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第七十八話 祝福の花

 けが人の治療。

 破壊された里の修復。

 運び出された物資の整理。

 そして、残党への警戒。


 大きな戦いが終わった後、それぞれの里が日常に戻るための手順はひどく煩雑で、忙しないものになった。


 三つの里による連携と共闘。

 抗争が始まって以来初めて、そして最後になるであろうその出来事から十日あまりが経過したものの、一度取り合ったお互いの手はことのほか温かく、それまで信じてきた過去からの怒りは、拍子抜けするほどあっさりと彼女たちの心から去っていったらしい。


 そして今日。

 憎しみの歴史から完全に決別するための会合が開かれる。


「あっ、また来たぞあのエルフたち」

「この前はよくも無視してくれたなー。ばかー。くるなー……あ!?」

「何だ。また君らか」


 会合の予定場所にいた天使たちに呼びかけると、彼女たちは驚きに目を見開いた。


「げえっ、塵神のところの狂犬!」

「な、何でまたおまえがいるんだよう! ばかー!」 


 誰あろう〈ヴァン平原〉で有料DLCの稼ぎ場を守っていた天使たちだ。

 快活なショートヘアと、おっとりしたロングヘアのコンビ。共通しているのは体格と、性格が悪く金に汚いところ。


「君らこそどうしてここにいるんだ。左遷?」

「左遷なわけないだろ! あたしたちは表彰されたんだもんね!」

「そ、そう! だから、新しいこの土地を任されたー! えらいー!」


 腕組みのポーズのまま、二人でふんぞり返る。


「あれ? ここに来たってことはもしかして……」


 ロングヘアがはたと気づいて、腕組みを解いた。


「もしかして、またこの先に入りたいのー?」


 ニマァ……というきったない笑顔の奥には、天界の盾によって守られた、〈祝福の残り香〉の群生地帯がある。


 たくさんの枝が絡み合った場所で、そこに茂った葉が、草原のような空間を作り出していた。ここが樹の上であることを考えると、特殊なマップにするにはもったいない、幻想的な風景だ。


 この場所を発見したのは僕ではない。

 まな板の里に救援に向かう途中、ミリオたちが見つけたものだった。

 そして、ここが、エルフたちの仲直りの会合の会場になる。


「うん。そう。通してもらえるかな?」


 僕が言うと、二人の天使はそろって汚すぎる笑顔を、下方斜め四十五度から突き上げてきて、


「へへへ……。だったらさあ、何が必要だか、わかるよなあ?」

「知らない仲じゃないんだしー。あれだよー。あれー。わかるでしょー。えへへへへへ」


 カスかな?


「あんたたち……」


 そんな裏取引の現場に、一人の天使の呆れ声が割り込んできた。


「げえっ、ア、ア、アンシェル!?」

「ど、どーしてえ!? どーしてアンシェルがいるの? 塵神の神殿にいるはずじゃあ……!?」


 うろたえる二人を、アンシェルのぎろりと動いた目が射抜く。


「天界の財産を私物化……。それに元はと言えば、これはリーンフィリア様の祝福じゃない」

「うぐぐ……」


 不正の現場を押さえられた二人の天使は、歯を食いしばってうめいた。


「それに、騎士とも何か取引してたってことは、例のサベージブラックにやられた名誉の負傷って言うのも、全部デタラメね? これは上に報告しないといけないわ」

「ま、待てよアンシェル!」


 ショートヘアが声をあげた。


「そう言うアンシェルはどうなんだよ」

「何がよ」

「何で地上にいるんだよ。ひょっとして、塵神もここに来てるのか?」

「……そうよ」


 アンシェルの返事にわずかに気まずさがあることを狡猾に察知したのか、ロングヘアも乗っかってくる。


「あれー? おかしいぞー。神様って、そんなにほいほい地上に降りて来ちゃいけないのに、塵神は降りてきてそー。いいのかなー。アンシェルもそれを止めなくていいのかなー? 他の神様にチクっちゃおうかなー」

「……ッ!」


 二人の天使は、アンシェルがひるんだと見るや、すかさず両サイドに回り込み、強引に肩を組んだ。


「ほら、お互い、大声では言えないことってあるじゃんかさー。ここは一つ、見なかったことにしよーぜえ?」

「知らなければ責任も発生しないよー。遠い世界のできごとだよー。ねえー、そうでしょアンシェルー。同じ天使なんだしさあー。目をつぶろうよ、ねー」


 クズかな?


「ぐぐぐ。わかったわ……」

「さすがアンシェル!」

「おちたー。わーい」


 この世界の聖書には、天使は悪魔として収録されてるかもしれんな……。


「あ、そーだ、狂犬ー。通してあげてもいいけど、もう名誉の負傷だけじゃみんな驚いてくれないよー。何か他のないのー? なかったらばかー」


 ロングヘアが勝手なことを言ってくる。なかったらばかって何だよ……。

 それにしても他の何かだって? どうすればいいんだ?


