『夏の日の出会い』
「何もねぇなほんと」
照りつける太陽が憎たらしい夏の日の昼過ぎ、学校帰りに小さな商店でサイダー味のアイスバーを100円で買いすっかり古くなってしまった外に設置された木製のベンチに腰掛け俺―神城幸多朗は暇を持て余した。
「何もねぇな…」
もう一度、今度は恨みを込めてそういった。
辺り一面は田んぼや畑でいっぱいになっていて17にもなる歳の若者が遊ぶ様な施設は存在しない。山を二つ越えれば街の方に出ることも出来るがやはり交通手段が無い。この辺りの交通手段一日のうち朝2回、昼1回、夜2回しかこないバスと朝と夜それぞれ1回づつしかこない電車と農業用トラクターぐらいだろう。
「はぁ…」
大きく溜息をついて食べ終えたアイスバーの棒に目を向ける。
『ハズレ』と書かれたその棒はまるで馬鹿にされているようで腹が立った。
「好きでこんなことにいんじゃねぇんだよ」
棒を地面に叩き付けベンチに背を預け、空を見上げた。雲ひとつない快晴が暑苦しい今の時期はやはり恨めしい。
ふと涼しげな風が吹いて肌をひんやりとした感覚が伝う。
目を閉じその心地良さに身を任せることにした。すると首すじにぴとっと氷の様な冷たさが触れた。
「冷た!」
体勢を崩してベンチから滑り落ちそうになる体を左手で支え、右手で触れられた部分を摩った。
「もう、せっかく部活終わりに可愛い後輩マネージャーが『先輩お疲れ様です。また頑張りましょうね。』って言いながら首すじに冷たいスポーツ飲料を当てて小悪魔的な笑みを浮かべてやっぱりかわいいなコイツとか思わせるイベントを冴えない男子高校生であるコータ君にしてあげようと思ってたのに。それとゴミは拾っといたよ。」
ペラペラとやったら長いセリフを噛まずにハキハキと喋る同級生の女子は少なくとも俺の知っている中では1人しかいない。
「そういうどうでもいいことに俺を巻き込んで驚かせるのはやめてくれ咲夜。それとありがとう。」
焦げ茶の長髪をポニーテールにまとめ、自慢げに張った膨らみのある胸は同年代の中では大きい方だという。少しふっくらとした頬と幼さを残した顔立ちは愛らしく高校指定の白いセーラ服は彼女―菜月咲夜を可憐に魅せるには十分だった。
「えへへー」
無邪気な笑顔でベンチに、俺の隣に腰を下ろした。常日頃からテンションが割と高く周囲の人々に元気を与えてくれるその愛らしさに加え、成績優秀で今は生徒会長を務めていたはずだ。
「咲夜、生徒会の仕事はどうした?まさかサボった訳じゃない…」
「そんなのもう終わらせたよ。」
仕事も早かった。おかしいな確か普通なら下校時刻の13時半から早くて1時間かかるはずの量って聞いてたはずなんだけどな。
携帯の電源をつけ時刻を確認する。画面には『14時28分』と写し出されていた。学校からこの場所まで30分はかかるはずだ。
「半分の時間で終わらせたのか」
パチンっと指を鳴らし、咲夜は笑顔を見せた。
「正解、よく分かったじゃない。」
そういうと手に持っていた青いラベルの缶ジュースを渡してきた。素直に受け取ると咲夜は立ち上がり、
「じゃあ、また明日ね。」
と手を振った。
「ああ、また明日な。」
同じように手を振ると彼女は笑みを魅せて道を歩いていった。
その後ろ姿が見えなくなるのを待ってから
「俺も帰るか」
ベンチに立て掛けていた鞄を手に取り帰路についた。
鉄板のように熱くなったコンクリートの地面から発せられる熱気で滴り落ちた汗はすぐに蒸発し風に流された。
「暑すぎんだろ」
周囲には日陰など無く涼しめるような場所もない。
缶ジュースの栓を開け冷えきった液体を暑さで渇ききった喉に流し込む。涼しさが全身を包み暑さを一時だけ和らげた。
「もう終わっちまった。」
空になった缶はまだ冷えており首すじに当て少しでも涼しもうするがすぐにその冷たさは無くなってしまった。
再び焼けるような熱に包まれた。
「このままじゃ焼け死ぬ…」
なんとかしなければと前方に目を向けると木々が生い茂る山に石作りの階段が見えた。階段には苔が生い茂り近くと何故かとても涼しかった。
「少し涼んでくか。」
この猛暑から逃れるために階段へと脚を伸ばした。空を木々が覆い隠し照りつける日光が遮断され微かに薄暗かった。近くで水の流れる音がしこの涼しさはそこから来ているのが分かった。
その心地良さに揺られながら一歩一歩階段を登っていく。
しばらくすると階段が終わっている場所が光と共に見えてきた。
残り数段を走り抜け頂上に出た。
「…!」
言葉を失った。
登りきった頂からは町全体が見渡せて取り囲む山々は日光に照らされ鮮やかな緑色をしていた。
「こんな場所…あったのか…」
今まで見たこともなかった風景を目にして思わず感銘を受けた。
そうしていると視界に座り込んだ人影が見えた。
腰の高さまで伸ばされた髪は透き通る様な純白をしていて立ち上がったその姿は無駄を排除した綺麗なスタイルでモデルのようだった。
そして振り返ったその顔は真っ白な肌にほのかに赤い唇、キリッとした眼は真紅でこちらをしっかりと見据えていた。
「初めまして、黒崎真白って言います。しばらくこの辺りに住むことになりました。」
手を前で合わせペコリと彼女はお辞儀をした。
「こ、こちらこそ…」
同じようにこちらも頭を下げた。
クスッと真白が笑った。
その笑顔はとても儚くそして美しく見えた。
「あなたの名前を教えてもらってもいいですか?」
透き通るような声に促されるまま俺は名前を教えた。
「神城、幸多郎です。幸せの幸に多いの多で幸多郎。」
幸多郎、と彼女は続けると笑顔で
「いい名前ですね、幸多郎君。」
そう言った。
その姿がとても愛らしく目を奪われた。
鼓動が早まり心臓が爆発するかの様な錯覚に囚われる。
その時、心の奥底でなにかが生まれた。