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第六十六話 ルーンバーストと悪い子たち

「ミリオたちから聞いたんだけど、すごいよね、ルーンバースト。ルーン文字のリードポイントをずらして、別の記述を読み込ませるとか普通じゃ思いつかない」


 あぐらをかいて座るマルネリアが、メトロノームみたいに体を左右に揺らしながら言う。


「リードポイントがずれちゃうのはボクの技術が拙いせいだけど、それを利用する発想はなかった。だから、この里を救ってくれた騎士殿には是非身につけてほしいよ」

「僕もそうしたいと思う」

「じゃあ騎士殿、こうやって腕を×の字にしてみて」


 彼女は両腕を前に伸ばし、手首のあたりでクロスさせる。僕はそれを見たまま模倣した。


「違うよ騎士殿。右腕が上」

「ああ、ごめん」


 腕の上下を入れ替えると、腕に書き込まれたルーン文字の文頭に光が生じ、続く一文字一文字を輝かせながら末尾へと走っていった。どこかエネルギーゲージが溜まっていく様子を思わせる。


 両腕から同時にスタートした光は、そのままいけばX字を描くはずだった。

 けれど、左腕を走っていた光が交差させた部分で折れ、右腕の記述へと混ざり込む。

 ちょうど「入」という字のような形になった。


「マルネリア、これは何?」


 僕は腕に生じた光のラインを見つめながら聞く。


「それ、ミリオたちが使ってるのと同じルーンバースト。爆発するやつ」

「うわあ!?」


 僕は慌てて両腕を離した。


「先に言え! 危ないだろ!」

「危なくないよ。騎士殿は起爆できないから」

「え?」


 マルネリアは淡々と言った。


「魔法を使うにはどうすればいいかわかる? 腕を動かすのと一緒。腕に動けって言って動く? 動けって念じたら動く? 動かないよね。腕を動かすには、まさに腕を動かすしかない。魔法も同じ。言葉や願いじゃない。いわば神経なんだよ。ルーン文字を一字ずつ起動させる神経がいるんだ。騎士殿は、すでにそれをある程度やってるよ」

「特に意識してはいないけど……」

「女神の騎士だからか、それとも、ミリオたちが使っているのを見て感覚が掴みやすいのかはわからないけど、それじゃ上達しない。無意識の中にあるその神経を探して、働かせてみて。じゃないとルーンバーストは起こせないよ」


 難しそうだ。でも、目の前に新しい力があるのに、それに手を出さない理由はない。


「わかった。頑張るよ」

「大丈夫、ボクが付きっきりでレッスンしてあるから」


 屈託なく笑うマルネリアに、僕は「助かるよ」と返した。

 と、


「ま、待って」


 切実な声が僕らの会話に入ってきた。パスティスだ。


「わ、わたしも……! わたしも、ルーン文字の勉強、する……」


 唐突な申し入れに対し、マルネリアはあっけらかんと言った。


「んー。でもパスティスは魔法使えないよ」

「えっ……」


 パスティスは絶句した。これには僕も驚いた。アディンたちですら不思議な鳴き声を使って魔法の詠唱をするのに、どうして彼女だけが?


「パスティスはキメラだよね。キメラは、体のパーツが違う生物でできてるから、魔法を使うための神経がうまく働かないんだよ」

「う……。そ、そうなの……?」

「でも、その分強靱な肉体や、特別な器官があるからね。魔法関連は騎士殿に任せて、君はそっちでの戦いに専念するといいよ」


 マルネリアは無邪気に笑ったけど、パスティスの表情は暗かった。何か言いたそうな顔で、僕をちらちら見てくる。


 何だろう……。

 ええと、もしかして、サブナクに勝てなかったことをまだ気にしてるのかな?

 原因は僕にあるって言ったのに。


 でも、よし。何度でも説明しよう。従者の不安を払拭するのも、騎士の務めだ。


「大丈夫だよ、パスティス。君は魔法なしでも異様に強い。むしろ、僕がルーン文字を使えるようになって、ようやく追いつけるくらいなんじゃないかな。二人で力を合わせれば、今度こそサブナクに勝てるよ」


 決まったな。これは女神の騎士。


「そんなんじゃ、なくて……」

「ええっ……」


 決まってなかった。これは神殿に生えてる雑草。


 パスティスはうつむき、上目遣いに僕を見つめながら言う。


「騎士様が、ずっと、マルネリアばっかり、かまってる、から……」

「フォッ!?」


 僕は吹き出し、慌てて否定した。


「そんなことないよ。マルネリアには、聞かないといけないこといっぱいあるから、それで……」

「服のこととかも……話してた……」

「それは、マルネリアの服装が独特で、色々問題があるから……」

「問題があったら……かまって、もらえる……の?」


 切実な表情で訴えてくるパスティス。

 なんだそれ、どんな理屈だ。

 即座に否定しようとしたけど、その前に、


「そうだよ?」


 マルネリアァ!?


