第九話 脱線騎士と廃墟の手がかり
天界での五年は地上の二百年。
およそ四十倍の早さの違いがある。
果たして今からどれくらい前に地上文明が壊滅したかは定かではないけど、僕がたどり着いた廃墟は、かなりの年月が経過しているように思えた。
周囲がバケモノだらけとは思えない、静かで清涼な風が吹く中、苔むした瓦礫は民家の基部を辛うじてとどめているだけで、壁や天井、内部の調度品など痕跡すらない。
《光ある闇、空虚な都……わたしはこの光景を何度見てきたことだろう……》
僕は初めてだよ。
主人公の合ってるのか合ってないのかよくわからないモノローグに、届かない台詞を投げつつ、スタート地点で見えていた廃墟の探索を開始する。
散々悪態をついていたアンシェルも、何を言っても無駄と気づいて、今は静かにしている。
そう。聞く耳なんか持つわけない。
『リジェネシス』に探索要素は必要なのだ。絶対に……!
調べ始めてすぐ、視界の端で蠢く影にはっとなり、壁の残骸に身を沈めた。
「何だ、あれ……」
息を呑む。家屋の残骸――石材の塊が動いていた。
「ゴーレムよ……」
《いちごジャム》
アンシェルが小さい声で教えてくれた。
主人公はデタラメ言ってきやがった。
つーか、どのシーンの台詞だよ……。すげー渋い声でいちごジャムは思わず笑うぞ。
ゴーレムは、『Ⅰ』でも、帝国兵やガーゴイルと並ぶザコの筆頭だった。
壊滅した文明の残骸を身に纏い、バトルフィールドを徘徊する魔法兵器だ。
く……。
ガーゴイルとは遠距離戦しかしなかったから何も感じなかったけれど、間近で見るモンスターの迫力は本能に迫るものがあった。
テレビ画面で見るのとは大違い。よくできた着ぐるみのような風体ではあるものの、体を構成しているのが、ここにあった人々の生活のなれの果てだと思うと、怒りにも似た寒気が足下から這い上がってくる。
廃墟をうろつくゴーレムは三体。
気づかれずに探索をすることは不可能と断定。
奇襲して一気に蹴散らす!
《叩き潰す》
物陰から立ち上がった僕は、もっとも近くにいたゴーレムのど真ん中をアンサラーでぶち抜く。
着弾点の逆側から魔法弾の光片と石材が弾け飛び、一瞬遅れてゴーレムの全身が破裂した。
「――――!」
残りのゴーレム二体が、その異変に気づいて顔を振り向ける。
だが遅い。僕はすでに二体目をポイントしている!
ショット!
次のゴーレムが砕け散る!
三体目は遠い。今からこちらに接近を試みようが、余裕で銃弾の餌食――。
「ッ!!?」
アンサラーの銃口を向けた僕の視界が、最後の一体が放った赤光に埋められた。
「うおおお!」
僕は腰砕けになるような体勢で、瓦礫の小山に身を隠す。
光の束が頭上を走り抜けていったのは、その一瞬後だった。
このゴーレム、レーザー撃ちやがったぞ!?
こっちの武器が銃だから、向こうも飛び道具を使うのか!?
「ちょっと、何隠れてるのよ騎士!」
「何だよ、ファインプレーだろ今のは!」
「誉れある女神の騎士なら、敵に堂々と姿をさらして戦いなさい! 撃たれたら回避すればいいのよ! これも天界の指示!」
「なっ……カバーアクション禁止だって!?」
戦場ではカバー命という名ゼリフを知らないのかよ!
火薬が支配する戦場では、姿を見せないことが最大の防御だからだ。
シューティングはそんなこと気にせず、正面突破だけどさあ!
《私にも誇りがある》
しゅ、主人公……!? まさかあなたまで!?
《生涯ニンジンを食べないという誇りが……》
バカヤロウかてめえは!? しかもそれは誇りじゃない。意固地なだけだ! 大人になったらニンジンくらい食え! だからどこのシーンの台詞吐いてるんだよ主人公は!
《シークレットボイス03:キッチン》
どこだよ!
とにかく、天界の指示と聞いたらますます逆らいたくなってきた!
意地でもカバーアクションで通す!
僕はアンシェルからの指示を無視したまま、瓦礫を盾にゴーレムの側面に回り込む。鈍重な敵は、こちらの動きを捉えきれていない。
もらった!
