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第六十三話 臙脂髪の魔女

 エルフたちから連絡を受けたミリオは、里の守りを同胞に任せ、一人僕らに助力すべく現場へと向かっていたらしい。


 到着したのはまさに僕が枝から転げ落ちた直後。パスティスが返り討ちにされたタイミングだった。


 サブナクの盾の秘密など知らず、ほとんど無我夢中で突撃した彼女のおかげで悪魔は退いた。ルーン文字は厄介だ、という言葉を残して。


「辛勝ね。女神様のご加護に感謝するのよ」


 つぼみの里。僕の鎧を調べていたアンシェルが、新たに増えた溝を指先で弾いた。


「負けだよ。完敗だった」


 あぐらをかいた僕は、悔しさを噛み殺しながら天使に反論する。するとアンシェルは立ち上がり際、嘆息とも安堵ともつかない息を吐き、


「完敗ならあんたもパスティスもここにはいないでしょ。助太刀に出たミリオは無事で、魔女も無事保護できた。目的は達成されてる。その中でのあんたの負けなんて、些末なことよ」

「ひょっとして、慰めてくれてるつもりなのかな……」

「そう思うのなら、さっさと憎まれ口の一つでも返せるくらい元気になることね。鎧の外からでもヘコんでるのが丸わかりなのよ。パスティスが見たら彼女まで落ち込むわ。リーンフィリア様もね……」

「……ああ、そうだね。わかった。元気出すよ」


 そう応じた矢先に、エルフたちからの過剰な介抱を終えたパスティスが、うつむき加減にやって来た。縮こまるように首をすくめた彼女は、開口一番、


「騎士様、ご、ごめん、なさい……」


 と頭を下げ、一瞬僕の思考を停止させた。


「ど、どうしたのパスティス。いきなり謝ったりして」

「わたしが、ちゃんとできなかったせいで、騎士様が、危ない目に遭った……から。怒ってる……よね?」

「そんなことないよ!」


 僕は大慌てで立ち上がった。声が大きくなりすぎたせいか、パスティスの細い肩がびくっと震える。ああ、なんてザマだよツジクロー! 僕がアホみたいにヘコんでるのを、パスティスは怒っていると思ったんだ。死ねミジンコ犬!


「パスティスは完璧にやってくれたよ。しくじったのは僕だ。ごめんね。僕のミスのせいで、君まで危険に晒した。傷は大丈夫?」

「う、うん。かすり傷……。騎士様は……?」

「よかった。うん、僕は鎧が少しボロくなっただけだよ。ダメージはない」


 パスティスがほっとしたように、強ばった顔から力を抜いた。

 こっちも安堵する。


 僕らは共に戦いの中に身を置いている。

 戦いの中で仲間が傷ついたことを謝るのは、仲間の覚悟と誇りを侮る行為だ。でも、作戦ミスからの負傷は別。パスティスの傷は、僕に責任がある。


「大丈夫そうで安心しました」


 病人を労るような少し抑えた声が聞こえ振り向けば、心配そうに胸の前で指を組んだリーンフィリア様が立っていた。


「あ、はい。ちょっと鎧の傷は増えましたけど全然大丈夫です。友達に貸したゲームディスクの裏側みたいなもんですよ。目的通り魔女は助けられましたし、辛勝というところじゃないでしょうか。これも女神様の加護のおかげです」


 アンシェルに言われたことを山彦のように返す。


「そうですか、よかった……」


 ほううっ、とでかい溜息をつく女神様。その陰で、アンシェルが「それでよし」とうなずいている。僕の気落ちからくるどこか重苦しい気配は、これで解消されたようだ。


 そして――。


「やあ」


 リーンフィリア様の隣から、にゅっと挙げられた気楽な手が、まったく別の空気を運んできた。


「大事がなくてよかったよ騎士殿。お仲間のキメラ娘ちゃんも。二人がすぐに駆けつけてくれて本当に助かった。もうちょい到着が遅れてたら、あの悪魔に捕まってめっちゃくちゃにされてたろうね、ボク」


