第七十話 休日の樹上湖
「つめたーい」
「気持ちいー」
「パイ焼いてるからお腹空いたら食べてねー」
「わーい」
樹上湖が水着姿の微乳エルフたちで賑わっている。
普段からレジャーに訪れているエルフは多いんだけど、今日は里の大半が参加して、ちょっとしたお祭りみたいな騒ぎだ。
その理由は、リーンフィリア様とアンシェル以下、パスティスやマルネリアもこの水遊びにやって来るから。
最初に言い出したのはマルネリア一人だったんだけど、問答無用に僕が引っ張られると他のメンバーも即応してついてくることになった。
ルーン文字のトライアルや、“何か”との遭遇があったのはつい昨日のこと。色々やらなきゃいけないことがあるはずなのに、魔法の先生であるマルネリアが率先して遊びに出てどうするというのか。
キー、クルル、クルルル……。
気がはやる僕の心中とは真逆に、アディンたちが上機嫌にのどを鳴らしながら、あたりを漂っている。
あの水中戦以来、サベージブラックたちは喜んで水に入るようになった。今も、尻尾をゆっくりと揺らしながら、水面に落ちた落ち葉のようにのんびりと泳いでいる。
そんな姿に、足踏み状態のもどかしさが少しゆるんだ。
それにしてもリーンフィリア様たち、遅いなあ……。
「あっ、女神様たちが!」
「キターッ!」
テンションの高い騒ぎが起こり、僕と竜たちの目線を引っ張った。
そこには、微乳エルフたちと同じ、スク水もどきに身を包んだ……。
「な……!?」
違った。
エルフたちに取り囲まれ、少し気恥ずかしそうにしている女神様の水着は……ッ。
「ビ、ビキニだとォ!?」
新型の水着!? またミリオたちが一日でやりやがったのか!?!
リーンフィリア様はスタンダード。アンシェルはタンクトップと合わせたタンキニ。パスティスは麦わら帽子と腰に巻いた短いパレオというオプションつきで、魔女の帽子をかぶったままのマルネリアは、肩ひものない大胆なチューブトップスタイルだ!
女神様たちを牽引してきたミリオが、群がる同胞たちにドヤ顔を披露した。
「どうですか、みんな。わたしが今期の新モデルとして職人に発注しておいた品です。試着は女神様たちにお願いしました」
「ミリオis長! ミリオis長!」
「プレシデンテ! プレシデンテ!」
「タイラニー! おおタイラニー!」
微乳エルフたちは大興奮だ。
なるほど、この水着のお披露目も兼ねていたから、これだけの人が集まったのか……。
く……!
僕はルーン文字を勉強する必要があるんだ。
女の子たちの水着姿に見とれている場合じゃない!
僕は、僕はあああああああ!
コレ! コレ! コレ! コレ!
【新水着の解放条件は何だね? なに、有料DLC? 一着300円? ふむ、全部買おう:4コレ】(累計ポイント-3000)
「き、騎士様、どうでしょうか……」
エルフたちからひとしきり称賛を浴びたリーンフィリア様たちが、揃って僕と竜たちの前にやって来た。
「いいですよ! みんなすごくいい!」
「よかった……」
「リーンフィリア様にまたこれじゃないとか言ったら、頭に釘打ち込んでたわ」
「う、嬉しい、な……」
「にゃはは」
「だが待ってほしい!」
笑顔を交わす仲間たちに、僕は手のひらを突きつける。
『えっ』
「僕は“すごくいい”なんて適当な感想ですべてを語った気になるほど傲慢じゃない。もっと語るべきことがある! まずはリーンフィリア様から行きますよ!」
「タ、タイラニー!」
胸の前で両手をグーに構えた女神様へ、僕はありったけの詳細な賞賛を……。
「待ちなさい! あんた話が長くなるから、それは個別にやんなさい!」
と思ったらアンシェルからストップが入ってしまった。
「アンシェル……。そんな……」
しょんぼりするリーンフィリア様を、アンシェルがなだめる。
「まあまあ女神様。まずはみんなで遊びましょう。あれの話はやたら長いから、休憩中にパイを食べながら聞けばいいんです」
言って、牽制するように僕をにらんだ。
「くっ。残念だけど一理ある。エルフたちも遊びたそうにしてるし、僕からの話は後にします……」
「わかりました。ちゃんと聞かせてくださいね……」
こうして僕は、ルーン文字のことを心の片隅にとどめながらも、束の間の休息を楽しむことにした。
