第七十六話 僕らはまな板の本当のすごさをまだ知らない
広場での戦いはほぼ終結していた。
アップグレードボーナスで特殊ユニットとなった数部隊と、二匹のサベージブラックが元気よく残党狩りをする以外は、みな座り込んで、荒い息をついていた。
「マーリィ? マーリィなの?」
「その声はメアリ姉さん?」
「ミーシャ、わたしのミーシャ。どこ……?」
「お母さん。わたしはここよ……」
そんな中、小さな再会があちこちで起こっていた。
里の掟によって引き裂かれた者たちが、人目を気にしながら恐る恐る手を伸ばすように、お互いの無事を確かめ合っている。
その片隅で、マギアは荒く息をつくミリオを見つめていた。
「ここと同様に巨乳の里を襲っているのは、打撃に弱いリートレスたちです。姉さんたちなら、彼女たちを救えます。わたしの同胞の、家族たちを助け……て……」
そう言ったミリオが目を閉じ、静かに寝息を立て始めると、マギアの顔がくしゃっと歪んだ。
「そんなことをわたしにお願いするのか。支配して、命令すればすぐなのに。あくまで、同じ所から見ているのか。等しく、平らな世界から……」
マギア個人のことなら、彼女はすぐにミリオに応じて、里を飛び出していけただろう。
しかし彼女は一人ではない。そして、一人では巨乳の里は救えない。
仲間の助けがいる。
二つの里の諍いは過去からの因習とはいえ、マギアたちにも巨乳エルフとの戦いの中で醸成された、自分たちだけの怒りがある。
助けてくれた微乳エルフに感謝はしても、巨乳エルフたちを助けるいわれなどない。ましてその怒りを飲み込むなんて。
特にマギアがそれを口にするということは、これまで戦いの先頭にいた自分を断罪することにも繋がる。
マギアは今一度、腕の中で疲れ果てて眠るミリオを見つめた。
勇ましい銀の一揃えに身を固めつつ、その顔はあどけない彼女のままだ。
マギアは少し微笑んだように見えた。
おもむろに立ち上がり、よく通る声を広場に放つ。
「みんな、わたしはこの森で一番強いか!?」
一瞬の戸惑いの後に答えがあった。
『長! 長!』
「わたしはこの森で一番勇ましいのか!?」
『長! 長!』
「わたしがこの森で一番可愛いのか!?」
『長アアアアアアアアアアア!』
「しかし、違うッ!」
叩きつけるような叫びが、貧乳エルフたちを押し黙らせた。
「もっとも勇ましく、強く、正しいのは、ここにいるミリオたちだ。彼女たちは我々に復讐するだけの力があった。見殺しにしてもよかった。だが来た。怒りも憎しみも乗り越え、自分たちの危険も顧みずに、我々を助けに来てくれた!」
神妙に頭を垂れるエルフたち。
「わたしはみんなを、過去の怒りから解放してやれなかった。それどころか、さらなる怒りを積み上げてしまった愚かな長だ。わたしに、こんなことを頼む資格はないのかもしれない。だが、もし、一つ望めるのなら、ミリオたちの言うように、巨乳の里を救ってやってほしい!」
『!!』
「巨乳の里には、ここにいる微乳の者たちの家族がいる。わたしは、疲れ切った彼女たちに代わって、その者たちを救いたい!」
今初めてミリオの言葉を知った者たちから驚きの感情がわき上がる。しかしマギアは臆せず叫んだ。
「みんな見てくれ。助けに来てくれた者たちを。知っている顔もあれば、知らない顔もあるだろう。見知らぬ彼女たちこそが、巨乳の里からの追放者だ。わたしたちは、彼女たちに助けられた。すでに、二つの里の対立の構図は破られたのだ! 自分たちが救われるという形で!」
『!!!』
「認められない者もいるだろう。家族や友を傷つけられた者もいるだろう。無理にとは言わない! だが一人でも多く、わたしについてきてほしい! そしてこの戦いをもって、エルフの里の愚かな抗争を終わりにする! 過去からの怒りを引き継ぐのではなく、自分たちの素直な気持ちで歴史を作るのだ! それがわたしの長としての最後の仕事、そして、唯一の正しい仕事だ! みんな……」
マギアは不安を隠すみたいにうつむいて、槍を振り上げ、駆けだした。
「わたしに、続けっ……!」
それは決して大きな号令ではなかったけれど。
『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!』
凄まじい怒濤となって、彼女の背中を押した。
大勢が、いや、居並ぶ里の全員が、マギアを追って走り出す。
「長、最後なんて言わないで!」
「これからもついていくよ! だって、長についていくと決めたのは自分なんだ!」
「救え! 救え! 恩人たちの家族を救え!“同胞”を救え!」
驚いたマギアが振り返り、大きな瞳から涙がこぼれそうになった。
「みんな……」
よし、来たああああああああああああああ!
「アディン、僕らも行くぞ!」
グオオオオオオオ……。
僕はアディンに飛び乗ると、低空を飛翔しながらマギアに並ぶ。
「巨乳の里までの露払いは僕らに任せろ!」
「う、うん、頼む!」
力強い羽ばたきで、一気にマギアを追い抜くと、ディバとトリアもそれに追従してきた。
「アンシェル、僕だ!」
風を切って震える羽根飾りに呼びかける。
「こちらは作戦通りだ! マギアたちは巨乳の里に向かった! メディーナたちはどうなった!?」
「際どい状況よ。さっき、最後の資源を防御障壁に投入したわ。ぎりぎりもつか、もたないかってとこ……!」
息を吐くのも苦しいほどの綱渡りだ。
まだ踏み外していないだけで、一瞬の緩みで全部台無しになる。
もっと利口なやり方があったんじゃないかって思ってしまう。
でも怖じ気づくな!