瓦礫から飛び出し、ゴーレムを射撃。
焦りが手元を狂わせたか、一発目は腕部を破壊したにとどまったが、即時発射した次弾で胴体を粉砕する。
「やったか……」
「やったかじゃないわよ、この卑怯者! 女神様の名誉を傷つけるつもり!?」
「卑怯なのは天界の連中だ。僕は勝つために正しい手順を踏んだにすぎない」
アンシェルがまだ何か言い返してきたけど、無視してアンサラーを構えたまま周囲を警戒する。ゴーレムの復活もなければ増援もなし。僕はため息をついて、銃の物質化を解除した。
これでようやく静かに探索ができる。
小規模な戦闘を終えて気づいたことだけど、家屋の跡は、ほんの数軒分しかなかった。
多分、本当はもっと大きい町だったのだろう。かろうじて残ったのがこれだけだった。
「こんなところに何があるっていうのよ……」
アンシェルが羽根飾りから不機嫌そうに聞いてくる。
「今、探してる」
僕は短く答え、何となく目についた瓦礫を手でどけた。
「あったぞ」
それは、小さな芽だった。
灯火のような小さな光を宿しており、それに手をかざすと、体の中で何かが新しくなるのを感じる。
《光の遺骸、幸せの名残、思い出の遺言……。私は取り残されたこれらをすくい上げ、いつかここへ戻ってくる人々へ返さなければならない……》
あれ……。探索ないのに、これへの主人公ボイスあるんだ? 相変わらずポエム部分はちょっと意味わからないけど。
この芽は〈祝福の残り香〉と呼ばれる、わかりやすく言うと、パワーアップアイテムだった。
神に祝福された土地が邪悪に征服されたとき、清い力が、魔の汚染から逃れるように集結して凝縮したのが、この小さな植物の芽だ。
ここに詰まった祝福を回収することにより、女神の騎士はステータスの強化を得る。
イベントを見るより上昇量は少ないが、塵も積もれば何とやら。
どうせ『Ⅱ』の定番で、前作での強化はリセットされているはずだ。五年間寝ていたという設定は、間違いなくそのための口実になるだろう。
冒険のたびにいちいち装備をなくし、レベルが一に戻る赤毛の男を僕は知ってる。
武器スキルが廃止された今、ステータス強化は命綱だった。
「よし、これでいい……」
そこで僕は、砕け散ったゴーレムの残骸から来る鋭い光に、目をチクリと刺された。
「何だ?」
近づいてみると、長方形の四つ角を落としたような、黒い六角形の小さなかけらが、陽光を照り返しているのだった。大きさはせいぜい五センチくらいだろうか。金属のようにツヤがあり、しかも硬い。
「何だろうこれ。アンシェル、わかる?」
「うーん。ここからだとよくわからないわ」
「ゴーレムの核、とかじゃないよね」
「ゴーレムの動力源は魔法文字よ」
「だよね」
ゴーレムと言えば「emeth」の文字が命。頭文字の「e」を消せば崩壊する。鉄板だ。
「念のため持ち帰る」
「何て無駄なことを……。もう勝手にしなさいよ」
僕はベルトの下に黒い物体を挟み込んだ。
「それで、これからどうするつもり?」
「気になる地点を少し回る。でも、早めにボスを倒しに行くよ」
「もう遅れてるってこと忘れないでよね……」
アンシェルに嫌みを言われつつ、僕は平原の大木と岩山を巡った。
睨んだとおり、そこにも〈祝福の残り香〉があったけれど、別のものもあった。
「……まただ」
黒いかけらが、そこにも落ちていたのだ。
ここにあった地上文明の残骸なのか、それとも、復活した帝国軍の手がかりなのだろうか。
少なくとも『Ⅰ』にそれらしいアイテムはない。注視すべきものだった。
「アンシェル。そろそろ草原のボスを殺りに行く。場所を教えて」
「……待ちくたびれたわ」
「地上のできごとなんて、天界じゃあっという間のはずじゃ?」
「あんたと交信してる間は、そっちの時間に合わせてるのよ」
「そうなんだ。でも謝らないよ」
「期待してないわよ!」
僕はアンシェルと言い合いつつ、草原の奥へと進路を取る。
主人公の声により、ツジクローの一人ボケツッコミ不可避