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第六十一話 二枚盾

「あー。それにしても上手くいかねえもんだな……」


 足下に群がる兜の兵器を、頑強そうなブーツのつま先でそっと押し出すように追い払うと、サブナクはまだ戦闘中とは思えない気だるさで獅子の耳を掻いた。


「そろそろ小競り合いが始まるかと思ってたらあれで、焚きつけてやろうと動いてみりゃこれだ。裏目に出すぎだろオレ。やれやれ、こんなことなら大人しく寝てればよかったぜ」


 1stバトルステージで見た雪豹とは正反対の、真っ黒い獅子面。

 そのいかつい外見に対し、発言はどこか軽い。


 色白で髪も白く、赤い目で知られるアルビノは有名だけど、逆に黒一色に染まるメラニズムも同様に神秘的な存在だ。


 敵から逃れるための保護色、獲物を狩りやすくするための迷彩色、自らの危険度を誇示する警戒色、他にも様々な理由で進化した色彩を全否定する純粋な一色に、自然より一段階上にいる者からの特別な選択を感じてしまうのは僕も同じだった。


「ったく、しょーがねえな。あっち行ってろよ、ほら。いけいけ。邪魔だ。巻き込まれんぞ」


 そんな神秘的なイメージに、やはりこの口調の軽さは合わない。

 いや、軽いというより……。


 なんというか……ものすごく“やれやれ系主人公”くさい……! 微妙に上から目線で、何事も億劫そうで、達観したふりをしながら嘆息と肩をすくめるのが必殺技のあいつらに!


 何でだ!? 普通こういうのは、主人公の性格だろ。“やれやれ系主人公”って言われるくらいだし。

 いやしかし、僕の頭の中でしゃべるのがこいつだったら、「やれやれ」「へいへい」「わーったよ」のコンボをしょっちゅう聞かされていたのか? それはそれで微妙にイラッとしそうだ。


《へいへい、わーった、わーったよ。ったく……》


 楽しそうに収録してんじゃないですよ! キャラ全然違うだろ!

 クソッ、渋い美声だとこんな軽薄なノリでも強者感あってずるい!


 僕はアンサラーを握る手に、力を入れ直す。


 互いの距離は、五メートル以上はある。

 サブナクがどんな攻撃をしてくるかは不明だけど、ここはすでにアンサラーの間合いだ。

 この距離を一ミリも縮めないうちに終わらせれば、相手の実力など知ったことじゃない。


 先手を取れ!


 僕はサブナクの右半身を狙い、二発撃った。

 銃撃は、ヘッドショットよりも体のど真ん中狙いが基本。頭は小さく狙いにくいが、胴体なら、よけようとしてもどこかには当たる。動きが鈍ったところを、次で仕留めるのだ。


 けれどサブナクはアンサラーの弾道を見切っている。さっきの頭部への一発で検証済み。

 普通に撃ってもかわされるという、この情報を活かしたい。


 僕はわざと避けやすいよう、右半身に弾丸を集中させた。

 この状況ならサブナクは、ヤツから見て左に回避してくる。必ずそうする。


 そこを狙う。


 僕は銃口を素早く走らせ、ヤツが逃げ込むであろう空間に三発目を放った。

 サブナクは予想通り初弾と次弾をよけた。

 そして、僕の誘い込んだ空間に飛び込み、三発目の軌道と対峙する。


 よし! ど真ん中直撃コース。よけようとしても、体のどこかには当たる。四発目を準備し、これで決着……。


 ――――!?


 引き金に乗せていた人差し指が、驚きで固まった。


 サブナクが前腕を前に突き出したのだ。防御するみたいに。

 エルフたちのウエストくらいはありそうな野太い腕。それでアンサラーを防げるのか? 反射的にわき出た疑念は、腕の前に走った、空間を切り取るような四角い光線によって、すぐに答えを突きつけられることになった。


 光が虚空に象ったのは、白銀の盾……?


