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第七十二話 大襲来

 大きな兜。耳にあたる部分から突き出た腕に、あごからダイレクトに生えた足。

 一頭身のマスコットキャラにも似たその姿は、これまで見てきた悪魔の兵器の凶悪さとは無縁で、子供向けの絵本に出てきそうな優しい形をしている。


「うわあ」


 そう、数体くらいならね……。


「いっぱい、いる……」


 迎撃に出た僕らが見たのは、〈バベルの平卓〉の一部に群がる、おぞましい数の兵器だった。


 地面はもとより、作りかけの小屋、頭上に伸びている枝にもびっしりとヤツらが張りついている。蟻に群がられ、黒ずんだアメ玉を思わせる光景。

 一体ならかわいげもあるんだけど、これだけ密集してうぞうぞ蠢いているのはさすがに気持ち悪かった。集合体恐怖症というやつか。


「さっさと駆除に取りかかろう」


 僕は専門業者になった気持ちでつぶやいた。


 気をつけることは、正面から突っ込んで、取り囲まれないようにすることくらい。

 ヤツらの攻撃はあの大きな手と、その先についた小さな爪による肉弾戦で、肉体的にはニクギリよりも脆弱だった。動きは鈍く、油断さえしなければ不意をつかれることもない。


 サブナクはなぜこんな兵器をつれていたのだろうか。可愛いからか?


「〈ヴァジュラ〉装填」


 範囲攻撃に長けた雷撃弾をセットする。

 いちいち声に出すのは、そうすることで意識をルーン文字の操作に合わせるためだ。シンプルだけど一番効果が高いらしい。


 立て続けに三発撃ち切る。


 直撃と同時に青紫色のひび割れが咲き、五、六体をまとめて絡め取る。

 話に聞いたとおり、ダメージを受けた兵器たちは破裂して、跡形も残らず消滅した。


 ううん、これはボーナスステージ。


 僕は次々に敵を打ち倒していった。

 ついてきてもらったパスティスには悪いけど、僕一人で十分そうだ。


 兵器たちは仲良く隊列を組んで向かってくる。距離さえ気をつければ、いい的だった。

 何事もなく半分ほどを退治する。


「騎士様、上から……」


 パスティスに言われて、体を引く。

 上からぼとぼとと不格好に落ちてきた兜の兵器に、パスティスが右手の爪を振るった。


 異変はそのときに起きた。


 ガィン!


「……え?」


 間の抜けた声の主は僕だった。

 パスティスの爪は岩石すら切り裂く。サベージブラックの尻尾にも劣らない強力な武器だ。

 それがあっさり弾かれた。


「…………!?」


 パスティスの顔に苦痛が浮かぶ。右手を押さえたことから、相当な強度を発揮したことがうかがえた。


「パスティス、さがって!」


 僕は慌ててアンサラーを撃つ。

 無属性の通常弾は、パスティスの攻撃を弾いた兜どもを、あっさりと破裂させた。


「あれ……効いてる……?」


 違和感があった。

 僕は、足下からせり上がってくる寒気を振り切るようにカルバリアスを抜いて、近くにいた一匹に振り下ろした。


 ガィン!


 強烈な手応えが、ルーン文字で強化された一撃を弾き返した。


「いッ……つぅ……!」


 鋼の塊を強打したような感覚。打ち込んだ手首に跳ね返ってきた衝撃に顔をしかめる。

 兵器は、兜に手足を引っ込め、貝のような防御態勢を取っていた。だけど、兜にそれだけの強度がないことは、物理攻撃を主とする貧乳エルフの話からすでに確定しているはずだった。


「まさか……!」


 僕は周囲にアンサラーの魔法弾をばらまいた。

 次々に破裂していく兵器たち。その中に――。


 ガィン!


 あの防御態勢を取って、生き残る個体がいた。


「〈アグニ〉!」


 単体への攻撃力としては最大になる火炎弾を、その個体へと撃ち込む。

 火柱に飲まれたそいつは、隣接していた他の兵器たちが炙られて破裂していく中、平然とその場に居続けた。


「こいつら、単に脆いんじゃない……。耐性がはっきり分かれてるんだ……!」


 僕は慄然とつぶやいた。

 恐らくは物理防御特化と、魔法防御特化。


 ……!? 

 だとしたら、ヤバいことになる!


「騎士! 騎士、大変よ!」


 その悪寒に呼応するかのように、緊迫したアンシェルの声が羽根飾りから響いた。


「〈オルター・ボード〉の様子が変なの! 早くその場を片づけて戻ってきて!」

「ぐっ……! 了解ッ……!」


 この時点で、ある確信があった。

 僕は、この第二エリアの攻略を、どうしようもなく間違えたのだ、と。


 ※


「騎士様、こっち、こっちです!」


 懸命に手を振るリーンフィリア様のところに駆けつけた僕は、見せられた〈オルター・ボード〉の惨状に息を呑んだ。


 画面上で暗く点滅する、無数の「!」マーク。

 それらが、巨乳の里と貧乳の里の国境線を埋め尽くしていた。


「これは……!」


 僕は「!」マークをタップする。ポップアップしたのは、あの兜の兵器たちの画像。

 ヤツらから侵攻を受けているんだ!