「悪い子ほどかまってもらえるんだよ。知らなかった?」

「ぅおいィィィ!? へらへら笑いながら何言ってるんだ魔女ォォォ!?」

「んあ? ボク、間違ったこと言ってないよ。ボクは悪い子じゃないけど」

「悪い子だよ! パスティスに変なことを教えてる時点で!」


 それを見たパスティスが悲愴な声で、


「ま、また、かまってもらえてる……!」

「違うよパスティス。これは……」


 何だこの負のスパイラル!?


「ねえ、騎士殿ー。ボク、悪い子じゃないよー。ちゃんとよく見てよー」

「ちょっと待って、今重大な選択肢出てるから多分! 密着しないで!」

「騎士様、は、マルネリアばっかり、かまう……」


 マルネリアを注意すればするほど、パスティスが悲しそうな顔になっていく!

 しかし、魔女を放置すれば色んなものがエスカレートしていきそうな気がする! この世界の年齢制限とか!

 僕にどうしろと言うんだ!?


 縛りつけられたように動けなくなった僕に業を煮やしたのか、パスティスはぽつりと言った。


「…………悪い子に、なる……」


「なっ……!?」

「わたし、悪い子に、なる……」


 僕は耳を疑った。パスティスが悪い子に!?

 嘘だろ世界はもう終わりなのですか神様!?


「わたしも悪い子になります」

「ええ!? 何でそこでリーンフィリア様ァ!?」


 なぜか、それまで事態を静観していた女神様までもが悪い子宣言してきた。

 どういうことだこれ!?


「リーンフィリア様、おやめください! 悪い子って、一体何をするおつもりですか!?」


 事態を重く見たアンシェルが止めに入る。

 ああ頼む、天使! 女神様を止めてくれ! 君ならできる!


 リーンフィリア様は少し考え、決然と言った。


「騎士様がくれた白タイツ脱ぎます」

「やったわ」

「天使ィィィィィ!!」


 僕が絶叫しているうちに、視界の端でパスティスがふっときびすを返したのが見えた。


「パ、パスティス。待って……」


 伸ばした手をすり抜け、パスティスはつかつかと歩いていってしまう。普段なら、呼び止めたら確実に振り向いてくれる彼女が。


 な、何てことだ。あのパスティスが本当に悪い子になってしまった……!?

 離れていく背中を見ながら、僕はその場に立ち尽くす。周囲のエルフたちも、ハラハラした様子で見守っている。


 こんなの絶対おかしいよ! パスティスが悪い子になるなんて、こんな世界コレジャナイ!


「って、あれ……?」


 不意にパスティスが立ち止まり、不満げな顔でこちらを振り向いた。

 と思ったら、小走りで戻ってくる。

 何が起きたんだ?


 彼女は涙目になりながら僕を見つめ、言った。


「き、騎士様の言うこと聞かずに、悪い子になったのに、追いかけてきてくれない……。もう、悪い子、やめる……」

「……!!?」


 天使では?


「わ、わたしはやめませんよ……。わたしだって……」


 早々に仲間を失ったリーンフィリア様が、動揺を隠しきれない様子のまま抵抗を続ける。

 仕方あるまい。天使はあてにならないから、僕が直に説得する!


「リーンフィリア様。本当に悪い子になるつもりですか」

「そ、そうです……。それがいやなら、わたしのことも……」

「悪い子は、地面をでこぼこにしてしまうんですよ?」

「やめます……」


 早い! もう堕ちたのか!


「にゃははは。みんなよい子でよかったねえ、騎士殿」


 けとけと笑うマルネリアを見て、僕は咄嗟に「君をのぞいてね」という言葉を飲み込んだ。

 女神様の生足を見損なって舌打ちする天使も、若干見えた修羅場の兆しに目をきらめかせているミリオも、おおむね彼女の同類だったと思い出したからだ。


 マルネリアは、(一応)清純派だった女性キャラを、暗黒面に引っ張る力がある。

 服装がだらしないことなんか目じゃないほどの問題点。

 その邪な引力から彼女たちを守らなければ、と僕は心に誓うのだった。



この小説は早くもラブコメですね

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