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第七十三話 絶望抵抗戦

「うわーん、追いつめられちゃったよお!」


 一人のロリエルフが、細い枝の先で声を震わせた。


 グーイ。グーイ。

 そこに大きな手をぞわぞわと動かしながら迫るのは、“リートレス”と命名された、兜の兵器だ。


「長! 助けてえ! 怖いよお!」


 少女は必死に助けを求めるが、離れた場所でリートレスに囲まれるマギアたちの手は、声のようにたやすくは届かない。

 絶体絶命だ。


「あっ」


 リートレスの払った爪を防いだ拍子に、少女の足が細枝を踏み割った。


「わあああ……」


 仲間たちの悲鳴が響く中、少女は奈落の底へと落ちていく――。


 そのとき、黒い翼が濃霧の世界を切り裂いた。


「トリアは彼女を拾え! ディバは右の敵だ! アディン、突っ込むぞ!」


 ガアアアアアオオオオオオオ!!


 今し方落下したロリフにトリアが爪を引っかけたのを視界の端で確認した僕は、アディンの背中から、軍隊蟻のように枝に群がるリートレスたちに〈ヴァジュラ〉の雷撃弾をぶち込んでいった。


 直撃弾とその後に広がる電撃に撃たれた悪魔の兵器たちが破裂。あるいは、ぼろぼろと枝下に落下していく。


 しかし、落ちた連中は、すぐ下にあった別の細枝に張りついて、再び行軍を開始する。あの小柄な体には、そういう利点もあった。


 キーン、キーン、リィィィン……。


 鐘が鳴るような音を魔法式の詠唱にして、ディバが無数の光線を発射する。

 明確な殺意を持った流星が、次々にリートレスを撃ち抜き、塵に変えていった。


 突如現れた、魔法攻撃を持つ援軍に、リートレスが無機質な後退の動きを見せる。

 ようやく敵の包囲から解放されたマギアたちに、僕は空を旋回するアディンの背から輝くカルバリアスを掲げて見せた。


 わあああああ……!


 わき上がる歓声。追い込まれていた貧乳エルフたちの顔に、明るい笑みが弾けた。

 すまない! 今のはやってみたかっただけで、深い意味はない!


「騎士殿! 来てくれたのか!」


 降り立った僕らを、マギアたちが取り囲む。

 トリアが鷲掴みにしていたロリエルフをぽいと投げ捨てると、それを受け止めた仲間たちが一斉に歓声を上げた。


「マギア、大丈夫?」


 大丈夫なわけないけど、僕はそう聞くしかなかった。案の定、彼女は渋面して、


「死者こそいないが完全に劣勢だ。気をつけろ。あの兜の怪物たち、こちらの攻撃を完全に弾いてしまう。騎士殿の攻撃は効いているようだが……」

「ヤツらは物理攻撃か魔法のどちらかに耐性があるんだ。今、ここに攻め込んできてるヤツは、魔法じゃないとダメージを与えられない」

「……! そういうことだったのか」

「マギアたちは、攻撃魔法は使えないの?」


 たずねると、マギアは苦々しい顔のまま、


「まったく使えないわけではないが、里の者のほとんどが、魔力は肉体の強化に割り振っている。純粋な攻撃魔法となると、牽制くらいにしかならないだろう」

「わかった。ここは僕に任せて、マギアたちは後退する準備を」

「待ってくれ騎士殿。ここはもういいから、わたしたちと一緒に下がってほしい。南側から逃げてきている同胞を援護したい」

「……! わかった」


 そうだ。敵は全方位から攻めてきている。

 一つの戦線を保持したところで、全体を支えることはできないんだ。

 覚悟はしていたけど、忙しくなるな、これは……!


 ※


「離すなよ! 絶対離すなよ騎士殿!」

「わかってるからそんなにかじりつかないで! あと、そこ一応目があるところだから! 見えないから何も!」


 負傷者を含む貧乳エルフたちを安全な場所まで護送すると、僕はマギアを乗せて再び戦闘へと向かう。

 アディンたちの戦闘力はやはり強大だ。

 暴れ回れば、リートレスたち寄せ手の布陣は一気に壊乱する。


 でも、できるのはそこまでだった。


 ヤツらは竜が近づくと、太い枝の裏側に身を隠し、やり過ごそうとしてくる。

 竜が三匹しかいないことを知っているのだ。そうして引きつけている間に、別の軍団が行動を起こす。ヤツらは確実に、自分たちが大群であることを理解していた。


 戦いは数だよってのは、けだし名言だな兄貴……!


