第八十七話 エルフ祭
祝! 聖地奪還!
里の統一に続き、〈ミストフォール〉を取り戻したという吉報によって、エルフの里は大いに沸いた。
ついこのあいだ里統合のセレモニーをやったばかりなのに、早速次のお祭りだ。
ラーラーラララー……ラララーラー……。
聖域の祭典で使われるという歌が里中から聞こえてくる中、僕とマルネリアは色とりどりの魔法光で色づけされた枝の道を歩いていた。
三つの里のちょうど中央に作られたこの新しい里は、巨乳、貧乳、微乳エルフたちが共存する次世代の拠点だ。
大部分のエルフたちはここで暮らしていて、早くも様々な文化の混合が見られる。
今でも、かつての里に住み続けているエルフたちもいるけど、それは統合を忌避しているわけではなく、以前の土地を大切にしたり、あるいは中央に人が多すぎたりといった理由からで、諍いの日々は、もう、暦で見るよりもずっと遠い昔の出来事になっていた。
「パイをどうぞ。もちろんお代はいりません。お祭りですから」
「のどが渇いた人はジュースがあるからどんどん持っていってね!」
「遊び疲れたら肉だ! そしてまた遊び疲れるまで遊べ!」
あちこちに初めて見る屋台が出ており、フリーのフードとドリンクを配っている。
これまで、それぞれの里が一つの家族のように機能していたため、店というものはほとんどなかったらしい。
もちろん貨幣という概念もなく、簡単な物々交換が少しあるくらい。
これまでは、それでまったく問題はなかった。
ところが、三つの里が合体したことで、これまで通りとはいかなくなった。
もっとも顕著に表れたのが、各エルフ間における助け合いの評価値。
つまり、感謝の度合いだ。
狩りの手伝いを例に挙げると、武人肌の貧乳エルフにとって狩猟は遊びの延長にすぎず、逆に文人肌の巨乳エルフには大仕事に感じられる。
すると、お礼にしても「楽しかった。またね」から「大変助かりました。このお礼は必ずします」まで落差があり、助け合いにちぐはぐさが生じてしまったのだ。
双方が直感的に理解できる、共通の返礼が必要になった。
そこで内政担当のメディーナが考えたのが、大昔に存在していたというエルフ貨幣の復活。これには魔女マルネリアの知識も一枚噛んでおり、エルフ社会に“店”という概念が帰ってきた瞬間となった。
始まったばかりのそれは、まだ、小さい子供たちがオモチャの貨幣でやりとりするような、一種のままごと遊びの感覚で行われているけど、概ね受け入れられているという。
「綺麗な歌だね」
僕は周囲の歌声に耳を浸しながら言った。
新しい里に建つ家屋の大部分は、微乳エルフたち発祥のロッジだ。
なぜかと言えば、巨乳エルフの木の虚アパートと違ってどこにでも建てられ、貧乳エルフたちのテントより文明的で強固だから。
その家の屋根の上や窓から、エルフたちは、誰に言われるでもなく、どこからか聞こえてくる聖歌にリズムを合わせ、風に揺られる稲穂のように体を左右に振りながら、楽しげに歌い続けている。
木漏れ日のように柔らかで、木々を抜ける風のようにさわやか。そしてどこか喜びに満ちている、そんな旋律だ。
これはエンディング曲ですね間違いない……。
「ホントは、聖歌には正しい詞と、ふさわしい楽器があったんだけど、里が分裂したことで資料がどっかに行っちゃったんだよね。だから今はラララで歌うしかないんだ」
マルネリアが三角帽子の広いつばを指先で撫で回しながら言った。
「そうなんだ。今でも十分いい曲だと思うけど、いつか復活するといいね」
「貧乳エルフの几帳面さが、巨乳エルフのいい加減さを上回ると信じよう」
それにしても、神秘的な聖歌の響きに比べて――。
タイラニー、タイラニー、タイラニー、foo!
タイラニー、タイラニー、タイラニー、Hao!
