例えるなら、夕日をバックに河原で殴り合った後に友情が芽生える的なアレ
《プレイヤー:ライゴのHPがゼロになりました》
《勝者プレイヤー:リュー! おめでとうございます!》
《バトルフィールドを解除します》
機会音声が勝者を祝福し、闘技場が数字の群れに分解され空気に解けていく。
その残滓さえなくなれば、後に残るのは元の岩石地帯に、立っているリューと倒れているライゴ。
仰向けに倒れたままのライゴに、リューが近づこうとする。が、それよりも早く、彼に突進するかのような勢いで、二つの影が接近した。
「リューにぃ!」
「先輩!」
「おわっ!? い、いきなりなんだよ、お前ら」
「何だよ、じゃねぇっすよ! だ、大丈夫なんすか?」
「ん、心配した」
「……何のことだ?」
何のことかわからず首を傾げるリュー。心配そうに眉をひそめていたサファイアとマオも、その様子にはため息を吐くことしかできない。
いつも以上にジト目になったサファイアの視線が、リューを貫く。そこには強い呆れの感情がこもっていた。その視線の迫力に思わず後ずさるリュー。
「な、何だよ……」
「お腹」
「…………俺の腹がどうかしたのか?」
視線を下に向け、確認。普通に神官服が見えるだけだった。こてん、と首を傾げるリュー。二人のため息がさらに深くなる。
見かねたマオが、ずいっ、とリューに顔を近づけ、ピンと人差し指を立てて説明する。
「あのっすねぇ……。いくら痛みがほとんど軽減されているとはいえ、その他の感覚はそのまんまなんすからね? お腹に槍がぶっ刺さって風穴空いたら、誰だって怯むしちょっとは怖がるものなんすよ? なのに先輩は……なんで平然としてられるんすか?」
「なんでと言われても……。戦ってる最中に、そんなこと気にならないからなぁ」
「どんだけ戦闘狂なんすか……」
リューの発言に、頭痛が痛い、とばかりに頭を押さえるマオ。彼女の理解の範疇を完全に超越した答えに、言葉も出ない。
サファイアにジト目を向けられ、マオからは呆れた視線を向けられたリューは、ばつが悪そうな顔で視線を逸らした。
「ま、まぁ……。心配させて悪かったよ」
「ん。心配かけた罰として、わたしのいうことをなんでも聞いてもらう」
「ここぞとばかりに調子に乗るんじゃないっ」
こつん、とリューの手刀がサファイアの頭に置かれる。心配をかけた手前、いつもよりツッコミが優しかった。
「ダメっすよ副マス。先輩だって夏休みは何かと忙しいんすから。……主に、私との喫茶店デートとかで(ボソッ)」
「……マオ、いい度胸。わたしたちもPvP、する?」
「あはは、嫌っすよ~。それに、PvPの結果がどうであれ、私と先輩が一緒に喫茶店に行くことは確定っすからね?」
「むぅ、ずるい。わたしもリューにぃとデートしたい……」
こそこそとリューに聞こえないように言い争う少女たち。いきなり蚊帳の外に置かれたリューは、訳も分からず不思議そうな表情を浮かべるのだった。
その光景を、上半身を起こしたライゴが見つめていた。姦しい三人のやり取りを見る瞳にはどこか光が薄く、焦点があっていない。
彼の頭の中を占めていたのは、先程の戦いだった。どう考えても自分に有利なルールだった。レベルはこちらが10も高く、相手はPvPはほとんど素人のようなもの。
それでも、負けたのは自分だった。負けたくない戦いに負けたショックで、ライゴの心は沈んでいた……というわけではないらしい。
「……強い」
思わずといった様子でつぶやかれた言葉。それは、まぎれもないリューへの賛辞。自分を打ち負かした勝者への素直な気持ちだった。
「あいつは……リューは……強い!」
「だろ?」
「おわっ!? ぎ、ギルマス?」
「おう、お疲れ。ライゴ」
いつの間にかライゴのそばに来ていたアポロが、座り込む彼に手を差し伸べる。それを掴んで、ライゴは立ち上がる。
アポロは、いつものような無邪気な笑みを浮かべて、ライゴの肩をバシバシと叩いた。
「すごかったぜ。リューのやつを追いつめるなんて流石ライゴ」
「……ワイ、負けとるんやが」
「まぁ、そこはしょうがないな。なんたって、俺らの兄ちゃんだぜ?」
「なんやそれ、意味わからんわ」
あっさりと吐かれた、異常なまでの信頼。そこまでされれば、もう嫉妬なんて浮かんでこなかった。
積み上げてきているものの厚さが違う。何があっても壊れないであろうという関係の深さを、ライゴはすぐに理解した。
そして、そこに踏み入ることの愚かさも。
「はぁ……。ギルマス、負けたギルメンに対して、それは無いんちゃう? 結構傷ついたで、ワイ」
「あ、いや、そんなつもりじゃ……。わ、悪い」
「冗談や」
「な……。ひでぇ! 本気で心配したぞ、今!」
うがー! と怒りをあらわにするアポロの様子に、ひとしきり笑った後、ライゴの足は自然とリューの元へ向かっていた。
それに気づいたリューが、少し不思議そうな顔を浮かべる。その普通な雰囲気に、こうしてみると戦闘中の彼との違いに笑ってしまうそうになる。あの恐怖の笑みを浮かべた化物の正体が、これかと。
「おい、神官」
「どうかしたか、俺に負けた人」
「………ワイが悪かった。いろいろ突っかかったことは謝るわ」
「そうか、俺に負けた人」
「……………………だぁああああッ!!? なんや自分! そんなにワイのこと嫌いなん!? ワイだって普通に傷つくんやで!?」
「冗談だ。それに、突っかかられることには慣れてるからな。そこまで気にしてない」
「慣れてる? どういうことや?」
「アポロとサファイアが幼馴染。以上」
「……自分、結構苦労してんやな」
同情的になって言うライゴ。乾いた笑みを浮かべるリューに向けるまなざしには、憐みがこもっていた。
どこへ行っても大体は人気者になってしまう二人。ライゴも、二人と同じギルドに入っているというだけで、妬みの感情を向けられたことがあった。それがさらに近しい関係のリューなら、輪をかけて酷いだろうということは、容易に想像できる。
なんとなく通じ合ったリューとライゴは、どちらからともなく苦笑を漏らした。
「まぁ、何にせよ。今日は面白かったし楽しかったよ。今度はレベル下げずに戦ってみようか?」
「アホ、そしたら自分なんか瞬殺やで」
「ほほう。今日のアレが俺の全力だとでも? 本気ではあったけど、全力を出したなんて言ってないぞ」
「な、なんやて? なんでそんな……。って、それもどーせツマランからとかゆうんやろ?」
「その通り。というわけで、全力の戦闘もしてみたいから、もう一戦」
「ま、ワイも今日の屈辱を晴らす必要があるしなぁ。いいで、やったるわ」
軽い言い合い。そこに剣呑な雰囲気は存在せず、どこか仲良さげな雰囲気が漂っていた。
「次は、ワイが勝つ」
「やれるもんならやってみろ」
そう言い放った二人は、握った拳をこつん、とぶつけ合うのだった。
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