ナナホシの願い
「というわけで、これより訓練を開始する!」
「さ、サー!」
「……あ、いや。ちょっとした冗談だから。そんなガチの軍隊みたいな敬礼されても反応に困るというか……」
「あっ、ご、ごめんなさい」
「い、いや。俺も変な言い方してごめんな?」
とってもぐだぐだした感じで始まったリューによるナナホシへの戦闘訓練。『大樹の草原』の外周と中心の丁度中間あたりで、二人は向かい合っていた。
「それで、ボクは何をすればいいんでしょうか!? 素振りですか? 走り込みですか?」
「まんま軍隊じゃねぇか……」
どこから見ても女の子にしか見えない男の子、ナナホシは、目をキラキラ輝かせながら拳をぐっと握りしめる様子は、やる気でいっぱいといった様子だ。
リューが戦っている動画を見てその姿にあこがれたという、ちょっといろいろと心配になる子ではあるが、ひたむきさは人一倍ありそうだった。
そんな彼を前にしたリューも、ナナホシの真剣さに報いようと表情を引き締めた。
「とりあえず、ナナホシはどうして戦うのが苦手なんだ? 運動神経が悪いとか?」
「体育の成績で5以外取ったことないです」
「そりゃすごい。……じゃなくてだな。お前が苦手なことだよ。えっと……攻撃が当たらないとか、防御が下手とか、回避がうまくいかないとか?」
戦闘が苦手、という感覚がいまいちわからない戦闘狂は、こんなもんか、と頭を捻りながら例をいくつか挙げる。
ナナホシはそのどれでもない、と首を横に振って示すと、少しうつむいてから悔しそうに話し始めた。
「えっと……。さっきも少し言ったと思うんですけど。ボク、モンスターが怖いんです。戦闘になっても、モンスターが目の前にくると体が竦んじゃって……。パーティーの皆にも、迷惑をかけてばっかりなんです。それがいやで……」
「モンスターが……怖い?」
ナナホシの話を聞いたリューは、ふむ、と顎に手を当てて考え始めた。
「モンスターが怖い……ねぇ? ……うーん、よくわからんな。怖いか、あいつら?」
残念ながら、ナナホシの悩みは、この戦闘狂には理解できなかったらしい。どちらかと言えばモンスターに畏れられる側なのでさもありなん。リューはどうしたものかと思考を巡らせる。
「怖いって言うなら、怖くなくなるまで慣れさせるとか? 後は……ものすごく怖いモンスターの相手をすれば、他の木っ端モンスターが怖くなくなる? うーん、とりあえず、リザードマン漁で無理やりモンスターに慣れさせるっていう手もあるけど……」
「な、なんか恐ろしいことになってませんか!? というか、リザードマン漁ってな……も、もしかして、あの何十体ものリザードマンを一度に相手にするという動画になってたあれですか?」
「そんなのまで動画になってるのか……。まぁいい。けど、恐怖心っていうのは完全に個人個人の問題だからなぁ……。荒治療する以外だと、後は心の持ちようとかそう言うアレになるぞ?」
「そうなんですか? ち、ちなみに荒治療って言うのは、どんなのなんですか……?」
「そうだな……。例えば、『大樹の草原』の真ん中にいるあのドラゴンに何度も何度も挑みかかるとか? あれに慣れれば他のモンスターに恐怖心とか抱かないだろ」
「こ、これがリューさんの考え方なのか……。この思考に自然とできるようになれば、リューさんみたいになれるのか……!」
思考回路がどっぷりバーサーカーエキスに浸かっているリューに、戦慄にも似た視線を送るナナホシ。自分を鼓舞するように言い聞かせる彼だが、流石にドラゴンにゾンビアタックをキメるのは嫌だったのか、そこだけはきっちりと否定した。
否定されたリューがちょっぴり残念そうにしていたが、どう考えてもリューが悪い。
難しいことを考えるより、とりあえずモンスターと戦ってみよう。というとってもシンプルな結論にたどり着くのに、その後五分を有した。
リューとナナホシは、『大樹の草原』を探索し、手ごろなモンスターを探した。そうして見つけたのが、彼らの五十メートルほど先にいる額から二本の角が生えた人型のモンスターの群れだった。
「それでは、今からあのモンスターの群れに突撃する」
「……えっと、あのモンスターって、『大樹の草原』でも強い方のモンスターだと言われるオーガですよね? それが五体もいるんですけど……」
「うん、とりあえず俺が四体倒すから、ナナホシくんは残りの一体を倒してくれ」
「あ、一体でいいんですか。良かった……」
あからさまにほっとした様子のナナホシを見て、リューはふむ、と短くつぶやいた。じっとナナホシを見つめながら、リューは先ほどから気になっていたことを聞いてみる。
「ナナホシくん。どうしてお前は前衛職になったんだ? こういっちゃアレだが、あまり向いてるとは思えない。モンスターを前にして委縮してしまうというなら、遠距離から魔法なり弓なりで戦うという手段もあったはずだが?」
リューがぶつけた言葉に、オーガの群れに向けていた視線を外して、リューの方を見るナナホシ。しかし、何か言葉を返すことすらできずに、黙ってしまった。
モンスターが怖いと言った少女のような少年の腰には、鞘に収まった長剣が提げられている。うつむいたナナホシの視線はその剣に向けられ、その右手は無意識に柄を握った。
リューの質問は、何かしらナナホシにとって触れられたくなかったところにばっちりとクリティカルしたらしく、言った本人も黙り込んでしまったナナホシを見て「あ、やっちゃったか?」と頬を引き攣らせた。
うつむいて黙り込んでいたナナホシは、心配気なリューの視線を受けながら、やがて、ぽつりぽつりと話し始めた。
「……あはは、そうですよね。確かに、ボクは前衛に向いてないです。何度も何度も、後衛職に変わろうかなって思いました。……でも、ボクはこのゲームを始める前から、剣を使いたかったんです。パーティーの皆とFEOの話をしているときも、ずっと剣を使うんだって……。けど、ボクは怖がりで……。……そんなボクでも、パーティーの皆は嫌な顔一つしないんです。お前は剣を使ってくれって。この剣も、皆がボクにナイショで作って、プレゼントしてくれたものなんですよ? ……皆、本当に優しくて。だからこそ、悔しいんです。皆に甘えてる自分が。……だから、ボクは強くなりたい。皆がくれた、この剣を使って」
最後の一言を言い切ると同時に、ナナホシは伏せていた顔を上げた。
「リューさん、お願いします! ボクを一人前にしてください! そのためならボク、何でもしますから!」
女の子のような可愛らしい顔を、精一杯凛々しく見せて、ナナホシはリューに詰め寄るようにしてそう懇願する。その必死さを表すように、彼の目には光るものが浮かんでいた。
その迫力に、リューは「あ、ああ」とうなずくことしかできなかった。
ナナホシの本気の想いを受け取ったリュー。軽い気持ちで引き受けたのは間違いだったかなぁ……。と今更ながらに思うが、時すでに遅し。とても嬉しそうに微笑みを浮かべているナナホシを見て、今さら拒否することなどできないと、苦笑した。
「……よし、じゃあ。徹底的にやろう。一切の手加減は無しだ」
「の、望むところです! どれだけ激しくてもかまいません!」
決意を固めたリューとナナホシの二人は至近距離で言葉を交わしあう。リューは少し意地悪な笑みを浮かべながら。ナナホシは興奮で頬を赤く染めて。
「…………………………………リュー、にぃ?」
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