ブレード化したスコップ像の前で奇っ怪な踊りを踊る一団の、趣のないことないこと。
その先頭にいるのがまごうことなき我らが女神様だとは、少々認めたくない忠実な騎士である。
「ふうっ! いい汗かいてますか騎士様!」
ちょうど一節が終わったのか、リーンフィリア様がさわやかな汗を額に浮かべながらやってきた。
ダレだよこの人……。ネガティブ駄女神のカケラも残ってない、ダンスを愛するスポーツ少女がいるよ。
「…………!」
リーンフィリア様は突然ドウッと倒れた。
「女神様!?」
お付きのアンシェルと僕が大慌てで抱き起こすと、女神様は息も絶え絶えな蒼白の笑顔で、
「コヒュー、コヒュー……。あ、朝からずっと踊り続けていて……足とか、腰が、もう……ふふふ……。でも、みんなに期待されて、とても、うふ、うふふひひ……」
あっ……。
女神様の瞳に浮かんだ歪な光を見て、僕はアンシェルに叫んでいた。
「どうしてこんなになるまで放っておいたんだ!」
「だって心底楽しそうだったのよ! 止められるわけないでしょ!」
「ダンス以前の話だ!」
「それは申し訳ないわ! でもどんな形であれ、リーンフィリア様を介抱する欲求は抑えられないの! これからのマッサージタイムが超楽しみだわ!」
「小賢しいな天使!」
「二人とも、何を話してるのかわかりづらいぞー?」
マルネリアが不満げに言ってきたけど、リーンフィリア様本人を前にして詳しく話すのはよそう。
倒れたリーンフィリア様と、それを介抱するアンシェルをその場に残し、僕らは再び歩き出した。
「ねえ、まだあ? 早く行こうよお」
「待って待って。走らないで。わたし運動ダメ~。知ってるくせに~」
進む枝の道の上には、祭を楽しむエルフたちであふれている。
貧乳エルフと、巨乳エルフのカップルのようだ。
また別の方向からも、
「遅いぞこら……って何で抱きつくんだよ!」
「だってえ~。こうしてないと~。あなたまたお姉ちゃんとはぐれちゃうじゃない~」
「誰がお姉ちゃんだよ、おまえの方が年下だろ! しょ、しょうがないヤツだな……。ほら、手を繋いでやるからとりあえず離れろ。歩けないから……」
「わあい~」
バカップル多すぎィ!
ざっと見たところ、貧×巨の組み合わせにバカ率が非常に高い。特に巨の甘ったれぶりが顕著だ。活動的でややせっかちな貧は、それに合わせる形となっているが、慕われることはやぶさかではなさそう。
一方で、微乳エルフがパートナーにいる組み合わせは、比較的知的な振る舞いができているようだ。
聞くとはなしに、すぐ隣からの会話が耳に入ってきた。
「いいんですか、わたしと一緒にいて……?」
「う、うん……。ちょっとだけだから。彼女も許してくれると思う」
「放っておいてくれてもいいんですよ。わたしは、近くから見ているだけで幸せなんですから」
「そういうのは……ダメよ。自分が可哀想だと思わない? 人はもっと幸せになっていいのよ。そのはずなの……」
「あの子と何かあったんですね……?」
「…………」
「手……握ってください」
やめてくれよ……!
完全に修羅場の一歩手前じゃねえかよ!
バカップルとNTRカップルしかいない里とか、再分裂カウント進行中かよ!
頼む、これらすべてが特殊な例であってくれ!