 僕らにできるのは、一時的にエルフたちの退路を開くことだけ。

 マギアたちも頑張ってくれているが、効果は薄い。


 彼女たちの戦いは物理攻撃を起点としている。魔法攻撃のみでの戦いは、貧乳エルフたちに染みついた戦法の作法に、まるで噛み合わなかったのだ。

 それでも、何も知らずに戦っていたときよりはマシ。おかげで、不用意に手を出して負傷するエルフは確実に減った。


 じわじわと侵食されていく里。


 唯一の救いは、リートレスの侵攻の遅さ。後退の判断さえ間違えなければ、取り囲まれて命を落とすことがないことだった。


「痛いよう」

「泣くな! 貧乳はグッドステータスだ! 強い民だ!」


 包帯を巻いたところをぱちんと叩き、救護班のエルフが仲間を励ました。

 そんなやりとりが、至る所で行われている。


 現在、夜。


 以前、ニクギリの焼肉を振る舞っていた里の広場は、野戦病院の様相を呈していた。

 全方位から同時に襲われたことで十分な食料や水を運び出すこともかなわず、広場に積み上げられた物資の箱は少ない。

 これからさらに避難民たちが合流することを考えれば、資源の枯渇はさらに問題になるだろう。


「広場にある〈女神の樹〉に実がなるまで、あと三日はかかります」

「それまでは、ここを動くわけにはいかないね……」

「他の樹はみんなあいつらにやられてしまったのに、ここだけは残った。最後の希望の光だ。女神様に感謝しないと!」


 立てられた簡易テントの下では、マギアと僕のほか、サブリーダーと思しきロリエルフたちが車座になって会議をしていた。

〈女神の樹〉を与えたのは、本当は果実の里のメディーナなんだけど、そのへんはまだ秘密にされている。


「とにかく、今は里の同胞を助けることが先決だ」


 一日中僕と空を飛び回っていたマギアが、さすがに疲弊した顔で言った。


「その後は、守りに徹しながら里を下がれるだけ下がるしかない。里は広いから、ある程度の時間は稼げるはずだ。その間に体勢を立て直そう。まずいのは、リートレス以外の敵が現れたときだな……」


 現状十分に最悪なのに、より悪い状況のことをはっきり口にできる彼女は、やはり里の長に相応しい人物なのだろう。


「それがニクギリなら臨時の食料になるから、かえってありがたいが……。例の悪魔や“何か”だったときは、かなりの被害を覚悟しないといけない……」

「どうしよう、長」

「長……」


 みんなが沈痛な面持ちをマギアに向ける。

 マギアはどう見てもへとへとだった。最終的には単身ディバの背を借り、逃げてくるエルフたちに一人の犠牲も出さずにここまで導いたのだ。彼女がどれだけ神経を削ったかは、仲間たちもよくわかっているはず。しかし、頼らずにはいられない。強いリーダーに。


 よし、ここは僕がフォローしよう……。


「サブナクは多分、出てこないよ」


「えっ」と、貧乳エルフたちの幼い顔が僕へ向く。


「ヤツが現れたなら、それはピンチじゃなくて、むしろ千載一遇のチャンスだ。リートレスの親玉はサブナクだから、僕は真っ先にヤツを叩きに行く。だからこそ、出てこない」


 蛇を殺すには頭を叩け、だ。

 エルフたちが「あっ」という顔になる。


「魔女マルネリアは、守りは攻めのための準備期間だと言っていたよ。攻め込まれるのは仕方ない。でも気持ちまで後手に回るのはダメだ。その先にある攻撃に主眼を置こう」


 マギアが相づちを打った。


「なるほど……。騎士殿の言うとおりだ。守りのことばかり口にしていたのでは、気持ちまで落ち込んでくる。攻撃こそが仲間を奮い立たせる」


 みな一様にうなずく。


「こう考えよう。今、我々は戦力を結集させているのだ。その後は里の資源を回収しながら後退し、未開拓地に乗り込んでニクギリの生息地を襲い食料を確保する。食料と水場を押さえたら、敵に的を絞らせないよう部隊を分散させ、野に潜む」

「長! ゲリラ戦か!?」


 エルフの一人が目を丸くして声をあげた。


「ああ、そうだ。雷撃のような奇襲と後退で、敵を引っかき回せ」

「やったー!」


 拳を振り上げたのはまた別のエルフ。

 あれ? さっきまでみんなしょんぼりしてましたよね? エルフ耳垂れてましたよね?

 ゲリラ戦と聞いて、どうしてこんなに元気になってるの? やっぱり戦闘民族なの?


「ようし、そうと決まれば、さっそくみんなに知らせてくる!」

「魔法攻撃の訓練もしなければな!」

「待ってー! 一緒にいくー!」

「わたしもー!」


 テントから嬉々として出ていくロリエルフたち。

 さっきまでの重苦しい空気はどこへやら。ざっくりとした反撃のプランが見えただけでこの変わりようだ。……まあ、確かに、終わりのないディフェンスなんて苦しいだけだけど。


 残ったのは僕とマギアのみ。


「あ、あの、騎士殿……」


 そのマギアが、肩をそわそわさせながら呼びかけてきた。彼女は顔を赤くしながら、


「その、あ、ありが、とう……。弱気になっていたところを、元気づけてくれて……。あと、助けに来てくれたのも……」

「ごめんもっとでかい声で三回くらい言って」

「ぐっ……! か、感謝なんかしてないんだからな! 一人でもちゃんとできたんだから!」


 こう言われた方が嬉しくなってしまうのは、なぜなのか。


「マギア、ちょっと伝えておきたいことがあるんだけど」

「う、う……。今度は何だ?」


 僕は、テントの入り口から見える、いきり立ったロリエルフたちの群れを見ながら、そっと囁く。


「援軍が来る」

「えっ!?」


 マギアの耳がぴょんと跳ねた。


「詳しいことはまだ話せない。間に合うかどうかも……保証はできない。でも、必ず来る」

「ど、どうしてみなの前で言わなかったんだ? そうすればもっと士気も上がったのに……」

「理由があるんだ」


 それは、すべてのエルフにかかわる、ある事情に由来する。

 迂闊に援軍の詳細を話せば、今、何とか維持されている集中力が、一気に瓦解してしまう危険性すらあった。


「だから大々的には宣伝せず、それとなくみんなに伝えてほしいんだ。安心できるのは間違いないから。そして、僕がそれを援軍だと言ったら、信じてほしい」

「……? わ、わかった」


 マギアはこくりとうなずいた。

 ゲリラ戦の計画と援軍の存在で、里は少し元気を取り戻すだろう。

 けれどそれは、細い希望に取りすがった、苦しい持久戦の幕開けだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] こう……名前がマギアだと、めっちゃ魔法使いそうなイメージがついて混乱する
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