ファッションショー
「きゃぁああああ! 可愛いです! すっごい可愛いですよ、アヤメちゃん!」
「ホントに良く似合ってるなー。カメラが無いのが悔やまれる」
「………………(ぴこぴこ)」
歓声を上げる俺とアッシュの視線の先には、赤を基調とした振袖姿のアヤメが、七五三みたいなポーズをして立っている。振袖はアッシュが趣味で作ったものらしい。
ケモ耳少女の振袖姿。いつもの巫女服もいいが、これはこれで文句なしにベリーキュート。
そんな可愛らしさが爆発しているアヤメに我慢できなくなったのか、アッシュがガバリ、とアヤメに飛びかかる。驚くほど俊敏な動きで両の腕の中にアヤメを収め、抱きしめる。
「ふぁあああああああ! かーわーいーいーでーすー! アヤメちゃん、ぎゅー!」
「………………(じたばた)」
「アッシュ、締まってる締まってる。アヤメ堕ちちゃうから」
「ハッ!? だ、大丈夫ですか、アヤメちゃん?」
「………………(こくこく)」
「それはよかった。じゃあ今度は優しくぎゅーってしますね?」
「あ、抱きしめるのはやめないのね」
「当たり前じゃないですか。リューだって、こんなに可愛らしいアヤメちゃんを抱きしめたくないなんて言わないでしょう?」
「そりゃ、まぁ……。否定はしません」
「でしょう?」
ふふん、と得意げに笑うアッシュ。そんな姿にほっこりしながら、なーんでこんなファッションショーみたいなことになっているのかを思い返す。
アッシュの可愛らしい反応に癒された俺は、せっかくなので最強の癒したるアヤメ一緒にいれば、癒し空間がスーパー癒し空間になるんじゃなかろうか! というアホな思考の元、アヤメを召喚した。そこまでは良かったんだ。
アヤメが魔法陣から出てくるや否や、目にもとまらぬ速さでアッシュがアヤメを抱き留め、そのままほおずりをし始めた。どうやらアヤメ分が足りてなかったご様子。アッシュって生産職だよね? ってスピードだった。
そのあとは、流されるままにアッシュから無言で送られてきたアヤメ用の衣装をアヤメに着せるだけ。どの衣装もアヤメに似合っていたので、俺もノリノリでファッションショーをしているというわけだ。
「うーん、さっきのチャイナドレスも良かったですけど、ケモミミ×和服もいいですね。というか、アヤメちゃんの可愛さが限界突破してるので、基本何を着ても似合うという……。アヤメちゃん、恐ろしい子!」
「それにしても、アヤメに着せるためだけにどれだけ衣装を作ったんだか……」
「おかげで《裁縫》スキルがカンストして《裁縫士》に進化しました」
「熱中しすぎだっつうの」
「よおし、今度はこっちのナース服を……」
「だんだんコスプレ染みてきやがったな!?」
暴走し始めたアッシュに、呆れをにじませたため息を一つ。まぁ、アッシュも着せ替え人形と化してるアヤメも楽しそうで何よりです。そんで? ナース服姿のアヤメは……。……普通に可愛いから困る。
とまぁ、これで終われば良かったんだよ。アヤメの可愛い格好が見れて、アッシュと一緒にそれを愛でて。それで十分なはずだった。
「…………で? なんで俺までこんなことになってるんだ?」
「おおう……。細身で中性的な男の子の軍服……。それに、頭のそれも似合いまくってますよリュー!」
「嬉しくない……。これっぽっちも嬉しくないのはなんでだ……ッ!!」
「そんなこと言わないで。ほら、アヤメちゃんも嬉しそうですよ?」
「………………(こくこく)」
「勘弁してくれ………」
いつもの神官服や日常装備ではなく、朱色の軍服に黒マント。頭には軍帽が乗っかっている。軍服のデザインはドイツっぽい感じがするんだが……。なぜにマント? 普通に軍服だけじゃだめだったの?
なーんかおかしいとは思ったんだ。送られてきた衣装の山の中に、どう見ても男物なのがあったからさ。
「じゃあ、次はリューの番ですね」というアッシュの言葉と、その時のあふれんばかりの笑顔。あんなに楽しそうに言われると、断るに断れんし……。その結果が、主も使い魔もコスプレというこの状況。
まぁ、百歩譲ってこの格好はいい。アヤメに向いてた矛先が俺に来ただけだからな。けど……。
「ケモ耳カチューシャいたか? 俺が付けてもキモいだけじゃ……」
軍帽を貫いてぴょこんと生える、俺の髪色と同色の獣耳。アヤメと同じく狼がモチーフだ。このケモ耳カチューシャも装備品扱いされるらしく、装備欄のアクセサリー項目に[白狼耳のカチューシャ]と表示されている。しかも無駄に性能が高いところがなんとも……。
「そんなことないですよ! 軍服×ケモ耳の細見男子! 私的に大正義です! ほら、軍服ワンピのアヤメちゃんと一緒に並ぶと、兄妹か親子みたいですよ?」
「いつの間にアヤメを着替えさせたんだか……」
少し目を離した隙に、アヤメの恰好がナース服から軍服みたいなデザインのワンピースになっていた。色は俺と同じ朱色。短めの黒マントまでご丁寧に付けている。
アヤメは俺とお揃いの恰好が嬉しいのか、俺の周りをくるくると回っている。マントの裾がばさぁ! ってなるのが可愛い。
しかし、アヤメに続いて俺までファッションショーをやらされるとは……。むむ、なんか何もしてないアッシュが不公平に思えてくる。
というか、アッシュってこれだけいろいろ服を作ったりしているけど、自分の服装は変えないよな……。ポケットの多い作業服みたいな格好だ。素材は極上だから、何を着ても似合うと思うのだが。
俺は無言でメニュー画面を開き、そこから『アヤメ用』にアッシュから送られてきた洋服を見る。ふむふむ……。お、これとかいいんじゃないか?