「〈バベルの樹〉に咲いたお花はいりませんか。是非、仲のいい人と同じ色の花を」
ふと、カゴに入れた花を配っているエルフが目に入った。
「花……? そういえば、この森であんまり花を見たことがないな」
「森で花を咲かせる植物はすごく少ないんだ。代表的なのが〈バベルの樹〉だけど、花をつけるのは、実がなるやつよりずっと少ない。――えへへっ」
マルネリアはぴょんと僕の前に飛び出した。
彼女の寝癖だらけの髪と一緒に、ボタンを留めきれていないシャツの内側で何かが揺れた気がしたけど、視線をずらした僕にははっきりとは見えないです。
彼女は手を後ろに組み、身を乗り出すようにしながら、僕を見上げてきた。
「騎士殿、ボクに花を贈ってよ。騎士殿と同じ色の花。仲のいいエルフたちは、そうやって互いの好意を共有するんだよ」
こ、好意だと……。
いや、まあ、そんなに大げさなものじゃなく、友情みたいなものかな? マルネリアのノリもそんな感じだし。
エルフはオスがいない単性だから、そのあたりがあやふやなのさ、きっと(震え)
「すみません。花を二つください」
「あっ、騎士様! マルネリア様も!」
花を配っていた微乳エルフが途端に緊張した顔つきになった。
「ど、どうぞ! 何色にしましょうか!?」
「マルネリアは金髪だから、黄色じゃない方がいいかな。赤っぽい色の花ください。あ、そこの、臙脂色のやつ」
「わーい。ボクの毛先と同じ色だねっ」
受け取った花を、マルネリアの髪に挿す。
「騎士殿の兜にも挿してあげるよ」
お返しにと、マルネリアも僕の兜の隙間に花を差し込んできた。女の子に花的なものを付けてもらうなんて、中学の卒業式以来だ。単なる風習とはいえ、何だか照れくさい。
マルネリアも似たような気分なのか、笑いかけてくる顔が少し赤かった。
次に交わす言葉は、きっともっと、気恥ずかしいものになる――
「き、騎士様……」
背後から震える声が聞こえたのは、そのときだった。
「まあ、パスティス様」
花配りの微乳エルフが嬉しそうな声を上げる。
僕は慌てて振り向いた。
違う。これはあれだ。違うんだ。圧倒的に違くて、違うんです。
数多にして単一の言い訳が頭の中を駆け巡るけど、その二色の瞳と目線が合ったとき、彼女は釈明を求める顔ではなく、とても困った表情を僕に向けていた。
パスティスの側頭部――巻き角を覆うみたいに、色とりどりの花が挿されている。手にも何色かの花を持たされていた。
そんな彼女の周囲には、花を贈ったであろうエルフたちが溢れかえっている。
「んー? パスティスもデートかなあ?」
僕の横でマルネリアがねっとり笑った。
「ち、違、う……」
パスティスが訴えるように声を絞り出すけど、左右のエルフたちからべったり体を押しつけられて固まってしまった。
よく見ると、彼女たちはパスティスと同じ微乳の持ち主というわけではない。貧乳エルフも巨乳エルフも混じっている。
「里を救ってくれた騎士様は偉大だけど、やっぱり男だし、鉄の塊だし、柔らかい女の子の方がいいな」
「ちょっと体は変わってるけど、すらっとしててとても綺麗。この尻尾がとても可愛いって、最近ようやく気づいたの」
「もうじき旅立ってしまわれるのでしょう? だったら、もう少し、一緒にいてくださいな……」
「うう……」
ここの人々もまたパスティスの魅力に気づいてしまったか……。
リーンフィリア様は神様だし、アンシェルも天使。何だかんだでおいそれと近づける相手じゃない。
それに比べれば身近なのが僕とパスティスだけど、エルフたちの嗜好上、紫色の鉄の塊でできた騎士より、勇ましくも愛らしいパスティスに食指が動くのはごく当たり前のことだ。
〈ヴァン平原〉で力説した通り、パスティスの外見は魅力に満ちている。内面は言わずもがな! だからこの光景に、僕から異論はないよ!
「き、騎士、様……」
パスティスは困ってそうだけど、僕は今の状況ももう少し味わっていてほしかった。
出会った当初は、劣等感と自己嫌悪が強かったパスティス。
でも今ではほとんどそんな面を見せない。
〈ヴァン平原〉だけじゃない。パスティスを受け入れ、愛してくれる土地は、ここにもある。
そしてそれは、他でもない、彼女自身の行動が呼び寄せたもの。彼女が戦い、勝ち取ったものだということを、理屈ではなく、実感として理解してほしい。
僕はカゴから花を一つ取り出し、パスティスの髪に挿した。
「あ……」
パスティスの顔が真っ赤になる。
キャー!
周囲の歓声は黄色くなる。
「行こうか。集会場でみんな待ってる」
「はっ……はい……」
肩をすぼめて急に大人しくなったパスティスの尻尾が、しゅるしゅると僕の腕に絡みついてきた。
それを見たマルネリアがにんまりと笑い、反対側の僕の腕を取る。
まさか……両手に花、ですか?
いいや違う。よく見ると、パスティスについているエルフたちもこぞってついてきている。
両手に花じゃない。
これは間違いなく、
某病院ドラマに見る集団回診です……。
キマシの巨塔 近日公開予定なし
※お知らせ
前回投稿分で、アンシェルとパスティスの名前が入れ替わっているところがありましたので、修正しました。本当に申し訳ない(博士
パスティスが「聞き分けのない犬ね!」などと言うはずがございません。
ご褒美と感じてしまう人は本能的にマゾゲーマータイプ。




