第六話 つづきの女神様
「リーンフィリア様は、天界では一番格の低い、〝俗神〟と呼ばれる位にいるの」
アンシェルは静かに語る。
「天界は、高い位置に行けば行くほど位が上がって、地上との関わりもどんどん薄くなるわ。だから、人間たちは最高神の存在すら知らないで、神様たちを崇めているわね」
「そうだったのか……」
『リジェネシス』に女神様以外の神は登場しない。神話体系についても不明だ。しかし、こんなに神々しいリーンフィリア様が一番格下とは……。
「わたし、一番下でもいいよね。偉くなくても、神様だもの。えへへ……。……はあ……」
膝を抱えて座り、柱に向かってため息をついている今の姿は、あんまり神々しくないが……。
「同じように、上位の神様も地上や人間なんかに興味はないわ。文明が滅びようと、いずれまたどこかから勝手に発生すると思ってるから」
「でも、信仰は神様の力の源だろ?」
僕の問いかけにアンシェルは首を横に振る。
「力の源は神様自身よ。人々の信仰は、それに上乗せされるだけ。でも、その合算で、格上の神様の力を上回ってしまうことはありえる……」
「…………。リーンフィリア様が信仰によって力をつけることを、格上の神々は危惧している?」
僕の推察に、アンシェルはコクリとうなずいた。
「前の戦いでリーンフィリア様は地上でもっとも崇拝される神様になったわ。それまで女神様を下に見ていた神様たちをあっさり追い抜いてしまった。それを許せない神様が大勢いたの」
「ずいぶん勝手な話だな。地上を救った女神様が信仰されるのは当然のことだろ。だったら、自分たちもやったらいいのに。世界を救うための味方は多い方がいい」
「正直、大変な作業ではあるからね。信仰っていずれ廃れちゃうし、ほら、今回みたいに文明ごと滅びちゃうこともある。労力に見合わないの。それにね……」
アンシェルはチラリとリーンフィリア様を見た。
体育座りで煤けている彼女は、
「あなたにはジャスミンと名づけますね。後でお部屋に持っていってあげますよ」
「女神様、それは石ころです!」
「石ころ。あはは、じゃあわたしと同じですかね……」
「違います! あなたが石ころならわたし川原中のものを集めてベッドに敷き詰めますよ!?」
叫んだアンシェルが、リーンフィリア様が話しかけていた石ころを拾い上げ、神殿外の青空へとぶん投げた。
「ああ、ジャスミンが……」
それを悲しげに見送る女神様。
「ねえ、アンシェル。リーンフィリア様、何か、僕の知ってる性格とかなり違うっていうかとっても残念な感じなんだけど……。前はもっと毅然としてたというか、母性とか包容力があったというか……どうして今こんなに煤けてるの?」
僕はアンシェルに耳打ちする。
「無理してたのよ、前は……」
「無理?」
「騎士を迎えるのも初めて。地上世界に関わるのも初めてで、頑張って気を張ってたの。普段のリーンフィリア様はこんななのよ。大人しすぎるっていうか、内向的っていうか……。すごく可愛いし優しいのに、友達もいない……」
「どうして……?」
「天使のわたしが言うの何だけど、神様って、みんなものすごくワガママなのよ。だから、優しくて控えめなリーンフィリア様は、異端、変人、気持ち悪いって思われちゃうの。さっき言いかけたのもこれ。仲間はずれにされてるの。当然、地上のことを手伝ってくれる神様なんて……」
「ひとりぼっち……!」
何てことだ。
僕が憧れたあの聡明さ、包容力、大らかさ。すべてが作り物だった。
本物は何かジメジメしててぼっちだった。
コツ……。
ここに来て、価値観ボタンが置かれる……ッ!
コッ……コレジャ……ナイけど……!
