ナナホシ
大…………ファン…………? 何を言ってるんだこの子……?
ギルド内に訪れる静寂。シーンと静まり返ったギルド内で、パシャパシャというシャッター音だけが響き渡った。……うん、ちょっと気になることがあったけど、今はそれどころじゃないな。
とりあえず、この静寂を創り出した張本人――俺の腕に抱き着いてものっそい機嫌よさげにしているナナホシに恐る恐る声をかける。
「あの……ナナホシくん? 俺の記憶が正しければ、俺と君って初対面だよな……?」
「ふわぁ!? り、リューさんに話しかけられちゃいました!? ど、どうしましょう……!」
……いやいやいやいや。なーんでそんなに嬉しそうにするんですかねこの子は。というか、嬉しそうにしてる様子が女の子にしか見えない……。これは……あれだ。蒼が読んでるラノベとかによく出てくる『男の娘』というやつだ。どっからどう見ても女の子にしか見えないのに実は男の子って言うアレだ。まさか実在したとは……。
「あの、ナナホシくん?」
「は、ハイ! なんでしょうかリューさん!」
「いや、だから。俺達って初対面だよな? それなのに、そのファン……って言うのは、どういうことなんだ?」
「ファンじゃないです! 大ファンです!」
「あ、うん。ごめんなさい。で、その大ファンって言うのはどういう意味なんですかね?」
「言葉通りの意味です! リューさんはボクの憧れなんです!」
「……初対面なのに?」
「そこは関係ないです。実際にあったことない人でも尊敬したりファンになったりというのはよくあることです。ちなみに、ボクはリューさんのことを掲示板で知ってファンになった口です」
「あ、そうなの……」
俺の掲示板ねぇ……。一体何が描かれてるんだろうか? 一回見てみようかな……!? な、なんかとんでもなく嫌な予感がしたぞ? ……見るのはやめておこうか。俺の精神衛生上の安全を考慮して、な。
で、この状況なんだけど……。どうしよう? モヒカン男はすでに蚊帳の外に放り出されてるし、俺もそろそろこの場から逃げたくなってきた。
……うん、多少強引だけど、この場を収めようか。まずはあっけに取られてるモヒカン男をどうにかしよう。
え? どうやってモヒカン男をどうにかするかって? ふっふっふ、俺には秘策があるんだよ。だてに小さいころから太陽や蒼関連のやっかみやら厄介事に巻き込まれて無いからな。
こーゆーヤツは、おだてるとどこまでも調子に乗ってくれるタイプが多い。
今回はそれを利用させてもらうぜ……!
「おい、あんた。とりあえず、ぶつかったことは俺が悪かった。もう一度謝らせてもらう。だから、今日はこのくらいで勘弁してくれないか? あんたがまだ何か言い足りないって言うなら別だけど、もう言いたいことは言い切っただろ? ……な?」
「お、おう……?」
「お、そうか! 許してくれるか! そうかそうか。アンタは心の広いやつだな。良かった、余計なもめ事でゲームの時間を無駄にするなんて馬鹿のすることだもんな! アンタみたいな心の広いヤツがそんなことするわけないもんな!」
「そ、そうだな? なんたってオレ様だし?」
「ああ、そうだ。オレ様だな。そんなオレ様は、ちょっと肩がぶつかったくらいの小さなことを気にするような小さなやつじゃないよな?」
「おう! オレ様はそんな心の狭い野郎じゃねぇぜ!」
「そいつは良かった。じゃあ、心が広くて小さなことを気にしないオレ様なアンタに肩をぶつけてしまった俺のことも、許してくれるよな?」
「おう! 勿論だぜ!」
ふっ、ちょろいな(悪い笑顔)。
まんまと口車に乗ってくれたモヒカン男に「許してくれてありがとう。じゃあな!」と爽やかに別れを告げ、俺はポカーンと口を開けて惚けているナナホシくんの手を引いて、冒険者ギルドを後にするのだった。
※その後の冒険者ギルド内での会話。
「ふぅ、惨劇は回避されたようだな……。あのナナホシとかいう子、グッジョブ!」
