第七十九話 エンディングでもなければステージクリアですらなかった
荒れた。
何がって、あの講和会議が。
いや、荒れたというのは正しくないか。
乱れた。みんなハメをはずしまくった。
会場にすべてのエルフを収容するだけのスペースはなく、参加したのは里長含む主要メンバーと少数の護衛、一般人だけだったんだけど、乾杯の後の彼女たちの様子は、里に置いてきた同胞たちが明るいはずの未来に一抹の不安を抱くような、泥酔者たちの飲み会になっていた。
「マギアちゃーん。ほら飲んで。どんどん飲んで。ヒック」
「なんらあ、わたしばっかり飲んでるじゃないか。めでえなも飲めっ」
「じゃ、じゃあ二人で一緒に飲みましょ。ストローを二つさして、ほらほら。でーきたー」
「ああ~。姉さんにできた恋人の心を奪うのはあ、わたしの仕事ですかねえ、やっぱりいいいい」
「みるおぉ? 姉さんなんて堅苦しい呼び方するな。お姉ちゃんと呼べぇ」
なんすかねえ、この蝶が糖尿病になりそうなほどのバカップル空間は!
みんなの中心にいる里長がこのザマである。
小耳に挟んだ限りだと、メディーナは、マギアの無鉄砲で見栄っ張りなところに“堕ちた”らしい。隙だらけなのに人の前に立ち、仕切ろうとして、メチャクチャ頑張る。そしてちょっと脇腹をつっつくと、途端にふにゃふにゃになる。そういうものに母性というか、保護欲をそそられたらしい。
実はマギアのこの性質は貧乳エルフたちにわりと共通した特徴であり、メディーナのそれも巨乳エルフたちの一種の特性だという。
ちょっとドジだけど包容力があり、甘えたがりの姉。ツンツンしてるけど頼られるとイヤとは言えず、脆さもあるチョロい妹。そんな、医薬成分 (バファ)と優しさ(リン)並の抜群の相性を持った両者が、ついに出会ってしまったのだ。
というか、この夏の湿気めいたべたつき加減。エルフたちの争いの原点は、ひょっとしたら痴話ゲンカだったのではないかと疑わざるを得ない。
そう言えば、ミリオがマギアの妹だったとはなあ。姉の方がロリいってどういうことなのか。と思ったら、ミリオは母親似で、マギアは母親似らしい。なるほどそれなら……。
わかんねえよ!
この様子に、下の者たちも、落胆するどころか、上にならえという素晴らしいトップダウンのもと、あちこちで過剰な親睦を深めていた。
まあ、自主規制を食らうようなことにはなってないよ。まだね……。
「やった。やりました。わたしやりましたぁ。ううう……」
「ええ、頑張りましたね。本当に……」
茂みの裏で、リーンフィリア様は布教の成功に歓喜の涙酒をあおり、アンシェルはそれを労いつつ、杯に何度も果実酒のおかわりを注いでいる。
「もう、飲め、ないよ、騎士、様……」
最初の一杯であっさり酔い潰れたパスティスは、あぐらをかいた僕の膝に、すがるようにして寝入っていた。竜がお酒に弱いのは伝統だ。しょうがないね。
そこに、酒のシャボン玉を作りながらマルネリアがやってくる。
「にゃははは。飲み過ぎた、ねむーい。騎士殿、膝枕してよ膝枕……って、なあんだ。もうパスティスが寝てるのかあ。まあいいや。膝片方空いてるし、そっち貸してよ!」
マルネリアは持ち込まれていた掛け布を、パスティスにかけ、自分も頭からかぶると、僕のあぐらを枕に横になった。
そのまま眠るのかと思ったら、寝物語をするように話しかけてくる。
「はあー。素晴らしい作戦だったよ、騎士殿。あれほどの惨事にもかかわらず、本当に犠牲者はゼロだった……」
「作戦なんて呼べるものじゃなかっただろ。みんなが頑張ってくれた。それだけ。僕は何もしてない。ただ運がよかった。あのカエルがいなかったら、誰も救えなかったよ。本当に幸運だったんだよ。本当にね」
魔女はクスリと笑った。
「騎士殿は知らないみたいだけど、戦場に転がっているのは幸運なんかじゃない。すべて単なる“変化”なんだよ」
「……?」
「凡人はその“変化”を見逃す。天気、風向き、あるいは敵の微妙な乱れ……。たとえ気づいても何もせず見過ごしてしまう。確固たる意志と目的を持って戦いに臨む者だけが、“変化”を捕まえ“兆し”に変えることができる。その“兆し”にありったけの力を注げた者が、余人が“幸運”と呼ぶものを手にするんだ」
「……僕の中では、仲間に無理難題を押しつけただけという認識だよ」
「それも戦う者には必要な才覚さ。鉱床カエルという“変化”を捉え、一か八かの勝負に出られたのは、誰も死なせないっていう騎士殿の無茶な考えのおかげだ。もし騎士殿がもっと小利口な男だったら、あの資源でミリオたちを強化して守りに入るだけだった。よしんば救援を思いついても、一人でも犠牲を減らすという現実的かつ消極的な目標になって、今日の集まりはこんなに楽しいパーティーじゃなくて、里別の追悼式になってただろうね」
僕は笑った。
「そっか。なら、自分がバカでよかった珍しい例の一つになるんだね」
「にゃは、は……。騎士殿は面白いねぇ。だからみんな、あんな無茶ができたんだ。そんな騎士殿が……ボクは好きだ……よぅ……」
もしかして途中からただの寝言だったんじゃないかと思うほど、マルネリアは自然に寝息を立てていた。僕の膝をしっかりと掴んだまま。
目の前ではどんちゃん騒ぎが続いていた。
過去の清算にこうべを垂れるより、今を楽しみ喜ぶことを優先した夜は更けていく。
マルネリアの半寝言を真に受けるなら、その発端を作ったのは僕の功績ということになるけど、どうにも信じられない。それくらい、みんなからの大きな助けがあったのだ。
そして夜が明けて……。
二次会が始まった。
起きたヤツがすでに酔っ払いで、そいつに無理矢理起こされたヤツもやっぱり酔っ払いという、救いようのカケラもなかった。
そろそろ、どこで全年齢対象ゲームにあるまじき過ちが起こってもおかしくない。
うん。やっぱり、これはみんなの力でなしえた奇跡だ! よってこの惨状は僕の責任ではないな!
