物欲センサー……のせいじゃなかった
日間二位……。
え、もしかしてこれ、夢じゃない?
「……おかしい」
俺は、今とどめを刺した(頭部を粉砕した)ブラックウルフが消滅するのを横目に、メニュー画面を開きながらそうつぶやいた。
最初のブラックウルフに遭遇してから約一時間がたった。今のやつでちょうどブラックウルフの討伐数が25。プレイヤーレベルは5に上がっている。スキルの育ち具合もなかなかだ。
だが、肝心の[黒狼の牙]が一つもドロップしないのである。
最初はレアドロップなのかな? と思っていたのだが、十体目くらいでドロップした[黒狼の尾]がブラックウルフのレアドロップらしく、[黒狼の牙]は通常ドロップで手に入るアイテムらしいのだ。
たまっていく毛皮と肉と爪。たまに手に入る尻尾。なのに、一向に手に入らない牙。
いったい、どうなっているのだろう? これが噂に聞く物欲センサー(欲しい欲しいと思っているアイテムほど手に入りづらくなる現象)の力なのだろうか?
そんな風に考え事をしながら荒野を歩いていると、前方に二十六体目のブラックウルフを発見。まだこちらには気づいていないようだ。
今度こそ、[黒狼の牙]を手に入れたい。というわけで、戦い方を少し変えてみることにした。
今までの二十五体は最初の一体と同じような倒し方をしていた。突進攻撃にカウンターを叩き込み、怯んだすきに動けないようにして頭部を粉砕。このやり方が一番効率的だった。何せ、ブラックウルフはエンカウント直後の攻撃が決まって突進なのだ。バカみたいに突っ込んでくるオオカミさんをふっ飛ばすだけの簡単なお仕事です。
なので、今回は全く別の方法で倒すことにする。
それは、メイスを使わないこと。
このゲームはスキルを持っていない武器や攻撃方法でもダメージが入るようになっている。なので、今回は素手で戦おうと思う。獣相手に素手喧嘩とか現実だとありえないことだが、そこはゲームだ。STRさえあればどうとでもなるだろう。
……素手で狼を殺す神官ってのもどうかと思うけど……ま、メイスで頭部潰してる時点で今更か。
ブラックウルフは……よし、まだこっちに気づいてないな。まずは、不意打ちの一撃を喰らわせてやるとしよう。
こっそりと足音を忍ばせながらオオカミの背後から近づいていく。後ろからそ~っと、そ~っと。
彼我の距離、残り五歩、四歩、さん……。あっ。
いきなりこちらを振り向いてきたブラックウルフと、ばっちり目が合った。
俺は、突然のことに固まってしまった。それは向こうも同じのようで、俺のことを凝視したまま停止している。
互いに見つめ合った状態で、一秒、二秒、三秒……。
「ガルゥウウウウウウウァアアアアアッ!!」
「ギャァアアアアアアアアアアアアアッ!!」
し、しまった! 何オオカミさんとお見合いしてんだよ俺!
先に我に返ったブラックウルフの突進をかわせず、肩に噛み付かれてしまう。突進の勢いもあり、馬乗り状態になってしまった。オオカミなのに馬乗りとはこれや如何に。って、言うてる場合か!
自分のボケに自分でツッコムというなんとも虚しいことを内心で繰り広げつつ、何とかブラックウルフから逃れようともがく。だが、後ろ足でがっしりと腹を抑えられているのでなかなか起き上がることができない。
だぁあ! 痛い痛い痛い! HPガリガリ削れてるじゃねぇか! ふざけてる場合じゃなかった!
「とりあえず……【ヒール】!」
回復魔法でHPを回復しておく。暖かい光が俺を包み、ブラックウルフにやられた傷を全回復する。何気に回復魔法を使ったのはこれが初めてだ。
回復したのはいいが……。噛み付いてきているオオカミさんをどうにかしなくては。でも、押し倒されている状況でできることと言えば……。
黒狼→俺にのしかかり右肩をガジガジしている。後ろ足は腹に。地味に苦しい。
俺→のしかかられて噛み付かれているが、とりあえず左腕は動く。足も結構自由。
ふむ……。…………よし。
「オラァッ!!」
「ギャンッ!?」
鳴き声を上げて俺の上から飛びのいたブラックウルフ。急いで起き上がり、やつの方を見ると、右目をしきりに前足でこすっていた。
なにをしたのかって? 簡単だ。近くにあったブラックウルフのつぶらなおめめに、指をブスリと突き刺しただけである。目はほとんどの生物の弱点だからな。ただし、有効だからと言って喧嘩で使ったりすると、その日から友達がいなくなるので絶対にやってはいけない。
動けるようになったので、すぐに起き上がる。そしていまだ右目を気にしているブラックウルフに飛びかかる。もちろん、ダメージを与えた右側からだ。
肉食の獣は視界が狭いので、視力を失っている側に、少し横にずれて攻撃するだけで簡単に不意を突ける。
くはははッ! よくもやってくれやがったな狼野郎! という感じでブラックウルフの横っ腹を蹴り上げる。格闘技なんぞやったことないが、なかなかキレイに決まったのではないだろうか?
