表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/280

第七十四話 レギオン

 援軍がこちらに向かっているらしい――。


 天から果実が降ってくるようなその朗報は、一夜にして貧乳エルフたちの間を駆け巡ったようだった。

 大好きなゲリラ戦とも合わせ、この戦いの先は明るい。

 そう錯覚させ、撤退戦の中で士気を保たせるには十分な状況に思えた。


 が……。


「ごめんなさい、長。退却する途中で食料の入った箱を枝の下に落としてしまって……」

「こちらは半分がけが人です。歩けない者は、自ら置いていってほしいと言いだしています。でも長、どうか彼女たちを見捨てないであげてください。お願いします」


 しかしその翌日、また翌々日と、合流を果たした者たちはみな満身創痍で、次々に折り重なっていく不安は、そのたびに、遠くに見える希望の光をくすませていった。


 希望に食らいつけばいいのか、絶望に身を投げ出せばいいのか、エルフたちの精神状態も、危険な状態へと近づいていく。


 そんな中、僕とマギアは朝から晩まで、無心に仲間の援護に飛び回った。

 仲間を増やしているのか、それとも、絶望を増やしているのか、ふとそんな愚にもつかない考えがよぎる。


 その日、また一つ、悪い報せが届いた。

〈女神の樹〉の実の収穫よりも早く到着するはずだった最後の一団が、大幅に遅れたのだ。


 それまで広場を保持するために、僕らは侵攻してくるリートレスの大群に、遅延戦術を仕掛けることになった。

 退路はたっぷりあったので、とにかく暴れ回ることで時間稼ぎは成功した。


 だけど、リートレスの侵攻を止めたことで、当然起きるべきことが起こる。


 リートレスの各部隊は、足並みがそれほど揃っていなかった。だから、全面包囲されているとはいえ、戦場は限定できた。しかし、僕らがヤツらの部隊を足止めしたことで後続が追いつき、分厚い軍勢を作ってしまったのだ。


 その大群は、よりにものよって、合流に遅れていた最後の一団が到着するその日、里の広場を襲った。


「わああ! 見張りは何をしてたんだよお!」

「霧にまぎれて、上と下の枝を通ってきたんだ! ちくしょー、囲まれるぞ!」


 突然霧の下から現れた敵に、エルフたちはパニックに陥った。


 僕は大急ぎでアディンに乗って空を舞った。


 グーイ。

 グーイ。グーイ。

 グーイ。グーイ。グーイ。グーイ。グーイ。グーイ。グーイ。グーイ。グーイ……。


 見下ろす広場のほとんどが、リートレスの兜が放つ鈍い輝きで埋め尽くされている。

 広場のまわりの枝からは、木の葉に溜まった雨粒のように、ぼとぼととリートレスが落ちてきて、戦線に加わっていた。


 すべての希望がオセロのように絶望にひっくり返るのに、十分な光景だった。


「〈ヴァジュラ〉!」


 密集する敵のど真ん中に撃ち落とした魔弾は、これまでで最大の戦果を挙げる。しかし、空いたそばから塞がっていく軍勢の穴は、一人の戦力がもたらす効果の限界を告げていた。


「長、ここはもうダメだ! 退こう!」

「ダメだ! ここを目指している仲間が孤立する! もう少し……もう少し踏ん張れ!」


 マギアの怒号も、リートレスの鳴き声の合唱の中に沈んでいく。

 枝の端に追い込まれていた部隊を救おうとしたディバが、数体のリートレスに飛びかかられてもがいた。振り落としはしたものの、怒って叩きつけた尻尾が硬い音に弾き返され、危うく枝から落ちそうになる。


 もはや戦いじゃない。

 津波がすべてを飲み込もうとしている。


「長! 最後の人たちが来ました!」


 死守していた南方へのルートを見張っていたエルフが声を張り上げた。


「撤退だあああああああああ!」


 マギアの絶叫を待ち望んでいたように、エルフたちの防衛ラインが後退する。

 が……!


「長、取り残された部隊が!」


 後退のタイミングを合わせられなかった数名が、リートレスの群れの中に取り残されていた。すでに負傷者があり、抵抗力は限りなく弱い。まずい!


「わたしが行く! みんなは下がれ!」


 マギアが戦列から飛び出した。


「待てマギア、無茶だ! 僕が行く!」


 僕も慌ててアディンを急行させる。

 夢中でアンサラーを撃ち続けた。


 マギアと孤立部隊の周囲にいるリートレスたちが次々に弾けて消えていく。しかし、数はまったく減らない。


 ガアッ!?


 突如、アディンが空中でバランスを崩した。

 上の枝から落ちてきたリートレスが、翼に取りついたのだ。


「うわあっ!」


 アディンが大きく左に傾ぎ、僕は黒い背中にしがみつく。

 くそっ、援護を中断させられた!


 マギアは!?


 敵を振り落とそうともがくアディンに世界を揺さぶられながら、彼女が槍を使って、孤立した仲間たちを味方の方へ投げ飛ばしていくのを見た。


 しかし、最後の一人を投げ終えたとき、横合いから飛び出したリートレスが、彼女の脇腹を巨大な手で殴打する。


「ぐっ……!」


 水平に吹っ飛んだ彼女は、細い枝に叩きつけられ、しゃがみ込む。

 何かをつぶやき、すぐさまにらみ返した彼女の目には、決して臆せぬ闘志があった。


 しかし、その炎を、視界を埋め尽くすように押し寄せたリートレスの軍勢が塗りつぶす――。


「マギアアアアアアアア!」

「長あああああああああああああ!」


 僕とエルフたちの悲鳴が重なった。


 ――と。


「クオ・ヴァディス・アニマ (わたしはどこにいくのか?)」


「タイラニー!! (すべてはここにある!)」


 伏したマギアの背後の樹が、突然弾け飛んだ。

 高速で飛翔する木片のつぶてがリートレスたちに弾かれ、防御の轟音を幾重にも反響させる。


 彼らの終焉はその中でやって来た。

〈エデンの樹〉の枝を丸々撃ち抜いたエネルギーは、マギアに躍りかかったリートレスの兜をすべて変形させ湾曲させ圧壊させ、弾けて砕けて塵にした。


 声が響いた。


「全軍突撃! リートレスの脇腹を食い破れ!!」

『タイラニイイイイイイイイイ!』


 太い枝に空いた大穴から、いくつもの銀光が飛び出してくる。

 その一条一条が、絨毯のように敷かれたリートレスを裁断し、雑多な布きれへと変えていく。

 それは、銀に輝く武具を身に纏ったエルフたちだった。


 次から次へと新手が飛び出していく穴を呆然と見ながら、マギアが声を震わせる。


「おまえは……ミリオ……?」


 穢れなき銀色に輝く額当て。月桂冠を象嵌した胸当てに、美麗なガントレットとブーツ。

 槍は、以前のものではなく、柄の両端に刃が付いたツインランサーになっている。

 そのいずれからも、ルーン文字の光が、雪峰に照り返る陽光のように清冽に輝いていた。


「そんなバカな……。ここからおまえたちの遺棄所まで、どれほどの距離があると思っている? どれだけの未開拓地と、危険地帯があると思っているんだ? どうやってここまで来た? 翼が生えたとでも言うのか……?」


 ミリオはにこりともせず、怜悧な瞳に鋭い輝きを宿すと、頭上でツインランサーをくるくると回して風を巻き、勇ましく足下に突き立てた。


徒歩かちで来た」


チャリで来た

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] タイラニーが万能言語になってるw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