パーティーが終わったのは、その日の昼頃。帰りが遅いのを心配した里の留守番組が、様子を見に来たときだった。
全員が仲良く折り重なるようにして爆睡する光景に、少なくとも悪いことは何一つ起こらなかったと、彼女たちは安堵したという。
彼女たちがこの光景に失望しないでくれてよかったわ。
その日から、エルフたちの新しい暮らしが始まった。
これまで接触を避けていた里の拡張方針を改め、互いの間にある未開拓地を埋めるよう動き出した。
つぼみの里が大量の樹鉱石を提供し、二つの里を強化したことで、町の拡張は一気に進行。その後、隣接した三つの里は改めて国境を廃し、共和制の里となった。
内政をメディーナ。軍事をマギア。資源管理をミリオが担当し、いずれ正式に行われる選挙でも、この体制は存続するだろうと言われている。
これらは、すべてエルフたちの仕事。
僕らは久しぶりに天界に戻り、その一部始終を見届けたのだった。
「ううーん、ううーん。頭痛いです……。誰か水を……」
二日酔いしたリーンフィリア様をみんなで介抱しながら。
※
〈オルター・ボード〉に「!」マークが現れたのは、新体制となったエルフたちが、森の開拓へ再始動をしてすぐのことだった。
天界時間ではたった四日間だったが、地上では半年近くが経過していた。
「タイラニー。よくいらしてくれました、女神様」
大樹の虚を利用した集会場は、内装にロッジ風の小屋を再現し、あちこちに民族的な意匠を取り込んだ、“元”三つの里の風俗をミックスさせた、少し無理矢理感のある作りになっている。
でも、エルフたちはそれでいいんだと胸を張る。
これはまだ、すべてが不器用に始まったばかりであることを示している。ここから三つの文化が融合し、まったく新しいものが生まれていく――そういう希望の象徴も兼ねているのだとか。
ツッコミ所が、そのまま主張……いや願いへと繋がっているのである。
見たままにケチをつけるだけでは、たどり着かない想い。
……深いね!
もっとも……。里中に溢れかえっている大小様々なスコップの像は、一見しただけで何だか即座にわかるので、そのままツッコんでいいのだけど……。
戸口のところで迎えてくれたメディーナに案内され、会議場に入った僕は、飛び込んできた影に猛烈なタックルを食らった。
「もう、遅いよ騎士殿! ボクをどれだけ焦らせば気が済むんだ!」
大きなトンガリ帽子を傾け、すねたような上目遣いで睨んできたのは、魔女マルネリア。
彼女は助言役として運営の中枢に招かれ、あちこちで見つけていたエルフの古い知識を披露することで、里の再建に協力していた。
「ちょっと前にみんなで来たばかりじゃないか……」
僕が兜に手をやると、
「天界のちょっと前は、地上のだいぶ前なんだよ! 騎士殿に夜一人の家で眠るボクの寂しさの何がわかるっていうんだ!」
これまでずっとこの鬼森で一人旅をしていた強者が何を言ってるんだ。
「けれど、寂しかったのは事実ですよ」
席を立って僕らを迎えてくれた一人、ミリオがくすくす笑った。
「いつもそばにいてくれた方々が、急にいなくなってしまわれるのですから。神様として、仕方がないとわかってはいても」
そう言われると、返す言葉がなかった。
いずれは別れが待っている人々だ。地上の時間はあっという間に過ぎていく。
〈ヴァン平原〉の人々は元気でやってるだろうか?
「みんな話したいことは山ほどあるだろうが、まずは本題に入らせてもらおう」
マギアが場の空気を仕切り直し、僕らはテーブルについた。
「統合された里の戦力にもはや死角はない。我々は今こそ、聖域を取り戻すべく行動するべきだと考えた」
「聖域?」
僕が返すとマギアはうなずき、
「北にある〈ミストフォール〉と呼ばれている土地のことだ。里の範囲は、もうその目前まで拡大している。しかし問題が起きた」
マギアの目が引き締まる。
「“何か”が密集している。あれの本体が、あそこにいると思われる」
里が一つになったと思ったらもう次のイベント。
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