 直後、僕がぶっ飛んだ。


「うおおおお!?」


 胸を潰されるような痛みより、なぜ自分が弾き飛ばされたのかという疑問プラス、枝から落下する本能的な恐怖が勝り、僕は必死に地面に指を突き立てた。


 がりがりと木屑をまき散らしながら体は止まった。大丈夫、地獄には落ちてない。


 じわじわと胸の痛みが広がっていく。

 クソ、鎧に破損はないけど、内部にきっちり到達してる。

 何をされた……? 痛みに手を重ねながら、僕は悪魔へ視線を向ける。


「あー。意外と使い慣れてるんだな、その銃」


 やはりやる気なさそうに言うサブナクの左腕に見えるのは、大きな盾……いや、巨大で奇怪な籠手?


 手の甲から肩に向かって、腕側面を隠すように湾曲した装甲が伸びている。さながら、ガントレットに大きな「)」を取り付けているよう。


 装甲の表面は滑らかで、サイズの仰々しさはあるものの、打撃するための武器とは思えない。主要目的はやはり防御? これがヤツの戦い方なのか?


「今みたいに逃げ場を塞がれちまうとどうしようもねえ。さっさと準備するか」


 無駄口を叩いてから右腕を軽く持ち上げると、そちらにも同様の盾つき籠手が出現した。

 左右にバリアを持つ、シューティングゲームの戦闘機を連想する。

 完全に守りに特化した形態。


「騎士、様……!」


 パスティスがサブナクを警戒しながら僕のところまで後退してきた。


「大丈夫だよ。ちょっと楽しそうにぶっ飛んだだけ。それよりパスティス、あいつは僕に何をした?」


 ヤツはアンサラーの弾を防いだ。そこまではわかってる。問題はその次だ。

 パスティスはアンサラーを見つめ、ためらうように言った。


「アンサラーの弾が、跳ね返され、た……。騎士様は、それに当たって、弾き飛ばされた、の……」

「跳ね返した?」


 僕は少し考え、アンサラーを撃った。

 連続して三発。


 サブナクは今度は最初から回避しようとせず、左腕の盾で防ぐ構えを見せた。

 弾丸は胴体を射抜く軌道。半身になったサブナクは、突き出した盾で魔力弾を二発とも弾く。

 白い弾丸の破片の中に、薄水色の光が混じった。


「――!」


 弾道に大きな変化が生じる。弾かれたうち一発が、魔力の輝きを曳光しながら大きな弧を描き、こちらへと戻ってきたのだ。

 パスティスの言うとおり、跳ね返した!


 大きく迂回したせいで、伸びていた森の枝に引っかかりそうになる。

 が、反射弾は、軌道上にあった小枝を生き物のようにするりと避けた。


 この動き……ッ!


 僕は急いでアンサラーでの迎撃を試みた。けれど反射弾は、その弾丸も避けてこちらに迫ってくる。よけられない!


「うぎゃっ!」


 胴体をひねったものの、脇腹にヒットした。無様に横回転しながら転がる。

 えぐられるような痛み。こみ上げるせきが、うめき声に混じった。


「は、跳ね返したって、言ったのに……! どうして……?」


 パスティスが悲しそうに言いながら僕を抱き起こす。


「ぐぎぎ……。ごめんパスティス。君の言葉を疑ったわけじゃない。カラクリが知りたかった」


 わかったことをパスティスに囁く。


「跳ね返されたのは三発中一発だった。全部じゃない。多分、攻撃を受ける場所か、タイミングかが決まっていて、そこへの攻撃以外なら跳ね返されないんだと思う。二発は返ってこなかったから、反射条件は結構シビアなはず。でも一度跳ね返された攻撃は、異様なしつこさでこっちを追尾してくる」

