『今日の終わり』
「今日のことは忘れてください。」
「なんか忘れるようなことあったか?」
そういって苦笑すると真中は怪訝そうな目でこちらを見てため息をつくと校門に体重を預けるように寄りかかった。
「…真白さんのことはどう思ってるんですか?」
「…さぁな。」
曖昧に返事をすると不意に袖を引っぱられ真中の顔が近い位置にあった。
「濁さないでください。」
彼女の目は真剣でなにか強い意志があるようにもみえた。
「そんなこと知ってどうする?お前には関係ない事じゃないか。」
キツイ口調でそう放った。
真中はハッと我に返ったように目を見開き、袖から手を離すと一歩後ずさりし、申し訳なさげな表情になると俯いてしまった。
「す、すいません…そうですね、私には関係ないことでした…」
真中は顔を上げずそのまま黙ってしまった。
言いすぎたのか?と思いながら俺は真中と共に咲夜が仕事を終えるまで時折、車が横切っていった時の冷たい風を肌に感じながら静かな時間を過ごした。
日が沈み辺り一帯を暗闇が染め始めたころ、
「終わったー!」
という清々しさすら感じさせる声と共に二人分の影が校舎の明かりに照らされながらこちらに近づいて来た。
「お疲れさん。」
労いの言葉をかけ振りかえる。
「あれ?先に帰ってくれてもよかったのに。」
黒髪のポニーテールを揺らしながら咲夜が駆け寄ってくる。同時に大きく揺れた胸部から目をそらすと視線の先には真白がいた。
白く長い髪が風になびき、紅い瞳は絵の具の赤よりも紅く透きとおるような色をしていた。思わず口角が上がったのを感じていると、
「コッチ見て」
突然、顔をつかまれ正面を向かされた。見れば咲夜が不機嫌そうに頬を膨らませ抗議の目を向けていた。
「なんだよ…」
「真白ちゃんばっかり見てないで」
「別に見てたわけじゃ…」
「いい!」
「…はい。」
「よろしい。」
素直に頷くと咲夜は途端に笑顔になり顔から手を離すとそのまま俺の右腕を帰路へと引っぱってきた。
「ん?」
同時に左手を小さな手につかまれ振りむく。すると真中の顔が真横にあって耳元で、
「真白さんのこと好きなんですか?」
とささやいた。
真中は左手を離し顔を遠ざけると、
「どうなんですか?」
と再度聞いてくる。
「…。」
俺はすぐに答えられず考える。だが結局、答えを出せず
「…さぁな」
使い勝手の良い曖昧な答えになる。
しかし真中はそれ以上問い詰めようとはせず、
「そうですか、分かりました。ありがとうございます。」
と一礼しただけだった。
「なになに?何の話?」
俺の背後にいた咲夜が首を突っ込んでくる。
「なんでもねぇよ、ほら帰るぞ。」
「えぇー!?教えてくれたっていいじゃん!?」
子供のように駄々をこねる彼女の手を引きその場を後にした。