「ああ、それにあのモヒカンが想像以上に馬鹿で助かった。あんな簡単な思考誘導に引っかかるなんて……。哀れな頭してやがるぜ。みろ、今も気を良くして高笑いしてやがる」
「ああ、あいつは自分のバカさ加減に感謝した方がいい。それしても、見たか神官(?)の最後の笑みを」
「見たさ。あの邪悪な笑み……。実は邪神信仰者なんじゃないか、あいつ」
「……むしろ、あいつ自身が邪神みたいなもんだろ」
「「「それな」」」
「おいおい、本人に聞かれたらそれこそミンチだぞ……。というか、あのナナホシちゃんって何者? めっちゃ可愛かったんですけど。普通に好みなんですけど。それが目の前で他の男といちゃついてるとこ見せられるとかそれなんて拷問?」
「NTR乙。といっても、あんな子初めて見たんだよな。カトルヴィレに来てそんなに長くないとか?」
「そうなんじゃねぇの? しっかし、あの神官(?)といい陽光の騎士王サマといい、モテるやつはモテるんだよなぁ……羨ましい妬ましい」
「はっはー、完全に同意。クッソぉおおおお! なんであんな恐怖体験の擬人化見てぇな野郎がモテるんだよぉおおおおお!?」
「……日頃の行い?」
「それは俺の日ごろの行いが悪いという意味か? あ?」
「「「「「完全にそういう意味ですね分かります」」」」」
「テメェら……ぶっ殺す!」
「「「「「ワーコワイナー」」」」」
……今日も、カトルヴィレの冒険者ギルドは賑やかだった。
冒険者ギルドを出た俺は、ナナホシくんを連れたままカトルヴィレを移動し、そのまま『大樹の草原』に出た。だだっ広いこの草原は、滅多に人に会わないから、話をするには結構いい場所なんだとか。モンスターが表れたら討伐すればいいだけだしな。
風が草を揺らす草原の丘に腰を下ろして、ナナホシくんと向き合う。ちょっと緊張した様子のナナホシくん。こうして真正面から見ると本当に女の子にしか見えない。けど、男の子なんだよなぁ、この子。
「さて、まずはお礼を言わせてくれ。庇ってくれてありがとうな」
「い、いえ。ボクが間に入ったせいで、余計話がこじれちゃいましたよね……? ごめんなさい、あの時は必死で……」
「ははは、まぁそうだな。けど、ああやってかばってくれたことは純粋に嬉しかったよ」
俺がそう言うと、しゅんとしていたナナホシくんは花開くような笑みを浮かべた。「えへへ……」とか言ってるよ。単純というかなんというか……まぁ、純粋な子なんだろう。
「さて、ナナホシくんは俺に何か用だった? ああやってかばってもらったお礼に、俺に出来ることならなんでもしてやろうじゃないか」
「え……!? い、いいんですか!?」
「ああ、男に二言は無い」
「じゃ、じゃあ……。ボクに戦い方を教えてくれませんか?」
「戦い方を? そんなことで良いならお安い御用だけど……。戦い方を教えてやれるほど、俺って強くないと思うぞ?」
「そんなことないですッ!!」
おおう。びっくりした。顔を至近距離まで近づけていたナナホシくんの剣幕に、思わず身を引いてしまう。
これまでにないほど真剣な表情で、ナナホシくんは口を開いた。
「掲示板でリューさんの戦ってる動画を見ました! いろんな話も聞きました! ボクはそれを見て、本当にかっこよくてすごいと思ったんです! ボクみたいにモンスターを前にすると怖くてうまく動けないような臆病者とは違って、相手がどんなモンスターでも勇敢に笑みを浮かべて立ち向かっていく姿にあこがれたんです!」
……なんか、彼の中で俺が英雄か何かみたいな扱いになってしまっているんだが。俺はそんなたいそうな奴じゃないんだけどなぁ……。戦闘だって、それが楽しくてやってるだけだしさ。
けど、そんな彼の真剣な瞳に、少しだけ心が動いたのも事実。
「じゃあ……。分かったよ。俺に出来るかわからんが、お前に戦いを教えてやる」
気が付けば、そんなことを口走っていた。
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