「う、うん……」


「だからパスティスは、あいつに攻撃しちゃダメだ」

「えっ……」

「君の攻撃は殺傷力が高すぎる。もし、ヤツが跳ね返すのがアンサラーの魔法弾だけじゃなかった場合、生身じゃ重傷になるかもしれない」


 パスティスは速度と攻撃に特化したライトファイターだ。僕のように鎧に守られていない。


「で、でも……」


 悲しそうな顔になったパスティスに、すぐに付け加える。


「もちろん、パスティスには一緒に戦ってもらうよ。でも、迂闊に攻撃はしないでほしいんだ。特に盾には。君は牽制をメインに。打撃役は僕がやる」

「うん……!」


 ほっとした顔でうなずくパスティス。戦いに参加できないことを不安がるなんて、健気すぎて胸が詰まる。そんな相棒だから、いたずらに負傷なんてさせられない。


「よし、行こう」


 僕とパスティスはすぐさま二手に分かれる。

 まず挟み撃ちを狙う。盾は二枚あるけど、敵を見つめる頭は一つしかない。包囲して潰すというのは、古来から伝わる戦いの勝ち筋だ。


 まずは布石を打つ。


「さっき弾いたのは、ちょっと迂闊だったかな……」


 サブナクがまた軽口を叩いている。相変わらずの余裕さが不気味。まだ何か隠している可能性はあるけど、それを気にしてたら攻められない。伏せたカードごと叩き潰す!


 接近しながらアンサラーを構える。

 サブナクは左腕の盾を持ち上げた。

 いくら大きな盾でも、一方に動かせば逆側が空く。

 僕はサブナクの足下に銃弾を放った。


「おっと」


 飛び散る木屑が、大して驚いてもいないサブナクの声をこもらせた。

 少しもビビった様子がない。仮にも同じ悪魔であるシャックスを一撃で葬った銃なのに。それだけ防御に自信があるってことか?


 ともあれ!


 舞い上がった木塵がサブナクの視界をわずかに覆った直後、黒い影が側面を通過する。

 パスティスだ。


 よし、回り込んだ!


 見開かれた赤と金の瞳の輝きに、サブナクは初めてぎょっとしたように、右の盾を持ち上げた。


 直後、サベージブラックの尾が、虚空に黒い線を引く。

 背筋が凍るような音を立てて彼女が引っ掻いたのは、地面である木の枝だった。

 深々と、そして鮮烈に刻まれた傷は、「次はおまえをこうする」という殺気に満ちた示威行為だ。しかし、サブナクは気だるげに笑った。


「古い兵器の生き残りとは……珍しいペットだな、女神の騎士よう」

「彼女はペットじゃない」


 そう返したとき、僕はもう十分にサブナクに近づいていた。

 右手には逆手に持ったカルバリアス。


「――!」


 サブナクが目を見開いた。

 こんなに早く突っ込んでくるとは思わなかったのかもしれない。


 この状況で、タイミングを計ったりなんかするか。相手に考える間を与えてしまう。

 前後を取ったら、即、叩く!


 反射のスイートスポットがどこかはわからないけど、きっと中央部だろう。

 僕が狙うのは左盾の側面。強打して押しのけ、できた隙間にビハインドブリットを叩き込む!


 そこで黒獅子の悪魔は予想外の動きに出た。


 突然体を反転させ、僕に近い左の盾ではなく、パスティスに向けていたはずの右の盾でカルバリアスを受けたのだ。


 大きな体勢移動が伴う分、左で受けるより動作が遅いのは自明だった。実際、サブナクの姿勢は膝から崩れた。僕が連続で攻撃したら、次は防げないような体勢だ。


 なぜ――!?


「ぐっ!?」


 右肩に不可視の衝撃が襲いかかる。

 カルバリアスの斬撃だ。反射された!


 しかし僕は、その痛みよりも、火花を散らす視界に映った、奇妙なものに気を取られた。


 接近戦を仕掛けたからこそわかったこと。

 サブナクの白銀の盾には、うっすら色味が乗っていた。


 アンサラーを跳ね返した左の盾には、淡いブルー。

 カルバリアスを跳ね返した右の盾には、淡いレッド。


 僕はブルーの盾を狙ったのに、ヤツはわざわざレッドの盾でカルバリアスを受けた。

 どうしてそんなことをした?

 単なる余裕?

 それとも、ブルーで受けられない理由が?

 色の違いは何を意味する?


 ひょっとして……。

 この盾、それぞれ役割が違うのか……? 


盾複数持ちは変なロマン感ある

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[一言] 主人公で盾使い……、、、盾の勇者!?
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