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第六十二話 反転

 ――サブナクの反射盾には、左右で異なった役割がある。

 その予測は、確信の強度を持って僕の心に深く突き刺さった。


 アンサラーは魔法の長銃だ。ヤツはそれを、左のブルーの盾で受け、跳ね返した。

 カルバリアスは物理攻撃の長剣だ。ヤツは右のレッドの盾で受け、跳ね返した。


 ブルーが魔法反射。

 レッドが物理反射。

 そう考えるのが妥当じゃないだろうか。


 そして体勢を崩してまで対応した方を使ったということは、あの一対の盾は、非対応の衝撃に対して脆い……と考えるのは、決して早計じゃない。


 少なくとも人間の歴史において、守りが攻めを上回ったことなどないのだ。

 つまりこれは……攻撃のタイミングが重要なバトルステージ、と思えばいいのか!


 僕は肩に撃ち込まれた反射斬撃の痛みをこらえながら、素早く後退する。

 サブナクは追ってこない。


 挟み撃ちの形になっているパスティスに警戒したのもあるだろうけど、こいつは元々“待ち”のスタイルなんだ。


「あー。そのさがり方……。なーんか、イヤな予感がすんなあ」


 サブナクがぼやく。

 くそ、鋭いな。こちらが盾の秘密に気づいたことを気づかれたか?

 でも、だとしたら、お互いにもう秘密はなしだ。次はシンプルな総力戦になる。


 僕はパスティスに目線を送った。


 複雑な作戦を伝えられる状況にはない。盾の秘密を伝える猶予はない。早仕掛けで、悪魔に考える間を与えない。


 彼女の役割は牽制だと割り切らせている。それを実行してくれればいい。

 僕はそれに合わせて、今度こそ魔法反射の盾をカルバリアスで叩く。


 問題はスピード。

 さっきと同じじゃダメだ。パスティスに追随するだけの速さがいる。


 その方法は……。


〈ヘルメスの翼〉……! ここにきて、是非使ってくださいと言わんばかりに頭の中に輝いてやがる。


 だが座ってろ! おまえは使い切った、もういない!

 無い物ねだりはしない。足りない分は知恵と勇気でカバーだ。決まってるよなあ!


 僕は意を決してアンサラーを構えた。

 サブナクの眉間に、訝るようなシワが寄るのが見える。


 正面からの愚直な銃撃に今さら一体何の意味があるのか。ヤツはそう思っているに違いない。


 構わず射撃。

 サブナクはブルーの盾を持ち上げ、魔法弾を弾いた。

 反射した! 猛烈な軌道修正を行いながら、こちらに戻ってくる。


「パスティス!」


 叫んで、僕は駆けだした。


 アンサラーの物質化を解除し、カルバリアスを逆手に引き抜く。

 反射された魔法弾が、ななめ前方からえぐい角度で僕に迫ってくる。


 受け身にはならない。ビビらず前進する。


 さっきまでの反射弾は、ほぼ棒立ちで受けた。こっちは動かない的だった。

 でも、こうして動いていれば、反射弾も容易に僕を捉えることはできないはずだ。


 何しろ、直進する僕と、弧を描いて飛翔する反射弾の軌道が交錯するのは一瞬しかない。

 水平に振るバットと、アッパースイングのバット。どちらが直球を捉えやすいかなんて、言うまでもないことだ。


 だから、死ぬ気でかわせええええっ!


 右前方から迫る反射弾の軌道の角度が、こちらの位置を探るように変わっていく。

 それが一瞬、ピタリとやんだ。


 走る僕のど真ん中にすっ飛んでくる。


 位置を合わせられた!? 等速運動じゃあ、止まってるのと大差ないのか? 時速4キロで歩く太郎さんと、マッハ3の次郎さんがどこでぶつかるかの計算は簡単すぎるのか!?


 このお利口さんがあああああッ!


「ふぬおおおおおおっ!」


 僕は咄嗟に踵を枝の道に叩きつけた。

 急ブレーキ! 弾丸は速度をゆるめられないはず。交錯位置をずらすッ!


 光が来た。反射弾が僕の頬をかするように斜め上から接近し、土手っ腹へと飛び込んでくるのがわかる。

 必死に体をひねった。


 は、ずれろおッ――!


 弾丸は胴体を袈裟に照らしながら、鎧の表面すれすれを通過した。

 摩擦熱が体感できそうなほどの距離に、胃が浮き上がる。


 左脇腹の空間へ抜けたところで、弾丸はようやく計算ミスに気づいたらしい。軌道が変化する。


 だがもう遅い。弾丸は腰に巻きつくような極悪なカーブを描いて、背後へと飛び去った。


 ギリッギリだった……!


 もしブレーキをかけたのが一瞬でも早かったら、反射弾は軌道修正を間に合わせて、僕の脇腹に刺さっていただろう。


 そして、その恐ろしい追尾性能を実体験して確信する。

 この攻撃は成功する!