葉っぱのボールでやったビーチバレーでは、くじ引きで決まったリーンフィリア様とマルネリアのペアに視線が集まった。二人とも、運動は全然ダメだというのに、色んな意味で一挙手一投足に歓声が上がった。
水泳大会ではアディンたちと一緒になって泳いだ。岸から遠ざかるみんなを見ながら、僕は一人沈んでいた。
一番の見所は、パイを代わりにしたパン食い競争。手を後ろに縛って、吊されたパイに食いつくわけだけど……。当然、みんな上手くできず、ぴょんぴょん跳ねるわけだ。すると……。
いや、僕は多くを語らないよ。そのときのムービーを見たい人は、ゲームを買えばいいんじゃないかな(発売中止)。
ちなみに、だいたいの種目においてパスティスが仏血霧だった。パイ食い競争なんか、一発で成功させてゴールしてたよ。手を後ろに縛ったくらいじゃ、彼女の運動能力が落ちるわけないんだよなあ。
ああ、楽しかった……。
そうしてエルフだらけの水泳大会は終わり、遊び疲れた面々は、それぞれの場所でまったりし始める。
僕はパスティスに頼まれて、いつかのバタ足の練習を手伝っていた。
「あ~、面白かった~」
トリアの背中に上半身の乗せたマルネリアが、くつろいだ表情で流れてきた。
最初はサベージブラックに驚いていた彼女だけど、事情を聞くと、今度は竜たちが大人しいのをいいことに、やたらと接触するようになっている。
悪い影響がないか心配……って、さすがに大丈夫か。竜だし。
それよりも、だ。
「マルネリア、僕はこんなふうに遊んでていいのかな?」
たずねる。別に賢者モードに入ったわけじゃないよ。僕は一瞬たりとも戦いのことを忘れたりしてない。本当だ。いや、一瞬くらいは忘れたけど。……十分くらいは。いや、一時間くらい……。
「んあ? どうして? 昨日のテストは成功だったんだよ。上達するための課題も見つかってるし、焦らずに今日は休まなきゃ」
「でも“第三のルーンバースト”は試せなかった」
「ああ、あれはね。下準備が特殊だから仕方ないよ」
マルネリアはトリアの背中に頬を寄せ、
「魔法を使う神経っていうのは、筋肉と違って疲労がわかりにくいんだ。感覚が狂っていることに気づかずに行使しちゃうことがよくある。そんな状態で修正しようとしても、間違った直し方をするだけだよ」
僕は疲労してるんだろうか……? 自覚はない。
「まずは少し時間をおくこと。勢いは大事だけど、頭の中を冷静に、そんで柔軟にすることはもっと大事。昨日感じたズレとその修正は、まだ入り口だよ。前のめりになりすぎると、それが唯一のゴールだと思い込んで頭がカチカチになっちゃうから、ほんの少しクールダウンさせるんだ。そうすれば、別のやり方が見つけやすくなる」
「僕にはよくわからないよ」
「にゃはは。だったらボクの言うことを聞きなさーい。今は魔法と関係のないことをして頭をゆるーくしておいてよ。騎士殿はちゃんと自分をゆるめる方法知ってる? ボクは、こうしてだるーっとしてるのが一番ゆるむんだ。ぐへー……」
実演するみたいに、トリアの背中に沈んでいくマルネリア。
いつも十分ゆるいと思ったが、さらに上のモードがあるとは……。
「それにしてもさあ……」
魔女の半眼が、岸にいるエルフたちへと流れた。
「ミリオたちがあんなに明るい顔をしてるの、ボク初めて見たよ」
そういえば、最初の頃はまだミリオに幸薄げな属性があったっけな。そういうのすぐ壊れるんだよなあ。今じゃただの変態だよ。
「少し見ないうちに変わったなあ。彼女たち……」
ケロケロ。
不意にカエルの鳴き声がしたかと思ったら、以前見かけた樹鉱石を背負っていたヤツがどこからともなく現れ、トリアの背中に這い上がってきていた。
グルルル……。
「食べちゃダメ」
キュー……。
唸りだしたトリアを、すぐにたしなめるパスティス。
パスティスがいてよかったなカエル。リアルだったらおまえ死んでるぞ。
「んあ? このカエル、何でこんなに背中がへこんでるの? もしかして樹鉱石が生えてた?」
マルネリアがカエルを捕まえ、物珍しそうに目をぱちくりさせた。
「リーンフィリア様が取ってくれたんだよ。スコップで」
「ええ……? 女神様、そんなことまでできるの? すごい。さすが神様!」
さすが神様、で一括りにしていいほど、彼女の道のりは易しくはなかったけどね。