絶対に成功する方法なんてない。
選んだ方法で成功するように、全力を尽くすだけだ!
彼女たちは、すでにそうしている!
アディンの加速に、身を切る風が強まった。
巨乳の里との直線距離は、ミリオたちが走破した距離ほどの長さはない。
急げば二日で横断できるだろう。
マギアたちに余力を残しておくためにも、できるだけルートの安全確保をしておかなければならない。
アディンの両翼を守るディバとトリアたちに間隔を大きく取らせる。
敵を発見するため。同時に、敵に発見させるため。
巨木の枝に、ニクギリの姿があった。
大口から分厚い舌をだらりとこぼしており、すでに死んでいる。
眉間を一瞬で貫く早業だ。
誰がやったかは言うまでもないだろう。
ニクギリの死体があちこちに見え始めた。さらに奥からは、進行形の戦闘音が聞こえてくる。
戦っているのは、ミリオたち本隊から分かれた少数の微乳エルフたちだ。
彼女たちは貧乳の里に向かわず、巨乳の里への経路を切り開くための別働隊となっていた。
キー、キリキリキリ……。
編隊飛行からディバが抜け出し、枝の上にいる黒い影を拾った。
「待たせた、パスティス! 後は任せて、休んでて!」
僕が親指を立てると、パスティスも憔悴した顔に笑顔を浮かべ、親指を立て返してくる。
彼女もまた、ミリオたちと共に徒歩でマギアたちの救出に向かっていた。物理攻撃を専門とする彼女は、この後、最後の一仕事が残っている。
みんな疲れ切っている。
追ってくるマギアたちも、士気は高いとはいえ、体力はいつ底を突いてもおかしくない。
賭けは続いている。すべてを得るか、すべて失うかの……!
もちろん、すべて得る!
それからおよそ二日、僕と竜とエルフたちは、補給路の確保のためにひたすら邁進した。
そして、長い長い辛抱の時間をへて、果実の里に到着する――。
「こ、これは……」
僕は言葉をなくした。
目の前には目を疑うような光景が広がっている。
森と里を隔てる境界に、新芽を思わせる柔らかな緑色の壁が突き立っていた。メディーナたちが施した防御障壁。それはいい。
問題は、その光の壁の下半分を埋め尽くした、蠢く無数の影。
壁に取りついたリートレスだ。おぞましい量の。そいつらが一心不乱に壁を叩き続けている。
「き、騎士様、あれを……!」
疲労困憊の微乳エルフがその一角を指さした。
「あっ……」
思わず声をあげる。
穴だ。ちょうど里の入り口あたりにの障壁に穴が空き、そこからリートレスたちがぞろぞろと侵入していた。間に合わなかったのか……!?
「……伝えても動揺させるだけだから言えなかったけど……障壁は突破されたわ。三時間くらい前に……。ごめん」
アンシェルが暗い声で謝った。彼女を責める気にはならない。だってまだ何も終わっちゃいない!
「中は無事なのか……!?」
「ボードの見方がよくわからないの。杖の絵柄が忙しなく動き回ってるけど、詳細までは……」
「わかった。時間がない。マギアたちはまだ来てないけど、僕たちだけでも仕掛ける――」
そう言いかけたときだった。
「どけ、騎士殿!」
何かが僕の横を駆け抜けていった。
その小さい影は力強く地を蹴って空高く跳躍すると、
「魔士駆――」
自然落下にはほど遠い、刃のように鋭い急降下キックを放った!
「轟狼斬!」
その蹴りは障壁の穴に群がるリートレスではなく、その手前の地面に突き刺さる。
失敗かと思われた直後、マギアの足の周囲から、炙られるような力のうねりが、木肌の上を駆けていくのがわかる。
「逆瀑!」
彼女が足を引き抜いたとき、光り輝く凄まじいエネルギーの奔流が、上向きの牙となって地面から噴出した。
穴に殺到してすし詰め状態になっていたリートレスは、天まで突き抜けるような衝撃によってズタズタに切り裂かれた。光の中に消えていった総数は、百は下らないだろう。
……ていうか……。今の物理攻撃なのかよお!? 魔法にしか見えなかったぞおいィ!?
僕が絶句していると、マギアについてきた貧乳エルフたちが次々に障壁の中に飛び込んでいった。
「第一部隊から第四部隊は左、第五部隊から第七部隊は右から里を回れ! 残りはわたしと中央を行く! 敵の殲滅は後回しだ。同胞の救出を最優先にしろ! 助けたヤツから行方の知れない者がいないかどうか聞き、一人残らず救え! 誰も見捨てるな! 誰もだ!」
『ウオオオオオオオオオオオオオオオ!』
入ってすぐのところで、マギアが槍を振りかざして指示を飛ばすと、貧乳エルフたちは道中の疲れをまったく感じさせない気炎を上げて、里の奥へと突入していった。
「マギア、早かったね」
僕が声をかけると、まな板の親玉は、汗の浮いた顔に好戦的な笑みを浮かべ、
「今日まで散々ストレスの溜まる戦いを強いられてきたからな。みな、はけ口を求めていきり立っているのだ。この戦、わたしたちは加減を知らんぞ!」
頼もしいというか、もはや怖い。
エルフたちがガチで戦争してなくてホントよかった。
さあ、大急ぎでメディーナたちを救出だ!
こっそり一番可愛いのは譲らなかったロリ長