 救援を求めてきた魔女――マルネリアは、とろんとした目で、そう感謝を述べた。


 外見は、十代半ばくらい。

 顔立ちは整っているけど、メディーナみたいなお姉さんタイプを想像していた僕としては、初めて見たとき、その子供っぽさに少し面食らったほどだった。


 どこか焦点の合わない茫洋とした眼差しと、寝癖だらけの長い金髪が醸し出すゆるゆるな気配も、巨乳エルフの里長と大きく異なっている。


「そっちも大したケガがなくてよかったよ。急いだかいがあった」


 僕は、彼女を直視しようとする己の目線を懸命に制しながら応じた。


 そうした理由は、彼女の服装にある。


「ちょっと、あんた! まさかそんなだらしない格好で、リーンフィリア様にご挨拶したんじゃないでしょうね」


 女神神殿のカーチャンことアンシェルががなり立てると、マルネリアは首を傾げる。


「だらしない? ……んー? あ、そうだ、スカートはくの忘れてた。にゃはは……」

「それだけじゃなくて、シャツのボタンもどうにかしなさいよ!」


 アンシェルが飛びつき、魔女の着ているコートの襟元を閉じさせようとした。マルネリアは抵抗するでもなく、ただ薄く笑っていた。


 ここで、天使を怒らせるほどの彼女の格好を説明させていただこう。

 断っておくけど、兜のおかげで目線がばれないからと言って、まじまじ観察したわけじゃないよ。


 彼女の大まかな装備は、暗色のトンガリ帽子に厚手のコート。これは非常に魔女らしく、とても良い。


 問題はその内側に着ているシャツ。


 サイズの合わない大きめのシャツはボタンが一つしか留まっておらず、裾から直接白い素足が飛び出ている。スカートをはいていないのは本人が自供しているとおりで、開けたシャツの合わせ目からちらちら見えているのは、えー、とても控えめかつ上品に表現しておパンツだった。


 つまり、一言で言うならば、彼女は裸Yシャツ状態なのだ……!


「まあいいじゃんアンシェル。女神様だって気にしてなかったよボクの格好。気楽に行こうよ気楽に。あれ~? アンシェルの髪の毛っていい匂いするんだねえ~」

「抱きつくんじゃないわよこの色ボケ! わたしはリーンフィリア様一筋なんだから!」


 マルネリアがアンシェルの上からねっとりと絡みついて、猛獣みたいに叫ばせている。その間も、果実の里出身者らしく、シャツの内側でたわわな二つの膨らみが自由奔放に動いていた。


 僕は頭を抱えたくなる。

 こんなの、あまりにも露骨すぎるでしょう?


 彼女の妖艶さは服装だけの問題ではなかった。

 シャツの上からもわかる、メリハリの利いた肉付き。首筋から肩にかけての輪郭線は妖しいほどに細く、はだけた襟元からのぞく鎖骨の色気には創造主の執念すら感じられる。


 寝起きのような気だるさ、無防備さに加え、仕草の一つ一つに妙に艶があり、果汁のしたたる熟れた桃を思わせる色香が、常に放出されている状態だった。


 けしからん!

 正しい意味でけしからん!!


 いくら“エロフ”という言葉があるからって、このゆるエロはあまりにも露骨すぎる!

『リジェネシス』はお子様から大人まで、泣いて笑って楽しめる健全なゲームだ!

 いかに時代がエロを求めていても、そういう方向に進むべきものではない!


 一ファンとして、僕は断固としてこのボタンを押すぞ! 三回くらい押す!

 食らえッ、コレジャ……。


「騎士殿にもちゃんとお礼をしないとね。ボクを助けてくれてホントありがと~」


 へにゃ。

 ホウアッ!? 鎧に押し当てられた胸が何かすごいことになってる!


 鉄板越しなので、感触もへったくれもあったもんじゃないけど、見てるだけで柔らかさが鎧の内側まで浸透してきそうだ! これが柔よく剛を制すということなのか!?


「んあ? どーしたの騎士殿。ボクの顔に何かついてる?」

「い、いや。別に……君の金髪って、毛先だけ色が違うんだなって」


 僕は必死こいてごまかした。


「んー? あ、うん。先っぽだけ臙脂色なんだよね、ボクの髪。途中で切っても、やっぱりそこだけ色が変わるんだ。なぜか。面白いから、ボクのこと臙脂髪の魔女って呼ぶ人もいるよ」

「へ、へえ。そうなんだ……」


 僕の声は上擦ったままだ。鎧にくっついている、溶けかけた雪見だいふくみたいな膨らみから意識が離れない。


 く、くそっ。コレジャナイボタンを押すんだ! こんなただのエロに、僕は釣られ、釣られ……。


《クマああああああああ》


 しゅ、主人公ォォォォォォォォ!


 落ち着け、落ち着くんだ! たかがメインキャラクターが一人やられただけだ!


 冷静になれ。思い出せ。僕は巨乳派でも貧乳派でもない。

 どっちでもいいのだ。二つの里を行き来しても、その気持ちに変化はなかった。

 重要なのは腋であって、胸のサイズでは……ない!


