第九十三話 WAVE
降下した僕らを待っていたのは、赤い砂地にテントを張っている最中のドワーフたちの姿だった。
樽とイケメンの割合は8:2くらいで、ほぼ樽だ。
? 変だな。ちゃんと家を建ててる。
海岸線に沿った岩場には洞窟があり、資材を持ったドワーフたちが出入りする様子が見て取れた。最初は気づかなかったけど、どうやら、そこが彼らの隠れ家だったようだ。
「よう、騎士殿じゃねえか! 女神様たちも!」
びりびりと鼓膜を震わせるような大声で呼びかけてきたのは、昨日、リーンフィリア様に感謝を述べた、動物の頭骨を兜にしたドワーフだ。確か、ドルドって名乗ってた。
「こんにちは」
僕が挨拶すると、
「おうおう、何だよ、かしこまっちまってよ! もっと気さくに話してくれや。じゃねえと、俺たちの粗雑さが目立っちまってしょうがねえや」
ドワーフは剥き出しの野太い腕をさかんにぼりぼりかきながら言ってきた。どうやら「ケツがかゆくなる」という比喩が生理現象として起こっているらしい。
正直、荒いのはあんまり得意じゃないけど、あんまりバカ丁寧なのもあれだ。ここは彼らの流儀に合わせることにする。
「わかったよ。町作りはどう? 土地が解放されてから、十日やそこらはたってるはずだけど」
「それが、どーもなあ……」
ドワーフはあごひげと一体化したもみあげを撫でる。
実物を見てくれと言うような目線につられて、テント張りの作業に目をやったものの、世代を越えて協力しあう手際は悪くないように思えた。
布張りの三角錐のテントは、砂地という不安定な場所に建てるにはちょうどいい道具で、骨組みの入ったそれなりに頑丈そうな作りだ。
みるみるうちに十数軒の家が建ち、洞窟から生活道具らしきものが運び込まれていく。
作業に一区切りついたドワーフたちもなかなかやりきった顔だ。
樽もイケメンも、笑顔に大きな違いはないのだと知った。
うん。全然問題ないな。この勢いなら、あっという間に町を広げられる。
でも、じゃあ、何でそうなってないんだ?
ドワーフたちの町作りの姿勢におかしなところはない。城を建てたいとか言い出してないし、広い土地もある。
「ひょっとして、砂嵐が原因ですか?」
僕が考えるより先にリーンフィリア様がたずねた。
「ああ、それなら、この紐を引っ張るとだな……」
頭骨ドワーフがテントからはみ出ている紐を引っ張ると、中の骨組みがずれて、屋根がぺしゃんと潰れた。
「こうしてやりすごす。布には重しが仕込んであるから、風を受ける面積を減らせば、そうそう飛ばされはしねえ。多少砂に埋もれちまっても、すぐ元に戻せる」
「あっ、すごいですね」
リーンフィリア様は目を丸くした。
「へっへっへ。だろう? 俺たちはここにずっと住んでるんだ。このくらいはお茶の子さいさいよ。まあ、ホントは石材の家のがいいんだが、こんな土地じゃちょっとな……」
彼がそう言ったときだった。
「ドルド親方! やべえ、またヤツらが来た!」
一人のドワーフが、血相を変えて走ってきた。
ヤツら……?
僕がその意味をたずねるより早く、ドルドは岩場に立てかけてあった、建築資材かと思うような巨大な鉄柱を掴んだ。
「上等だゴルルァ! おめえら全員武器を持て! 今度こそ家を守るぞ!」
その態度でほとんどのことを察する。
「敵か? 僕も加勢する!」
「おう、ありがてえや騎士殿!」
細かいやりとりも遠慮もない、この受け答えが小気味いい。
「みんなはドワーフの洞窟に避難して。戦いの最中に砂嵐が来たらまずい!」
仲間にそう言い置くと、僕とドルドは海岸線から砂漠へと走り込んだ。
そこで見たのは、砂塵に紛れてやって来る、無数の黒い影だった。
「悪魔の兵器か!? だとすると、もう次のバトルフィールドが!?」
展開の早さに驚きつつも、すぐにアンサラーを物質化する。
「アンシェル、アンシェル! 聞こえてる?」
すぐに羽根飾りに呼びかけた。
「聞こえてるわ。今、洞窟に避難したところ。いきなり厄介なことになったわね」
「このまま迎撃に入るよ。パスティスたちが外に出ないよう見張っておいて」
「わかったわ。ああ、それと、緊急時に混乱させるようでちょっとあれなんだけど……」
アンシェルは、少し切り出しにくそうに言った。
「〈オルター・ボード〉に見たことのない表示が出てるの。W・A・V・E・01って書いてあるんだけど、リーンフィリア様には意味がわからないらしいわ。あんたわかる?」
WAVE? 波? 何のことだろう。砂の海だから、波? はて??