 踵が押し殺していた直進のエネルギーを解放し、すぐに疾走に戻る。

 前方のサブナクは、急速接近するパスティスに対応するため、レッドの盾をむこうにかざしていた。


「ああ?」


 サブナクが、僕の動きに気づいた。

 気の抜けた、不思議そうな声をもらしている。


 現状では、サブナクの防御は十分間に合うからだ。

 僕が盾の秘密を暴き、それを利用してくる……というのは深読みだったのか? ヤツはそう思っているに違いない。


 深読みじゃないさ。でも、おまえの油断は大きなアドバンテージになるから、してろ!


 突如、背後から衝撃が来た。


 いっ――痛えええええええええええ!


 背中に走る痛みと共に、体が前方へと弾き飛ばされる。


 よくぞ戻った、アンサラーの反射弾! きたねえくらいの追尾性能だ! 望み通り百八十度方向転換してきやがった!


 アンサラーの衝撃に突き飛ばされた僕は、サブナクとの距離を瞬時に縮めた。

 この推進力と、渾身の力を足して、

 左の盾、もらったあああああ! 


「あー。さっきの、そういうふうに受け取っちまったのか」


 え……?


 サブナクの、何だか申し訳なさそうな声が、痛みと闘争心で燃えさかる僕に、氷の刃を突き立てた。

 サブナクは左手首をクルリと返すと、突き出した盾の上先端部を、地面にガンと打ち当てた。


 すると、それを合図にするように、


 盾の色が塗り変わった。


 魔法反射のブルーから、物理反射のレッドへ。


「悪ィな、女神の騎士」


 ――なに!?


 すでに完璧な体勢で斬撃は放たれていた。

 もう、頭がどんな指示を出しても動きは止まらない。

 全力で放ったカルバリアスは、レッドの盾に受け止められ、見事に反射された。


「ぐげっ!」


 カエルみたいな悲鳴を上げ、僕は弾き飛ばされた。

 全力疾走に、アンサラーの衝撃まで加わった渾身の一撃だ。僕の体は猛スピードで枝の上を滑走。そしてとうとう、地面と空の境界線を乗り越える。


「うおあああああああああああ!?」


 擦過音と衝撃が消え、虚空へと投げ出されたのがわかる。

 体の下の部分からせり上がってくる不快感は一瞬で、見えない怪物の手に掴まれ、引きずり込まれる悪寒が僕を襲った。


 怪魚のときと違い、アディンたちはいない。

 パスティスが尻尾で拾ってくれるタイミングでもない。


 落ちる!


 慌て……るなあっ!


「ふがあ!」


 僕は咄嗟に、近くにあった枝にカルバリアスを突き立てた。

 重力の手は僕を放し、下方に広がる闇の世界へと消えていく。


 ぎりぎりだった。パニックになりかけた脳内で、ほんの少しだけ機能していた冷静さをかき集めての緊急処置。


 し、しかし、刺さりが浅い……。このままだと僕の体重に耐えられず、剣が抜ける。

 どうする? 混乱と思考がごちゃ混ぜになる頭で次善策を模索したとき、枝の上に残されたパスティスの動きが、僕を慄然とさせた。


「き、騎士、様を……! よく、も……!」


 彼女が激昂し、サブナクに躍りかかったのだ。


「ダメだ、パスティス!」


 僕の声が間に合うはずもない。


 防具で固めた右手の爪が、霧に鋭いひっかき傷を残しながらサブナクへと迫った。

 両方の盾を物理反射に転化させたサブナクは、それをあっさりと受け、跳ね返す。


 パスティスは強靱な魔物のパーツを持つキメラだ。

 でも、胴体や、頭など、体の大部分は人間なのだ。

 並の樹木なら幹ごと両断する爪の切れ味に、耐えられるはずもない。


 五本の斬撃が、容赦なくパスティスに襲いかかった。


 しかし――


 彼女に人としての激情があるのなら、魔物としての本能も併存した。

 それはパスティスの体を小さく丸め、折り曲げた左脚と尻尾を前にした防御態勢を取らせた。

 彼女の体において、もっとも強靱な部位。サベージブラックだ。


「あぅっ……」


 それでも、跳ね返った己の攻撃は鋭かった。

 小さな血の粒を散らしながらパスティスは弾き飛ばされ、地面に叩きつけられる。頭を打ったのか、すぐには立ち上がれないでいる。


 枝の上には、サブナクのみが立っていた。


 悪魔はパスティスへの追撃をせず、頭をぼりぼりと掻きながら、僕へと目を向けた。


「ま、実際まぎらわしい動きだったとは思うぜ」


 声には相変わらず危機感がない。その余裕が、余計に僕らの敗北を際立たせる。 


「俺の盾は左右で機能が分かれてるわけじゃねえよ。どっちも同じだ。ただ、切り替えるとき盾の先端を何かに打ちつけないといけないのがアレでなあ。なんか、ほら、あれだろ。道具を叩くのって何か不安だろ。いきなり壊れるかもしれねえし。大事にしてえよな」


 く……!

 そんな理由で僕は勘違いをさせられたのか……!?