 僕はマルネリアの両肩を掴み、鎧から引き離した。


「マルネリア、君は大きな間違いを犯している!」

「へ?」


 ぽかんとするマルネリアに、僕はまくし立てた。一気呵成に、自分すらごまかすように。


「君の色っぽさは認めよう! だがそれは間違ったエロスだ。そんな直情的で、どストレートに媚びた格好を、僕は容認しない!」


 自分の言葉に勢いをもらい、僕は心の手を振り上げる。

 これでいいッ! あとはコレジャナイボタンに叩きつけるだけ――。


「? 騎士殿、ボク、エロくないよ?」

「へっ?」


 マルネリアは眠そうな目で自分をしげしげと見ながら、


「別にエロい格好もしてないよ。スカートだって、前にはいてたやつが破れちゃって新調してないだけだし。それに、誰にも媚びてないよ。楽なんだよこの格好。リラックスできるんだ」


 なにいいいいいいいいいいいいいいいいいッッ!?


 スカアアアアアアアアアッ!


 振り下ろした手が、ボタンを押す直前で大きく横滑りした。

 プロレスのレフェリーが、2.9でカウントを停止し、振り下ろした手の勢いでマットの上を転がるのと同じフォームで。


 僕は混乱する。

 バカな……無自覚……なのか……!? ただのお色気キャラじゃないのか!?


「いい思考をしたければ、まず環境を整えないとね。服装はその最たるものだよ」


 にへら、と無邪気に笑う。


 くッ……!

 わ、わからなくなってきた。こっ……これは、本当にコレジャナイ……のか?

 このエロスは安直じゃないのか……!?


 いや、そもそも……露骨なのが、シンプルなのが、本当にいけないことなのか?

 むしろいいんじゃないのか? 誰にでも伝わる直球勝負こそが王道なんじゃあないのか……!? だとしたら、このジャッジは無意味だ!


 それに、彼女は彼女なりに裸Yシャツスタイルに利点を見出している。別に誘惑しているわけでも、媚びてるわけでもない。自然に行き着いた答えなんだ。


 パンツにマントスタイルが変態だって、それスパルタの王様にも言えるか?(『300』基準)

 現代の格闘家だって、試合の際は布地の少ないコスチュームを選ぶじゃないか。それを笑うヤツなんていない。


 そう……。いわば、これは彼女にとっての戦闘服なんだ。僕の鎧と同じく……!


「んー?」


 僕を見ていたマルネリアの目が、突然すがめられ、自身の胸元へと落ちた。

 し、しまっ……目線を読まれた!?


「あれ? これボタンはめるとこ違う。ああ、騎士殿が言ってる間違ってるって、これのことかあ」


 と言い、いきなりその場で直し始めた。

 セ、セーフ……。どうやらセクハラの騎士にならずに済んだようだ。


 しかし、


「んー。めんどくさ。いいやこのままで」


 ボタンを外したところでマルネリアは手を離した。


「どうして力尽きるんだそこで!?」

「だってほら……。ボタンいっぱいあって、留めるの面倒だから……」


 とろんとした目の中に、気だるい感情を乗せるマルネリア。シャツの前が全開になれば正中線の肌色も当然丸見え、パンツもノーガードである。


「そんなに言うなら、騎士殿がやってよ。ほら」


 両腕を広げて、服を着させてもらう子供のようなポーズを取る。

 一切の羞恥心なし。しかし、からかっている様子もない。完全に素だ。


 ぬぐああああああ!

 何だこれは、どうすればいいんだ!


 こんなラッキースケベを無限生成してくる相手に、僕に何ができるって言うんだ。ゲームの趣旨を変えるつもりか!? ギャルゲーを始めろと言うのか、今から!?


「やめなさい! 破廉恥な! あんたは女の子としての慎みがないの!?」


 割り込んできたアンシェルの怒りの顔が天使に見えた。元からだけど。


「慎み? ええ……? ボクそんなの知らないよ。ずっと一人だったし」

「なら今知りなさい! まず服装をちゃんとすること!」


 八重歯を剥いた天使がすごい勢いでボタンを留め始める。

 首元の第一ボタンまでしめられたマルネリアが、早速苦しそうな顔になって上の二つをはずし始め、再び天使の怒りを買った。


「立ってるの疲れた~。座って話しようよアンシェル~」

「その格好であぐらかくんじゃないわよ! パンツが見えたらどうすんのよ!」


 すぐ隣を見れば、リーンフィリア様もどうすればいいかわからない様子で、天使と魔女を眺めていた。パスティスもぽかんとしている。


 どうしてこの森のエルフたちはこんなのばっかなんだ。

 一人くらい、こう、余計なもののない、すっきりとしたエルフっぽいエルフはいないのか?


 しかし、この段階で頭を抱える僕は、まだまだマルネリアを見くびっていたのだ……。


属性が重量過多を起こしている?

脚を太くすれば解決ですね(AC感)

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― 新着の感想 ―
[一言] 勇者の父親だってパンツマスクが正装なんだから これだって普段着と大差なし!(ぇ
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