第九十五話 軍用ドジっ子
『リジェネシスⅠ』におけるアルルカ・アマンカについて話をしよう。
少女はオアシスのほとりの町、サンサンドザラの女戦士として、エリア冒頭から登場する。
いや、女勇者と言った方がいい。そう言い直すだけの価値がある。
浅黒く日焼けした肌に、朝日のようにきらめく瞳と、夕日色の髪。少しボーイッシュな外見ながら、笑顔は間違いなく美しい少女のもの。
ゲームには一目見た瞬間、「あっ」となってしまうキャラクターがいるけど、僕にとって、リーンフィリア様に続き、彼女がそうだった。
アルルカの役目は、新たな物資を求めて町の外に出る人間を護衛すること。
平和で静かなサンサンドザラにはまともな戦力がなく、この護衛任務に就いているのは彼女一人だけだった。
それについて、本人に不満はなかった。
彼女は望んでその役目を引き受けていたし、何より優しかった。他の誰かを危険に巻き込むようなことはしたくなかった。
そんなアルルカを、誰もが勇気ある少女として褒め称える。
やがて少女は、主人公である女神の騎士とも共闘し(イベント上で)、ついに砂漠の平和を勝ち取る。
リーンフィリア様はアルルカを神魔の戦いに誘うけど、彼女は砂漠に残り、町を守ることを選んだ。
そうして主人公たちが去った後もアルルカは戦い続け――
そして死ぬ。
よく使われている交易ルート上で悪魔の兵器の残存部隊に襲われ、商隊を逃がすために囮になり、砂嵐に呑まれてしまうのだ。
プレイヤーは、それを別エリア攻略中に、後日談として聞かされることになる。
そのときの虚無感といったらない。
町を復興させるためにあれほどの戦いをした少女が、知らないうちにひっそりと命を落としているなんて。
『リジェネシス』は生と死の物語である。
女勇者アルルカはその一つの象徴であり、そして悲劇だった。
最後まで誰かのために戦い続けたアルルカを、サンサンドザラの人々は“砂漠の極星”と呼び、後世まで伝えていった……。
この話には重大な続きがあるんだけど、それはまた別の機会にする。
ともかく問題なのは、そんなアルルカ・アマンカが……。
いきなりパンジャンドラムを転がしてくるって何だよ……。
どういうことなんだよ……。
コレジャナイ……。
コレジャナイ。
コレジャナイ――様。
コレジャ――ナイト。
コレジャ騎士様――
騎士様!
ずぼっ、と盛大に体から何かが抜ける感覚があって――いや、正しくは、僕が穴から盛大に引っ張り出された感覚があって、周囲の視界が光に満ちた。
「騎士様。よかった……」
それまでの暗闇から一転。途端に赤だらけになった風景のど真ん中にいる、金と黒の色彩の少女が、声を震わせながら僕に抱きついてきた。
「パスティス? あれ、マルネリアに、リーンフィリア様も……」
「ついでにわたしもいるわ」
アンシェルが半眼で言った。
みんないる。
「見つかったか! おーい、みんな。騎士殿が見つかったぞ! 捜索は終了だ!」
近くで土間声を張り上げているのはドワーフのドルドだ。
彼の声に、そこらにいた同胞たちも手を上げて応える。
ドワーフたちがやけに赤茶けて見えると思ったら、もう夕方……にしても、やっぱりちょっと赤すぎる。どうやら、砂漠の砂を頭からかぶったらしい。
何がどうなってる?