 画面の様子に変化が生じた。

 マギアたちの里の真ん中あたりから、握り拳のようなアイコンが出動し、「!」に向かっていく。


 これは……マギアたちの部隊か? その下には80の数字が表示されており、兵器側には100の数字があった。


 二つの部隊が接触する。


「……!!」


 マギアたちの数値が恐ろしい勢いで減り、30まで低下した。

 兵器の数字は一切減少していない。


 拳のアイコンが、よろよろと里の中央へ戻っていく。

 兵器たちはそれを追いかけるように、一歩、里の領地内へ食い込んできた。


「…………ッツ!」


 僕は歯を食いしばった。


 これはリアルタイムの戦況だ。そしてこの数字は、ただのパラメータじゃない。この奥には、生きたエルフたちがいるんだ!


 胸が握り潰されたみたいに苦しくなった。

 どうなった? マギアたちは無事なのか……!?


〈オルター・ボード〉から勢力情報を手当たり次第に開いていくと、以前チェックした、里長のアイコンが目についた。マギアのグラフィックが、忌々しそうな顔に変化している。

 タップする。


「くそっ。けが人が多数出た。攻撃が一切通じない。あいつらは一体何なんだ……」


 そのメッセージを見て、蝋のように固まっていた肩から、ほんの少し力が抜けた。

 よかった……。死人は出ていないみたいだ。


「どういうこと? あの悪魔の兵器は、全然大したことないって話じゃなかったの?」


 アンシェルが青い顔で聞いてくる。


「違うんだ。ヤツらは物理攻撃か魔法か、一つだけ耐性を持ってたんだ。あらかじめ決まっているのか、学習して獲得するのかはわからないけど、今まではそれが、こっちのいいように噛み合っていただけなんだ」

「それじゃあ……」

「今、マギアたちのところには物理防御特化、メディーナたちのところには魔法防御特化のヤツらが攻め込んでるはずだ……!」


 クソッタレ。何て大間違いをしたんだ、僕は。

 二つの里は、こうなる前に統合しておかなければいけなかったんだ。

 それなのに、対決を先送りにさせたまま里を広げさせて、あの悪魔の兵器のテリトリーに踏み込ませてしまった。


 エルフ同士の戦いならまだ死者を出さずに済む余地があっただろうに、今はもう違う……! 完全な実戦だ!


 僕は果実の里の状況も調べる。

 こちらでは戦闘が起こらず、里の境界線が、ライトグリーンで縁取られていた。

 これは何だ……?

 タップしてみると、新たな情報が開示された。


 防御障壁塔+1 

 耐久:3447/4000

 緊急補修に必要な資源:☆

 グレードアップに必要な文化水準:☆☆☆☆

 グレードアップに必要な資源:☆☆☆


 バリアを張って攻撃を凌いでいるのか……?

 メディーナのコメントはどうなってる?


「魔法が効かない相手に攻撃されています。樹鉱石のおかげで、少しは持ちこたえられそうですが、何か手を打たないと……」


 よかった。どうやら、被害が出る前に防御が間に合ったみたいだ。

 バリアの数値は小刻みに減り続けてる。楽観視はできないけど、マギアたちほど切羽詰まった状況じゃない。


「マギアたちを助けてあげないと……」


 リーンフィリア様が心配そうにつぶやく。


「ええ、もちろん……」


 僕はうなずいた。

 彼女たちを助けに行く。その決断に迷うことはない。

 ここから遠く離れたまな板の里だけど、天界を経由すればすぐだ。


 しかし……。


 たりるのか? 僕一人の戦力で、里を取り囲んだ兵器を駆逐しきれるか?


 拳が震えた。

 物理攻撃が効かないヤツらとの戦いに、パスティスはつれていけない。

 魔法を使えるマルネリアも、危険すぎる。

 アディンたちをつれていけば……殲滅だけなら可能だ。でも、寡兵であることに変わりはない。貧乳エルフすべてを守りながら戦うのは不可能。確実に被害が出る……。


「騎士。気持ちはわかるけど、この状態を無傷で乗り切るのは無理よ……」


 アンシェルが唇を噛むようにして言った。


 彼女の言い分は正しい。

 犠牲をゼロにして戦うなんて、理屈に合わない。

 殺し合っているのだから。どちらも傷つき、どちらも死ぬ。


 それはわかってる……!


 でも、

 だから何だよ!!


 僕はこの大地に住む人々に、一人だって欠けてほしくない。

 マギアたちは乱暴だけど、みんな楽しそうに、食べて、飲んで、踊って、笑ってた。

 そういうの、失いたくないんだよ僕は!


 所詮、綺麗事か? 甘ちゃんの絵空事か?


 うるさい気が散る! 一瞬の雑念が命取り!


 綺麗事も言えないようなヤツが、どうやって昨日よりちょっとでもマシな明日を掴むんだ!?

 そうかもねなんて受け入れたって、実質何にも守れてねえんだよ!


 だから考えろ……! 何かないのか。何か……。閃けよ、この頭!


 そのとき。


「め、女神様、大変です! 湖が、みんなの湖が……!」


 血相を変えて飛び込んできた一人のエルフが、僕の、そして、すべてのエルフたちの運命を決める――。


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