第九十二話 砂漠の民
楽しかった。
アクションゲームをしていると、自分と操作キャラクターが噛み合う瞬間がある。
操作と仕様が指に馴染み、反応が先鋭化するのだ。
思った通りに自キャラが動く。
読んだとおりに敵キャラが急所を晒す。
後は攻撃し、倒すだけ。かつて苦労した関門をあっさり超えてみせる達成感と充足感は、極上の快楽になる。
まあ、その頃にはクリアして、もう次のゲームやってるってのが大半だったりするけど……。
僕が味わったのはまさにそれだった。
仮初めの強者となり、一方的に相手を蹂躙する。
相手はきっと、なぜ自分がこうもたやすくやられるのかわからないまま潰れていった。
こうして〈ブラッディヤード〉の1stバトルフィールドは、これまでにない早さで攻略された。
そのせいで、
「ただいま」
「お、おかえり……」
神殿に戻ってきた僕を見て、アンシェルがちょっと、いや、かなりひいていた。
「ゲラゲラ笑いながらアンサラーを乱射するあんたはだいぶ怖かったわ……。天界に回収する途中で、海に投げ捨てようかと思ったくらいよ。邪悪な騎士め……」
「やめて僕はいい騎士だぞ!?」
正直、ちょっとテンション振り切りすぎた感は自分でもある。久々にいっぱいコレ! を押せて舞い上がっていた。場面を再現できるリプレイ機能があったら、正視はできないだろう。……いや、でもあのスーパープレイの数々は見たいかも……。悩ましい。
「わ、わたしは、かっこよかった、と、思う。騎士様は、いつも、かっこいい、けど……」
パスティスがフォローしてくれた。ありがとう。
「ボクも見とれちゃった。騎士殿って、どっちかっていうと吹っ飛ばされてることの方が多いから、ちょっと不思議な感じだったけど」
マルネリアが小首を傾げるのをくすくす笑ったのは、リーンフィリア様だった。
「当然です。同じ相手に手こずるような騎士様ではありません」
珍しく自信ありげに言ってのけた彼女に、僕は微笑んでうなずいた。
共感が懐かしい空気を呼び起こし、胸を熱くさせる。
「ど、どおゆうことですか女神様! この狂犬と何か!?」
それに対し、一番の動揺を見せたのはアンシェルだ。僕とリーンフィリア様の間に割って入ると、そこにあった心地よい暖気を吹き散らすように手をばたつかせる。
「えっ? あ、それは……」
「…………」
「ボクも知りたいなー。知りたいなあー」
戸惑うリーンフィリア様に、パスティスの無言の視線と、マルネリアの馴れ馴れしいスキンシップが追加される。
「さっきのヤツらとは、前に戦ったことがあるんだよ」
リーンフィリア様が絡まれるのは可哀想なので、僕はあっさりと種明かしした。
「前の戦いって、リーンフィリア様と騎士が二人で地上を救ったときの?」
「そうだよ。そのときに降りた砂漠にも、今のと同じヤツがいたんだ。だから、攻撃パターンから弱点まで、全部知ってた」
「二百年も前の敵のことをよく覚えてたわね」
「そうそう忘れられるもんじゃないさ。あの戦いのことは。ですよね」
僕は同意を求めるように、リーンフィリア様を見やる。
「は、はいっ。わたしと、騎士様の、二人きりの、戦いでしたから。二人きりの。……た、タイラニー…………」
…………。どうして赤くなってるんで?
「くっ……」
アンシェルは神殿の柱を叩くのをやめろ。見た目よりボロいんだぞ。
「…………」
「ふーん……。いいなー……女神様は……。騎士殿と二人だけの秘密の時間があるんだー……。ふーん。ふーん……」
パスティスとマルネリアも、何かトゲのある視線を僕に向けるのやめようか。今してる話、絶対悪いことじゃないからね。むしろ、賞賛されるべき偉業だからね。
「と、とにかく、少ししたらまた下に降りてみようよ。きっと、人が町作りを始めると思うから」
僕は柱に立てかけてあった〈オルター・ボード〉を掴み、冷たい視線から心を逃がした。
※
変化があったのは、それからほどなくしてのこと。
悪魔の兵器から解放され、暗色だった砂漠の一部が明るく表示された。そこに小さな家のアイコンが出現する。
町の建築が始まったらしい。
早速見に行こう。でも、その前に……。
「アンシェル、この大陸にはどんな種族が住んでるの?」
本当は見ての楽しみにすべきだったのに、僕はつい待ちきれずに聞いてしまった。
「〈ブラッディヤード〉に住むのはドワーフ族よ」
「! ドワーフか!」
エルフに並んで、ファンタジーの主役の一つであるドワーフ族。
ドワーフと言えば、樽に手足が生えたようなずんぐりむっくりな体格にひげ面。定番だけど、それはその造形が一番しっくりきて、愛されているから。
やはり押さえてきたか!
これは相当に暑苦しい出会いが待っていそうだ。でも、前回のエルフたちで、(見た目の)清らかさは十分補充している。今度は土臭い世界へGO! 楽しくなってきた!