選んだ洋服をフリックし、出現させる。俺の手の中に現れたのは、所謂『ゴスロリ』と呼ばれるタイプの洋服。フリフリ過多の漆黒ドレスをにっこりと微笑みながらアッシュに手渡す。
「ほう! こんどはゴスロリですか。いいですね良いですね。アヤメちゃんなら超絶可愛らしくなるに……」
ふっふっふ、いい感じに勘違いしてくれているなぁ。そんなアッシュに、俺は笑顔のまま告げる。
「これは、アッシュが着るヤツ」
「ふえ?」
こてん、と首を傾げるアッシュ。そのまま数秒黙ったままでいたのち、俺の言っていることが理解できたのか、慌てたように愛想笑いを浮かべる。
「あ、あはは……。わ、私はいいですよ。ゴスロリなんて似合わないでしょうし……」
「遠慮しなくていい」
ずいっ、と手に持ったゴスロリをアッシュに近づける。
アッシュはそれから逃げるように、一歩後ずさる。
「どうして逃げるんだ、アッシュ」
「リューが迫ってくるからです!」
「そうか……。俺に近づかれるの、嫌なんだ……」
「あ、えっと。そういうわけじゃなくて……。リューが嫌なわけではないですから、そ、そんなに落ち込んだ顔しないでください」
落ち込んだふりをする俺に、おろおろと近づいてくるアッシュ。よし、ここだ!
俺は素早くアヤメにアイコンタクトで指示を送る。こくり、とうなずいたアヤメが、アッシュの正面に回り込む。
そして、アヤメの攻撃―――!
「ほら、アヤメもアッシュお姉ちゃんにお願いしてごらん?」
「………………(こくこく)」
アッシュの前に立ったアヤメは、握りしめた両手を口元に持ってくる。そして、アッシュの顔を見上げ……。
喰らえ、上目遣い&おねだりポーズ&首傾げの最強コンボ!
「ぐはっ!?」
顔を真っ赤にして、口元を抑えるアッシュ。こうかはばつぐんだ!
ふっふっふ、アヤメの可愛さをフル活用したこの攻撃に耐えれるものなどいないのだよ……。……現に、俺も耐えれるか分からないし。
アヤメの可愛さに悶え死にそうなアッシュに、もう一度ゴスロリを差し出す。
「アヤメもこう言ってることだし……。着てくれるよな? アッシュ?」
「あ、アヤメちゃんを使うとは卑怯なり……! そ、そこまで私にそれを着せたいんですか? 私が着ても、アヤメちゃんみたいに可愛くないでしょうし……」
……もしかしてアッシュ。それ本気で言ってる? 遠慮とかじゃなくて?
まぁ、アッシュだったらありえなくないけど……。ホント、もったいないよなぁ。こんなに可愛くて綺麗な女の子が、自分のことをそう思えないなんて。
無理に今のアッシュを変えろとは言わないけど……。それでも、背中を押すくらいならいいよね?
「アッシュ。アッシュは、この服を自分が着ても、似合わないって思ってるんだよな?」
「……はい」
「なんでそんな風に思うのかはよく分からないけど……。俺は、アッシュにこの服が似合うと思ったから、これを選んだ。そんで、着てみてほしいと思ってる。この服を着たアッシュを見てみたい」
「で、でも……」
「無理に、とは言わないけどな。アッシュがどうしても嫌なら俺もあきらめる。アッシュ、本当に着たくないって思ってるのか? ……それならそれでもいい。でも、アッシュがなんて言おうが、俺がアッシュのことを可愛いとか綺麗とか思うのをやめることは、絶対にないからな」
そう言って、不安げなアッシュを安心させるように、できるだけ優しく微笑む。俺はこれで、本心を言い切った。これでだめなら、言った通りおとなしくあきらめよう。
ジッ、とアッシュの顔を見つめる。口もとがもごもごと何か言いたげに動いているが、中々言葉にはならない。「かわ……き……そ……ああっ……」と意味をなさない音の羅列が漏れてくるのみ。
アヤメも、アッシュの服の裾を掴んで、「大丈夫?」とでもいうように首を傾げた。
しばらくそうしていたアッシュは、何かを決心したかのように一度大きく息を吸い、吐いた。
「わ、分かりました。リューがそんなに見たいって言うなら……き、着てみます」
小さな声で、目を逸らし、顔を赤くしながらでも。
アッシュは確かに、そう言ったのだった。
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