「ごめん、僕にもわからない。戻ったら調べる」
「わかったわ。ここでの戦いは慣れてるみたいだけど、注意するのよ!」
「了解!」
僕は改めてアンサラーの銃把を握り直し、悪魔の兵器を見やる。
「おめえら、騎士殿が手を貸してくれるぞ! 気合いを入れろ!」
「おっしゃあ! これで百人力だぜ!」
「ヤツら全部ばらばらにして資材庫送りにしてやらあ!」
テントの内側に置いてあったのか、見るからにマッチョ仕様なごてごてしい剣や斧を振り上げて士気を高める人々。
イケメンたちは、見た目の通りまだ戦いに向く体ではないらしく、リーンフィリア様たちと一緒に退避している。ここにいるのはひげ面のオッサンたちだけだ。
このむさ苦しさ、戦場ならこの上なく頼もしい!
僕らと悪魔の兵器群は、町のすぐ近くで激突した。
敵は、僕が昨日戦ったのと同じ構成。カニと中型ゴーレムで、ボスだったサソリはいない。
各々の武器で力任せに戦うドワーフたち。
打ち据えられたカニが、周囲に土柱を吹き上げて砂地に埋まるほどの破壊力だけど、こいつらは上からの攻撃には滅法強い。すぐに砂から這い出して、ドワーフに襲いかかる。状況は五分……いや、微不利!
「クソッ、相変わらず硬えな!」
「だったら潰れるまで何度でも叩けばいいんだよ! 手を止めるな!」
それを聞いて僕は叫んだ。
「そのやり方ではダメだ! カニは跳ね上げて腹を狙え! 中型ゴーレムはみんなでボコればいい!」
『おお!』
僕の雑な指示を受けたドワーフたちは、正しい攻略手順で、カニたちを処理していった。
それまでの押し合いがウソのような掃討戦。
ドワーフの肉体から繰り出されるパワーはハンパじゃなく、特にドルドの棍棒は、中型ゴーレムの両足を一振りで吹き飛ばす威力だった。
こうして兵器群はあっさり駆逐された。
「俺たちドワーフは生まれついての戦士だ! なめんじゃねえよ!」
「ボッホーレ! ボッホーロー!」
『ボッホーレ! ボッホーローホー!』
武器を振り上げ、凱歌を熱唱し始めるドワーフたち。砂漠の熱さにも負けない暑苦しさだけど、そんな熱気を吹き散らすように、砂漠の地下から再び兵器たちが姿を見せる。
ちいっ、まだ生き残りがいたか!
そのとき、羽根飾りから声が響いた。
「騎士、ちょっといい!?」
「どうしたのアンシェル」
「今、〈オルター・ボード〉に変化があったみたい。“WAVE02”って表示が出たわ」
「……!? 何だそれ……? 数字が増えた?」
待て。それってもしかして、第二波、ってことか……!?
これまでのエリアでは、そんな表示なかった。
ま、まさか、スタッフはまた何か仕込んだのか? この第三エリアならではの、ゲームシステムを……!?
「気をつけろ騎士殿! 今度は、小さなイナゴみたいなヤツがいる! あれは俺たちを無視してテントを狙う。前に建てたのは、全部こいつらにやられたんだ!」
ドルドが叫んだ。
「あいつら、家を狙ってるの!?」
「ああ、どういうわけか、そうらしい! カニもイナゴもゴーレムも、家を壊したら俺らを無視してさっさと砂の下に戻っていきやがる。馬鹿にしやがって! 町ができてねえのはそういうわけだよ、騎士殿!」
そう聞かされて、僕の頭に閃くものがあった。
敵は、住民であるドワーフよりも町を狙って侵攻してくる。
僕らは、町を守る壁となって戦う。
〈オルター・ボード〉にはWAVE、つまり、第何波攻撃の表示……!
これ……ひょっとして、タワーディフェンスってやつじゃないか……!?
千年戦争アイギ○、無課金で約一年も遊び倒してすいまえんでした




