第九十八話 理解者
「ドワーフは強い。それは確かだ。戦場で倒れることはまずないだろう。でも、戦いは変わってきている。強い個人が武器を振り回してどうにかなる戦いは、いつか終わる。いや、もうその兆しがあるからこそ、わたしたちは町を失ったんだ……!」
作業台に整列させられた珍兵器とは正反対の、説得力を持った言葉に、僕は何一つ反論を見出せなかった。
弛緩した空気が一気に引き締まる中、アルルカは目を伏せ、唇を噛む。
「最強の武器が必要だ。ドワーフの鍛冶屋が追い求めてきた、究極の武器が今こそ……! でも、一族の長い歴史をもってしても、いまだその結論にはたどり着けていない。新しいアプローチでなければダメだ。わたしは、イグナイトこそ、それだと信じている……!」
父親から取り返したイグナイトを、明示するようにテーブルの上に置く。僕らの目線もそこに集まった。
「これは無限の動力を生む部品だ。使い方によっては、ドワーフよりも強い力を出せるかもしれない。武器というのは本来、戦士が振るうものだった。だがこれを使いこなせれば、武器そのものを戦士にすることもできるかもしれないんだ」
…………!? その発想は!?
今この子、とても重要なことを言わなかったか?
「それがあの車輪の付いた爆弾だったわけ?」
アンシェルの問いに、アルルカは首肯した。
「車輪の回転にイグナイトのカケラを使っている。砂漠は坂だらけだから、よく走ると思ったんだが……」
「砂の上で車輪なんて回したら、そりゃ空回りもするわよ」
「ああ。だから、次は空回りしないよう、もっといっぱいイグナイトを使おうと思う。デザインも凝ろう」
「いや、まずあんたが空回りをやめなさい。あの変なのから離れて。さっき説明してた兵器も全部ダメよ。イヤな予感しかしないわ」
「う……」
アルルカの生真面目な顔に苦痛が浮いた。
「女神様たちも、そう思うのか……? わたしのやり方は全部ダメだと……」
上目遣いの少女の瞳は、かすかに濡れていた。
「確かに、わたしは一度も成功したことがない。いつも失敗、爆発してばかりで、ドワーフの笑いものだ。父の工房のみんなは、製作には手を貸してくれるが、それは親方の娘という理由で付き合ってくれているにすぎない。武器というのは剣や斧のことで、わたしの考えるものは何一つ正しくないと、みんな思ってる」
細い指でイグナイトを拾い上げる。
「爆発で気を失うと……いつも悪い夢を見るんだ。作っている兵器が失敗して、みんなに笑われる夢を。わたしは必死に作り直すけど、全然元通りにならずにばらばらになって……。そうして目を覚ますと、爆発で壊れた兵器が、真っ先に目に入るんだ……」
切れ長の目から、ぽろ、ぽろ、と滴が落ちた。
「もう……一人はいやなんだ。失敗するのも、修理するのも一人ぼっちで……。誰か、隣にいてほしいんだ……。理解してくれる誰かが……」
とうとうしゃくり上げてしまった少女に、アンシェルが狼狽の声を上げた。
「な、何も泣くことないじゃない。また新しいのを作りなさいよ。イグナイトっていうキーアイテムは持ってるんだから、後はトライ&エラーでいいでしょっ……」
「うっうっうっ……」
アルルカは泣きやまない。そのトライ&エラーに自信が持てなくなってしまったのだ。
人は成功を信じているから、少なくとも、信じられるから、挑戦できる。
それが信じられなくなったとき、人は挑戦をやめる。
諦めが肝心だと言う人もいるだろう。それは間違っちゃいないと思う。
でも、それは、合理性とか関係なく、本人にはとても悲しくてつらいことなんだ。
合理性と感情なんていつも逆向きだ。諦めることは悲しい。泣きたくなる。それはごく当たり前のこと。
だからアンシェルに彼女を泣きやませる方法はない。
しかし困窮した天使は、よりによって、
「き、騎士っ! あんた敵の攻撃でいつも爆発してるじゃない! しかも最近、自分から爆発できるようになったでしょ。爆発仲間じゃない、何とかしなさいよ!」
いきなりこっちに無茶振りしてきた。
「なにその理屈!? そんな理由で僕に話を振るのか!? それに、そんなにしょっちゅう爆発してな――」
「ほ、本当か? 騎士殿も爆発するのか?」
アルルカがすがるような泣き顔を向けてくる。
うぐっ……!?
