第九十四話 再会
タワーディフェンスというのは、わかりやすく言えば、次々に押し寄せてくる敵から特定の地点を守る、というルールのゲームだ。
こちらは守備側であり、相手の陣地を狙ったり、ボスを直接倒しに行ったりすることはできない。敵側の侵攻をすべて防ぎきれば勝ちとなる。
敵の侵攻ルートに兵士やトラップといったユニットを置いたり、防衛用の施設を築いたりと、迎撃のシステムはゲームによって色々。
それらが有機的に噛み合って、芸術的キルゾーンを形成する様はただただ美しい(僕にはとてもできない)。
防衛ポイントは建設中の町。
配置ユニットは僕ら。
敵は砂の中から現れる悪魔の兵器。
……と考えれば、やっぱりこのエリアのシステムはタワーディフェンスに依っている気がする。
だとしたら、〈オルター・ボード〉に、これまでにない防衛システムが追加されている可能性があった。女神様たちと合流して、早急にチェックしなければ。
と言いたいところなんだけど……!
「くそったれ! イナゴが砂に潜って……見えねえ!」
「おい、カニどもも侵攻してきてるぞ、誰か手伝え!」
「手が足りねえ! 騎士殿、何とかしてくれ!」
戦況は不利としか言いようがなかった。
一抱えもあるカニのサイズとは違い、イナゴは小さいので踏み潰すくらいで対処可能だ。ただ、下が柔らかい砂のせいか、踏んだつもりでも地面に潜られ、突破されてしまうことが多々ある。
何より数が多い。倒しても倒してもきりがない。
一人のドワーフが、そんなイナゴに気を取られすぎた。
「おい、気をつけろ! 狙われてるぞ!」
誰かが叫んだときには遅かった。
ドワーフの野太い腕が、カニのハサミに捕まった。
デザートクラブのハサミは、子供や女性の胴体くらいなら簡単に両断してしまいそうなほど凶悪なサイズ。重なり合ったギロチンの刃のようなものだ。
いかにドワーフの体が分厚くても、これにはさまれたら痛いじゃ済まない! やばい!
「イテテ! バカヤロウ、何しやがる!」
済んだァ!?
腕をがっちりと挟まれたドワーフは、驚いて武器こそ取り落としたものの、逆の手でカニの頭をガンガンぶん殴り、最後には下から蹴り上げてひっくり返すと、拾い直した武器で、露見した腹部を叩き潰した。
ドワーフ頑丈すぎィ! 無敵ユニットか何かか!?
けど、安堵してもいられなかった。
イナゴのせいで乱れた布陣は元には戻らず、戦場は敵味方が入り乱れている。
防衛ラインを突破し、テントまでたどり着いた敵も現れ始めた。
作りはしっかりしているとはいえ、テントはテント。まともな防御力なんてない。
イナゴが飛びついて、布や骨組みを囓るだけで簡単に壊れてしまう。カニなんて、上を歩いただけでOKだ。
ぐっ……! 何とかしないと、町が全滅だ!
「アンシェル、アンシェル!」
「聞こえてるわ、騎士」
アンシェルにもこの窮地は伝わっている。声には重たい緊張があった。
「〈オルター・ボード〉を見て! 何か見たことない表示は出てない!? このピンチを切り抜けられるような、武器とか、建造物とか!」
「残念だけど、ないみたい。さっきから、女神様たちが必死に操作してるんだけど……」
アンシェルの声の後ろから、リーンフィリア様とパスティスとマルネリアの焦ったやり取りが聞こえてくる。三人がかりで何も見つけられないなら、確かに何もないんだろう。
くそっ、ダメかっ……!
ここは一端退いて、対策を練ってから出直しするのが正解か?
いや……。
いや諦めない……!
諦められるかよ!
砂漠でだけは、絶対に負けられないんだ!
アルルカの魂が、極星が砂漠の上に輝く限り、『リジェネシス』プレイヤーは最後の瞬間まで敵ののど笛に食らいつく!
彼女がそうだったように! 僕らもそうある!
そのときだった。
ドワーフの一人が、ある砂丘の上を見て叫んだ。
「おお、アルルカ!! 間に合ったか!」
えっ……!?
まるで僕の中にしかなかった叫びが、そのまま世界に生まれ出たような錯覚。
ほとんど無意識的に、僕はドワーフの目線を追っていた。
小高い砂の丘の上に立つ、小さいけれど、大きすぎる人影。
勇気という言葉の意味、本当の勇者とは何なのかを、幼い僕に刻みつけた、一人の少女。
もはやゲームのキャラという枠には収まらず、許されるのなら、面接の質問においても、一番尊敬する人物に名を挙げたいくらい。そして『リジェネシス』を知る面接官とがっちり握手するのが夢だ。
“砂漠の極星”アルルカ・アマンカ。
まさか本当に君なのか――?
兜の装甲板の奥にある僕の目は、逆光で影となったその少女の正しい姿を懸命に求め、しばたき、そして。
隣にある、巨大な物体に吸い込まれた。
「へ?」
「みんな待たせたな! できたぞ、これが最強の新兵器、ブラストボビンだ!」
ウオオオオオ……!
武器を振り上げ、沸き上がるドワーフたちの声を受けた少女は、その新兵器とかいう物体を砂丘の頂上から押し出した。
えっ、えっ……。
待って。ちょっと待って。
僕の心と理解が置き去りにされてる。今すぐ取りに行かせてくれ。
アルルカのことは一端保留として……。
その新兵器とやらは何だ?
おい待ってくれ。
形状は、まさに巨大なボビン。糸巻きのことだ。ミシンにもついてる。
並んだ二つの車輪をくっつけたものと言えばいいのだろうか。
内部には多分炸薬が仕込まれていて、敵陣に突っ込ませて爆発させる、つまりは爆弾だ。
パ、パンジャンドラムじゃねえかよ!!!
僕、知ってるよ! 由緒正しき大英帝国が生み出した、世界的珍兵器の一つ!
何でそんなもんがここで出てくるんだよアルルカ!?
しかも、砂地でそれを使うなんて、もう……!!
押し出されたブラストボビンは、自重で車輪を砂に埋もれさせることもなく、どうにか坂を転がり降りてきた。
「あっ」
が、液体じみた不定形さを持つ砂の上を車輪が空回りしたのか、途中で方向が大きくねじ曲がり、真っ直ぐ僕らの方――ひいては、町の方へと転がってくる!
「えーと、何かこっちに来てるけど、これでいいのか?」
「わからん」
兵器について何も知らないドワーフたちののんきな声が、轟爆音の直前に聞いた最後の物音になった。
コッ、コレジャ……ぎゃあああああああああああああああ!!
その思い出をぶち壊す(キャッチコピー)
※お知らせ
珍兵器が爆発している最中ですが、諸事情により投稿がしばらくストップします。
次回投稿は一応、8月20日を予定していますので、そのときにまたのぞいてやってください。