スッ……!
コ……! ま、待てっ!
まだだ、まだ押すな。こらえるんだ。
コレボタンは実物を見てからでも全然遅くない!
僕らは揃って地上へと降下する。
「女神様、女神様じゃないですか?」
赤砂の大地に到達するなり、いきなり声をかけられた。ドワーフ族に違いない。
清涼飲料水のようにサワヤカで澄んだ声――ん? サワヤカ?
僕はかすかな違和感を抱きつつ声の方へと向き直り……。
ピシッとヒビが入った。
そこに立っていたのは……。
長身のイケメンだった。
えっ……。
「はい、わたしは女神リーンフィリアです。あなたはドワーフ族の若者ですね」
「はい。僕はエリックっていいます。女神様、僕らの土地を救ってくれて本当にありがとうございます!」
緩くウエーブのかかった黒髪を揺らしながら、青年は嬉しそうに頭を下げる。笑顔の中に垣間見えた白い歯がキラッと光った。
まっ、待て、待て、待て、待て、待て、待て、待てッ……………………!
こ、ここ、この超清潔感溢れるイケメンが、ドッ、ドッ、ドド、ドワ、ドワー、ドワー、ドワオオオオオオオオオオオオオオ!!?
僕の頭を駆け巡る脳内物質。
ザンネリン、ネガティブリン、キョゼツシン、コレジャナイロン……!!
「騎士様、ど、どうしたの……?」
いつの間にか、僕は砂の上に膝を落としていたらしい。
パスティスが肩を支えるようにして気遣ってくれている。でも、その優しさは僕の心まで届かなかった。
今、僕の心中は、アリアドネの糸を忘れて迷宮に入ったテーセウスだ。
コッ……コホー、コフー、コオッ……コココ……。
コホオオオオオオオオオオオオオオオオレジャナフィイイイイイイイ!!!
白目を剥いて体内に絶叫を放った僕に、絶望的な記憶が蘇る。
それは、異種族住人の要望のときの『リジェネシス』公式掲示板。
――人外っつったって、ムサいオッサンドワーフとか出されても全然嬉しくない。
――何でも美少女とイケメンに擬人化されてる時代だぞ。いかにブヒれるかが重要なんだよ。オッサンとババアも擬人化しろ。
――オッサンとババアは人じゃなかった……?
――中途半端な雰囲気重視しかできないからなあここのスタッフ。何にせよ期待薄いわ。
アスファルトの下で眠ってるセミになれよおおおおおおおおおおおおおおおお!!
あああああああああああああああああ!
コレジャナイ! コレジャナイ! コレジャナイ! コレジャナイ! コレジャナイ! コレジャナイ! コレジャナイ! コレジャナイ! コレジャナイ! コレジャナイうえっ、うぇっ……(嗚咽)
【砂漠にてドワーフ像が壊される事案:10コレジャナイ】(累計ポイント-3000)
再度目視したエリックは、まるでアイドルグループ「ドワッフ」のメンバーだ。
砂漠の民らしいターバンとマントもまっさらな色で、さっき砂塵で汚れただけの僕より、ずっとクリーンだ。まるで洗濯のCMを撮り終えたばかりのよう。
手足もすらっとしていて、指先は繊細。眉は細く、カツラを載せれば女でも通用しかねない。そこにはみんなが知るドワーフ像の名残すらない。
こんな……こんなことって……。
せっかく僕の魂が砂漠のステージに戻ってきたのに。『リジェネシスⅡ』は素晴らしいゲームだと思えたのに。どうしてこうなった……。どうしてこうなった!?
もう何も信じられないよ!!
「エリック、みなを紹介してもらえますか?」
「あっ、ごめんなさい女神様。つい女神様に見とれてしまって……。すぐにみんなを呼んできます」
やめろ……! 仲間を呼びに行くな。事務所メンバーを全員集合させるな! 歓迎のライブとか始まったらどうする!? 僕は砂に埋もれて二度と地上に戻れなくなるぞ!
「親方ー、親方ー! 女神様がいらっしゃいました! この土地を解放してくれた女神様です!」
好青年のイケメンボイスが響き渡る。
もうだめだ。おしまいだぁ……。ライブにかこつけた音ゲーをやらされるんだぁ……。しかも男性アイドルの……。天界に帰りゅう……! 神殿の柱の陰に帰りゅううううううう!
「なにィ? 女神様だとォ!?」
しかし、聞こえてきた野太い声は。
「おいみんな、女神様だ! 女神様が来てくれたぞ!」
「何だと親方!? この土地を解放してくれた女神様か!?」
「作業を中断しろ、集まれおめえら!」
ドドド……。
地響きを起こし、赤砂を蹴立てながらこちらに走ってくるのは、いずれもひげ面の屈強な男達だった。
えっ……。
身長で言えば、エリックの三分の二くらい。アンシェルより少し大きいくらいでしかない。しかし、浅黒く日焼けした肌の上では、遠目にもはっきりわかる逞しい筋肉の力こぶがもりもりと陰影を作っており、握り込んだ拳は岩石と見分けがつかないレベルだった。
あ、あの姿は!?