「騎士様、あの……」

「ん? パスティス、どうしたの?」

「これ、どう、かな」


 パスティスが差し出したのは、黒光りする尖った何かだった。


「これは?」

「アディンの、爪。今朝、生え替わった、やつ……」

「えっ、ウソ、サベージブラックの爪ェ!?」

「すごいー。それよこせー!」


 天使たちはパスティスの手からサベージブラックの爪をかすめ取った。


「激闘の末、一矢報いるもやられてしまったあたしたち! 悲壮! 健気! うん、この路線で行こう!」

「みんな通ってよしー。えへへへへー」


 偽物の英雄がはびこるようになっては、天界の終わりも近い。

 まあ、神的に良い女神であるリーンフィリア様をいじめるような連中は、すでに終わっていると言っても過言ではないかもしれないけど。


 ※


 祝福を集めた小さなつぼみが、灯火のような光を草原に落としている。

 会合の開始時間である夜になると、その光源は間接照明のように足下を照らし、樹の上にできた草原を、より幻想的に演出した。


 草原の中央にはテーブルがいくつも設けられ、それぞれの里のお菓子や飲み物が所狭しと置かれている。

 混迷の戦場で互いを気遣い何度も交わした目線は、改まった場面では少し気恥ずかしいのか、果実、まな板、つぼみの里のエルフたちは、それぞれの陣営からあまり動けていない。


 でもその見えない薄い壁は、何かあればきっとあっさりと消え去るだろう。そういうタイミングで彼女は来た。


「みなさん、今日はよく集まってくれました」


 会場の奥から流れてきた柔らかい声に、エルフたちがはっとなって顔を向ける。

 リーンフィリア様だ。

 髪の緑が草地の色と混じり合い、まさにこの土地に住まう主のような神々しさを放っている。それも、〈祝福の残り香〉による演出。この土地を選んだ理由の一つ。

 でも、一番の理由はこれから。


「あなたたちはお互いに支え合い、大きな災いを乗り越えました」


 エルフたちは静かに耳を傾け、ある者は瞑目し、ある者は胸に手を当てる。


「どこか一つの里でも欠けていたら、この奇跡はありませんでした。あなたたちは元々一つのもの。そして、今を生きる者。過去の意志に縛られるのではなく、すぐ隣にいる人たちをよく見て、その人となりを知ってください」


 リーンフィリア様は祈るように指を組み、穏やかに言った。


「手を取り、認め合い、笑い合って生きていきましょう。そう願う気持ちが、何よりも強い絆となるはずです。あなたたちはみな同じ大地の子。上も下もない。世界を平らに、命を平らに。あなたたちは、みな等しく尊い、わたしの宝物です――」


 優しい宣言の瞬間、草原に柔らかい光が咲き乱れた。

〈祝福の残り香〉がリーンフィリア様の力に呼応して開花したのだ。


「わあっ……」


 弾けた光が綿毛のように浮き上がって、霧の中へと消えていく。

 この美しい光景こそ、ここを会場とした一番の理由。溜息しか出ない、すべての邪念を洗い流してしまう、神々の風景。


 綿毛の光を追いかけるように、三つの里のエルフたちは、一人、また一人と広場の真ん中に集まっていた。

 エルフたちはそこでお互いの顔を見て、そして自分たちに何一つ違いがないことを知っただろう。


 自然と手を取り、笑みが交わされる。

 互いが守ったもの、互いを守ってくれたものを、直に感じあう。それが、端から見ていてもよくわかった。


「今日まで、とても長い時間がかかってしまいました」


 その中央でメディーナが言う。


「だがきっと、すべての長たちがこうなることを望んでいた」


 マギアが応じる。


「今こそ、里が一つになるときですね」


 ミリオの言葉に、みながうなずいた。


「乾杯の音頭は、是非リーンフィリア様に」


 そう乞われ、リーンフィリア様がみなの中心に招かれる。


 この状況下で……。


 リーンフィリア様はがちがちに固まっていた。歩くときも左右の手足が同時に前に出ている。


 ああ……間違いない。今度こそあれをやるつもりだ。

 この森に来て、一番最初にやりたかったあれを。そして、拒絶されたあれを。


 だけど、僕は止めない。

 だって、絶対に大丈夫だから。

 エルフたちはもう理解しているから。


 生まれの優劣などない。

 この戦いで、誰かの助けなしに、大事なものを守りきれた者など一人もいなかった。


 誰も優れてなどいない。誰も劣ってなどいない。


 リーンフィリア様がしようとしていること。そして、成し遂げたこと。

 全部みんなに伝わっている。

 だから、いい。


「で、で、では、みなさん……」


 リーンフィリア様は目をぎゅっと閉じ、大声で叫んだ。


「タイラニー!」


 高々と掲げられる杯。

 その端から果実酒の滴がわずかに跳ねたとき、一糸乱れぬ唱和が、彼女の声を追いかけた。


『タイラニーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!』


いい最終回だった

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[一言] タイラニー! 女神様の悲願達成! よかったね
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