 このボケ犬がっ……。挙げ句、パスティスまで傷を負わせて……!


「アンサラー……」


 僕は左手一本でアンサラーを構えた。


「あー。撃つのか? 別に構わねえが、反動で今度こそ落ちるぞ。おまえ」


 サブナクの言うとおりだった。

 ここで撃っても何の意味もない。

 愚策だ。でも、もう、時間もないし頭もまともに働かない。


 駆け回る思考は、


 落ちたらどうなる? ゲームオーバーか? コンテニューはできるのか? 主人公がいつもやってるように? 現実でもちゃんとそうなってくれるか? それとも死んで終わり? それとも死なずに下の世界にたどり着く? いや、僕よりパスティスだ。逃げてくれるのか? 見逃してもらえるか? 悪魔の良心にすがれるのか? 

 そんなのばかり。


 くそ、くそ、くそっ! この期に及んで受け身になるな。受け身に考えるな。守るな、戦え。常に攻撃しろ!


《私の戦いもこれまでか……》


「…………」


 引き金に指を置く。あと、ほんの少し力を込めればこの戦いは終わる状況で、僕は悪魔を見据えて告げた。


「サブナク。僕が樹の上に這い戻ったら第二ラウンドだ」

「……面倒くせえヤツだな、おまえ……」


 悪魔が呆れたように言うのを聞きながら、引き金を――。


「すべては――」


 ――!!?

 霧の中から誰かが飛び出してきた!?


「タイラニーの教えの元に!!」


 地を這うような姿勢でサブナクへと急接近する。

 あれは……ミリオだ!?


「うおっ!?」


 全体重を乗せた渾身の一突きを、間一髪、サブナクは盾で受け流し切った。


 まずい、反射される……!?


 そう危惧した直後、サブナクはまた僕の予想を裏切る行動に出る。

 切っ先を盾で流され、前のめりになったミリオの細腕を掴むと、自らの一回転を勢いに加えてパスティスに向かって投げつけたのだ。


「きゃあ!」

「つうっ……!」


 激突した二人は絡み合うようにして転がる。


 僕は彼女たちの安否よりも、反射攻撃に徹していた悪魔が、初めて見せた体術に強い違和感を覚えていた。

 サブナクからすれば、相手の攻撃こそ自分の反撃となる。そのためには、近い間合いで戦った方がいいはずなのに。なぜ、ミリオを投げ飛ばした? 距離を空けた?


 悪魔は盾を見やりながらつぶやいた。


「あー……。ルーン文字か、こりゃあ。厄介なのが出てきちまったなあ……」


 ルーン文字が、厄介……?

 サブナクが頭を掻きながら、深々と溜息をつく。


「仕方ねえ。おーい、みんな集まれ!」


 グーイ。グーイ。


 ぞわっとした。

 三人がいる枝の道の裏側から、あの兜の兵器が一斉に現れたのだ。

 かぞえきれない。道を埋め尽くすほどの数。


 やばい……。あの物量で圧倒されたら、二人とも……。


 慄然とする僕を尻目に、悪魔の兵器たちはサブナクの足下に群がると、大勢で協力してその巨体をひょいと担ぎ上げた。

 獅子頭の悪魔は、かいたあぐらに頬杖をついて、


「撤収すんぞ。やっぱオレから攻めるのは色々ダメみたいだ。こうも不都合ばっかり起こるんじゃあな……」


 ぼやくようにつぶやいてから、僕をぞんざいに見据えた。


「お互い運が悪けりゃ、また会うだろうぜ。じゃあな」


 サブナクは兵器たちに号令を出し、あっという間にその場を去ってしまった。


「助かった……?」


 こうして戦いは突然終結した。

 言い訳のしようもない。

 結果は、僕の負けだ。


 がくん、と体一段階下がる。


「ん……?」


 消沈した僕に介錯をしてくれたわけじゃないだろうけど、カルバリアスが、今にも枝から抜けかかっていた。


「げえっ……!?」


 戦いが終わってから落ちるのか僕は!?

 こんなのただのギャグじゃないか! そんな演出で下の世界に行きたくない!


 バキリと軽い音を立てて、カルバリアスが抜けた。


 ホワアあっさりいきやがったちくしょう! 次回から『下の世界のツジクロー』をお送りします!


「――…………?」


 これから延々と続くであろう浮遊感は、なぜか一瞬で消えた。

 思わず閉じていたまぶたを、恐る恐る開ける。

 僕は、光る文字が刻まれたフライパンの上に乗っていた。


「いやあ、何とか間に合ったねえ」


 大きなトンガリ帽子をかぶったエルフが、枝にしがみついた姿勢で、手にしたフライパンを伸ばしていた。


 とろんとした目の少女が僕を見て笑う。


 ひょっとして……この子が、魔女か……?


負けイベントの後に来るのは・・・決まってるよなあ!?

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― 新着の感想 ―
[一言] 負けイベント、ジャイアントサーガでは聞かなかった言葉だ…… ツジクロー殿が特に言及してないということは、 Ⅰの頃もあったんですかね、負けイベント
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