん。
超絶美少女(このゲームはアバターの容姿を現実から大きく変更することはできない)で、優しくて謙虚で……。ふむ、女神様か何かかな?
そんな風に、阿呆らしいことを考えながら食べていると、あっという間におにぎりは終わってしまった。満腹度のゲージもちゃんと回復している。
「ごちそうさまでした。それにしても、すみません。初対面でこんな……」
「いえいえ、こちらこそ。残飯処理みたいな真似をさせてしまって……。申し訳ないです」
「今のおにぎりを残飯と言ったら、俺の作るものなんて生ごみになっちゃいますよ」
「そんなことはないかと……。とすると、リューさんも料理するんですか?」
「簡単なモノですけどね。昔から親が仕事で忙しくて、それで自然と……って感じです」
食事が終わり、なんとなく、おなじベンチに座って雑談をする俺とアッシュさん。こうしてみると、本当の本当に美少女である。美少女なのだ。大事なことなので二回言った。
さっきまで殺伐とした戦闘に身を置いていたので、この穏やかな時間がとても心地よい。それ以上に、アッシュさんと話していることに、自分でも驚くくらいに胸が弾んでいる。
雑談の内容は自然とFEOのことになってくる。奇遇なことに、アッシュさんも今日からFEOを始めたそうだ。レベルは現在3。戦闘をあまりせず、生産系のスキルを上げることに専念していたらしい。
俺も、今日のプレイを簡単に説明してみたところ、「えっと……。リューさんのジョブって神官……ですよね?」と聞き返されてしまった。自分でも神官っぽくないプレイだってことはわかってるよ。
「そうだ。アッシュさん。助けてもらったお礼をさせてもらえませんか? と言っても、『乾燥した荒野』で出てくるモンスターの素材くらいしかないが……」
「お礼なんていいですよ。私がしたくてやったことですし」
「それでも、俺が恩を受けたと思ったのは事実です。それを、何もなしで終わらせるというわけにはいきませんよ」
なお、別に美少女に少しでもいいところを見せたいとかそういう不純なことを思っているわけではないことをここに明言しておく。
アッシュさんは、少しだけ考えるようなそぶりをすると、開いた掌を握った逆の手でポンっと叩いた。閃いた! のポーズも、アッシュさんがやるとものすごく似合っている。
「でしたら、リューさんには、私の味見役になってもらえないでしょうか?」
「味見役?」
「はい。実は私、リアルの方でも料理を始めたんですが、上手くなっているか自分じゃよくわからないんです。なので、こっちで作ったものを評価してくれる人がいればいいなって思いまして」
「えっと……。なんでこっちで作ったものを評価することが、リアルの料理の腕に関係してくるんですか?」
「このゲームの生産系スキルって、《鍛冶》とか《建築》みたいな難しいものを除くと、リアルとあまりやることが変わらないんです。《料理》の場合は、調理にかかる時間が短縮されているだけで、それ以外はほぼリアルと変わりません」
「つまり、こっちで料理の腕を上げると、リアルのスキルアップにもなる、と?」
「そういうことです」
そんなところもリアルにしているのか。恐るべしだな、FEO。
しかし、なんでそれを初対面の俺に? ちょっと聞いてみるか。
「でも、料理の腕を評価してもらいたいなら、リアルの友人や家族に………………いや、なんでもないです。喜んで受けさせてもらいます」
「…………はい、ありがとうございます」
友人、家族。その二つのワードを出した瞬間、アッシュさんの表情がわかりやすすぎるくらいに歪んだ。この二つが彼女の地雷なのだろうと、安易に想像がつく。
家族との関係がうまくいっていない。そしてボッチ……。こんなところだろうか?
「アッシュさん。よかったら、俺とフレンド登録してくれませんか?」
「……ふぇ?」
暗い顔でうつむいていたアッシュさんが顔を上げる。
「いやぁ、料理の味見役をやるなら、連絡が付くようにしておいた方がいいかなって思いまして。あ、いやなら全然いいんですけど」
白々しい笑顔を浮かべながら、アッシュさんにそう告げる。
これは、ただの自己満足。これが正解かなんてわからないけど、こうした方がいいって、俺は思う。初対面の俺に、心配して声をかけてくれた彼女に、こんな顔をさせたくない。
理由なんてものは曖昧だけど、俺は、そう思った。
「どうですか、アッシュさん」
「わ、私は……」
アッシュさんは、もう一度うつむき、何かをこらえるように胸に手を当てる。
そして、数秒後、顔を上げてこちらを見てきた。
「私で、よろしいんですか……?」
う、上目遣いでそのセリフは反則ですよ、アッシュさん!
と、初対面モードの口調が内心で出てしまうほどに動揺したことを隠して、俺はその言葉に返事を返す。
「もちろん。というか、俺から頼んでいるんですよ? むしろ、俺でいいんですか? って聞きたいくらいです」
「私は、リューさんがいいです。私と、フレンドになってもらえますか?」
「喜んで」
そう答えて、フレンド申請をアッシュさんに送る。
彼女は、目の前に浮かんだウィンドウをじっと見つめると、まるで、咲き誇る花のような笑顔を浮かべ、ゆっくりと『Yes』のボタンに触れるのだった。
「えっと、よろしくお願いします、リューさん」
「こちらこそ 料理、期待していますよ、アッシュさん」
こうして、俺はアッシュさんとフレンドになった。
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