カトルヴィレにて
なんとも煮え切らない終わり方をしたボス戦を終え、俺はカトルヴィレに足を踏み入れた。
カトルヴィレはなんというか……白い。全体的に建物が白く、清潔感があふれまくっている。道行くNPCたちも白系統やおとなしい色の服装をしている人が多い。プレイヤーかNPCかがその時点で分かるくらいだ。
そして目を引くのは、大通りの先にある巨大な建物。荘厳にて清廉。純白を基調としたその建物は、誰が見ても一目で『教会』であることを理解させられそうなほどに神聖な空気を放っていた。
たぶん、というか確実にあれが『大教会』だろう。転職を行うといったが、あのデカい建物のどこでやるのだろうか? ま、後輩と合流したときにでも詳しい話を聞こう。
後輩にチャットを飛ばすと、すぐに返答があり噴水広場で待っていると伝えられた。大通りをまっすぐに行けば噴水広場だ。さっさと行きましょうか。
喧噪が広がる大通りを歩きながら、俺はふと太陽から聞いた(聞いてないのに聞かされた)この世界の神について思い出していた。
この世界には、ギリシャ神話等で見られるような、『名前のある神』は存在しないらしい。神はありとあらゆるものに存在しているとされており、炎を司る神なら『炎の神』、剣を司る神なら『剣の神』と呼ばれる。日本の八百万の神の概念に近い感じだ。
どんな神を信仰するかは個人の自由であり、『何々の神を信仰しなければならない』みたいなことを言う宗教は存在していないという。
大教会を総本山とする宗教の名は『万神教』。ふわっとした言い方をすれば「とりあえず何かの神様を信仰しておきなさい」という宗教らしい。
なんというか、宗教戦争とかとは無縁そうな平和な宗教である。
太陽が言うには、称号欄に『○○の神の加護』が付くといろいろといいことがあるらしいけど、加護とかどうやって貰うのだろうか? 欲しいと言って貰えるもんじゃないだろうし……。
「おーい、先パーイ! こっちっすよー!」
その声に考えていたことを一時中断し、声の方向に視線を向ける。どうやら、考え事をしている間に噴水広場についたようだ。
こっちへ手を振っている後輩に「わかったー!」と返事を返してから、歩く速度を上げる。
「悪い、待たせたか?」
「そうでもないっす。それにしても、あのギガントをよくこんな短時間で倒せたっすね~」
「ああ……。最後は自ら散っていったからな。すごく協力的なボスモンスターだったよ……」
「ちょっと何言ってるか分からないっすね。ま、速い分には何も問題ないっす。さっさと転職しに行くっすよ」
くいっくいっと大教会の方を指で示す後輩。このまま大教会に向かうのは勿論正解なのだが……。
「分かった。……と、少しだけ待ってくれるか?」
「どうしたっすか? お腹でも痛くなったっすか?」
「違うわ。『我が内より目覚めよ、我が使い魔。その名はアヤメ』!」
詠唱を早口で行い、アヤメを呼び出す。魔法陣から飛び出してきたアヤメは、見たことのない町の景色をきょろきょろと眺め、そして大教会を見て、ピンッ! と尻尾を立てた。心なしかその瞳はキラキラと輝いているように見える。使い魔とは言えアヤメも女の子。ああいう綺麗なモノには心奪われるのだろう。
大教会を思う存分眺めたアヤメは、ハッとして俺の方に振り返ると、大教会を指さし俺の服の端をくいくいと引っ張った。そして、俺と大教会の間で視線を往ったり来たりさせている。
ふむ、「あれ、すごいの! みてみて!」ということだろう。健気に教えてくれるアヤメに笑みを返しながらその純白の髪をなでなで。
心の中に巣食っていた、もやもやしてたモノも、全部晴れていくなー……。あー、癒される。
「……えっと、先輩? 一体何がしたかったんすか?」
「え? 消化不良な戦いをさせられて荒れた心に潤いをもたらしたかっただけだが? あー、アヤメは可愛いなぁ」
「想像以上に重傷だった!? …………ええい! アヤメちゃんを愛でるのは転職の後にするっすよ!」
「お、俺から癒しを奪うというのか!? 後輩……お前、そんな残酷なことができるやつだったのか……」
「大げさっすねぇ!? というか先輩、半分以上遊んでるっすよね!?」
「はっはっは、何のことやら。さぁ、アヤメ。今からあの綺麗な建物に行くからなー、近くで見れるぞ?」
「………………(ぶんぶん)」
尻尾を高速で振り始めたアヤメに先導されて、大通りを大教会に向かって歩き始めた。後輩も「まったく……」と言いつつも、しっかりと付いてきてくれる。
「なぁ、後輩」
「何すか、先輩」
「今の俺は、お前に心配されなくても大丈夫そうか?」
「……そうっすね。いつも通りの、私の…………な先輩っす」
「ん? いま途中なんて言った?」
「なんでもないっす。ほら、アヤメちゃんが先に行っちゃうっすよ」
「え? ……って、もうあんな場所に!? まてアヤメ! あんまり離れすぎると、ロリコンにさらわれるぞ!」
「さすがにそれは……【紳士連合】なら在り得るっすね。急ぐっすよ、先輩!」
大教会が楽しみなのか、早足で駆けて行ったアヤメに追いつくために、俺と後輩も周りの迷惑にならない程度に速度を上げた。
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