僕は慌てて天使にたずねる。
「ア、ア、アンシェルさん? 彼らは?」
「え? だからドワーフよ。あれ? どうして騎士へたり込んでるの?」
「だって、ドワーフって、さっきの超絶イケメンなんじゃ……?」
「ああ、あれは若いから。ドワーフって、子供の頃まではあんな感じで、そこからどんどん、今走ってきてるひげ面の筋肉達磨に変わっていくのよ」
は……?
「年を経るごとに身長が縮んで、骨も筋肉も圧縮されて、強固な肉体となるんです。ドワーフは世界でも屈指の、戦士の種族なんですよ」
リーンフィリア様がにっこり笑って説明を追加してくれた。
はうああああああああ!? なんじゃそりゃああああああ!?
「うおお! 本当に女神様じゃねえか!」
「ひい!?」
説明のために僕の方を向いていたリーンフィリア様が、横合いから放たれた蛮声に突き飛ばされ、砂の上になぎ倒された。
僕は声の主へと視線を飛ばす。
樽に手足が生えたような、ずんぐりむっくりな体型。
草原のようにモサモサと茂った眉毛の下では、鋭い眼差しがぎらついており、乾いた唇から見える歯は、石臼を縮めてはめ込んだような威圧感すらある。
上に伸びる分はすべて内側に圧縮したと言わんばかり重厚感。
イケメンとはかけ離れた、オッサンマッチョ。
これが、ドワーフの本当の姿……!
待ち望んでいた、正しい姿だ!! よかった! やはりこの世界に救いはあるんですね!
スッ……。
コレ――するかダボがァァアアアアア!!!
若いうちは長身サワヤカイケメンで、成長と共にどんどん縮んで樽化するってどういう種族だよこれはあああああアアアアアアア! なら最初からそう生まれてこいよおおおおおおおおおおおええええええ! ゲボッ、ゲボッ……!
ひっくり返ったリーンフィリア様の前に、ひげ面がずらりと並ぶ。
うち、立派な角を持った動物の頭骨を兜に加工した一人が、怒声にも似た声を放った。
「親方ドルドが、ドワーフ一族を代表してお礼を言わせてもらうぜ女神様! 本当にありがとうよ!」
ごうっ、と砂漠の砂を巻き上げるような声量に、ふらふらと立ち上がろうとしていたリーンフィリア様が再び薙ぎ倒された。すごく可哀想。
「ちょっとあんたたち! 声も顔もうるさいのよ! 女神様の御前よ、もう少し神妙になさい!」
剛田のリサイタルにやられたように目を回すリーンフィリア様をかばい、アンシェルが割って入る。このあたりの忠節ぶりはさすがだ。
するとドワーフたちは、いかつい顔を一様に困らせ、
「すまねえな天使様。俺たちはまともな言葉遣いなんて、ガキのときしかしねえからよ!」
「これでもめいいっぱい礼儀正しいつもりなんだぜ!」
「ガハハ、天使様はちいせえくせにでかい声してんな。うちの娘にも見習ってほしいぜ!」
「がおおおおおおおおお!」
全然静かにならないドワーフたちに対し、痺れを切らしたアンシェルが怒号を放った。
その咆哮はドワーフの大声に負けない突風を引き起こし、小岩のような彼らを身じろぎさせる。
「とにかく、女神様はあんたたちに助けをくださったわ。大地に住む者なら、それにどう応えればいいか、わかってるわよね?」
「お、おう。それはもちろんだぜ!」
「見ていてくれよ。以前の町並みを取り戻してみせるからよ!」
「ならいいわ。女神様はいつでもあんたたちを見守っているから。頑張りなさい」
『ウオオオオ!』
気炎を上げたドワーフたちが早速行動を開始してしまったため、このエリアでの初顔合わせはここまで。僕らは正式な自己紹介もままならないまま、一度天界へと戻ることになった。
でも、ちょうどいい。僕にも心を整理するための時間が必要だった。
理想のドワーフ像には出会えたものの、その直前に受けたダメージが大きすぎる。くそっ、何だあの出オチ。誰にとって幸せだったんだよ……クソッ。
でも、ちゃんと立ち直るよ。
ここは思い入れのある砂漠だ。そんな思い出の前で、無様な姿はさらせない。
少し、時間はかかるかもしれないけど……。
何にせよ、三度目のクリエイトパートが始まった。
ところが。
一夜明けた天界にて、〈オルター・ボード〉を見た瞬間、僕は違和感を覚える。
「あれ……町……全然できてない……?」
もう、絶望の準備はできていた。
男性アイドルグループ「ドワッフ」による新曲『君は危険なサンドストーム』が有料DLCで配信予定!
旧「ドワッフ」メンバーたちが歌う『マッスル炭坑節』も順次配信予定!
みんな、買うな!