HPゲージは四分の一ほど削れた。やはりメイスに比べるとダメージがしょぼい。そこは手数で補うとしようか。
「オラッ!」
体勢を低くして、固めた右こぶしを前足の付け根あたりに。ゴキュッという手ごたえがして、ブラックウルフが体勢を崩した。人間でいうところの肩パンである。関節をやってやったぜ。HPゲージは残り三分の二弱。
「セイヤッ!」
もう一度、今度はサッカーボールを蹴り飛ばす感じのキック。ゴロゴロゴロゴロ……と地面を転がっていくブラックウルフの体は、その先にあった岩に当たって停止した。黒狼の方から、「キュウゥゥゥン……」という、情けない鳴き声が聞こえてきた。HPは、残り半分。
「うりゃあああああああ!!」
ぶっ倒れているブラックウルフに、スライディングキックをお見舞いする。岩と俺の足に挟まれて、黒狼が「ギュッェ!?」とつぶれた蛙みたいな声を上げる。違うか、つぶれた狼だ。HPは、残り三分の一。
「うりゃ、それっ、おらっ。クハハハハハハハハハハッ!」
最後は、抵抗できなくなったブラックウルフを、踏む、踏む、踏む。踏んで踏んで踏みまくる。腹、足、首、尻尾。頭以外をまんべんなく、必要以上にストンピング。だんだん楽しくなってきて、口から高笑いが漏れてしまった。傍から見たら完全に動物虐待をする悪者である。愛護団体に文句を言われそうだ。
ひと踏みするごとに、HPが少しづつ、少しづつ削れていき、ついに、四十回目の踏みつけでHPがゼロになった。
ポリゴンとなって消えていくブラックウルフを見つめながら、額に手を当て汗をぬぐう仕草をする。俺は今、何かをやり遂げた時のような、とてもすがすがしい笑顔を浮かべているだろう。
さてと、メイスを使わずにオオカミさんを殺ってみたんだが……。肝心のドロップアイテムはどうだろうか? [黒狼の牙]はっと……。
……お! あった! ちゃんとドロップしてるぜ!
アイテム欄に書かれた[黒狼の牙]が輝いて見えた。二十六匹目にしてやっととは……。俺の運がなさすぎるのか、素手で倒すことが条件だったのか。それとも、もっと別の原因が……あれ? なんだこのアイテム? [破れた黒狼の毛皮]と[千切れた黒狼の尻尾]か……。初めて見るアイテムだな。これも、何か特別な条件で手に入るアイテムなのか?
破れたに千切れた、ねぇ………………ん? あれ?
先程の戦闘の決着を思い出してみる。
俺は、動けなくなったブラックウルフの胴体部分や尻尾を、踏んで踏んで踏みまくった。言い換えれば、ブラックウルフの胴体や尻尾にダメージを与えた、ということだ。
そして、[黒狼の毛皮]と[黒狼の尻尾]は、ブラックウルフの胴体部分の毛皮と、尻尾が素材アイテム化したもの。
………もしかして、モンスターのどの部分にどのくらいダメージを与えたかによって、ドロップアイテムが変化する?
その仮説が正しければ、今まで俺が[黒狼の牙]を手に入れることができなかった原因は、俺の戦い方にあったことになる。そら、頭部潰したら牙は手に入らんよなぁ……。
はぁ、とりあえず、実験してみるか。
で、実験結果発表。
どうやら、俺の仮説は正しかったようだ。
あの後、ブラックウルフをさらに十体倒した。三体は頭を潰して、四体は胴体に重点的にダメージを与えて。残りの三体は極力全身に傷をつけないように。
その結果、頭を潰した三体からは今まで通り[黒狼の毛皮]、[黒狼の尻尾]、[黒狼の爪]、[ウルフミート]。
胴体に重点的にダメージを与えた四体からは[破れた黒狼の毛皮]、[千切れた黒狼の尻尾]、[欠けた黒狼の爪]、[肉片]、[黒狼の牙]、[黒狼の耳]。
極力傷つけずに倒した三体からは、上の[黒狼の○○]すべてと、[ブラックウルフの魔石]というアイテムが手に入った。
これでもう間違いないだろう。ドロップアイテムは部位ごとのダメージによって変化する。これからは、欲しい素材に気を付けてモンスターを攻撃しよう。
「これで、[黒狼の牙]が五つ。あとは[ホブゴブリンの血液]と[ゴブリンジェネラルの血液]かぁ。ゴブリン系はもう少し奥に行かないといないし、いったんログアウトするかな?」
時間を確認すると、もう午後一時を過ぎていた。午前十時からプレイを開始したので、もう三時間以上経っている。そろそろリアルの体が空腹を訴え始めているだろう。
このゲームではフィールドでログアウトする際に、安全地帯という場所で行うことが推奨されている。それ以外のところでログアウトすると、アバターだけが残ってしまい、モンスターに見つかり次第ボッコボコにされてしまうのだ。もう一度ログインしてみたら、死に戻り場所の教会でした。なーてことはざらにあるそうだ。
安全地帯はすでに発見済み。さっさと移動し、メニューを開いてログアウトの項目を押そうとしたところで、俺はふと、別の項目を開いた。
『送信者:リュー
題名:昼飯
本文:そろそろ昼飯の時間だからログアウトする。お前らも昼飯まだなら食べに来るか?
なお、メニューは冷製パスタになっております。』
フレンドのメッセージ機能で作ったそれを、アポロとサファイアに送る。
メッセージを送信して三十秒もかからず、返信の受信を知らせるアイコンが視界の端に映った。
『送信者:アポロ
題名:
本文:いく』
『送信者:サファイア
題名:
本文:ぜったいいく』
猛スピードで打ち込んだであろう二人のメッセージに苦笑しつつ、俺は今度こそログアウトをポチっと押した。
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