くっ……おおお……。
無理だ。僕にはボタンは押せない……。
女神様は何も悪くない……。
【前作とキャラの性格が違いすぎる:ノージャッジ】(累計ポイント-21000)
「なのに、すごく寂しがり屋でね。よく、柱かサボテンに話しかけてるわ……」
「僕まで悲しくなってきた……」
「でもねっ……」
アンシェルはぐっと唇を噛み、握り拳を作ると断言した。
「そんな煤けた女神様が、わたし大好きなの!!」
「おい」
「迷子の小鳥みたいにフラフラしてるところに出くわすと、おずおずこっちに近づいてきたりするの! 用もないのに、わたしのこと探してたりするの! 見つけるとほっとしたように微笑んでくれるの! わたしが呼ぶと、どこにいてもいそいそ来てくれるのよ! くああああああああああ! 抱きしめて永遠に頬ずりしてたいわ! 天界が滅びるまで孤独を慰め続けてあげたいわあああああああ! フォアアアアアアア! げほっ、げほっ!」
コレジャナイ!
【新キャラの天使が変態すぎる:1コレジャナイ】(累計ポイント-22000)
念のため、言うよ?
『リジェネシス』って、わりと硬派なゲームだったんだ。
間違ってもこんな変態がいるゲームじゃあ、なかったんだよ?
「げほげほ……。あ、あと一つ。武器を封印されたのは、あんたも要因の一つなのよ」
「僕が?」
「〈契約の悪魔〉は、本来天使の大軍勢が討伐するような相手なの。それを単独で倒してしまう騎士なんて、俗神が持っていいような天界戦力じゃないわ。今回、神々はリーンフィリア様にできる限りの制約をつけようとしている。わたしだって……」
アンシェルは何かを言いかけて、やめた。
「とにかく、わたしたちが何を言ったところで武器はそのアンサラーしかないの。でも、それだって強力な武器よ?」
「そうだね。それは確かだ」
僕はアンサラーの平らなボディ部分に手を這わせた。
地上の戦場を席巻する理由もわかる。銃は反則級に強い。
『Ⅰ』では散々手こずったガーゴイルの群れが、あの射的大会だ。
うまく距離を取って戦えば、アンサラー一挺でも十分やれる。
「騎士様」
呼ばれて、僕はリーンフィリア様に向き直った。
「アンシェルの言ったとおり、わたしは弱い神です。信仰も失い、天界からも束縛されています。それでも、また一緒に戦ってくれますか?」
憂いを帯びた緑の双眸。
隣に立ってみれば、その肩はさわっただけで折れてしまいそうなほど細くて、そしてそれ以上に、数多の圧力で彼女の心は傷ついている。
それでも、地上の災禍を見過ごせない。その優しさ、その慈愛、そんな価値観を彼女は持っている。
僕はアンチに叩きのめされ、価値観を失った。
この人を同じ目に遭わせちゃいけない。
鎧の内側で熱が生まれる。
アンサラーを腰の後ろに回すと、僕は神様の前にかしずいて頭を垂れた。
「誓います。あなたが僕を信じてくれる限り、僕はあなたに応え続ける」
「ありがとう……」
後頭部から全身に伝わった感謝の言葉は、僕の心を掴み取って離さない。
彼女と、彼女の価値観と共に戦えることが、震えるほどに嬉しい。
ガギッ……。
このとき、兜の牙模様が、まるでこちらの猛る心を読み取ったかのごとく、威嚇するみたいに少し開いたことを僕は知らなかった。
言葉にならない声が腹の奥から唸り出す。
――上等だ……!
『Ⅰ』で活躍したキャラクターが、それゆえに『Ⅱ』で虐げられている……!
これが『Ⅱ』の公式なのか裏設定なのかはまだわからないが……。
燃えてきた。
くだらないハンデなんかつけやがって。僕のリーンフィリア様を地上最高の神に祭り上げて、いじめてくれた借りを、億千万倍にして返してやるからな……!
クククク……クイーキキキキキ!!
ぼく「地下にモビルスーツが隠してあるとくらい言ってくださいよ!」
天使「あるわ」
ぼく「えっ」
天使「イデオンよ」
ぼく「コレジャナイ!」