軍人のように凛としていた少女の、あまりにも脆く、無防備な眼差し。
それは傷ついた小鳥が、羽を引きずりながら助けを求めてきたようで、到底、軽くあしらえるものではない。
「お願いだ、騎士殿。わたしに……手を貸してくれ」
え、ええと……。
「そして一緒に、爆発してほしい……」
おいィ……?
なんだその願望。一気に受け入れがたい提案になったぞ。
あらゆる物語の主人公で、こんなこと頼まれたヤツいるか? 比喩じゃなく、そのままの意味で一緒に爆発してほしいって。
アルルカはイグナイトを握りしめ、目をぎゅっとつぶった。
「試したいんだ。わたしのアイデアを。ちゃんと最強の武器を作って、わたしの価値観は正しいんだって、みんなに伝えたい。こんなところで折れたくない。戦いたい……! まだ頑張りたいんだ騎士殿……!」
「…………!」
折れたくない。戦いたい。価値観を叩きつけたい。認めてもらいたい……。
その意気があるなら一人でも頑張れるだろうなんて、それは間抜けのセリフだ。
人の心は弱い。心は簡単に傷つく。簡単に折れる。
少なくとも僕はそうだった。
なんて情けない……。
なんて情けない言葉だ。アルルカ。
本家“砂漠の極星”なら、絶対に言わなかったような弱音だよそれは。
でも。だけど。
本当に、孤独のまま戦い続けられる者なんているのだろうか?
僕の知るアルルカ・アマンカは、本当に勇敢で優しい少女だったのか?
本当に、最期まで、一人で戦い続けられる勇者だったのか?
本当は、助けを求めて叫びたいこともたくさんあったんじゃないのか?
彼女はそれを言えなかった。
僕らはそれを聞けなかった。
ねえアルルカ。
目の前にいるこの少女の叫びは、君の言葉なの?
君が言えず、僕らが聞けなかった本心なの?
本当は一緒に戦ってほしいって。ピンチのときは助けてほしいって。
そんなごく当たり前の言葉を、君はずっと我慢していたの?
戦う者には支えが必要だ。
戦いたいと願う者にだって支えが必要だ。
それを一番よく知ってるのは誰?
「あっ……?」
感情が高ぶりすぎ、強く握ってしまったからだろうか。アルルカの手の中で、イグナイトが不穏な光を放ち始めた。
「女神様、みんな、避難してくれ! 床に掘ってある溝に、身を隠して……!」
アルルカが叫ぶと、リーンフィリア様たちは「わあっ」と大慌てで溝に身を隠した。
なるほど、床に掘られている変な穴は、塹壕だったのか……。
「あんたもそんなの捨てて隠れなさいよ!」
アンシェルが穴から怒鳴るけど、
「ダ、ダメだ。わたしはこれを手放すわけにはいかない。下手をすると、どこかに飛んでいってしまうかもしれないんだ。それに、投げ捨てたら、この石から逃げることになる。わ、わたしはこのリスクと戦わないといけないんだ」
アルルカは震えながらもその場を動かなかった。そして。
「騎士、様……!?」
パスティスが悲鳴のような声を上げる。
僕も……。
まだアルルカと向き合っていた。
不動を示すようにがっしりと腕組みし、凶悪なプロミネンスを噴き始めたイグナイトの輝きを間に置いて。
「き、騎士殿……」
涙に濡れたドワーフ少女の目が僕を見つめる。それを装甲板の奥から見返し、告げる。
「アルルカ。君の想いは確かに伝わった」
「あっ……」
「僕も今から逃げない。でも、一つだけ条件がある」
アルルカが、その内容を目線でたずねてくる。
僕は一言で答えた。
「頑張れ」
「……ッッ! あ、ああっ……もちろん、だ!」
彼女の長いまつげに宿っていた涙が、笑顔と一緒に弾けた瞬間、
僕らは爆発した。
〈システムメッセージ〉
次回から、強制爆発オチが可能になりました!