黙り込んだ僕の記憶が混乱していることを察したのか、マルネリアが隣にしゃがみ込んで言ってきた。
「騎士殿は、ドワーフの新兵器の爆発に巻き込まれて、今の今まで砂に埋もれてたんだよ。危うく、そのまま砂漠の遺物になるところだったね」
あ、そうか……。
ブラストボビンとかいうパンジャンドラムが転がってきて爆発して、それで……。
僕は周囲を見回す。
あのふざけたボビンの破壊力は本物だったようで、周囲の砂が大きくえぐれていた。
町はもう跡形もない。消し飛んでしまったか、それとももう回収されたか。
ドルドが言ったように、町がなくなったせいで、悪魔の兵器も去ったようだ。
砂漠が、夕焼けによって、より赤々と輝くばかり。
〈ブラッディヤード〉のクリエイトパート第一戦は失敗ということになる。
「他のドワーフたちは?」
心配になってたずねると、リーンフィリア様はにっこり笑い、
「みな、大丈夫です。ドワーフは岩より頑丈な種族ですから」
「転がってくるアレを止めようと前に出たあんたが、一番吹っ飛んだわけよ。まったく、向かってくるものに対して無条件に立ち向かいすぎじゃないあんた? 素直に逃げなさいよ」
アンシェルが呆れたように言った。
「えぇ……僕、あれに向かっていったの? バカじゃないの?」
「ガハハ……。だが大した勇気だ。おかげで、テントそのものは修理がきくレベルで助かった。礼を言うぜ、騎士殿」
ドルドが笑って僕の肩を叩く。
「それに比べて、うちのバカは……」
快笑を苦笑いに変え、ドルドの向けた目線の先には、一人の人物がひっくり返っていた。
「誰?」
「アルルカ・アマンカ。俺の娘だ」
えっ……。
あっ、そうだった! 変態兵器に気を取られてたけど、アルルカがいたんだ!
しかもアルルカ・アマンカ!? フルネームまでまったく同じじゃないか!
僕は飛び上がると、くっついたままのパスティスを抱えて、倒れているアルルカのところへ駆け込んだ。
「……!」
その少女の顔を見たとき、僕の知っているアルルカの笑顔が一瞬浮かぶ。けれどその二つは決して重なることなく、すぐに思い出の方が霧散していった。
…………違う。
僕の知ってるアルルカじゃない。
アルルカは、癖のあるショートカットの、躍動的で活発な少女だった。
しかし目の前でのびているのは、少し大人びた顔立ちに綺麗なロングヘア、眼鏡という、どちらかと言えば物静かで怜悧な風貌だ。肌の色も白い。
防塵用のケープは意匠控えめで、ミニスカートにニーソックスという出で立ちは、どこか規律的な――学校や軍の制服的な印象を抱かせた。
バンダナに、使い古されたマント姿だった本家とは、やはり大きく異なる。
唯一共通しているのは、十代半ばくらいの外見と、長年かけて黄昏を染み込ませたような、髪の橙色だろうか。
「女神様……」
アルルカを知る女神様に呼びかけると、彼女は首を横に振った。
「砂漠の勇者の魂は、すでに天に召されています。彼女が、あのアルルカであることはあり得ません」
そう、だよな。
あれから二百年たってる。人間とドワーフで、種族も異なる。
だからたまたまの一致、なのだろう。
ここはただ、もう一度、同じ名前に出会えた奇跡を喜ぶべきなのかもしれない。
よく見れば、タイプは違えど、こっちのアルルカもなかなかの美少女だ。悪い夢でも見ているのか、若干しかめっ面になっているものの、メガネの奥の目は切れ長で、可愛いとカッコイイのちょうど中間のような造作。これで軍帽でも頭に乗せれば、凛然とした軍人少女ができあがるんじゃないだろうか。
せっかくだし、思い出との再会を祝して、一コレくらいしとくか……?