ていうか、ちょっと待て。このカエル、まだ小さいけどまた樹鉱石生やしてないか? また樹液をなめてるのか、懲りないな……。
「そいつから取った石のおかげで、ミリオたちはルーンの武器を増やせたんだよ」
「へえ~」
トリアの背中でうつ伏せになった魔女がくすくす笑い、不意に、僕をじいっと見つめた。
「な、何?」
「いやあ、本当にみんな、よくしてくれたんだなあって」
マルネリアは微笑んだまま、
「騎士殿も、パスティスも、ありがとね」
「どうしたんだよ、いきなり」
「騎士殿たちがいなかったら、ミリオたちはずっと以前のまま寂しい生活を続けてたか、もしくは、二つの里の争いに巻き込まれて、利用されてたと思う。でも今は、他に負けない立派な里に成長してる。自分たちの意志で、自分たちのあり方を決められる」
「そういえばマルネリアは、エルフ同士の争いがイヤで里から出てきたんだっけ」
「うん。ご先祖がどこにしまったか忘れた魔法の資料を探したり、〈原初大魔法〉の手がかりを探したりって理由もあるけど、里に戻らないのは、やっぱりあの争いがバカらしいから。誰が作ったかも知らない理由でケンカしたくないし、見た目の違いで人を判断するなんてやっぱりおかしい」
少しふて腐れたような顔で、マルネリアは頬杖をついた。
「そういえば、二つの里に比べると、ミリオたちはあんまり胸の大きさを気にしないね」
「彼女たちはわかってるんだよ。見るべきところはそこじゃないって。好みの話なら、別にいいんだけどね~。ビキニ可愛いよ、パスティス。みんな見てたよ~」
いきなり話を向けられたパスティスが、少し赤くなって、僕と繋がる手に力を込めた。この水着で現れた当初から、彼女は恥ずかしそうにもじもじしており、それがミリオたちのなんやかんやを刺激していたのは間違いないだろう。
年齢制限は守ろうね!
「ミリオたちはこの森で唯一まともだよ。貧乳の里は、巨乳の里から排撃されたって言ってるけど、結局自分たちも微乳エルフに同じことをしてる。それってすごく変」
「でも、メディーナもマギアも、ミリオたちのことは心配はしてたよ」
「そうなの? どうかなあ。人手がたりなくなったから、自分たちの味方にしようとしてるんじゃないの~?」
マルネリアは疑い深そうに僕を見つめる。
……あ!?
し、しまった……? ここで、メディーナからもらった〈実のなるエデンの枝〉やマギアの〈樹鉱石〉という物証があれば、彼女の疑いを晴らせたんじゃないのか!?
「い、いや、そんなことないと思うよ。現に、二つの里は争いを避ける方向に進んでる。ミリオたちを巻き込む様子なんてないよ。もしこのまま争いが終結すれば、微乳エルフたちが迫害される理由だってなくなるんじゃないかな?」
「それは……うん、そうだね。そうなるといいね」
と、少し苦い息を吐き出した彼女は、不意に口調を明るくした。
「まあ、里を飛び出したボクがこんな話しててもしょうがないや。とにかく、ミリオたちを救ってくれて感謝してるってこと、覚えておいてよね。ルーン文字とか魔法はもちろんだけどさ、ボクにしてほしいことがあるなら言って。何でもしてあげるから」
マルネリアがごく自然に、しかし明らかに蠱惑的な眼差しを向けてくる。
水滴の浮いた白い肌。しっとりと濡れた髪。わずかに赤みがかった頬が、彼女の色香を一層引き立てる。
わずかに首を傾げると、鎖骨に乗っていた水滴が流れ、くっきりとした胸の谷間に落ちていった。こ、これは……。
「トリア、むこうまで泳いできて」
「あーっ……」
むっとしたパスティスの指示によって、マルネリアを乗せたトリアが僕から離れていった。気の抜けた悲鳴を上げながらも、ぴくりとも動こうとしない魔女がホントに怠惰。
「騎士様。練習の続き、しよう」
「う、うん」
パスティスがぎゅっと手を握って催促してきたので、流れていった魔女のことはもう気にしないことにする。
けれど……。
今の会話で一つ、僕は考えてしまうことがあった。
貧乳エルフたちは、巨乳エルフたちに虐げられたことで、怒って敵対した。
ならやっぱりミリオたちも、自分たちを追い出した里のことを、恨んでいるのかな……。
『リジェネシスⅡ~スプラッシュ☆サマーレイク~』好評発売中止!