「あれ? そういえば、彼女はどうしてのびてるの?」
ふと疑問に思ってドルドにたずねる。彼女はパンジャンドラムの爆発圏外にいたはずだ。
「それだよ」
彼が麺棒みたいな太い指で示したのは、アルルカのすぐ横に転がっている、ライトブルーの光を放つ宝石だった。
内部で何かが渦巻いており、時折、その余波が宝石の外側に、プロミネンスのように吹き出している。
「“イグナイト”っつってな。歯車とかの機構に組み込むことによって、動力源として機能するおかしな鉱石なんだが、不安定すぎて、ちょっとしたことですぐに爆発するんだ。だから、ドワーフの中じゃ誰も扱おうとしねえ」
説明しつつ、ドルドはアルルカの肩を揺すった。
「おい、起きろ。いつまで寝てるんだ。もうとっくにみんな撤収してるぞ」
「うー、うーん……」
アルルカが目を覚ました。
「あれっ? 父さん。わたし、どうしたんだっけ……」
寝起きのせいか、凛々しい相貌のわりには可愛い声だった。
「ああっ!? そうだ、わたしのブラストボビンは!?」
飛び出すように立ち上がり、ドルドに食ってかかる。
並んでみると、小柄な父親より長身だ。僕と同じくらいか?
「ぶっ飛んだよ、町ごとな」
「…………」
「また、やりやがったな」
また……?
「町を爆発させるわ、イグナイトは爆発させるわ、おまえは火薬庫から生まれたのか? いい加減、そのおかしな石から離れやがれ。んで、俺の工房に入ってきっちり鍛冶を勉強しろ」
「それはできない!」
押し黙っていたアルルカが、声を細い肩を震わせて叫んだ。
「今回の失敗の理由はわかっている。車輪のデザインが可愛くなかったからだ!」
『おいィ!?』
僕とドルドのツッコミが綺麗に重なった。
「あと、火薬の量も少したりなかった。もっと地面を深くまで掘れないと、地中に隠れた敵は倒せない。うん、反省点はすべて見えた!」
おまえ、それでいいのか?
「やめやがれ! おまえみたいなドジが扱える代物じゃねえんだよ、イグナイトは!」
「止めるな! これはわたしの挑戦なんだ! 頑張れわたし! うおーっ!」
一人小さな拳を振り上げると、アルルカは勢いよく砂漠を駆け出し、
「わあ!」
砂に足を取られて、砂丘の坂を転がっていった。
そして、
どーん、とまたイグナイトが爆発して、大人しくなった。
それを見た僕は。
「ガハアッ!」
「どうしたの騎士殿? どっか痛いの?」
マルネリアが肩に手を置いてくる。
ちくしょう……ちくしょう……!
痛い……ヒビの入ったアルルカとの思い出が痛い……!
別人だから前作キャラの改悪とまでは言わない。
リーンフィリア様がケバくなってたのとはまた別の話だ。
だけどアルルカって名前には、すでに確立したイメージがあるんだよ、僕らには!
なのに、何もかもがダメダメだ。何だあの見るからにポンコツな眼鏡は。
軍用ドジっ子だと!? クソッ、まともなのは名前と見た目だけか!
何度も言うよ。『リジェネシス』は硬派なゲームなんだ。生と死を語る実直なゲームなんだ! 決して、常に爆発オチを準備してるような女の子がいる世界観じゃない!
つあああああああああああ!
コレジャナイ! コレジャナイ! コレジャナイ! コレジャナイ! コレジャナイ! コレジャナイ! コレジャナイ! コレジャナイ! コレジャナイ! コレジャナイ!
【少女は星になった。もういない:10コレジャナイ】(累計ポイント-13000)
ううっ、うっ、うっ……。ごめん、ごめんよアルルカ……。
こっちのポンコツメガネじゃなく、あっちのアルルカごめんよ……。
君の名前にコレジャナイをする日が来るなんて、思ってもみなかった……。何で世界はこんなに残酷なんだ? 教えてくれよ女神様……。
「とりあえず、女神様たちも俺たちのねぐらに来てもらえねえか。色々と相談したいことがあるんだ」
「わ、わかりました。うかがいましょう」
いちいちでかい声のドルドに、まだ少し腰が引け気味ではあるリーンフィリア様に続き、僕らはドワーフの洞窟へと向かった。
そこでさらなる地獄が待っていることを、このときの僕は……。
十分覚悟していたに決まってるだろ……。
サブタイトルからの熱い出オチで再開していきましょう。
この物語には旧作は忘れろというスタッフからのメッセージが含まれている可能性があります。




